偽りの半鳥人アレガ

影津

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「み、み……」

 アレガは女カラスの詰問に、火祭りを見ていないと正直に答えていいものか悩んだ。どんな返しをしても殺されるに違いない。カラスの瞳は白昼だというのに、夜の闇のようだ。アレガは吸い込まれそうなその瞳から目を反らしたくてたまらない。だけど、反らした瞬間に太刀で首を斬り落とされるかもしれない。ひりひりと、肌から吹き上がる冷や汗が太陽で焼かれて蒸発していく。懸命に二人の亡親の断末魔を頭から追い出そうとする。鼻につく血の臭いや、母の投げ出された足を認めたくなかった。瞼が腫れぼったくなり、何度でも涙を塞き止める。

「返事の遅い小童は嫌いでな」

 無常にもアレガの首筋に太刀が振り下ろされる。

「見てない!」

 空気を斬る音。上瞼と、下瞼をきつく結んで自身の死さえ見ないようにした。首に触れる冷たい刃先を感じてまだ生きていることにアレガは気づいた。首の柔らかい皮膚に食い込んでいるそれは、滑らせただけで皮から血管、骨まで断つことができる状態のままだ。アレガの息が漏れてしまい、首にきりりと血が迸る。

「まあ、あんなもんを見る必要はないだろうがね」

 アレガに宛がわれた太刀がすっと離れた。だが、まだ頭上にある。アレガは下腹部が生温くなっているのに気づく。失禁していた。怖い。自分の意思と関係なく漏らすことなんて、雛の間だけだと思っていた。止まれ止まれと願っても、勝手に流れ出ていく。自分の小便なのに臭くて気持ち悪くて、恥ずかしい。

 でも、まだ生きている。悔しく思いながらも生に感謝する。まだ、なんとかなると自分に心の中で言い聞かせた。
 良識があるんだか、ないんだか。と女カラスが独り言を呟きながら太刀を鞘に納める。鞘の白い下緒(さげお)が揺れる。

「あたしゃ、小童を殺す趣味はないさね。恨みがあるのは大人どもだ!」

 汚物を見るような目つきにアレガは射抜かれる。アレガはよれよれと這いつくばって、移動させられた母の亡骸を見つめる。村人の遺体を一列に並べている。

 ここで逃げなければ、助かる望みはない。

「死骸なんざ気にしないで、さっさと行っちまいな! このウスノロの化け物め。あたしの気が変わらないうちにね。餓鬼どもは見逃してやってるんだよ。行かないんなら、煮て食っちまってもいいんだよ」

 アレガは四つん這いの姿勢のまま留まる。村を突然襲撃し、父と母を殺害したけだものが自分のことを化け物だと罵った。間違いなくそう言った。聞き逃すはずがない。アレガには充分な理由だ。笑っている膝を腕で引き寄せて奮い立たせる。胃を潰すほどの恐れは消え失せていく。頭を空白にさせる陽炎があちこちで立ち上る。昼を過ぎた丘では草が生い茂っているとはいえ、気温は上昇する。直射する日光は、どんな生き物でも日陰に行くべきだと本能で分かる温度まで達していた。

 女カラス率いる野盗共による悲鳴の雨は止まない。この丘ははじまりにすぎず、十数メトラムの距離でも聞こえる悲鳴は、村が壊滅状態にあることを示した。女カラスが踵を返したのを見て、アレガは反射的にその背に飛びつく。が、鞘が大振りに眼前で振られた。アレガの鼻はへし折れた。口にだばだばと入ってくる鼻血。悶絶しそのまま仰向けに倒れ、灼熱の太陽と向き合う。空が青ざめている。瞬きをすれば、瞼の赤い残像が明滅する。そこへ嘆いているように眉根を寄せた表情の女カラスが白い袖を振り上げた。手にした太刀の鞘が、アレガのみぞ落ちに槍のごとく突き刺さる。呻いた瞬間、胃液を吐いてアレガは意識を失った。
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