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火祭りなら、つい二日前に行われた。アレガはそのときのことを思い起こす。
男どもが鳴き声で合図を送り合う。カシの木で作った硬い棒(バチ)を打ち鳴らし、威嚇するような怖い声で歌う。壮年の女たちは、赤と黄色の二色のヘリコニアの花や、赤、紫のブーゲンビリアを持ち寄る。水を漬け清め、水滴を村中に振りまく。二本の枕木にクスノキを平行に組んで作られた祭壇の周囲に、花を飾る。
祭壇は、密林の中でも開けた場所に設置されている。そこは崖の影で日当たりが悪く、灌木しか生えていないので天然の広場になっていた。
日が落ちたら未明まで祭りは行われる。子供は参加できないので、祭壇上で燃え上がる巨大な焚火の炎と火の粉が夜空を赤々と照らすのを、子供らは寝床の木の上で眺めるのだ。
火祭りの夜の子供らの寝床は「寄り木」という空中役場の一か所に集められる。木造家屋で屋根はなく、バナナの葉で庇を作った簡素な造りだ。シルバルテ村の交流の場で泊まることは、一つの木に全員寄り添って眠る特別な日であるので、みな胸を躍らせる。楽しくて眠れない。
「早く寝なさいよ。男たちは大声で品のない歌を歌ってるんだから」
母がそう虚ろな表情で呟く。眠気と戦っているわけではない。ほかに、寄り木には女たちも集まって、成人していない若鳥たちに悲し気な子守歌を歌って寝かしつけようとしていた。
バニラの花を水分の抜けた手で集めて
南十字星に翳して桶に入れて
吹き荒ぶ砂嵐が来る前には
お眠りなさい身体を休めて
アロエを磨り潰して悲嘆にくれないで
土を練っては器を造り
おやすみなさい永遠を誓って
雨が降り出しそうな旋律と、蒸し暑い歌詞が合っていないような不思議な歌だ。バニラの花は一日しか咲かない。見ることができたのなら奇跡だ。だけど、その奇跡を拝むためにバニラの周囲によく群がっているハチに刺されたくはないので、アレガには少し怖い歌でもある。
水分の抜けた手とは、老人のことか。砂嵐がどういうものなのかアレガは知らないので、どこか遠い異国の歌に感じた。
夜も風が吹かない。いつものことだ。男たちのがなり声と責め立てるような怒声を遠くに聞いた。
「あれ、本当に歌なのか?」
「そうねぇ。もう、みんな寝たわよ。早く寝ないとね?」
母が前髪をなでつけるのでアレガは反射的に手で振り払う。
「恥ずかしいから」
「そんなこと言ってないで。ほら、母さんも一緒に寝ちゃおうかな?」
寄り添う母の屈託ない笑顔はどちらが子供なのか分からない。アレガにはときどき、自分と母の血が繋がっていないことの方が信じられなくなる。
「ペレカさん。アレガは、見といてあげますから、火祭りに早く行って下さい」と二十代のオニオオハシの半鳥人が母の名を呼び、申し出た。母は村長の妻として出席しないといけないのだろう。
オニオオハシはアレガを生まれたての小鳥のように見立てて、バナナの葉を被せた。
「これから賑やかになるから、眠れるうちに寝ましょうね」
それは無理な話だった。アレガは遠くで聞こえる奇声と打ち鳴らされ続けるバチの音、焦げ臭い臭いを嗅ぎながら星々を見上げた。天の川が帯になって眩しい。星の見えない黒い部分を探す方が難しくて数える甲斐がある。あれって、アンコクセイウンと言うらしい。あの黒い場所を繋ぐと蛇になったり、蛙に見えた! バチの音が時間を追うごとに囃し立てるのも相まって、アレガは奇妙な興奮を覚えて、なかなか眠れなかった。
男どもが鳴き声で合図を送り合う。カシの木で作った硬い棒(バチ)を打ち鳴らし、威嚇するような怖い声で歌う。壮年の女たちは、赤と黄色の二色のヘリコニアの花や、赤、紫のブーゲンビリアを持ち寄る。水を漬け清め、水滴を村中に振りまく。二本の枕木にクスノキを平行に組んで作られた祭壇の周囲に、花を飾る。
祭壇は、密林の中でも開けた場所に設置されている。そこは崖の影で日当たりが悪く、灌木しか生えていないので天然の広場になっていた。
日が落ちたら未明まで祭りは行われる。子供は参加できないので、祭壇上で燃え上がる巨大な焚火の炎と火の粉が夜空を赤々と照らすのを、子供らは寝床の木の上で眺めるのだ。
火祭りの夜の子供らの寝床は「寄り木」という空中役場の一か所に集められる。木造家屋で屋根はなく、バナナの葉で庇を作った簡素な造りだ。シルバルテ村の交流の場で泊まることは、一つの木に全員寄り添って眠る特別な日であるので、みな胸を躍らせる。楽しくて眠れない。
「早く寝なさいよ。男たちは大声で品のない歌を歌ってるんだから」
母がそう虚ろな表情で呟く。眠気と戦っているわけではない。ほかに、寄り木には女たちも集まって、成人していない若鳥たちに悲し気な子守歌を歌って寝かしつけようとしていた。
バニラの花を水分の抜けた手で集めて
南十字星に翳して桶に入れて
吹き荒ぶ砂嵐が来る前には
お眠りなさい身体を休めて
アロエを磨り潰して悲嘆にくれないで
土を練っては器を造り
おやすみなさい永遠を誓って
雨が降り出しそうな旋律と、蒸し暑い歌詞が合っていないような不思議な歌だ。バニラの花は一日しか咲かない。見ることができたのなら奇跡だ。だけど、その奇跡を拝むためにバニラの周囲によく群がっているハチに刺されたくはないので、アレガには少し怖い歌でもある。
水分の抜けた手とは、老人のことか。砂嵐がどういうものなのかアレガは知らないので、どこか遠い異国の歌に感じた。
夜も風が吹かない。いつものことだ。男たちのがなり声と責め立てるような怒声を遠くに聞いた。
「あれ、本当に歌なのか?」
「そうねぇ。もう、みんな寝たわよ。早く寝ないとね?」
母が前髪をなでつけるのでアレガは反射的に手で振り払う。
「恥ずかしいから」
「そんなこと言ってないで。ほら、母さんも一緒に寝ちゃおうかな?」
寄り添う母の屈託ない笑顔はどちらが子供なのか分からない。アレガにはときどき、自分と母の血が繋がっていないことの方が信じられなくなる。
「ペレカさん。アレガは、見といてあげますから、火祭りに早く行って下さい」と二十代のオニオオハシの半鳥人が母の名を呼び、申し出た。母は村長の妻として出席しないといけないのだろう。
オニオオハシはアレガを生まれたての小鳥のように見立てて、バナナの葉を被せた。
「これから賑やかになるから、眠れるうちに寝ましょうね」
それは無理な話だった。アレガは遠くで聞こえる奇声と打ち鳴らされ続けるバチの音、焦げ臭い臭いを嗅ぎながら星々を見上げた。天の川が帯になって眩しい。星の見えない黒い部分を探す方が難しくて数える甲斐がある。あれって、アンコクセイウンと言うらしい。あの黒い場所を繋ぐと蛇になったり、蛙に見えた! バチの音が時間を追うごとに囃し立てるのも相まって、アレガは奇妙な興奮を覚えて、なかなか眠れなかった。
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