偽りの半鳥人アレガ

影津

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 日没が迫る。アレガもウロに劣らず、体内時計でおおざっぱにではあるが、今がさるの刻であると分かる。ウロに毎夜奇襲をかけると、あと数刻もすればウロは寝床に入るなと日頃から見張っているからだ。

 ラスクが急いている。

「嫌な予感がします」

「そう言われると臭うような」

 樹幹を駆け抜け、向かう先でいさかいが起こっていることを感じ取った。ニンゲンのもたらした飛行気球と雷の棍棒は、猛獣を興奮状態に追いやった。何が起こってもおかしくない。

 「朱泥の岩窟」に、赤鴉の姿は一人も見当たらない。篝火は宴もたけなわとばかりに盛んに燃えているのだが。バナナの葉の皿から、食いかけのカブトムシの幼虫が逃げ出している。ほかにもウルシの実やココナッツがひっくり返り、トウモロコシの酒チチャの入った土瓶は打ち捨てられ、鳥たちの羽根が飛び散っていることから、みなが慌てていたことが分かる。

「声が聞こえないか?」

 闇夜に陥る陰険な樹幹の向こうで、誰かの怒り心頭に叱咤する声を聞いた。

「言われなくてもずっと聞こえてますよ。静かに!」

 密林の些細な草木の揺れる音も聞き逃さないラスクならば、話し声が仲間のものか聞き分けることができる。アレガはラスクが聞き取りやすいよう、息を止める。

「……誰か捕まっています」

 信じられないという顔でラスクは唇をわななかせた。誰かとは言わない。

「なら、急ごう」

 強欲ババアのお頭がついていながら誰かが捕まるなんて、赤鴉始まって以来の失態ではないのか? ウロなら絶対前代未聞だと言うはずだ。でも、アレガの内心はウロの失態に少しばかり胸が躍ってしまった。しかし、自分のように虐げられている気弱な「雪知らず」のエナガが捕まっていた場合は胸が痛む。

 雨上がり竹林地帯の土に煩雑に入り組んだ足跡を見つける。鳥のものとはっきり分かる足跡と、対峙するニンゲンのトウモロコシみたいな丸っこい靴跡。

 血生臭い臭気で空気が淀んでいる。

 殴打の音が間欠的に起こる。

 松明がニンゲンの不気味な陰影を木々に浮かび上がらせている。六人いる。

 奇怪な小人、大男、細身の強面、シルクハットの学者風、裸の無頼漢などが傍若無人に縄張りへ踏み込んでいる。彼らに虐げられ、地に足をつけていない赤鴉はいない。赤鴉を制圧してもなおニンゲンの昂奮は高ぶり、あろうことか攻め立て続けている。

 大男が縄で絡め取った「美食家」ジャッキを引きずり回し、絢爛な瑠璃色の羽根を引き抜いた。無口だった大男が野卑な表情を作って笑った。従順に従っているエナガは奇怪な小人に命じられるまま、仲間である赤鴉に石を投げつけるよう強要されている。普段からあまりいい扱いを受けていないエナガでも、仲間を傷つけることを拒んだ。「嗜虐医」に普段から女同士なのに卑猥なことをされかけたり、平手でぶたれていてもだ。ことさら、オオアギは自分に当てろと命令した。エナガは泣く泣く、オオアギの青灰色の翼に石を投げる。半鳥人の羽根を傷つけることは、エラ国の王都だと牢獄に入れられてもおかしくない案件だ。

 ほかは縄で拘束されているのに、ウロだけは後ろ手に鉄の手枷で拘束されている。

 ウロの着物の腰紐が解けて、ほとんど身ぐるみを剥がれる寸前だ。着物から逞しくも、妖艶な生足が伸びており、赤紫色の着物は血と泥を含んで地に塗り広がっている。

 憔悴した顔は青紫に腫れ上がっていた。細身の強面に腹を何度も棒で突かれ、ウロは血反吐を吐く。

 あの巨魁ウロが複数の闖入者に虐げられているという、目を見張る光景が繰り広げられていた。

 縄で捉えられたオオアギは、ウロの惨状にたまらず絶叫している。あまりにうるさいので、ニンゲンはオオアギの処刑を検討しているようだ。いや、先にもう現世を去った者がある。料理長イチイチとアレガと同じ斥候班の三つ子のスズメだ。それぞれ、足をもぎ取られ喉も裂かれている。この往生は、赤鴉が自由気ままに密林を跋扈し君臨する時代の終わりを告げるものかもしれない。

 エナガは三つ子のスズメの足を運び、ニンゲンらの荷車に乗せる手伝いもさせられていた。その顔は涙で濡れそぼっている。

 あの嗜虐医カーシーが膝をつき、なすすべなく涙と鼻水を垂れ流している。一方的に男の拳を頭や顔、胸や腹に打たれるのは、嗜虐趣味があるカーシーとしては許せないことだろう。

 その嗜虐医に殴る蹴るの暴行を働いているのは裸の無頼漢だ。嗜虐医に負けず劣らず長身だ。体格差や力で負けることはこれまで自然の摂理だとアレガは思っていた。嗜虐医が小さく見える。力では解決できない問題があるのかもしれない。だが、今すぐに手を打たなければ。アレガは嗜虐医のことも憎くてたまらないが、あんな死に方をされたら目覚めが悪い。

 ニンゲンを取り仕切っているのは誰だ。中心に女の姿を認める。ニンゲンの女か? とアレガは驚いて声を出しそうになる。いや、なんだあれは。計十人の男を率いているのは、鳥――?

 その奇妙な出で立ちにアレガは戦慄した。自分がしようと思ったことをこの女もしている。羽根を纏っている。だが、どれだけ羽根を纏っても、ニンゲンであることを隠しきれていない。いや、隠す気はさらさらないのかもしれないとアレガは堂々たる風体に畏怖の念が湧いてきた。

 華奢な体躯の二十代後半から三十代前半の女に見える。

 白隼の羽根で白黒斑のドレスを着、顔は同じ羽根で作ったベールで覆われていた。容姿端麗で高貴な雰囲気があるのだが、ベールからも透けて見えるあの傲慢な笑みは見ていると虫唾が走るような嫌悪感がある。

 白金の髪はほとんど白といってもいい。肌も同様に白いが腕などは血管が蒼く浮き立っている。

 顔は頬のすらっとした輪郭や顎に向かって尖る鋭角さを持ちながらも、骨ばった感じはなく美しい部類に入るだろう。緑の瞳は優しく垂れ、目尻には黄色と赤の化粧が施されている。

 薄い唇には口を大きく見えるように、上品さを失わない程度に濃いめのくれないの口紅が塗られている。
 肩幅は狭くなで肩。筋肉の一つも有していない。妖艶な美貌を傲岸不遜にも見せびらかしているようだった。残念なのは、小ぶりの胸。胸の小ささに違和感がある。白い足は申し分ないほどに細長いく屹立している。革の長靴(ちょうか)は厚底で重そうだ。

 あの「ことなかれ主義者」のシビコが中心にいるニンゲンの女を罵った。

「三つ子のスズメを苦しませて死なせることはなかったじゃない!」

 ニンゲンの女は、喉をくつくつ鳴らして「嗜虐医」よりも変質的なことを告げる。

「あたし、血が好きなのよ。だって、そうでしょう? ニンゲンの血以外ならいくら流しても損はしないじゃない? だいたいね、ハルピュイアさん? あなたたちは自然から搾取するだけじゃなくって? 自然のものをそのまま頂いて食して終わり。そうじゃないでしょ。ニンゲンはね、そこから創造することができるの」

 その声は内容とは相まって、絹のように滑らかな音を宿していた。声だけ聴いていると心安らかになるような声音なのだが、それが反って不気味だ。

 満足気にことなかれ主義者を見やる女。いや、あれは本当に女だろうか。

 ニンゲンのしっとりとした笑みが突然、嗜虐的に歪む。両手を広げて、野山で跳ねるように無邪気な高い声で笑った。声が喉で閉じるとき、わずかに低い声で咳込んだ。

 やはりこの女は男だとアレガは確信する。しかし、どこからどう見ても立ち振る舞いは完璧に女だった。
 両足を交差させるような内股の歩み一つとっても、異文化の高貴さが漂っている。 艶めかしい指の動きでウロを指差し、腰を揺らすことなく歩んでいく。頭から足まで直線になるような歩みは、そういう一種の型があるのかと思わせる。

 命名するなら異性装の貴公子といったところか。

 どういうわけがあって女として振る舞っているのか、アレガには皆目見当もつかない。先天的なものかもしれないが。

「あたしにもやらせてちょうだい。棒打ち? 嫌よ。鞭打ちになさい。楽しそうなのよね。だって、とても古い慣習でしょう? 半鳥人って野蛮なのね? あたしたち文明を築いたニンゲンが、こう簡単に滅ぶことの方が不条理じゃないかしら? 世界の摂理って不思議ね。望んだものを手に入れることは摂理に反するのかしら? 弱肉強食みたいなものよね」

 弱肉強食の何を知っているのかと、アレガは憤って前のめりになる。ラスクが制した。

「今出るのは、自殺行為です」

「お前の親がやられてんだぞ!」

 アレガはこのとき初めてラスクにも嫌悪感を抱いた。育ての親が拷問されていて、平気なのかと問いたい。

「あの、オオアギ姉さんでさえあの状態ですよ。頃合いを見計らいましょう」

 ラスクは声を押し殺すときに口を切ったのか、唇から血を滲ませる。

 ウロの拷問に暴言でもって異を唱えるオオアギにも、とうとうニンゲンの魔の手が伸びた。シルクハットの学者風は、オオアギの羽根を興味深げにむしった。青灰色の羽根が汚い灰色だと鑑定した。繊細な色の区別がつかないのかと、アレガはニンゲンの審美眼のなさに絶望した。

 オオアギは後ろ手に縄で縛られたまま足蹴にされている。

「吐け。誰なのか!」

 ニンゲンどもは口々に吐け吐けと罵った。

「あっしが知るか!」

「貴様のような下等で汚穢おわいな思考しかできない生物に解答は得られないと思っているがね」

 そう言って、シルクハットの学者風が冷笑する。アレガは違和感を感じた。ニンゲンはカラスのみならず半鳥人を蔑んでいる。

 異性装の貴公子が口元を手で押さえて微笑む。

「思考も何も、虫を食べることしか考えてないんじゃないかしら? まさかと思ったわねぇ。蛮族だわ。あなたたち鳥はね。かつてのニンゲンの国では食べ物なのよ? そろそろ誰かが嘘でもいいから自白しないと、全員焼き殺して食すわ。嘘をつく知恵もないのかしら?」

 赤鴉一団が気色ばんだことに、異性装の貴公子は声をあげて笑う。

「もしかして火が怖いのかしら? あなたたち、土葬にする習慣があるらしいわね。焼かれたくないからでしょ? 鶏肉って美味しいのよ。早く食べちゃいたいわ」

 アレガは石でも投げたくなって、下草の中で息を整えるのが精いっぱいだった。侮辱が過ぎる。半鳥人は火そのものは恐れない。密林の獣と同じように。火に獣を遠ざける効力などないのだから。

 ウロは血反吐を吐きながら異性装の貴公子に語りかける。

「自惚れるんじゃないよ。ニンゲン風情が。お前さんたちのほとんどがなぜ滅びたのか知らないわけじゃあるまい?」

 拷問など一切受けていないような、今日の天気の話をするような口ぶりだ。

「あら。あたしが何も知らないとでも?」

「そうさね。お前さんみたいな洟垂ルビれ小僧は、まだ生まれてないんじゃないかい?」

 異性装の貴公子が眉を怒らす。

「父が戦時の話をしてくれたわ。言ってくれるけど、ニンゲンはハルピュイアなんかより断然、進んだ科学技術を有しているのよ。兵器も国土もあった。それなのに、空を飛ぶあなたたちみたいなのがいるから、ニンゲンは脅威を感じたのよ。はっきりさせましょ? あたしが知りたいのは、この中の誰なのかってことよ? あなたたち汚らわしい鳥の中に不死鳥がいるんでしょ! さっさと教えた方が身のためよ」

 アレガは面食らった。不死鳥とは、太陽神ンティラに選ばれし半鳥人を率いたかつての王たちのことだ。そして、半鳥人の起源は不死鳥にある。大昔の半鳥人(ハルピュイア)は、背中から足首まで届くほどの巨翼を有していたらしい。今は退化し、跳梁したり滑空するのがやっとだというのに。

 そして、不死鳥はその名の通り不死の能力を有していたとか。ポエニクスこと不死鳥は土葬せずとも、死期を悟ると自ら炎に飛び込み、その火種から雛として孵ったという。しかし、不死鳥はもういないと赤鴉にも聞いたし、シルバルテ村にいた頃にも母から星になったと聞いた。

「戦争も知らない小僧が」

 異性装の男は上品に微笑をもらす。

「戦争は望んでいないもの。いきなりにはじまって、唐突に終戦する。そういうものでしょ? 望むのは圧倒的な力による征服なんだから。反撃する暇は与えないの。ねぇ、いい加減誰か不死鳥の存在を教えないのかしら? ならいいわ。手始めに、誰かの足を切り落としましょう。出血死したら、不死鳥じゃなかったってこと。最初からみなごろしにするつもりだったんだから。のこぎりを飛行船から取ってきてちょうだい? あら、あるの。気が利くわね」

 奇怪な小人と、そいつに引き立てられたエナガはのこぎりの入った木箱を持ってきた。まだ、拠点は設置されていなさそうだが、様々な物資を持ってきているようだ。

異性装の貴公子は、縄で連なっている赤鴉の面々を吟味する。

「ほんと、あなたたちって極彩色よね? 何色から行きましょうか?」

 目をつけられたのは「美食家」のクジャク、ジャッキだ。目のような模様の羽根を広げて、胴に巻かれた縄を引きちぎろうとしている。

「ニンゲン、私がお前たちの生み出した匙や突き匙、つまりスプーンとフォークを使っているのは、お前たちが滅びつつあるのを忘れないためだ」

「ご親切なハルピュイアさんもいたものね」

 「美食家」は赤鴉の中でも食にうるさくて面倒な奴だ。アレガは匙と突き匙を使って食事するのを「美食家」以外に見たことがない。ニンゲンのもたらした道具だということを初めて聞いた。いや、赤鴉一同、嘘だろという顔をしている。これが、何の打開策になるのかは分からないが。ニンゲンと半鳥人の接触は今回が初めてではないのか。

「この文化だけは、もう一度共に広めてみぬか?」

 「美食家」の呼びかけに、異性装の貴公子は首を振って、代わりにニンゲンたちにクジャクの足を切り落とす手伝いをさせた。大男と、奇怪な小人がジャッキの両足を左右に押し広げる。ジャッキはみっともなく股を広げさせられ、切断が始まった。右足は大男が担当し、リズムよく肉と骨に切れ込みが入る。

「んぎっ! おのれニンゲン! このような仕打ちが許されると思っておるのか!」

 二十七歳とは思えない重厚な響きでもって、ニンゲンを罵倒した。大男の手により、のこぎりはクジャクの両足を切り落としそうで、なかなか落ちない。

 聞いているアレガも胃がよじれるような痛々しい悲鳴に、ウロは伏し目になり赤鴉一堂、顔を俯け耐え忍んだ。

「ひいっ! ニ、ニンゲンごときが! 我らは足でものをつかみ、食事をすることもできようぞ!」

「それって自慢しているのかしら。足で食事なんてとんでもなくはしたないことよ。はっきり言わせてもらうけどね。鳥には羽根ぐらいにしか価値はないの。あなたたちの羽根で新しいドレスを作ってあげましょうね」

 ジャッキの右膝から下が、転がる大木のように落ちて、血も回転してぶちまけられた。アレガと同じ柔らかな皮膚が覆っている太ももの断面が地に着き、ジャッキはのたうった。

「左足はまだ? 遅いわよ。貸して、あたしが切断する」

 奇怪な小人からのこぎりを受け取る異性装の貴公子。ドレスの裾をまくり上げ、やる気十分だ。

 肉をすりおろし骨に当たる刃が、ごとりと丸太の如くジャッキの左足を切断する。

「ぎあああああああああああああああああああああ!」

「自分でやると、ちょっとした運動になっていいわね。明日には、一キロ痩せているかしら?」

 異性装の貴公子は両手についた血を奇怪な小人に布で拭わせる。

「ジャングルで清潔さを保つのは、慣れないわ。早く家の一つでも建てられる安全な世にしたいものね」

 白皙はくせきとなったジャッキの相貌は、魂が現世にないことを現わしていた。

 ジャッキを悼む赤鴉たち。咽び泣くような軟な衆ではないと誰もが自負していたが、実際はそうではない。野鳥が騒ぐようにけたたましい声を上げ、自分のことのように嘆き交わす。

 アレガも美食家の死に悲鳴を上げそうになる。悲しいわけはないはずだった。だが、美食家の選ぶ食材は美味であり、アレガを形作った一部でもあった。

 赤鴉に所属してすぐのころのアレガは、水一つとっても腹を下すほどに弱かった。母と過ごした幼少期に、鳥が口にするものは大方なんでも食べたが、それでも熱帯気候に完全に慣れていたわけではなかった。

 炎天下の中、縄張りを一か月もかけて巡回する赤鴉の暮らしにおいて、食糧の足は早い。嗜虐医や三つ子のスズメがアレガをいつでも見捨てるつもりでいたのに対し、ジャッキはアレガの体調に合わせて食材を変える気遣いを見せた。

 赤鴉の翳がアレガにとって大きな存在となっていた。両親の仇どもがどうなろうと知ったことではないはずだったが、そうではないのかもしれないと、アレガは不安を覚える。

 今なお噴出するジャッキの血液を見て、半鳥人と自分の血の色は同色だと今さら思う。

 夕闇に消えた亡き太陽を仰ぐ。代わりの月が申し訳ないと雲に姿を潜める。

「あはは。良いわよ! 悲惨で可哀そうね。こんなの、ハルピュイアがあたしたちにしたことに比べたら野蛮でもなんでもなくって? それに、あたしは優しいでしょ? 部下にやらせればいいことを自分の手を汚しているの。どうしてか分かって? 憎んでもらってけっこうってことよ。あたしも、憎んであげるから」

 ウロが声を張る。

「小娘気取りの青二才め。あたしの仲間によくも手出ししてくれたね? あたしを好きにすりゃあいいってさっきから言ってるのを聞かないんなら、後世まで祟ってくれるわ!」

 ウロがやると言ったことはすべてやり通す。異性装の貴公子は流し目で見やるほどの余裕を見せる。翼のないニンゲンがどうしてこれほどまでに、自信に満ち溢れているのかアレガは理解できない。半鳥人よりも大きな飛行気球で空を飛ぶことができるからか。

「それは難しいんじゃなくって? 祟るってことは『死』であり続けることでしょ? ハルピュイアは、蘇るために土葬にするんだから、いつまでも恨んでいたら生き返られるものも生き返られないわよ? あら、クジャクははずれみたいね。華やかな色合いだから、あたし期待したのに」

 アレガはラスクに問う。

「はずれってどういう意味なんだ。あいつ、まさか本気で不死鳥を探してるのか」

「分からないですけど」

 気丈に振舞うラスクでさえ色を失っている。

 異性装の貴公子は高らかに叫んだ。

「はずれが出たら、当たるまで引けばいいじゃない? そうよね?」

 ニンゲンらは歓声を上げる。どちらが盗賊団なのか分からない。異性装の貴公子は手を上げて部下を制した。

「そんなに声を上げたら野蛮な半鳥人と変わらないわよ。生贄なんていう悪習も残ってるんだから。ほんと気持ち悪いわよね」

 アレガは耳を疑う。太陽神ンティラにリャマを捧げることの何がいけないというのか。確かに、生きたまま心臓を取り出すのは少し酷だとは思うが。シルバルテ村ではよくやっていた。

 一方、赤鴉は太陽神を恵みの神だとは信じていたが、農地を持たず点々と移動するので生贄を捧げることを一度もしない。アレガは信仰心の薄い盗賊団だが嫌いだ。

 ウロはからからと笑う。

「生贄なんざかわいいもんさね。半鳥人はどいつもこいつも残酷な一面を持っている。あたしゃ、冷酷無慈悲こそが半鳥人の本質だと思うがねぇ。だけどね、お前さんもそうだろう? 生き物である以上、残酷さってのは捨てきれないもんさ」

「うふふ。何が悲しくてそんな泣き言を言うのかしら?」

 このままだとウロは減らず口を叩いて殺されかねない。アレガはラスクに、ウロを助けるべきだと助言する。

「ここから奇襲をかける」

「私たちの実力では、数人倒せるのがやっとかと」

「ウロを解放したら一人で三人分は動く」

「そうですね。お母様なら一人で百人力ですので」

 大げさだなとアレガは思った。ウロが後ろ手に拘束されている鉄枷をなんとかしないといけない。ウロだけが鉄枷というところに、絶対に逃がさないというニンゲンの意図が見える。

 ウロの太刀ならば簡単に斬ることができるだろうが。

 幸いなことに太刀はウロが佩いている。いや、幸いだろうか。ウロが太刀を振るうことなくニンゲンに捕まった? だとするとニンゲンは隠密行動に長けていたのか。それとも、筒状の棒で脅したのか。

 アレガとラスクは下生えを這って進む。ニンゲンは赤鴉を囲むようにして十人配置されており、草の茂みから奇襲をかけられるような位置にはいない。槍を投げると一人は仕留められるが、複数人となると不可能だ。

 アレガが木の上からの襲撃方法ならどうかと逡巡したとき、ウロが喧(かまびす)しく笑い声を上げる。

「うちの青二才がいることをすっかり忘れるところだったわ。女子おなごの振りをしたおのこよ。うちには、お前さんのように鳥の振りをした嬰児(えいじ)がおるんでな」

 アレガはまさか自分が子供どころか赤子扱いされるとは思わず、頭に血が上った。だが、思うような暴言を吐く前に、ウロはアレガに目くばせする。赤鴉であれば誰でも気づくようなあからさまな動作だが、異性装の貴公子は微塵も気づかない。やはりニンゲンは鈍感な生き物だ。

「まったく、頭の悪い下っ端で。あたしの寝首を何度かきに来たか」

 異性装の貴公子が周囲を警戒したときにはアレガの木登りは済んでおり、配置につく。

 アレガはウロの真後ろに木から飛び降りる。

 ラスクが下生えから放った短剣の投擲が異性装の貴公子の首元をかすめる。ラスクの短剣は隼よりも早いはずだ。異性装の貴公子は優れた視力により、飛んで来た探検から視線を外さずに、ラスクの動きを識別し瞬時に身を躱した。傍から見ても戦闘経験があると分かる。

 それから、口角を吊り上げて女とも男ともつかない微笑をこぼす。

「奇襲よ!」

 その声はどこか楽し気だった。
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