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 森の片隅に築かれた忌々しい木造の集落。その小さな集落を斬り崩すのは、木の葉を散らすより容易い。本当に小さなものだったから。

 そこで目についた一軒家。人が暮らすには窮屈《きゅうくつ》すぎる。中は貧しさを感じるどころか、むき出しの土の床に葉を敷いて、テーブルや棚などの家具すらもないので廃墟と呼ぶにふさわしい。とても人は暮らせたものではない。

 汚い。汚《けが》らわしい。不潔な臭いと、醜悪《しゅうあく》な住人。小汚い布を巻いた身なり。

 身を潜めていればいいものを、俺に立ち向かってきたので斬り崩す。

 胴を斬るのも飽きてきたので脳天を叩き割るように斬り降ろすと、頭蓋骨と脳の断面が見え、そいつはあっと一息ついて絶命する。

 ガタリ。

 俺の所業に戦いたのか物音が他の住人の居場所を告げる。ついたての後ろにもう一人。怯えて震えているのか?

 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 今しがた誰かの返り血を浴びてきたばかりの青年は、綺麗な身なりで年若かった。私の夫は叫び声も上げる暇もなく肉塊になった。青年は顔色一つ変えない。すでに深紅に染まった服に更に血飛沫がついても、まるで雨にでも降られたように無言だ。

 さっきまで夫だったものが顔を二つに割って敷き詰めた葉の上に血を染み込ませていく。

 震えで足の平衡感覚がつかめず、寄りかかったついたてに肩をぶつけて動かしてしまった。しまった! 男がこっちにくる。男の手が乱暴についたてを引き倒した。

「嫌! 来ないで!」

 男が見下ろして私の姿を認めると少し驚いたのか伸ばした手を止めた。私はすかさずその腕をそばにあった木の器で殴りつける。男は痛みを感じることなく再び私に手を伸ばす。腕をつかまれた。

「離して! お願い、欲しいものなら何でも渡しますから」

 私の赤ちゃんにはまだこの男は気づいていない。全て投げ出してでも赤ちゃんから目をそらさせないと!

 木の壁に指をひっかけ、必死に抵抗するも私の非力で細い腕では男の膂力《りょりょく》にかなうはずもない。腕を引かれて無様に床に投げ出された。敷き詰めた葉が拡散し、床の泥が口に入った。つぶった瞳を開けると、夫の半分になった顔が隣で虚しく空を見つめていた。

 男が私を足蹴にする。脇腹を蹴られて私は家屋の奥まで軽々と飛ばされた。背中から壁に打ち付けられて背骨が折れたような音がした。肺が圧迫されてせき込んでつばを吐いた。
 
 このままじゃ私も殺される――。

 本能がそう告げている。男がにじり寄ってくる。逆さまになった私に男は眉根を寄せて問うてくる。

「欲しいもの?」

 本当に背骨が折れたのかもしれない。足の感覚がない。動かない足を自分の腕で持ち上げて、なんとか這う姿勢になる。だけど、遅かった。男は私の顔を蹴った。

「あぐっ」

 歯が何本か飛んでいく。こらえる間もなく、今度は私の背中を踏みつけてくる。折れた背骨が全身を貫くような痛みを訴える。私は悶絶する。

「何を渡すって?」

 涙なんか出なかった。痛覚で麻痺した唇から唾液がこぼれるだけ。お願い。これ以上はやめて。

「……ほす……ほすぃ……欲しいものは……全部」

 ろれつが上手く回らない。男は私の家を見回す。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 
 こいつは生意気に抵抗してきただけでなく、「来ないで」と叫んだ。来ないでだって? 見つけたのは旦那よりひ弱で小柄で醜い女……? 女なのか。殴ってもいないのにいびつにはじめから歪んだ醜い顔だったので女にはとても見えない。

 面白いので少し観察しようと思った。具体的な恐怖の体験を声に出して聞かせてもらえるなんて貴重な経験《・・・》になる。

 欲しいものをくれるそうだ。俺が今欲しいものは経験と、力と、金。

 床に転げさせて旦那の割れた顔を拝ませる。脇腹を蹴る。こいつの身体はとても軽く飛んでいく。赤子より軽いかと錯覚するほどで、感触も骨と皮だけだった。

「欲しいもの?」

 こいつは死にゆくだけだろう。お前に俺の欲しいものを自ら提供できるのか? 無理だろうから、なぶり殺そう。顔を蹴り、背中を踏みつける。すでに骨が折れていたようで面白みにかける。事故で死なれたら困る。こいつは俺の手で息絶えてもらう必要がある。

「何を渡すって?」

 歯の抜け落ちた唇の間から唾液が糸を引いている。醜いうえに汚い、臭いときたら生きていても意味がないだろう。欲しいものを全部くれると言うが、そのつもりで来たのだからお前に懇願されるような言い方をされたところで、俺は好きにやるだけだ。

 部屋を見回す。息が詰まるような閉塞感。沼の中で暮らしたって、むせるような臭いにならないだろうに。こいつらは糞にまみれて暮らしているのか。ごみくずめ。
 
 奥の台に手編みのかごがある。ベールで上から覆われているそれが、ゆさりと動いた。

「だ、だめ!」

 なにを絶望的な声で叫ぶのやら。中身は何かな。これは驚いた。赤子だ。ごみの子だ。親とそっくりでぶさいくだな。生まれながらにして生きる価値なし。これは確かに絶望するしかない。

「待って! その子だけはやめて。私の赤ちゃんだけは殺さないで!」

 俺は、汚物みたいな赤子に触れるのも嫌なので、かごを持ち上げる。すると、自称母親のこいつは這いつくばって俺の足にすがってきた。

「お願い! 何でもあげるから!」

「金は?」

 言い淀んだところを見るにそういう高価なものはないらしい。当然だろう。俺もたかれるとは期待していない。だったら金は作るしかないよな。ひとまず赤子は台に戻す。

 醜い女の手を取ってやろうじゃないか。
 狩猟用ダガーを取り出してそのごつごつした指にあてがうと、こいつは悟って涙をこぼした。

「や、やめて……そんなことしないで」

 爪の付け根からダガーを力任せに押し込んで、てこの原理で爪を浮かす。爪を十本持ち帰ることにする。こいつは、泣き虫なので耳元がうるさくて仕方がない。黙らせるために顔面も殴って横になってもらう。

 爪を全部布袋に詰めて、今度は虚ろな瞳のごみくず女の黄ばんだ歯に取りかかる。

「こ……今度は……な、何するの?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 もう耐えられない。爪だけでなく肉まで抉られている。意識が飛びそう。泣き叫びすぎて喉が潰れた。殴られた。鼻が折れた……。鼻血が喉まで垂れてきてしみる。

 男が私の指からやっと離れてくれた。私の爪を持ち帰るらしい。私の口をつかむ男。

「こ……今度は……な、何するの?」

 私の口に押し込まれるダガーナイフ。歯茎を左右にのこぎりのごとく押し引きする。やめて! お願い!

 痛みを通り越して私は上半身をよじって泣き叫ぶ。

「歯を抜く道具を持ち合わせていないから。大人しくしてくれないと俺もどこをどう切るか分からない」

 淡々と私の口の中は刃物でかき回された。喋ろうとして、頬をナイフが突き抜ける。涙が穴の空いた頬から口内に入ってきた。

 私の歯は歯茎ごとごっそり奪われた。もう話す気力もない。だけど、これだけは言ってやった。

「人でなし」

 男は今までずっと無表情を決め込んでいたのだがはじめて私にうっすらと笑みをこぼす。

「ごみに言われたくない」

 私の耳も切り落とされた。もう痛みなんて感じない。右耳も左耳もくれてやる! ちょっと待って。お腹には何もないのよ。

 男は私の布切れの服をめくるとナイフをかざして思案する。

「内臓は高く売れるかな」

 でも私の顔を見るなり男はまた無表情に戻った。

「がりがりだから駄目か」

 男は私に興味を失い、足を私の赤ちゃんの方に運ぶ。

 男は私から爪と歯を奪っただけじゃ飽きたらない! そのことに思い至った私は、力の限り叫んだ! 

「やめなさい! 命は尊いものなのよ! あなたに私とその子を殺す権利はないわ!」

 男は、ああと上の空で返事をする。

「赤子は尊い存在だ。だから見世物小屋に売る」
 
 私は最後の力で男の足に歯のない口で噛みついた。男は私に手をかざして炎上魔法を放った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ゴブリンの集落に斬り込んだ。一軒では男のゴブリンを殺した。まさかそいつが旦那で女のゴブリンもいるとは思わなかった。ゴブリンに家族構成があることをはじめて知った。

 ゴブリンのくせに女の方は人語を解して俺に話しかけてきた。知能レベルが低い種族のゴブリン。人語を話すには知能レベル最大値の10が必要だろう。

 更に生意気なことに子供まで守ろうとする親心を見せる。そんなもの生きるうえで必要ないだろうに。この世を渡るのに必要なのは己のレベルだ。

 人語を話すゴブリンと出会えたことで経験値が1000も手に入った。その点は感謝する。

 ゴブリン討伐クエストで村に帰ればギルドからも報酬が出て金も手に入る。あと、工芸品としてゴブリンの爪と歯も売りさばこうか。

 それにこいつ。ゴブリンの赤ん坊なんて誰も見たことがない。見世物小屋でいくらで売れるかと思うと今から胸が高鳴る。

 俺の鼓動に合わせてレベルアップの音が聞こえる。

 レベルが10に上がりました。
 体力が200になりました。
 攻撃力が100になりました。
 防御力が80になりました。
 瞬発力が80になりました。
 
 狂気度が最大値の10になりました。
 スキル「狂人」を取得しました――。あらゆる痛みを耐えることができるようになるでしょう。その代わり他者の痛みは分かりません。
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