ぴょん(うさぎの僕と柴犬の抗争。胸糞展開)

影津

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ぴょん

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「この毛皮を奪われるわけにはいかないんだぴょん!」

 亡き母の虹色の光沢を放つ銀の毛皮。悲しいぴょん。今、憎っくき悪漢の盗賊王シヴァリエンが犬の雑魚どもをけしかけてきた。柴犬どもは、頑丈な腕で僕の母の毛皮を奪いさった。

 うさぎの僕にできることは、耳をうなだれさせることしかできないぴょん。

 ある夏の日。母さんは足を罠に取られて死んだんだぴょん。足を鋭いトラバサミで挟んで、動けなくなった――。

 僕は父さんを急いで呼びに行ったんだけど。僕の大きな耳には、雷のように聞こえた轟音が父さんの死を告げた。父さんのいた見晴らしのいい丘には、大きな二本足で動く生き物がいたぴょん。

 あれが父さんを殺し、母さんを罠にはめたぴょん。

 父さんは後ろ脚をつかまれて逆さまになって運ばれていった。だらだらと血が滴り落ちているのが遠くからでも見えた。

 僕の身体はこわばって、身を草にひそめることしかできなかったぴょん。

 大きな二本足の生き物がいなくなってから、僕は母さんの元へ走ったぴょーん。母さんは身体を横たえていた。足の骨が飛び出ているぴょん。いや、皮膚でかろうじて繋ぎ止められているだけだぴょんん!

 鼻をひくつかせて、精一杯最後の息を吐いた母さん……ぴょん。……ぴょん。

「ぴょん」

 僕は母さんを呼んだぴょん。

「ぴょうぅん」

 揺すってもだめだったぴょん。

 日が傾いても、僕は母さんの側にいたぴょん。蠅が飛んできたので僕は必至で追払ったぴょん。蠅がたかったりしたら、母さんの死が確定してしまう気がした。

 僕は、母さんが目覚めることを願った。うさぎは涙を流せない。

 僕は母さんの臭いがどんどんよくない方へ傾いていることを知っている。生ぐさい臭いに堕ちていく。僕は母さんの足がうだる暑さで、腐ることを心配した。

 僕は前足をそろえて母さんの隣でうとうとする。世界が嘘でありますように。目覚めたら、母さんも父さんも口に草をほうばって、きょとんとしてくれていたらぴょん。

 二本足の生き物の草を割る足音で目が覚めた。僕は直感で母さんと離れ離れになることを悟る。僕は穴を目掛けて振り返ることもせずに走るぴょんぴょんぴょん。

 ズチャ。

 重い音と、ねばっこい液体が散布された音。巣穴に戻って遠くから母さんを振り返る。母さんはトラバサミから解放されていたぴょん。二本足の生き物が母さんの毛皮を汚いものを見るような目で見ていたぴょん。父さんみたいに、食べるために持ってかえられるのだろうか?

 ギチギチ。

 母さんの身体に入れられたのは刃物だぴょん。母さんはその場で真っ赤な内側をあらわにするぴょん。肉。骨。美しい銀の毛は、ひっくり返って見えなくなった。

 母さんの骨、肉が奪われ投げ捨てられた毛皮。赤い表皮といった方が正しいぴょん。ぴょん……ぴょん……。僕は安全を確認して、その毛皮を抱きしめた。

 あれ以来僕の宝物の母さんの毛皮。僕は拳を握りしめる。

「返せぴょん」

 柴犬たちはごつい指を鳴らした。

「ああん? ぴょん語も卒業できてねぇ、てめーがシヴァリエン一味に立てつくのかワン」

「お前だって、ワン語、卒業できてないぴょん」

「んだと?」

 殴られたぴょん! い、痛いぴょん。僕が尻もちをついて転んだ瞬間、柴犬たちが数人がかりで蹴ってきたぴょん。

 痛いぴょん、痛いぴょん、痛いぴょん、痛いぴょん。

 言葉を繰り返す。僕は言葉も知らないうさぎぴょん。僕は歯噛みして耐えることしかできないぴょん。

 この世には奇跡はないぴょん。この世界は弱肉強食だぴょん。僕らは罠にはめられる。僕らは捕まる。僕らは解体される。

 僕らは食べられる。僕らは美味しい。僕らの血に濡れた毛皮はゴミ。僕らはただの食材、素材。肉。

 誰がうさぎを草食だと決めた? 弱肉強食の、「弱肉」に分類したのは誰だ? 僕はぴょん語をやめる――。

「僕は、うさぎをやめる!」

 僕は柴犬たちの蹴る足を押しのけ、飛びかわす。蹴られたから蹴った。殴られた分殴った。噛みつかれはしなかったが、噛みついた。柴犬に噛みついたんだ! 

 僕はやれる! 太い首に噛みつく。致命傷は与えられない。だから、雑魚を相手にするのはやめた! 

「シヴァリエン!」

 盗賊王シヴァリエンに、飛びつきざまに頭突きを食らわせる。

「グワ?」

 シヴァリエンが後ろに倒れる。だけど柴犬の頭は石頭だった。僕の頭もぐらぐらする。だけど、終わらせない。母さんの毛皮を奪ったこいつは許せない。

「面白半分で奪っていい毛皮じゃない!」

「うさぎの分際で、口答えするな! 俺が全ての動物の縄張りを均等に分けて、見張ってやってるんだ。その代わりに、何でも言うことを聞くのがこのシマのルールだ!」

 シマのルールとはよく言ったものだ。

「小便撒き散らして、マーキングしかできねえ柴犬野郎が!」

「て、てめ! その口の聞き方! もう許さねぇ!」

 近くの手ごろな石をつかんで、シヴァリエンの頭部に叩き落した。

「ゴフッ!」

「お頭!!!?」

 眼球を潰す。脳汁が出るまで叩き潰す。

 僕はうさぎをやめる。

 相手が喚いた。何やら謝罪の言葉が聞こえる。うさぎの耳はいい。でも、僕はうさぎをやめたから聞こえない。

 石が重く感じる。粘着質な血肉が石を重くする。声がくぐもって消える。長い鼻を圧し潰した。

 僕は両腕を押さえられて引き剥がされた。シヴァリエンの顔も頭部も陥没している。盗賊の部下たちが僕を殴り、また蹴る。

 僕は死ぬまで抵抗するつもりだ。

 僕はうさぎをやめたのだから。
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