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死の道砂漠こと、リチチア国の砂漠地帯に入った。
赤鴉含めた王国旅団の遠征隊は、砂漠をゆく隊商(キャラバン)と同じようにラクダを使って移動している。
遠征隊の指揮を執るのは、エラ王国旅団第一部隊隊長のワトリーニ隊長だ。次期国王は未だ定まらないが、国の代表者として神官らの多数決により任命された。
ワトリーニ隊長はその大役を喜んで引き受けた。エラ王国旅団は五百人ほどの軍勢で出発する予定だったが、山岳地帯の王都ステラバにはラクダが足りず、半数以下の二百人で南の太陽神殿を目指している。
赤鴉からはアレガ、ことなかれ主義者が従軍する。神官タイズも一緒だ。驚いたことにタイズは自らの意思でニンゲンとの闘いに参加した。
ほかの神官は王都ステラバで今もなお死につつある同胞を悼んだり弔ったりする儀式で忙しい。
灼熱の大地は、密林では経験したことのない渇きを与えた。途中でオアシスを経由しなければ、いくら暑さに強い半鳥人でも目的地までに乾ききってしまう。ニンゲンも陸路ならば同じ百キロメトラムの道順を一日で辿る必要があるが、飛行気球で向かったのだとしたら数刻で先に到着している可能性がある。
リチチア国に入ってからというもの、国民の半鳥人には今のところ一刻を過ぎても遭遇していない。それだけ死の道砂漠が危険なのだろう。
アレガは黒っぽい毛を持つラクダに一人で跨り、エラ王国旅団の隊列の中ほどに組み込まれた。ことなかれ主義者はすぐ傍で黄土色の毛のラクダに乗っているが、なぜかタイズも隊の中腹に位置を指定された。
タイズ曰く、南十字星が昇るまでが勝負だという。
「不死鳥になる儀式は砂漠で夜に行われる。不死鳥は太陽の化身のはずだが、その生まれる瞬間は夜だったという。胎児と同じで暗い腹の中から生まれるように、夜を好むのかもしれないな。あくまで僕個人の意見だが。大事なのは、不死鳥ではない者が不死鳥になるには、先祖返りして不死鳥になることと、その不死鳥の脳を食すという二つがある」
「げっ。脳を?」
「食したものは、血肉となるという考えだろう。そもそもの話だ。不死になりたいという欲求の中に、年を取りたくないという思いがある。身体の部位で取り換えが利かないものの最たるものとして、脳がある。肉体の老化は火傷治療のときのように皮膚を移すという方法があると仮定できると思わないか? 唯一それができないのは、脳だ。脳だけは他人のものと取り換えが利かない。だから、食して自分のものとする」
タイズは自分の話に酔っているような口ぶりだ。老化することが、それほど恐ろしいことだとはアレガには思えなかったのだが。
「お前はなんで若返りたいんだよ」
「僕は若返りたいとは言っていない。不老ではなく不死が望みだ。僕は戦争の犠牲者だ。禁句とされる先の戦争の話をいずれ、世に知らしめる。僕が受けた身体的苦痛や精神的苦痛を後世に伝承する必要がある」
チシー爺さんを貸してやろうかとアレガは思ったが、やめておいた。戦争の悲劇については分からない。だが、タイズは誰かの口承伝承を望んでいないように思えた。
自身で口承伝承をしたいのかもしれない。一言一句をありのままの生々しさで。
不死鳥の役目は歴史の保存、記録者なのかもしれない。
「先のことより、今を生きることの方が大事だと俺は思うんだけど。……ラスクは脳をもう食べられてると思うか?」
「儀式が先だ。足を切断してアロエと一緒に磨り潰し、南十字星に掲げる。不死鳥の友人が両足揃って健康な状態であるのは、そのときまでだということだ」
そこでなぜかにやけるタイズは、ラスクの悲劇を他人事だと思っている節がある。
「お前だってラスクを狙ってたのに、なんだよ」
「おや、貴様まさかあの女に気があるのか。もし彼女がすでに殺されていれば、僕としてはまたとない好機なんだが。みんなもそう思わないか?」
タイズに煽られても王国旅団は寡黙にラクダを走らせている。汗をかかない半鳥人たちの額に薄っすら汗の筋が流れている。なんだ、あいつらも限度を越えたら汗を掻くのかとアレガは少し嬉しくなる。一人話し散らかすタイズのチュニックも、汗で濡れている。
アレガはずっと汗を掻きっぱなしだったので、水を飲む。唇に向かい風が運んできた砂が付着していて、自分のものとは思えないざらざらした口に水袋をつける。途端、抑えが利かなくなって盛大に水を煽る。歯茎まで砂でじゃりじゃりする。
「……早すぎる。ニンゲンらしいと言えばそうだが。あまり急いて飲むとオアシスまで持たないぞ。ラクダは別だが。こいつらは、あえて喉を乾かせてやる。それから一気に飲ませると当分は水を必要としなくなる。そうだろ王国旅団? 貴様もそうだといいが」
タイズはやはり嫌な奴に変わりがない。タイズの薄ら笑いを浮かべる顔をアレガはきつく睨む。協力の申し出はあわよくばラスクを得られたら僥倖だということだろう。オオアギが守ったのは自分だけではなくタイズもだが、こいつが助かる価値はあったのだろうか。
ラスクだけは渡してたまるかと己に誓う。
オアシスに着く頃には、全身の皮膚が焼けて発赤していた。ことなかれ主義者が介抱してくれなければ、ラクダから降りることもままならなかった。
「思ったより……熱いな」
「そうね。私たちは汗を経験したことがなかったけれど、こんなに濡れるものなのね。驚いたわ。あなたが服を着たがらない理由が分かる気がする。ワトリーニ隊長が今後の計画を説明するようだけど。斥候班を募集しているみたい」
ヤシの木と灌木が茂るオアシスはまさに楽園で、ラクダたちより先に半鳥人は湧き出る泉に身を投げた。透明度は低く、土色の混じった水だったが、気にならないぐらい水を欲していた。
アレガはマントをこれ以上傷めないように脱いでから泉に飛び込んだ。肌が痛くてところどころ火傷とは別の水膨れもできている。
ワトリーニ隊長も頭を泉に浸した。アレガと目が合っても頑固そうな固く結んだ唇を崩さない。
「諸君、いい加減頃合いだろう。水の補給が済んだら、聞いてくれ。ニンゲンは我々よりははるかに熱に弱い。ラクダが我々なら奴らは馬みたいに汗だくになるだろう。だが、奴らは空を制している。なんたる屈辱だ。そこで、斥候班には奴らの本拠地を発見次第、真っ先に飛行船を破壊してもらいたい」
芋虫のような飛行気球の正式名称は飛行船と言うらしい。
「斥候以上に危険な任務だ。今の時点でやり遂げられるか意思を確かめたくてな。後衛に回りたいというのならかまわん。だが、その分ニンゲンの持つ銃と戦うことになる。いや、前衛後衛変わらず銃の標的にはなるがな」
「銃?」
あちこちで疑問の声が上がる。主に若い兵だ。アレガはなんとなく、雷の棍棒のことだと分かる。
「斥候を希望する者はいるか? これは名誉なことだ。我らエラ国の威厳と国力を見せつける戦いでもある」
「俺も行く」
ワトリーニ隊長はアレガのあっけらかんとした申し出に、白い歯を見せて笑う。
「ニンゲン同士殺し合ってくれるのなら、我々としても助かるからかまわないが」
兵たちが声を上げて笑う。そんなにおかしいことだろうか。
「俺は赤鴉として仲間を助けるために戦うんだ。よく覚えとけ」
「まぁ、血の気が多いガキは嫌いじゃないが……。いかん、元嫁の口癖が移った」
ウロなら確かに言いそうなことだ。
「よし、カラスのガキを斥候班に加えろ」
アレガは慌ててマントを羽織る。いたずらっぽく口元を綻ばせる。
「カラスかぁ」
「ウロのところの所有物だからな」
「おっさんもウロを殺し損ねたもんな」
ワトリーニ隊長は渋い顔をする。
「……二度は殺せんだろう。あれは自由過ぎた。私の力を見せつけ仕留める機会はあったんだがな。そういうお前も因縁があったのか?」
「ま、腐れ縁かな。殺し損ねてよかったのかも」
アレガは歯を見せて笑った。
砂漠とオアシスを交互に渡り抜け、丸一日の旅を終えた頃。酉の刻になり、日はほとんど沈んだ。刻限の南十字星が空にはっきりと現れるのは、戌の刻だ。もう一刻の猶予もないとはこのことだ。
青ざめた砂漠の土は、部隊の松明に照らされると黄金に輝く。赤茶けた月はまだ低く薄闇を照らすには頼りない。
その代わり、遠方に火が密集しているような灯りがはっきりと見えた。明らかに誰かが灯した焚火の群れだ。その周囲に芋虫形の飛行船が五隻係留されている。砂漠に竿みたいなものを突き刺して留めているようだ。
その向こうには台形の建造物がある。王都ステラバの石垣よりもまだ大きな切り出された石が積み上げられている。あの建造物自体が生贄を乗せる祭壇みたいな形をしているが、近づくにつれ、あれの上を登ることは山登りに等しいと分かった。遠目には、住居三階建てぐらいに思えたが、近くになると神殿の高さは五階建て以上あった。畏怖の念に駆られ、何人かは神殿に向かって感嘆のため息を漏らす。
ワトリーニ隊長の指示に従い、斥候班は飛行船の排除に向かう。砂漠は姿を隠し通せるものが何もないので、砂をまぶした敷物を身体にまとって隠れ蓑とした。
夜風は冷たく、長引けば服を着る必要があるとアレガは思った。ニンゲンの姿は見当たらない。代わりに、日中の暑さに耐えかねたように脱ぎ捨てられた衣類が天幕に置かれている。ニンゲンもチュニックが基本の服装らしいが、見たことがない上衣と下衣もあった。置かれている荷物も金属類が多い。箱や腰かけなんかも鉄でできていた。ニンゲンとは余計なものを作るんだなと感心した。椅子などはアレガにはほとんど縁がない。腰掛けるものは、自然の石や木を利用していた。エラ国では鉄が貴重なので、武器ぐらいしか鉄は使われない。
アレガは斥候班と共に十名で飛行船へと駆け寄る。
原生林の一番高い木を横に倒したぐらいの長さはある。近くで見ると芋虫風の胴体の下に、ニンゲンが乗り込む駕籠がある。といっても、長屋のようで住居にも見える。
係留している竿から数人ずつ木登りの要領でよじ登って侵入する。中には巨大弩や係留するのに必要な錨や縄がある。中は広く一同面食らってしまう。居住空間になっていたからだ。ニンゲンに遭遇する確率が高まり、兵たちは話し合う。確かに、このままだと奇襲とはいえ不利を被るのはこちら側かもしれない。
そもそもニンゲンはなぜここにいないのか。飛行船を宙に係留しているから侵入者はないと高を括っているのか。
アレガは兵たちにニンゲンについて聞く。
「この中で先の戦争を経験した奴は?」
若い男が答える。
「いない。半鳥人はそもそも戦争を経験した者は勇退し、隠居する。ワトリーニ隊長が例外なのだ」
「じゃあ、ニンゲンが何を考えているのか誰も分からないのか。前回はどうやって勝ったんだよ。奴らの自滅だっけ?」
「そう聞いている。ニンゲンは欲に溺れて自滅する生き物だ」
「なるほど……。じゃあ、あいつらみんな不死鳥になりたいのかもな。だから、ここにいないと」
兵たちははっとして船内へ駆け込んだ。アレガも後を追う。居住区はきっちり区分けされており、寝室、台所など見たことのない金属の素材で構成されていたとしても、一目で用途が分かるようになっていた。
やはり、船番はいない。操舵室には意味の分からない文字の書かれた計器がある。エラ国には文字が存在しないのでそれが数字だとは誰も分からないが、飛行船は予想以上に複雑な乗り物だということをみなが理解した。
家ごと飛んでいるのと変わりがない。いや、それ以上に充実していた。水の出る台所には原理が分からず、聖物として危うくニンゲンのものを崇めそうになってしまう兵もいた。
「全室確認取れたか?」
斥候班長と思われる若い男が問う。
「異常なし」と声が上がる。ラスクのいた痕跡もない。ラスクなら抵抗して、羽根の一つでも抜け落ちるだろう。
頼む。まだ生きていてくれよ――。
不死になりたいニンゲンが大勢いるとしたら己が欲望の為に、ラスクたった一人を奪い合うなんてことも起こりえる。
ラスクに来るのが遅いですよと怒られそうだ。怒られるだけならまだいい。その声が聞きたいとアレガは船内のものを蹴散らしながら、飛行船の空気袋を破る作業に取り掛かる。外から槍で突く案もあったが、それだと目立つ。案の上、内部から調べて良かったことがあった。飛行船の空気袋は一つのように見えて、内部では小分けにされていた。大きな空気袋が左右に三つずつ分かれて、六つで一つを構成していた。骨組みもある。中から見ると魚の骨みたいで、魚に食われたのかと錯覚した。
ワトリーニ隊長からは火が爆発を招くと言っていた。中は自分たちが毎日吸っている空気と違うガスと呼ばれるものが入っているらしい。穴を空けたらさっさととんずらだ。
飛行船の空気が抜ける音を聞きながら外に飛び出た。ほかの飛行船も同時に萎み始める。斥候班は任務を成し遂げたのだ。
ようやく前衛の兵たちもニンゲンの拠点に入って来る。ことなかれ主義者もやってきた。
「一緒にいなくても大丈夫だった?」
「ほかに九人もいたんだ。俺がどんな失敗すると思ってんだよ。それよりニンゲンがどこにもいないんだ。もう太陽神殿に入ったんだと思う」
「なるほど、ラスクの安否が心配ね」
ニンゲンの焚火は王国旅団により消されていた。ガスの引火を防ぐのだとか。ワトリーニ隊長にほかは何も触るなと命令された。ニンゲンの武器らしきものもあったが、扱いが分からない以上下手に触って怪我でもしたら危ない。ニンゲンが一か所に集まっているのなら、奇襲をかけて一人ずつ始末するのがいいと結論づけられた。
神殿は上に登る石段よりも、内部の階下へ続く階段を王国旅団は注視して固めた。裏口がないか確かめろと命令されて、アレガは台形の神殿を一周する羽目になったが、安全のために背に腹は変えられない。見て回ったところ、入口は正面の一か所だけだ。
「ニンゲンに好き勝手させるものか。奴らを旧レイフィ国に追い返すのだ!」
ワトリーニ隊長は突入を命じる。別に不死鳥には興味がないらしい。純粋にニンゲンが嫌いなだけのようだ。余計な思惑がない純粋な隊長のようだ。ゆえに、ウロにも傲慢な態度を取って暴力を振るい、逃げられたのだろう。
ことなかれ主義者が神殿に向かって深いため息をつく。神殿は赤い月に照らされて美しい。
「これは、リチチア国の王族の墓によく似た構造よ」
「王様の墓ってことは、捧げものの財宝もあるな」
アレガはそう口に出してみると、赤鴉としての血が自分にも通っているなと武者震いした。
兵と共に石造りの洞窟に入り込む。入口は狭く一人通れるほどの幅と、天井も腰を屈める必要があるぐらい低い。神殿とは言うがほとんど洞窟だった。夜は光が一切遮断されている。これのどこが太陽神殿なのか。
兵たちが松明を灯すことをワトリーニ隊長が仕方なく認める。半鳥人は夜になると視力が著しく低下する者が多い。昼はアレガの四倍先まで見通せるのにだ。
下り終えるとだだっぴろい空気の澄んだ広間に出た。急に天井が高くなる。地下だというのに快適な温度で、暑すぎず寒すぎない。リチチア国に入ってから体感的に一番心地いい場所かもしれない。
半鳥人を模した巨大な埴輪が四つ、東西南北に祀られている。原生林の巨木並みに高さのある埴輪を、どうやってあの狭い通路を通してここに運び込んだのか謎だ。アレガの疑問に答えるように、ことなかれ主義者が持ち前の博識を披露する。
「あの埴輪に継ぎ目があるのが見える? 材料の粘土を内部に運んで屋内で焼き、接着して完成させてるの。黒斑が見られないから野焼きではなくて、窯焼きね。窯があったということは、内部に通気口のような穴もあるはず」
そう言って勝手に広間を走り、壁に小さな穴がある箇所を見つける。その足元には窯の痕があった証となる炭が残っている。
「埴輪などどうでもいいだろう」
ワトリーニが少々声を荒立てる。これには、ずっと大人しかった神官タイズが猛反発する。
「お言葉ですが隊長。あの入口方向、つまり南に位置する埴輪は太陽神です。北方向は大地神大地神、西は雷神、東は水神――我らの神聖な神々ではないか。ニンゲンどもに踏み入られたとあっては、神々も泣いているかもしれない。ニンゲンは我々の神を石ころに祈るのと同じだと罵倒したことを忘れたか」
「ふん、青二才が。貴様はただ捕まって拷問されて泣いていただけだろう。貴様の方こそ、私が救い出してやったことを忘れたわけではあるまい。ニンゲンの暴挙は我々の神を否定することも含め、土地を奪おうとしたことにある。太陽神が我が部隊を救った試しはない。貴様が拷問されているのを救ったのも、神ではなくこの私だ」
タイズも負けてはいない。
「神が救わないのではない。神は高慢を嫌う。己が正しいと正義を振りかざす王国旅団を嫌ったのだ。神は縋る者の言葉を聞き入れて下さる。神によって僕を救うためにあなたを遣わした」
とうとうワトリーニ隊長は馬鹿馬鹿しいと声を荒げる。どれもこれも同じような埴輪で、どの神も地上には降りて来ないと吼える。
ワトリーニ隊長には全部同じに見えるらしいが、これらの埴輪はまったく異なるとタイズが必死に訴えている。無学のアレガでも神の見分けぐらいつく。太陽神は上半身裸で筋骨隆々。頭は完全にオウギワシで半鳥人というよりも、ほとんど鳥みたいだ。ベルトを巻き、マントを身に着けている。半鳥人を導くための杖を持っている。
大地神は竜の姿の女神だ。胸があるから女だと分かる。竜だが胴体はほぼアレガたちと同じだ。足には鱗がある。腹這いになり、胸が強調されている姿勢が、野性味溢れ荒々しく妖艶だ。口元は薄っすら微笑んでいる。建造者は遊び心を発揮したようで、豊穣を司る女神らしく、手には酒(チチャ)の入っているであろう革袋を持っている。
雷神は知的で勤勉さを思わせる長着を纏う。笛と棍棒を持っており知恵者でありながら、武力も他の神に引けを取らないことを見せつけている。
水神は襤褸布を纏った半鳥人で水路を造る神だ。老いた見た目だが、どの神よりも逞しく健康的な肉体美を誇っている。
「貴様ら神官が広めた神々の教えが、今こうして我々を苦しめていると気づかんのか。そもそも、先祖の謎を解き明かしたのが過ちだろう。半鳥人はいずれ空を飛べなくなる。飛ばずとも食にありつけるよう『歩行』を覚えたからな。ニンゲンにも弱みとして知られているだろうな。だから、ニンゲンが今攻めて来たと思わんか? 我々はいずれニンゲンのように地を歩き回るようになる。そうなったとき、大部分の土地を占領しているのは我々だ。今の内に排除したいとニンゲンは考えるだろう。さらに、こう思うだろうな。半鳥人がニンゲンと同じになるのなら、ニンゲンが半鳥人の祖先である不死鳥になることもできるのではないかと」
タイズは押し黙る。ニンゲンと半鳥人が身体的に近い生き物であるのなら、幼い頃のアレガなら大手を振って喜んだだろう。だが、今はあまり嬉しくはない。
「貴様のような下手に生き残った若造が不死鳥を探して同族を狩ったのは、己の弱さを露呈したくなかったからではないか? 許したわけではないぞ」
アレガもタイズの同族狩りを許してはいない。その点は同意見だ。
「それでも、神を冒涜する貴様はニンゲンと同じだ。ニンゲンは我らの神を石ころと同じだと思っている。例え、今すぐに救いがなくとも、神は神だ」
タイズは目に涙まで溜めた。だが、決して瞼から零れ落ちない。
神が半鳥人を救うのかは答えが出ない問題だろう。なら、悩まず俺たちがラスクを救うべきだ。行動を起こすのは神の意思によるものではなく、自分の意思で決定するからだ。
アレガは自分のやりたいことがはっきりと分かってきた。湧いてくる気力に、鋭くなった聴覚が反応する。小石が転がる音を捉えた。ニンゲンの履く靴は歩く度にキツツキが気に穴を空けるような硬い音を鳴らす。
「ニンゲンがいる。数は三人」
アレガがそう分析すると、ワトリーニ隊長は双斧を手に鼻をひくつかせる。アレガにはちっとも嗅ぎ取れないが、兵たちは敏感に「近いぞ!」と警戒を始める。
赤鴉含めた王国旅団の遠征隊は、砂漠をゆく隊商(キャラバン)と同じようにラクダを使って移動している。
遠征隊の指揮を執るのは、エラ王国旅団第一部隊隊長のワトリーニ隊長だ。次期国王は未だ定まらないが、国の代表者として神官らの多数決により任命された。
ワトリーニ隊長はその大役を喜んで引き受けた。エラ王国旅団は五百人ほどの軍勢で出発する予定だったが、山岳地帯の王都ステラバにはラクダが足りず、半数以下の二百人で南の太陽神殿を目指している。
赤鴉からはアレガ、ことなかれ主義者が従軍する。神官タイズも一緒だ。驚いたことにタイズは自らの意思でニンゲンとの闘いに参加した。
ほかの神官は王都ステラバで今もなお死につつある同胞を悼んだり弔ったりする儀式で忙しい。
灼熱の大地は、密林では経験したことのない渇きを与えた。途中でオアシスを経由しなければ、いくら暑さに強い半鳥人でも目的地までに乾ききってしまう。ニンゲンも陸路ならば同じ百キロメトラムの道順を一日で辿る必要があるが、飛行気球で向かったのだとしたら数刻で先に到着している可能性がある。
リチチア国に入ってからというもの、国民の半鳥人には今のところ一刻を過ぎても遭遇していない。それだけ死の道砂漠が危険なのだろう。
アレガは黒っぽい毛を持つラクダに一人で跨り、エラ王国旅団の隊列の中ほどに組み込まれた。ことなかれ主義者はすぐ傍で黄土色の毛のラクダに乗っているが、なぜかタイズも隊の中腹に位置を指定された。
タイズ曰く、南十字星が昇るまでが勝負だという。
「不死鳥になる儀式は砂漠で夜に行われる。不死鳥は太陽の化身のはずだが、その生まれる瞬間は夜だったという。胎児と同じで暗い腹の中から生まれるように、夜を好むのかもしれないな。あくまで僕個人の意見だが。大事なのは、不死鳥ではない者が不死鳥になるには、先祖返りして不死鳥になることと、その不死鳥の脳を食すという二つがある」
「げっ。脳を?」
「食したものは、血肉となるという考えだろう。そもそもの話だ。不死になりたいという欲求の中に、年を取りたくないという思いがある。身体の部位で取り換えが利かないものの最たるものとして、脳がある。肉体の老化は火傷治療のときのように皮膚を移すという方法があると仮定できると思わないか? 唯一それができないのは、脳だ。脳だけは他人のものと取り換えが利かない。だから、食して自分のものとする」
タイズは自分の話に酔っているような口ぶりだ。老化することが、それほど恐ろしいことだとはアレガには思えなかったのだが。
「お前はなんで若返りたいんだよ」
「僕は若返りたいとは言っていない。不老ではなく不死が望みだ。僕は戦争の犠牲者だ。禁句とされる先の戦争の話をいずれ、世に知らしめる。僕が受けた身体的苦痛や精神的苦痛を後世に伝承する必要がある」
チシー爺さんを貸してやろうかとアレガは思ったが、やめておいた。戦争の悲劇については分からない。だが、タイズは誰かの口承伝承を望んでいないように思えた。
自身で口承伝承をしたいのかもしれない。一言一句をありのままの生々しさで。
不死鳥の役目は歴史の保存、記録者なのかもしれない。
「先のことより、今を生きることの方が大事だと俺は思うんだけど。……ラスクは脳をもう食べられてると思うか?」
「儀式が先だ。足を切断してアロエと一緒に磨り潰し、南十字星に掲げる。不死鳥の友人が両足揃って健康な状態であるのは、そのときまでだということだ」
そこでなぜかにやけるタイズは、ラスクの悲劇を他人事だと思っている節がある。
「お前だってラスクを狙ってたのに、なんだよ」
「おや、貴様まさかあの女に気があるのか。もし彼女がすでに殺されていれば、僕としてはまたとない好機なんだが。みんなもそう思わないか?」
タイズに煽られても王国旅団は寡黙にラクダを走らせている。汗をかかない半鳥人たちの額に薄っすら汗の筋が流れている。なんだ、あいつらも限度を越えたら汗を掻くのかとアレガは少し嬉しくなる。一人話し散らかすタイズのチュニックも、汗で濡れている。
アレガはずっと汗を掻きっぱなしだったので、水を飲む。唇に向かい風が運んできた砂が付着していて、自分のものとは思えないざらざらした口に水袋をつける。途端、抑えが利かなくなって盛大に水を煽る。歯茎まで砂でじゃりじゃりする。
「……早すぎる。ニンゲンらしいと言えばそうだが。あまり急いて飲むとオアシスまで持たないぞ。ラクダは別だが。こいつらは、あえて喉を乾かせてやる。それから一気に飲ませると当分は水を必要としなくなる。そうだろ王国旅団? 貴様もそうだといいが」
タイズはやはり嫌な奴に変わりがない。タイズの薄ら笑いを浮かべる顔をアレガはきつく睨む。協力の申し出はあわよくばラスクを得られたら僥倖だということだろう。オオアギが守ったのは自分だけではなくタイズもだが、こいつが助かる価値はあったのだろうか。
ラスクだけは渡してたまるかと己に誓う。
オアシスに着く頃には、全身の皮膚が焼けて発赤していた。ことなかれ主義者が介抱してくれなければ、ラクダから降りることもままならなかった。
「思ったより……熱いな」
「そうね。私たちは汗を経験したことがなかったけれど、こんなに濡れるものなのね。驚いたわ。あなたが服を着たがらない理由が分かる気がする。ワトリーニ隊長が今後の計画を説明するようだけど。斥候班を募集しているみたい」
ヤシの木と灌木が茂るオアシスはまさに楽園で、ラクダたちより先に半鳥人は湧き出る泉に身を投げた。透明度は低く、土色の混じった水だったが、気にならないぐらい水を欲していた。
アレガはマントをこれ以上傷めないように脱いでから泉に飛び込んだ。肌が痛くてところどころ火傷とは別の水膨れもできている。
ワトリーニ隊長も頭を泉に浸した。アレガと目が合っても頑固そうな固く結んだ唇を崩さない。
「諸君、いい加減頃合いだろう。水の補給が済んだら、聞いてくれ。ニンゲンは我々よりははるかに熱に弱い。ラクダが我々なら奴らは馬みたいに汗だくになるだろう。だが、奴らは空を制している。なんたる屈辱だ。そこで、斥候班には奴らの本拠地を発見次第、真っ先に飛行船を破壊してもらいたい」
芋虫のような飛行気球の正式名称は飛行船と言うらしい。
「斥候以上に危険な任務だ。今の時点でやり遂げられるか意思を確かめたくてな。後衛に回りたいというのならかまわん。だが、その分ニンゲンの持つ銃と戦うことになる。いや、前衛後衛変わらず銃の標的にはなるがな」
「銃?」
あちこちで疑問の声が上がる。主に若い兵だ。アレガはなんとなく、雷の棍棒のことだと分かる。
「斥候を希望する者はいるか? これは名誉なことだ。我らエラ国の威厳と国力を見せつける戦いでもある」
「俺も行く」
ワトリーニ隊長はアレガのあっけらかんとした申し出に、白い歯を見せて笑う。
「ニンゲン同士殺し合ってくれるのなら、我々としても助かるからかまわないが」
兵たちが声を上げて笑う。そんなにおかしいことだろうか。
「俺は赤鴉として仲間を助けるために戦うんだ。よく覚えとけ」
「まぁ、血の気が多いガキは嫌いじゃないが……。いかん、元嫁の口癖が移った」
ウロなら確かに言いそうなことだ。
「よし、カラスのガキを斥候班に加えろ」
アレガは慌ててマントを羽織る。いたずらっぽく口元を綻ばせる。
「カラスかぁ」
「ウロのところの所有物だからな」
「おっさんもウロを殺し損ねたもんな」
ワトリーニ隊長は渋い顔をする。
「……二度は殺せんだろう。あれは自由過ぎた。私の力を見せつけ仕留める機会はあったんだがな。そういうお前も因縁があったのか?」
「ま、腐れ縁かな。殺し損ねてよかったのかも」
アレガは歯を見せて笑った。
砂漠とオアシスを交互に渡り抜け、丸一日の旅を終えた頃。酉の刻になり、日はほとんど沈んだ。刻限の南十字星が空にはっきりと現れるのは、戌の刻だ。もう一刻の猶予もないとはこのことだ。
青ざめた砂漠の土は、部隊の松明に照らされると黄金に輝く。赤茶けた月はまだ低く薄闇を照らすには頼りない。
その代わり、遠方に火が密集しているような灯りがはっきりと見えた。明らかに誰かが灯した焚火の群れだ。その周囲に芋虫形の飛行船が五隻係留されている。砂漠に竿みたいなものを突き刺して留めているようだ。
その向こうには台形の建造物がある。王都ステラバの石垣よりもまだ大きな切り出された石が積み上げられている。あの建造物自体が生贄を乗せる祭壇みたいな形をしているが、近づくにつれ、あれの上を登ることは山登りに等しいと分かった。遠目には、住居三階建てぐらいに思えたが、近くになると神殿の高さは五階建て以上あった。畏怖の念に駆られ、何人かは神殿に向かって感嘆のため息を漏らす。
ワトリーニ隊長の指示に従い、斥候班は飛行船の排除に向かう。砂漠は姿を隠し通せるものが何もないので、砂をまぶした敷物を身体にまとって隠れ蓑とした。
夜風は冷たく、長引けば服を着る必要があるとアレガは思った。ニンゲンの姿は見当たらない。代わりに、日中の暑さに耐えかねたように脱ぎ捨てられた衣類が天幕に置かれている。ニンゲンもチュニックが基本の服装らしいが、見たことがない上衣と下衣もあった。置かれている荷物も金属類が多い。箱や腰かけなんかも鉄でできていた。ニンゲンとは余計なものを作るんだなと感心した。椅子などはアレガにはほとんど縁がない。腰掛けるものは、自然の石や木を利用していた。エラ国では鉄が貴重なので、武器ぐらいしか鉄は使われない。
アレガは斥候班と共に十名で飛行船へと駆け寄る。
原生林の一番高い木を横に倒したぐらいの長さはある。近くで見ると芋虫風の胴体の下に、ニンゲンが乗り込む駕籠がある。といっても、長屋のようで住居にも見える。
係留している竿から数人ずつ木登りの要領でよじ登って侵入する。中には巨大弩や係留するのに必要な錨や縄がある。中は広く一同面食らってしまう。居住空間になっていたからだ。ニンゲンに遭遇する確率が高まり、兵たちは話し合う。確かに、このままだと奇襲とはいえ不利を被るのはこちら側かもしれない。
そもそもニンゲンはなぜここにいないのか。飛行船を宙に係留しているから侵入者はないと高を括っているのか。
アレガは兵たちにニンゲンについて聞く。
「この中で先の戦争を経験した奴は?」
若い男が答える。
「いない。半鳥人はそもそも戦争を経験した者は勇退し、隠居する。ワトリーニ隊長が例外なのだ」
「じゃあ、ニンゲンが何を考えているのか誰も分からないのか。前回はどうやって勝ったんだよ。奴らの自滅だっけ?」
「そう聞いている。ニンゲンは欲に溺れて自滅する生き物だ」
「なるほど……。じゃあ、あいつらみんな不死鳥になりたいのかもな。だから、ここにいないと」
兵たちははっとして船内へ駆け込んだ。アレガも後を追う。居住区はきっちり区分けされており、寝室、台所など見たことのない金属の素材で構成されていたとしても、一目で用途が分かるようになっていた。
やはり、船番はいない。操舵室には意味の分からない文字の書かれた計器がある。エラ国には文字が存在しないのでそれが数字だとは誰も分からないが、飛行船は予想以上に複雑な乗り物だということをみなが理解した。
家ごと飛んでいるのと変わりがない。いや、それ以上に充実していた。水の出る台所には原理が分からず、聖物として危うくニンゲンのものを崇めそうになってしまう兵もいた。
「全室確認取れたか?」
斥候班長と思われる若い男が問う。
「異常なし」と声が上がる。ラスクのいた痕跡もない。ラスクなら抵抗して、羽根の一つでも抜け落ちるだろう。
頼む。まだ生きていてくれよ――。
不死になりたいニンゲンが大勢いるとしたら己が欲望の為に、ラスクたった一人を奪い合うなんてことも起こりえる。
ラスクに来るのが遅いですよと怒られそうだ。怒られるだけならまだいい。その声が聞きたいとアレガは船内のものを蹴散らしながら、飛行船の空気袋を破る作業に取り掛かる。外から槍で突く案もあったが、それだと目立つ。案の上、内部から調べて良かったことがあった。飛行船の空気袋は一つのように見えて、内部では小分けにされていた。大きな空気袋が左右に三つずつ分かれて、六つで一つを構成していた。骨組みもある。中から見ると魚の骨みたいで、魚に食われたのかと錯覚した。
ワトリーニ隊長からは火が爆発を招くと言っていた。中は自分たちが毎日吸っている空気と違うガスと呼ばれるものが入っているらしい。穴を空けたらさっさととんずらだ。
飛行船の空気が抜ける音を聞きながら外に飛び出た。ほかの飛行船も同時に萎み始める。斥候班は任務を成し遂げたのだ。
ようやく前衛の兵たちもニンゲンの拠点に入って来る。ことなかれ主義者もやってきた。
「一緒にいなくても大丈夫だった?」
「ほかに九人もいたんだ。俺がどんな失敗すると思ってんだよ。それよりニンゲンがどこにもいないんだ。もう太陽神殿に入ったんだと思う」
「なるほど、ラスクの安否が心配ね」
ニンゲンの焚火は王国旅団により消されていた。ガスの引火を防ぐのだとか。ワトリーニ隊長にほかは何も触るなと命令された。ニンゲンの武器らしきものもあったが、扱いが分からない以上下手に触って怪我でもしたら危ない。ニンゲンが一か所に集まっているのなら、奇襲をかけて一人ずつ始末するのがいいと結論づけられた。
神殿は上に登る石段よりも、内部の階下へ続く階段を王国旅団は注視して固めた。裏口がないか確かめろと命令されて、アレガは台形の神殿を一周する羽目になったが、安全のために背に腹は変えられない。見て回ったところ、入口は正面の一か所だけだ。
「ニンゲンに好き勝手させるものか。奴らを旧レイフィ国に追い返すのだ!」
ワトリーニ隊長は突入を命じる。別に不死鳥には興味がないらしい。純粋にニンゲンが嫌いなだけのようだ。余計な思惑がない純粋な隊長のようだ。ゆえに、ウロにも傲慢な態度を取って暴力を振るい、逃げられたのだろう。
ことなかれ主義者が神殿に向かって深いため息をつく。神殿は赤い月に照らされて美しい。
「これは、リチチア国の王族の墓によく似た構造よ」
「王様の墓ってことは、捧げものの財宝もあるな」
アレガはそう口に出してみると、赤鴉としての血が自分にも通っているなと武者震いした。
兵と共に石造りの洞窟に入り込む。入口は狭く一人通れるほどの幅と、天井も腰を屈める必要があるぐらい低い。神殿とは言うがほとんど洞窟だった。夜は光が一切遮断されている。これのどこが太陽神殿なのか。
兵たちが松明を灯すことをワトリーニ隊長が仕方なく認める。半鳥人は夜になると視力が著しく低下する者が多い。昼はアレガの四倍先まで見通せるのにだ。
下り終えるとだだっぴろい空気の澄んだ広間に出た。急に天井が高くなる。地下だというのに快適な温度で、暑すぎず寒すぎない。リチチア国に入ってから体感的に一番心地いい場所かもしれない。
半鳥人を模した巨大な埴輪が四つ、東西南北に祀られている。原生林の巨木並みに高さのある埴輪を、どうやってあの狭い通路を通してここに運び込んだのか謎だ。アレガの疑問に答えるように、ことなかれ主義者が持ち前の博識を披露する。
「あの埴輪に継ぎ目があるのが見える? 材料の粘土を内部に運んで屋内で焼き、接着して完成させてるの。黒斑が見られないから野焼きではなくて、窯焼きね。窯があったということは、内部に通気口のような穴もあるはず」
そう言って勝手に広間を走り、壁に小さな穴がある箇所を見つける。その足元には窯の痕があった証となる炭が残っている。
「埴輪などどうでもいいだろう」
ワトリーニが少々声を荒立てる。これには、ずっと大人しかった神官タイズが猛反発する。
「お言葉ですが隊長。あの入口方向、つまり南に位置する埴輪は太陽神です。北方向は大地神大地神、西は雷神、東は水神――我らの神聖な神々ではないか。ニンゲンどもに踏み入られたとあっては、神々も泣いているかもしれない。ニンゲンは我々の神を石ころに祈るのと同じだと罵倒したことを忘れたか」
「ふん、青二才が。貴様はただ捕まって拷問されて泣いていただけだろう。貴様の方こそ、私が救い出してやったことを忘れたわけではあるまい。ニンゲンの暴挙は我々の神を否定することも含め、土地を奪おうとしたことにある。太陽神が我が部隊を救った試しはない。貴様が拷問されているのを救ったのも、神ではなくこの私だ」
タイズも負けてはいない。
「神が救わないのではない。神は高慢を嫌う。己が正しいと正義を振りかざす王国旅団を嫌ったのだ。神は縋る者の言葉を聞き入れて下さる。神によって僕を救うためにあなたを遣わした」
とうとうワトリーニ隊長は馬鹿馬鹿しいと声を荒げる。どれもこれも同じような埴輪で、どの神も地上には降りて来ないと吼える。
ワトリーニ隊長には全部同じに見えるらしいが、これらの埴輪はまったく異なるとタイズが必死に訴えている。無学のアレガでも神の見分けぐらいつく。太陽神は上半身裸で筋骨隆々。頭は完全にオウギワシで半鳥人というよりも、ほとんど鳥みたいだ。ベルトを巻き、マントを身に着けている。半鳥人を導くための杖を持っている。
大地神は竜の姿の女神だ。胸があるから女だと分かる。竜だが胴体はほぼアレガたちと同じだ。足には鱗がある。腹這いになり、胸が強調されている姿勢が、野性味溢れ荒々しく妖艶だ。口元は薄っすら微笑んでいる。建造者は遊び心を発揮したようで、豊穣を司る女神らしく、手には酒(チチャ)の入っているであろう革袋を持っている。
雷神は知的で勤勉さを思わせる長着を纏う。笛と棍棒を持っており知恵者でありながら、武力も他の神に引けを取らないことを見せつけている。
水神は襤褸布を纏った半鳥人で水路を造る神だ。老いた見た目だが、どの神よりも逞しく健康的な肉体美を誇っている。
「貴様ら神官が広めた神々の教えが、今こうして我々を苦しめていると気づかんのか。そもそも、先祖の謎を解き明かしたのが過ちだろう。半鳥人はいずれ空を飛べなくなる。飛ばずとも食にありつけるよう『歩行』を覚えたからな。ニンゲンにも弱みとして知られているだろうな。だから、ニンゲンが今攻めて来たと思わんか? 我々はいずれニンゲンのように地を歩き回るようになる。そうなったとき、大部分の土地を占領しているのは我々だ。今の内に排除したいとニンゲンは考えるだろう。さらに、こう思うだろうな。半鳥人がニンゲンと同じになるのなら、ニンゲンが半鳥人の祖先である不死鳥になることもできるのではないかと」
タイズは押し黙る。ニンゲンと半鳥人が身体的に近い生き物であるのなら、幼い頃のアレガなら大手を振って喜んだだろう。だが、今はあまり嬉しくはない。
「貴様のような下手に生き残った若造が不死鳥を探して同族を狩ったのは、己の弱さを露呈したくなかったからではないか? 許したわけではないぞ」
アレガもタイズの同族狩りを許してはいない。その点は同意見だ。
「それでも、神を冒涜する貴様はニンゲンと同じだ。ニンゲンは我らの神を石ころと同じだと思っている。例え、今すぐに救いがなくとも、神は神だ」
タイズは目に涙まで溜めた。だが、決して瞼から零れ落ちない。
神が半鳥人を救うのかは答えが出ない問題だろう。なら、悩まず俺たちがラスクを救うべきだ。行動を起こすのは神の意思によるものではなく、自分の意思で決定するからだ。
アレガは自分のやりたいことがはっきりと分かってきた。湧いてくる気力に、鋭くなった聴覚が反応する。小石が転がる音を捉えた。ニンゲンの履く靴は歩く度にキツツキが気に穴を空けるような硬い音を鳴らす。
「ニンゲンがいる。数は三人」
アレガがそう分析すると、ワトリーニ隊長は双斧を手に鼻をひくつかせる。アレガにはちっとも嗅ぎ取れないが、兵たちは敏感に「近いぞ!」と警戒を始める。
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