4 / 33
1-4
しおりを挟む
「み、み……」
アレガは女カラスの詰問に、火祭りを見ていないと正直に答えていいものか悩んだ。どんな返しをしても殺されるに違いない。カラスの瞳は白昼だというのに、夜の闇のようだ。アレガは吸い込まれそうなその瞳から目を反らしたくてたまらない。だけど、反らした瞬間に太刀で首を斬り落とされるかもしれない。ひりひりと、肌から吹き上がる冷や汗が太陽で焼かれて蒸発していく。懸命に二人の亡親の断末魔を頭から追い出そうとする。鼻につく血の臭いや、母の投げ出された足を認めたくなかった。瞼が腫れぼったくなり、何度でも涙を塞き止める。
「返事の遅い小童は嫌いでな」
無常にもアレガの首筋に太刀が振り下ろされる。
「見てない!」
空気を斬る音。上瞼と、下瞼をきつく結んで自身の死さえ見ないようにした。首に触れる冷たい刃先を感じてまだ生きていることにアレガは気づいた。首の柔らかい皮膚に食い込んでいるそれは、滑らせただけで皮から血管、骨まで断つことができる状態のままだ。アレガの息が漏れてしまい、首にきりりと血が迸る。
「まあ、あんなもんを見る必要はないだろうがね」
アレガに宛がわれた太刀がすっと離れた。だが、まだ頭上にある。アレガは下腹部が生温くなっているのに気づく。失禁していた。怖い。自分の意思と関係なく漏らすことなんて、雛の間だけだと思っていた。止まれ止まれと願っても、勝手に流れ出ていく。自分の小便なのに臭くて気持ち悪くて、恥ずかしい。
でも、まだ生きている。悔しく思いながらも生に感謝する。まだ、なんとかなると自分に心の中で言い聞かせた。
良識があるんだか、ないんだか。と女カラスが独り言を呟きながら太刀を鞘に納める。鞘の白い下緒(さげお)が揺れる。
「あたしゃ、小童を殺す趣味はないさね。恨みがあるのは大人どもだ!」
汚物を見るような目つきにアレガは射抜かれる。アレガはよれよれと這いつくばって、移動させられた母の亡骸を見つめる。村人の遺体を一列に並べている。
ここで逃げなければ、助かる望みはない。
「死骸なんざ気にしないで、さっさと行っちまいな! このウスノロの化け物め。あたしの気が変わらないうちにね。餓鬼どもは見逃してやってるんだよ。行かないんなら、煮て食っちまってもいいんだよ」
アレガは四つん這いの姿勢のまま留まる。村を突然襲撃し、父と母を殺害した獣が自分のことを化け物だと罵った。間違いなくそう言った。聞き逃すはずがない。アレガには充分な理由だ。笑っている膝を腕で引き寄せて奮い立たせる。胃を潰すほどの恐れは消え失せていく。頭を空白にさせる陽炎があちこちで立ち上る。昼を過ぎた丘では草が生い茂っているとはいえ、気温は上昇する。直射する日光は、どんな生き物でも日陰に行くべきだと本能で分かる温度まで達していた。
女カラス率いる野盗共による悲鳴の雨は止まない。この丘ははじまりにすぎず、十数メトラムの距離でも聞こえる悲鳴は、村が壊滅状態にあることを示した。女カラスが踵を返したのを見て、アレガは反射的にその背に飛びつく。が、鞘が大振りに眼前で振られた。アレガの鼻はへし折れた。口にだばだばと入ってくる鼻血。悶絶しそのまま仰向けに倒れ、灼熱の太陽と向き合う。空が青ざめている。瞬きをすれば、瞼の赤い残像が明滅する。そこへ嘆いているように眉根を寄せた表情の女カラスが白い袖を振り上げた。手にした太刀の鞘が、アレガのみぞ落ちに槍のごとく突き刺さる。呻いた瞬間、胃液を吐いてアレガは意識を失った。
アレガは女カラスの詰問に、火祭りを見ていないと正直に答えていいものか悩んだ。どんな返しをしても殺されるに違いない。カラスの瞳は白昼だというのに、夜の闇のようだ。アレガは吸い込まれそうなその瞳から目を反らしたくてたまらない。だけど、反らした瞬間に太刀で首を斬り落とされるかもしれない。ひりひりと、肌から吹き上がる冷や汗が太陽で焼かれて蒸発していく。懸命に二人の亡親の断末魔を頭から追い出そうとする。鼻につく血の臭いや、母の投げ出された足を認めたくなかった。瞼が腫れぼったくなり、何度でも涙を塞き止める。
「返事の遅い小童は嫌いでな」
無常にもアレガの首筋に太刀が振り下ろされる。
「見てない!」
空気を斬る音。上瞼と、下瞼をきつく結んで自身の死さえ見ないようにした。首に触れる冷たい刃先を感じてまだ生きていることにアレガは気づいた。首の柔らかい皮膚に食い込んでいるそれは、滑らせただけで皮から血管、骨まで断つことができる状態のままだ。アレガの息が漏れてしまい、首にきりりと血が迸る。
「まあ、あんなもんを見る必要はないだろうがね」
アレガに宛がわれた太刀がすっと離れた。だが、まだ頭上にある。アレガは下腹部が生温くなっているのに気づく。失禁していた。怖い。自分の意思と関係なく漏らすことなんて、雛の間だけだと思っていた。止まれ止まれと願っても、勝手に流れ出ていく。自分の小便なのに臭くて気持ち悪くて、恥ずかしい。
でも、まだ生きている。悔しく思いながらも生に感謝する。まだ、なんとかなると自分に心の中で言い聞かせた。
良識があるんだか、ないんだか。と女カラスが独り言を呟きながら太刀を鞘に納める。鞘の白い下緒(さげお)が揺れる。
「あたしゃ、小童を殺す趣味はないさね。恨みがあるのは大人どもだ!」
汚物を見るような目つきにアレガは射抜かれる。アレガはよれよれと這いつくばって、移動させられた母の亡骸を見つめる。村人の遺体を一列に並べている。
ここで逃げなければ、助かる望みはない。
「死骸なんざ気にしないで、さっさと行っちまいな! このウスノロの化け物め。あたしの気が変わらないうちにね。餓鬼どもは見逃してやってるんだよ。行かないんなら、煮て食っちまってもいいんだよ」
アレガは四つん這いの姿勢のまま留まる。村を突然襲撃し、父と母を殺害した獣が自分のことを化け物だと罵った。間違いなくそう言った。聞き逃すはずがない。アレガには充分な理由だ。笑っている膝を腕で引き寄せて奮い立たせる。胃を潰すほどの恐れは消え失せていく。頭を空白にさせる陽炎があちこちで立ち上る。昼を過ぎた丘では草が生い茂っているとはいえ、気温は上昇する。直射する日光は、どんな生き物でも日陰に行くべきだと本能で分かる温度まで達していた。
女カラス率いる野盗共による悲鳴の雨は止まない。この丘ははじまりにすぎず、十数メトラムの距離でも聞こえる悲鳴は、村が壊滅状態にあることを示した。女カラスが踵を返したのを見て、アレガは反射的にその背に飛びつく。が、鞘が大振りに眼前で振られた。アレガの鼻はへし折れた。口にだばだばと入ってくる鼻血。悶絶しそのまま仰向けに倒れ、灼熱の太陽と向き合う。空が青ざめている。瞬きをすれば、瞼の赤い残像が明滅する。そこへ嘆いているように眉根を寄せた表情の女カラスが白い袖を振り上げた。手にした太刀の鞘が、アレガのみぞ落ちに槍のごとく突き刺さる。呻いた瞬間、胃液を吐いてアレガは意識を失った。
1
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
youtubeチャンネル名:heroher agency
insta:herohero agency
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~
昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
異世界のリサイクルガチャスキルで伝説作ります!?~無能領主の開拓記~
AKISIRO
ファンタジー
ガルフ・ライクドは領主である父親の死後、領地を受け継ぐ事になった。
だがそこには問題があり。
まず、食料が枯渇した事、武具がない事、国に税金を納めていない事。冒険者ギルドの怠慢等。建物の老朽化問題。
ガルフは何も知識がない状態で、無能領主として問題を解決しなくてはいけなかった。
この世界の住民は1人につき1つのスキルが与えられる。
ガルフのスキルはリサイクルガチャという意味不明の物で使用方法が分からなかった。
領地が自分の物になった事で、いらないものをどう処理しようかと考えた時、リサイクルガチャが発動する。
それは、物をリサイクルしてガチャ券を得るという物だ。
ガチャからはS・A・B・C・Dランクの種類が。
武器、道具、アイテム、食料、人間、モンスター等々が出現していき。それ等を利用して、領地の再開拓を始めるのだが。
隣の領地の侵略、魔王軍の活性化等、問題が発生し。
ガルフの苦難は続いていき。
武器を握ると性格に問題が発生するガルフ。
馬鹿にされて育った領主の息子の復讐劇が開幕する。
※他サイト様にても投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる