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戦況は五分五分だ。銃による雷鳴は未だに慣れるものではない。被弾していなくても、ことなかれ主義者は側転して回避行動を取ってしまうほどだ。
タイズは流れ弾に被弾し、翼から出血した自身の血を見て太陽神を罵る始末だ。
「どこを見てるのかしら」
衝撃と共にアレガの身体を銃声が貫いた。肩の被弾で済んだのは、かろうじて身を捩ったからだ。もしファルスが声も出さずに銃を発射していたら、よけきれなかっただろう。肩の激痛は、すぐに熱を帯びてくる。痛みには慣れているつもりでも、銃にはじめて撃たれたので肩の骨の近くに異物感があって吐き気がした。痛みの種類が複雑だと、胃に何か刺激が伝わるのか、喉から胃酸が逆流しそうになる。
だが、一つ分かったことがある。ニンゲンはお喋りだ。ファルスは特に、ニンゲンであることの優越感のようなものを抱いている。どうして? 同じニンゲンなのに。まだ数回しか会っていないのに、半鳥人に属する自分を馬鹿にしたような目で見てくるのだ。ニンゲンは簡単に相手を見くびる生き物のようだ。尊敬というものを抱くことがないのかもしれない。
アレガはニンゲンの嫌な部分を見たような気がして、無言で槍を振り下ろす。穴の中でファルスはラスクを盾に取る。
「待て、やめときなさい!」
今の「待て」だけ、男のような声だった。ファルスは、やはり男なんだなと理解する。そもそも、女の振りをしているのも、相手を油断させるためのような気がしてきた。女としての矜持はあまり持ち合わせていないように思えたのだ。
「あ」
ファルスの腕に首を絡め取られたラスクが淡い光の揺らめく天井を見上げる。ファルスも感嘆の声を上げる。石英に張られた水が突如波打つのをやめ、湖面のように月を映し出した。それだけではない、南十字星もだ。
時間切れ? まさかなとアレガはラスクに目をやる。ラスクは、見つめ返してくるばかりだ。
突如ラスクは呻きはじめた。痛みのためではない、身体が膨張している。小さな足が元の大きさに膨れ上がり、胴体や顔も膨れ上がる。赤黒い羽毛が生えてくる。本物の鳥のような姿に変化している。ファルスはラスクを押さえつけていられなくなり、尻もちをつく。アレガは無言で、ファルスに飛び掛かる。ラスクはその間もむくむくと成長を続ける。いつも身に着けている乳押さえや首巻きが、膨らむ肉体についていけずにはち切れる。緑の光沢のある翼が赤い光沢に変わる。
アレガはラスクに見惚れそうになるのを我慢し、ファルスの足に槍を突き刺した。ファルスは唾を飛ばして叫んだ。悲鳴は男のものだ。痛みに関しては素の自分が出るのかもしれない。
後方の銃撃戦が止む。ワトリーニ隊長は満身創痍で立ち尽くしている。腕や足、胴を複数撃たれており、生きているのがやっとだった。だが、全長十メタリ以上になったラスクに敬意をこめて突然跪いた。
アレガはファルスの反対側の足も突き刺した。正直、殺すべきか迷った。ラスクを救うのが使命だ。ラスクは自分の声を失い、今はどんな鳥とも似つかない鳴き声を上げている。悲鳴ではない、だが、この争いを憂いている悲し気な低い鳴き声だ。
不死鳥は黒かった。誰もが想像していたような真っ赤で清らかな姿ではなかった。神として崇めるべき存在のはずなのに、跪くことができたのはワトリーニ隊長だけだった。信仰とはほど遠いと思っていたが、タイズよりも先に愛を示した。タイズは怖気づいて後方まで引き返した。
ふと我に返った一部のニンゲンがこれを好機と捉え、ワトリーニ隊長を射殺してしまった。
屈強な肉体が膝をつき、重たい頭部を地面に打ちつける。兵たちは悲痛な叫び声を上げた。だが、不死鳥の出現に畏怖の念を抱き、隊長に駆け寄ろうにも動けないでいる。そのうちの何人かが、黒い山のような不死鳥にその場で跪くなどしたが、不死鳥は隊長を憐れんだ眼で見つめるだけだ。死は取り消せない、それが自然の掟だ。兵たちは泣く泣く隊長の亡骸を引きずるようにして運んだ。
ファルスは感極まって不死鳥に両手を広げ高く突き出す。
「ああ、不死鳥よ! あたしが望んでだのはこれよ。早く、脳を取り出さないと!」
「まだそんなこと言ってんのかよ!」
アレガはファルスが小銃で不死鳥を撃とうとしたので顔面を拳で殴る。もう槍など使っていられない。
ファルスは拳を受け止めた。腕力は立派だった。だてにニンゲンを率いてはいないようだ。
「もうやめろよ。俺たちはラスクを取り戻したいだけだ。お前も国に帰れ」
「ここに来て、帰れですって?」
アレガは殴られた。鼻の骨が折れるような鋭い痛みと、鈍い音がした。鼻血が水のように流れ出る。
「ふ、ふざけるなよ! 俺はニンゲンのお前と争っても意味がない。ラスクとゴホンの密林に帰るんだ。俺たちには帰る場所がある。お前らも帰れ。国がないなら作れ。ここじゃなくて、旧レイフィ国ってところで」
ファルスの眉間に深い皺が浮かび上がる。しとやかさは失せている。痩せぎすの怒りっぽい男が、転がっているだけだ。
「旧レイフィ国は破壊された。エラ国によってね」
「そっちが攻撃してきたからだろ」
「そうよ。ニンゲンはね、攻め込んで領土を広げる生き物なのよ。生きて生きて、増えて、繁栄して、国土を広げるの。だけど、半鳥人ばかりが大陸の気候にも適応して増えていく。ニンゲンは極寒の地で凍え死ぬの。半鳥人は、あたしたちが暮らすことのできる温暖な地帯に住んでいたのよ」
ファルスにつかまれた拳をむりやり押し返す。後方でニンゲン十五人と半鳥人五十人に双方の戦力が減ってしまった戦闘が再開された。
ラスクの一声に、太陽の神殿が震える。
「不死などありはしません――」
ラスクはのたうち、天井まで届く巨体を捩って銃を乱射するニンゲンを圧し潰し、それを射たり、突いたり、斬ったりする味方の半鳥人も翼で押しのけた。
「今分かりました。私はウロ様の娘なんかじゃない。あの子は妹。ウロ様が私の妹……。私、もう別人なんです。生まれ変わる権利が与えられたに過ぎないんですよ」
悲痛な声が、ラスクの控えめな声に変化する。同時に戦闘を真っ二つに分かつ翼が縮みはじめる。
「不死は誰も幸せにしません。記憶は失われるからです。私は妹のウロのことをすっかり忘れていました。どれだけ寂しい思いをさせてしまったのでしょう。子供に戻ってしまった私を一から育ててくれたウロのことを、私は何も知らずにお母様と呼んでしまった」
ニンゲンはなんのことか分からず泡を食ったように、戦意を喪失している。
「この私にできることは、不死鳥を求めてこれ以上苦しむ者を出さないこと」
ファルスはあっははははと大口を開けて嗤う。
「あなたやっぱり素敵よ。自分の意思で不死鳥の姿にもなれるのね? 最高じゃない! あたし、脳が欲しいとは言わないわ。何か秘薬的なものを生み出せるでしょ? あなたの血だけでも、延命はできるはず。さっき頂いた分じゃ足りないわ」
「あなた、私利私欲のために不死になりたいわけではないんです?」
ラスクは通常の大きさになり、いつもの赤鴉のカラスの一人となった。ただ、乳隠しや首巻きがはじけ飛んだので今は裸だ。だが、恥じらいはない。そのことが返って神々しさを増していた。アレガは先ほどから滴り続ける鼻血を拭う。そして、目のやり場に若干困る。鼻の骨が折れているのだから、鼻血の一つや二つは仕方がない。
ファルスは少し、戸惑っている。足に空いた穴を今さらながら痛がったりする。
唐突に終わってしまった戦闘だが、二つの勢力はラスクを中心に石英の照らす穴付近と入口付近に分かれた。タイズが安全と踏んで駆けてくる。
「え、カラスというのは不死鳥の姿を制御できるものか?」
「黙れよタイズ」
「これは事件だ。神官はこの赤鴉の女を崇める必要が出てくる。愚昧な貴様に意味が分かるか? この冥土の民にエラ王国の民が跪く必要が出てくるかもしれないということだ。そんなこと、許されるか!」
タイズが大鎌を振り上げる。まさか、またラスクを殺そうと言うのか。アレガはファルスを捨て置き、前に飛び出す。だが、タイズの暴挙を阻止したのは、あろうことか、遅れてやってきたオオアギだった。
「赤鴉の両翼の一人に手を出すんじゃないよ!」
タイズは流れ弾に被弾し、翼から出血した自身の血を見て太陽神を罵る始末だ。
「どこを見てるのかしら」
衝撃と共にアレガの身体を銃声が貫いた。肩の被弾で済んだのは、かろうじて身を捩ったからだ。もしファルスが声も出さずに銃を発射していたら、よけきれなかっただろう。肩の激痛は、すぐに熱を帯びてくる。痛みには慣れているつもりでも、銃にはじめて撃たれたので肩の骨の近くに異物感があって吐き気がした。痛みの種類が複雑だと、胃に何か刺激が伝わるのか、喉から胃酸が逆流しそうになる。
だが、一つ分かったことがある。ニンゲンはお喋りだ。ファルスは特に、ニンゲンであることの優越感のようなものを抱いている。どうして? 同じニンゲンなのに。まだ数回しか会っていないのに、半鳥人に属する自分を馬鹿にしたような目で見てくるのだ。ニンゲンは簡単に相手を見くびる生き物のようだ。尊敬というものを抱くことがないのかもしれない。
アレガはニンゲンの嫌な部分を見たような気がして、無言で槍を振り下ろす。穴の中でファルスはラスクを盾に取る。
「待て、やめときなさい!」
今の「待て」だけ、男のような声だった。ファルスは、やはり男なんだなと理解する。そもそも、女の振りをしているのも、相手を油断させるためのような気がしてきた。女としての矜持はあまり持ち合わせていないように思えたのだ。
「あ」
ファルスの腕に首を絡め取られたラスクが淡い光の揺らめく天井を見上げる。ファルスも感嘆の声を上げる。石英に張られた水が突如波打つのをやめ、湖面のように月を映し出した。それだけではない、南十字星もだ。
時間切れ? まさかなとアレガはラスクに目をやる。ラスクは、見つめ返してくるばかりだ。
突如ラスクは呻きはじめた。痛みのためではない、身体が膨張している。小さな足が元の大きさに膨れ上がり、胴体や顔も膨れ上がる。赤黒い羽毛が生えてくる。本物の鳥のような姿に変化している。ファルスはラスクを押さえつけていられなくなり、尻もちをつく。アレガは無言で、ファルスに飛び掛かる。ラスクはその間もむくむくと成長を続ける。いつも身に着けている乳押さえや首巻きが、膨らむ肉体についていけずにはち切れる。緑の光沢のある翼が赤い光沢に変わる。
アレガはラスクに見惚れそうになるのを我慢し、ファルスの足に槍を突き刺した。ファルスは唾を飛ばして叫んだ。悲鳴は男のものだ。痛みに関しては素の自分が出るのかもしれない。
後方の銃撃戦が止む。ワトリーニ隊長は満身創痍で立ち尽くしている。腕や足、胴を複数撃たれており、生きているのがやっとだった。だが、全長十メタリ以上になったラスクに敬意をこめて突然跪いた。
アレガはファルスの反対側の足も突き刺した。正直、殺すべきか迷った。ラスクを救うのが使命だ。ラスクは自分の声を失い、今はどんな鳥とも似つかない鳴き声を上げている。悲鳴ではない、だが、この争いを憂いている悲し気な低い鳴き声だ。
不死鳥は黒かった。誰もが想像していたような真っ赤で清らかな姿ではなかった。神として崇めるべき存在のはずなのに、跪くことができたのはワトリーニ隊長だけだった。信仰とはほど遠いと思っていたが、タイズよりも先に愛を示した。タイズは怖気づいて後方まで引き返した。
ふと我に返った一部のニンゲンがこれを好機と捉え、ワトリーニ隊長を射殺してしまった。
屈強な肉体が膝をつき、重たい頭部を地面に打ちつける。兵たちは悲痛な叫び声を上げた。だが、不死鳥の出現に畏怖の念を抱き、隊長に駆け寄ろうにも動けないでいる。そのうちの何人かが、黒い山のような不死鳥にその場で跪くなどしたが、不死鳥は隊長を憐れんだ眼で見つめるだけだ。死は取り消せない、それが自然の掟だ。兵たちは泣く泣く隊長の亡骸を引きずるようにして運んだ。
ファルスは感極まって不死鳥に両手を広げ高く突き出す。
「ああ、不死鳥よ! あたしが望んでだのはこれよ。早く、脳を取り出さないと!」
「まだそんなこと言ってんのかよ!」
アレガはファルスが小銃で不死鳥を撃とうとしたので顔面を拳で殴る。もう槍など使っていられない。
ファルスは拳を受け止めた。腕力は立派だった。だてにニンゲンを率いてはいないようだ。
「もうやめろよ。俺たちはラスクを取り戻したいだけだ。お前も国に帰れ」
「ここに来て、帰れですって?」
アレガは殴られた。鼻の骨が折れるような鋭い痛みと、鈍い音がした。鼻血が水のように流れ出る。
「ふ、ふざけるなよ! 俺はニンゲンのお前と争っても意味がない。ラスクとゴホンの密林に帰るんだ。俺たちには帰る場所がある。お前らも帰れ。国がないなら作れ。ここじゃなくて、旧レイフィ国ってところで」
ファルスの眉間に深い皺が浮かび上がる。しとやかさは失せている。痩せぎすの怒りっぽい男が、転がっているだけだ。
「旧レイフィ国は破壊された。エラ国によってね」
「そっちが攻撃してきたからだろ」
「そうよ。ニンゲンはね、攻め込んで領土を広げる生き物なのよ。生きて生きて、増えて、繁栄して、国土を広げるの。だけど、半鳥人ばかりが大陸の気候にも適応して増えていく。ニンゲンは極寒の地で凍え死ぬの。半鳥人は、あたしたちが暮らすことのできる温暖な地帯に住んでいたのよ」
ファルスにつかまれた拳をむりやり押し返す。後方でニンゲン十五人と半鳥人五十人に双方の戦力が減ってしまった戦闘が再開された。
ラスクの一声に、太陽の神殿が震える。
「不死などありはしません――」
ラスクはのたうち、天井まで届く巨体を捩って銃を乱射するニンゲンを圧し潰し、それを射たり、突いたり、斬ったりする味方の半鳥人も翼で押しのけた。
「今分かりました。私はウロ様の娘なんかじゃない。あの子は妹。ウロ様が私の妹……。私、もう別人なんです。生まれ変わる権利が与えられたに過ぎないんですよ」
悲痛な声が、ラスクの控えめな声に変化する。同時に戦闘を真っ二つに分かつ翼が縮みはじめる。
「不死は誰も幸せにしません。記憶は失われるからです。私は妹のウロのことをすっかり忘れていました。どれだけ寂しい思いをさせてしまったのでしょう。子供に戻ってしまった私を一から育ててくれたウロのことを、私は何も知らずにお母様と呼んでしまった」
ニンゲンはなんのことか分からず泡を食ったように、戦意を喪失している。
「この私にできることは、不死鳥を求めてこれ以上苦しむ者を出さないこと」
ファルスはあっははははと大口を開けて嗤う。
「あなたやっぱり素敵よ。自分の意思で不死鳥の姿にもなれるのね? 最高じゃない! あたし、脳が欲しいとは言わないわ。何か秘薬的なものを生み出せるでしょ? あなたの血だけでも、延命はできるはず。さっき頂いた分じゃ足りないわ」
「あなた、私利私欲のために不死になりたいわけではないんです?」
ラスクは通常の大きさになり、いつもの赤鴉のカラスの一人となった。ただ、乳隠しや首巻きがはじけ飛んだので今は裸だ。だが、恥じらいはない。そのことが返って神々しさを増していた。アレガは先ほどから滴り続ける鼻血を拭う。そして、目のやり場に若干困る。鼻の骨が折れているのだから、鼻血の一つや二つは仕方がない。
ファルスは少し、戸惑っている。足に空いた穴を今さらながら痛がったりする。
唐突に終わってしまった戦闘だが、二つの勢力はラスクを中心に石英の照らす穴付近と入口付近に分かれた。タイズが安全と踏んで駆けてくる。
「え、カラスというのは不死鳥の姿を制御できるものか?」
「黙れよタイズ」
「これは事件だ。神官はこの赤鴉の女を崇める必要が出てくる。愚昧な貴様に意味が分かるか? この冥土の民にエラ王国の民が跪く必要が出てくるかもしれないということだ。そんなこと、許されるか!」
タイズが大鎌を振り上げる。まさか、またラスクを殺そうと言うのか。アレガはファルスを捨て置き、前に飛び出す。だが、タイズの暴挙を阻止したのは、あろうことか、遅れてやってきたオオアギだった。
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