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ああ、思い出しただけで胃がむかむかする。書斎は埃ぽくて、ろくに本も読めない幼少期には地獄だったわ。紋章の入った引き出しの周りを何十周もぐるぐる歩き回ったり、本を積み上げて積み木にしたりしてたわね。ほかにすることがないじゃない。私だってピアノの練習がしたいのに。お父さまは私の態度も気に食わないのよね、きっと。でも、そんなの書斎に閉じ込めたあんたが悪いのよ。
教会敷地内でバザーがはじまったわ。私たち伯爵家は総出で慈善活動することになる。といっても、聖女であるクリスティーヌのお供みたいな感じで嫌なんだけど。お父さまは毎回、鼻が高い様子。町人からは聖女の父親というだけで尊敬されている。ほら、農民が寄ってきたわ。
「伯爵さまのおかげで、妻は今日も健康そのものです。これは、お礼といってはなんですが、今朝うちで採れた野菜です」
「そんなものいただけませんよ」
ちょっと嫌悪感を抱いているような物言い。できれば平民とは関わりたくないのが顔に出ているわ。
「無償で行うのが慈善活動ですから」
そう、お父さまも理解している。だけど、これはお父さまの慈善活動なんかじゃない。クリスティーヌの奉仕事業。
教会前には聖女クリスティーヌに診てもらいたい病人や怪我人が列を作っている。椅子を用意してあげないのを見ると私からしたら偽善に見える。
クリスティーヌは週に一度、治癒魔法で町人たちを癒す。週に一度なのは、医療魔法使いの人の仕事を奪わないためらしいけれど。週に一度の無償での治療日まで病状を我慢して悪化する人もけっこう出ているらしい。まあ、どっちにしても私がどうこう言えることはないんだけど。
黙って町人たちを見つめていると、フレデリックお父さまが私にぼそっと耳打ちする。
「お前は魔法が使えないんだから屋敷にいてもかまわんぞ」
「お父様。魔法ができないからこそ勉強になるのよ? ね。クリスティーヌ。聖女の御業、見せてくれるんでしょ?」
クリスティーヌはやけに乗り気な私を見てぎょっとしている。私が以前の私と少し変わったように見える? そのとおりよ。あんたに花を持たせてやっていたけど、これからは私も奉仕活動をするわ。これで、聖女さまだけが偉いだなんて言わせない。
侍女コラリーを呼びつけてパンを用意させる。今朝、焼いてもらったからけっこうギリギリ間に合った感じだけど。うちのパン職人は無償で提供することに少し不満だったけど、好評ならそのうち文句も言わなくなるはず。
ほとんど野戦病院のような椅子すらない治療場所でクリスティーヌが魔法をかけている。治るのは一瞬だもの。
「おお、さすが聖女さま」
クリスティーヌは純白のドレスに神々しい衣装。肩も太ももも露出する衣装。聖女さまといっても、ちょっと露出しすぎじゃない?
「おお、神々しい」
患者がそう言ってるけど。ほんと、聖女さまってブランド品みたいなものなのね。
この患者たちは遠方から来ている人も多い。なかには足腰の悪いご老人も。朝早いから朝食をゆっくり食べられなかった人も多いと思う。
「はい、これで終わりです」
クリスティーヌが治療を終える。
「ありがとうございます聖女さま。いつも本当にありがとうございます。女神さまに一番近い存在であるのは間違いない。一瞬で傷が癒えた」
「お願いします。赤ちゃんが母乳を飲んでくれなくて」
そんなことでクリスティーヌに診てもらうの? ほんと、聖女さまって、ただの便利な人みたいな扱いじゃない。でも、私も聖女になれるのなら、こんな些細なお願いでも叶えてあげたのかな。まあ、いいわ。私は私の価値を押し上げる。待っていても聖女になれない。なれないならなれないで、自分の納得する姿になるんだから。
「パンはいりませんか? 朝食、食べてこられましたか?」
先ほど治療を終えた患者の男がまだだと答える。
「いかがですか?」
教会敷地内でバザーがはじまったわ。私たち伯爵家は総出で慈善活動することになる。といっても、聖女であるクリスティーヌのお供みたいな感じで嫌なんだけど。お父さまは毎回、鼻が高い様子。町人からは聖女の父親というだけで尊敬されている。ほら、農民が寄ってきたわ。
「伯爵さまのおかげで、妻は今日も健康そのものです。これは、お礼といってはなんですが、今朝うちで採れた野菜です」
「そんなものいただけませんよ」
ちょっと嫌悪感を抱いているような物言い。できれば平民とは関わりたくないのが顔に出ているわ。
「無償で行うのが慈善活動ですから」
そう、お父さまも理解している。だけど、これはお父さまの慈善活動なんかじゃない。クリスティーヌの奉仕事業。
教会前には聖女クリスティーヌに診てもらいたい病人や怪我人が列を作っている。椅子を用意してあげないのを見ると私からしたら偽善に見える。
クリスティーヌは週に一度、治癒魔法で町人たちを癒す。週に一度なのは、医療魔法使いの人の仕事を奪わないためらしいけれど。週に一度の無償での治療日まで病状を我慢して悪化する人もけっこう出ているらしい。まあ、どっちにしても私がどうこう言えることはないんだけど。
黙って町人たちを見つめていると、フレデリックお父さまが私にぼそっと耳打ちする。
「お前は魔法が使えないんだから屋敷にいてもかまわんぞ」
「お父様。魔法ができないからこそ勉強になるのよ? ね。クリスティーヌ。聖女の御業、見せてくれるんでしょ?」
クリスティーヌはやけに乗り気な私を見てぎょっとしている。私が以前の私と少し変わったように見える? そのとおりよ。あんたに花を持たせてやっていたけど、これからは私も奉仕活動をするわ。これで、聖女さまだけが偉いだなんて言わせない。
侍女コラリーを呼びつけてパンを用意させる。今朝、焼いてもらったからけっこうギリギリ間に合った感じだけど。うちのパン職人は無償で提供することに少し不満だったけど、好評ならそのうち文句も言わなくなるはず。
ほとんど野戦病院のような椅子すらない治療場所でクリスティーヌが魔法をかけている。治るのは一瞬だもの。
「おお、さすが聖女さま」
クリスティーヌは純白のドレスに神々しい衣装。肩も太ももも露出する衣装。聖女さまといっても、ちょっと露出しすぎじゃない?
「おお、神々しい」
患者がそう言ってるけど。ほんと、聖女さまってブランド品みたいなものなのね。
この患者たちは遠方から来ている人も多い。なかには足腰の悪いご老人も。朝早いから朝食をゆっくり食べられなかった人も多いと思う。
「はい、これで終わりです」
クリスティーヌが治療を終える。
「ありがとうございます聖女さま。いつも本当にありがとうございます。女神さまに一番近い存在であるのは間違いない。一瞬で傷が癒えた」
「お願いします。赤ちゃんが母乳を飲んでくれなくて」
そんなことでクリスティーヌに診てもらうの? ほんと、聖女さまって、ただの便利な人みたいな扱いじゃない。でも、私も聖女になれるのなら、こんな些細なお願いでも叶えてあげたのかな。まあ、いいわ。私は私の価値を押し上げる。待っていても聖女になれない。なれないならなれないで、自分の納得する姿になるんだから。
「パンはいりませんか? 朝食、食べてこられましたか?」
先ほど治療を終えた患者の男がまだだと答える。
「いかがですか?」
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