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第1章 後悔と絶望と覚悟と
第13話「前哨戦」
しおりを挟む実際問題、クアンは相手が自分よりも実力が上だという事は内心、分かっている。
それでもラウに言わなかったのは、自分の因縁を晴らす為というのもあるが、何より自分達の欲を解消するためにミリアをまた傷つける者達が心底不愉快だった。
(それに、もういる事が分かっているのなら隠れてても仕方ないわね)
クアンが男達の前に姿を現わした瞬間。
ワイグナーが驚いたように、それでいてまるで知人に久しぶりに会ったかの様に、残った男達を押しのけ唐突に喋り出した。
「ん? 一人反応が消えましたか…… 。おや? これは、これは! 私はなんて、神に愛されているのでしょうか‼ いやはや、実に運がいい! 貴方も連れて行けば、更なる恩恵が私に約束されると言うものです。そうは思いませんか? クアン……。クアン・リンライトさん?」
「えぇ、貴方はとても運が良いわ。何せ、この私に殺されるんだから。そうでしょ? ワイグナー」
雨粒が曇天の空から落ち、地面に水華を咲かせ、二人の間に一触即発の雰囲気が作られる。
しかし、殺人予告とも取れる言葉を聞いたワイグナーは、更に口角を釣り上げた。
「貴方が、私を殺すですか……。数年の間に随分と大口を叩くようになりましたね。昔はあんなに私に懐いてくれたのに……」
ヨヨヨッと悲しむ様に右手を頭上へ上げた顔に被せ、ワザとらしく演技する。
その余裕ぶった態度や言葉に、更に苛立ちを募らせる。
しかも、それを分かってやっているのだからタチが悪い。
「貴方に、懐いてなんか無いわ。懐く筈が無いわ。私は貴方が、昔から心底憎くてたまらなかったのだから」
「おやおや、随分と嫌われてしまったようだ。まだ怒ってるのですか? ———ただ、貴方達の父親であり、私のかつての戦友。ミーグを見殺しにしただけ。……ではありませんか?」
「—————ッ!」
思わず言葉に詰まってしまう。
そして、表情の中にも、悔しさ、悲しさ、燃えたぎる憎悪、そして、あの日に何も出来なかった無力感がごちゃ混ぜになった表情が、更にワイグナーの嗜虐心を擽る。
「良かったですよぉ? あの絶望と怨嗟しか生み出さない戦場で、絶対絶命の窮地に信じていた友人が、目の前で裏切って絶望した表情は! 今までの中で、最高に面白かった!」
「ッ! ………貴方。これまでにどれだけの人をそうやって、裏切ってきたのかしら?」
「クフフッ………さあ? どのくらいでしょうか? もう、数なんて覚えてないですね。といっても、もうあの人達は居ないのですから? 私をどうすることも出来ないですけどね?」
「貴方は必ず地獄に落ちるわ、ワイグナー」
「おやおや、手厳しい。あぁ、そういえばサプライズプレゼントです。知ってました? ミーグの遺体が見つかったそうですよ?」
「…………え?」
「あはは、やっぱり知らなかったんですね⁈ しかも! なんとご丁寧に、華のブローチを握り締めていたそうですよ?」
その言葉に今まで冷静でいたクアンが珍しく、酷く動揺する。
「なんで、それを知って……」
「なんで、ですって? 知ってますよ。だって、そりゃあもう、自慢げに見してきましたし。それはもう、ホントに、嬉しそうでしたよ? ホントに――――虫唾が走りましたよ」
「嘘よ。うそ……よ……だって………だって、あれは‼」
「粉々に壊された筈……ですか?」
「————ッ!」
小声で呟くように発した言葉に、クアンは言葉に詰まった。
それは、ワイグナーにその通りだと認めるのと同じであった。
「あはははッ! 本当、昔から分かりやすいですね? だからこそ、酷く脆い」
「………ッ!」
「おや? 図星でしたかぁ? しかし、まぁ……こんなド田舎にいるなんて、思いもしなかったですよ。あのミリアという少女を探すついでにこんなサプライズプレゼントを残してくれていたなんて、我らの主は随分と、意地が悪い」
「………」
「まぁ、それも仕方ありませんよね? でも、こんな田舎に来て、貴方の罪が消えたと思ったのですか? それとも、あの可哀想な目を向けられるのが耐えられなかったのでしょうか?」
「うるさい! うるさい! うるさい! 人の道理を簡単に踏みつぶすお前に何が分かる!!」
一瞬。
ワイグナーがクアンの目の前にいた。
そう思える程に、なんの予備動作もなく急にクアンの前に現れ、隠し持っていた短剣を何処からか取り出しては、振り抜いていた。
もはやそれは、クアンにとって無意識化でのとっさの行動だった。
とっさに赤禍狼を腰から引き抜き、短剣とつばぜり合いの状態になりながらも、ぎりぎりで防ぐ。
周囲に剣同士が勢いよく衝突したことにより、「キンッッツツッ!!」甲高い音と赤く小さな火花が発生。
しかし、それは余りにも両者には体格差があり過ぎた。
体感では、十秒か、それとも三十秒か。
ずっとこの状態が続いている様にも感じた。
しかし実際には、一秒にも満たなかったかもしれない。
それだけ、防ぐことに必死で、少しでも力を抜けば斬り殺される事が直感で分かった。
だが、それも長くは続かない。ワイグナーに比べ、体重が軽いクアンが衝突した勢いを完全に殺す事が出来ず、反動によって石畳の道に背中から勢いよく激突。
「グハッ! ………ウグッ………ウゥ」と苦悶を零しながらも、衝撃が収まらず頭や肩を地面に打ちつけ、体中に擦り傷を付けながらゴロゴロと転がった。
ようやく止まった所で、ワイグナーがタイミングを図った様に「ダメじゃないですかぁ~。お嬢様口調に自分からしたんですから、それを貫き通さないと?」と、ダメな子を優しく叱るように喋る。
しかし、優しそうにしているのは言葉だけであった。目は、まるで路傍の石を見るような視線を浮かべ、口元には、はっきりとした中傷の嘲笑うような笑みを浮かべていた。
「………」
それに対し、クアンは痛む身体を剣を杖代わりとして支えながらもワイグナーの事を射殺さんばかりの目で睨みつける。
「はぁ~……まぁ、いいでしょう。話を戻しましょうか。あの日、何故こんなところにいるのかと思いましたが、今ので納得がいきましたよ? 貴方がやった事に自分で自己嫌悪してあの優しく、愛のある家を飛び出したのですね?」
「! …………れ」
「しかも、あの事故が起こったのに誰も貴方を責めなかった。逆に誰もが貴方を擁護した。
『あの事故が起きたのは仕方のない事だったのよ』
『クアンのせいじゃないわ』
『あんな事が起きるなんて、誰も分からなかったもの。だから、クアンのせいじゃないよ』
『だから、いつもの明るい笑顔を私達に見してくれない? ――——クアン』とね?」
「…………まれ」
「あの時、色々な慰めの言葉を貰ったでしょう? どんな気持ちでしたぁ?
『私のせいじゃなかったんだ』
『あれは不幸な事故だったんだ』
『しょうがなかったんだ。あんな事が起きるなんて誰も思わなかったんだ。だから、私のせいじゃない』そう自分で慰めましたかぁ? そんな訳ないですよねぇ? だって、貴方があの事故を事件を起こした元凶であり、言ってしまえば貴方が父を殺したのですから。どんな気持ちでした? 親殺しの気分わぁ?」
「黙れ! 黙れぇぇええええ!!!!」
「あはははは!! 本当に、面白い! 本当に……惨めだ」
クアンの怒りが頂点に達した様にあらん限りの怒声で叫ぶと同時に、ワイグナーに向かって赤禍狼をきつく握り締めて走り出し、あらん限りの力を込めて横に払う様に斬りかかった。
しかし、ワイグナーの横からぬっと突如出てきた、厚さが10センチもありそうな剣に衝突。
ガンッッツツッツ!!
(―――――なっ!! どこからっ!?)
短くも堅い物同士がぶつかり、擦れ合う音がまたしても響いた。
だが、さっきの軽い剣同士の音とは違い、まるで鉄の柱に剣をぶつけた様な重低音。
いきなり、どこか見覚えのある剣が飛び出してきた事により、それが切っ掛けか怒りに周囲が見えていなかったが、段々とワイグナー以外の周囲の状況について冷静に見えるようになってきた。
そして、周囲が見えるようになった為、剣の主も自然と判明する。
ワイグナーと交代するかのように、二人の男達が顔を隠していたフードを外し、ニヤニヤと笑みを浮かべしゃしゃり出てきたのだ。
「おいおい、俺達を忘れたとは言わねぇよな? クアンよ?」
「えぇ、全くです。貴方とあの銀髪の小娘に復讐するためにここまで来たのですから」
と、クアンと口論になったチャラ男の仲間である筋肉男――――ガラハとインテリ風の男――――ユダナが、数でこちらが優っているからか、勝ち誇った笑みでクアンを挑発する。
更に、いつのまにかワイグナーもまるでこれから起こる戦闘を傍観するかのように後ろに下がって腕を組み、不適な笑みを浮かべている。
だが、実際に総合で見て数も実力も相手側が上である。それでも、クアンは今まで色んな状況を打開してきたからこそ、徐々に冷静さを取り戻していく。
そして、どうにかこの状況を打開できないかと周囲をバレない様に模索するが、それを知ってか知らずか、ワイグナーは痩せ細った顔の目をギョロギョロと動かし、「クアンさん、知ってますか? 私はね、甘いそれでいて未熟な果実を食べるのが大好きなのですよ」と唐突に喋り出した。
「この世の中には成熟してしまい、食べると酸味を感じてしまう物もある。ですが! 未熟な果実だけはこれから甘くなっていく。私好みの果実になっていく。それがこの上なく素晴らしく、美しいく、尊いのですよ!」
(いきなり、この男はいきなり何を……いや、未熟な果実? 成熟した? 自分好みになる? それって……)
猛烈に嫌な予感がしつつも、聞かねばこのままコイツは聞いても無いのに話し続けるだろう。
そんな予感と言う名の確信にクアンは問うしかない。
「ワイグナー。貴方……、今までどれぐらいのその『未熟な果実』とやらを食べてきたのかしら?」
「くふふ、気になりますか? そうですね、ざっと考えても二百は超えたでしょうか。しかし、紛い物は余り好きではありませんね。中にはそれを好む酔狂な方々もいらっしゃいますが、やっぱり純正に限りますよ」
「……」
「あぁ、心配しなくても貴方もあの銀髪も私のコレクションとして可愛がってあげますよ」
「本当に、いっそ清々しい程の屑ねッ!!」
どうやらその嫌な予感が的中した。
ワイグナーの言う「未熟な果実」とは、少女や少年などの未熟な子供達の事を指すらしい。
ワイグナーは、アムサの元で従者の仕事をしながらアムサから見返りとして村や都市から連れ去った人間や獣人、エルフなどの少女を自分の性欲の捌け口にしていた。
実際、国家間の問題でも獣人やエルフなどの行方不明者が年々増加の一途を辿っているため問題視され、獣人やエルフが多く住む獣神国が他国へ調査を申請している。
しかし、帰ってくるのは「国家間の問題なので口を挟まないで欲しい」や「紛い物の国の言うことを何故、誇り高き人類国家が聞かなければならないのか」など、国家間の戦争に繋がりかねない返答ばかりである。
何故戦争にならないのかと言うと、獣神国一国対人類の国家だと勝ち目がないと言うのが一つ。
人類国家は戦争を意図的に起こし、勝つ事で獣神国のまだ発掘されていない資源や膨大な領地を得たいが、他国間での牽制による緊張状態が続いているため、起こしたくても起こさないのが二つ目。
三つ目が、獣神国以外の国家が他国へ協力申請をしたら了承される可能性が高いが、獣神国が他国へ協力申請をしても多くが拒否される。
加えて、見返りに莫大な報酬を請求されるに決まっている為、協力協定を締結することも、獣神国から戦争することも出来ず、ひっそりと暮らすことしか出来ないという事情がある。
その事を浅いながらも理解しているクアンは抑えていた憎悪にも嫌悪にも似た感情が湧き上がってくる。
(この国はどこまで……)
「さて、いい加減、ちゃっちゃと終わらせましょうか。では、そこの2人行きなさい」
ワイグナーが指示を出した瞬間、にやにやと気味悪い笑みを浮かべていたガラハが飛び出して来た。
同時に、ユグナが魔方陣の形成・詠唱を開始する。
ガラハが体全体を身体強化し「おおおぅぅううらッッッツツ‼」と、その巨体に付けられた筋肉を生かし、百九十cm程の大きさがある大剣を身体に捻りを加える事で全力で振り抜いた。
(―――――ッ!)
流石にクアンの剣は魔剣とはいえ、遠心力も合いまった大剣を真正面から受け止めたら先ほど同様吹き飛ばされる為、慌ててサイドステップで左に転がるようにして避ける。
しかし、それを見越していたかのようにユダナが後方で「炎の散弾よ。我の邪魔をするものを撃ち砕け! 炎弾!」と叫んだ。
瞬間、ユグナの周囲に無数の小さな魔法陣が発生し、そこから小さな火の玉が出現。クアンの方向へ周囲に散らばっている物に当たり、爆発を起こしながらも次々と叩きつけられていく。
(ッ……! まったく、面倒くさい!)
なんとか全力で男達の周囲を反時計回りに走る事で回避するが、それでも、まだ気は抜けない。
クアンの戦闘スタイルは基本は、剣での攻撃とそれを補助する為の魔法攻撃である。
しかも、魔法攻撃は剣での攻撃に意識を割いていると集中力不足で魔法が発動しない事が多い。
これも、まだクアンの求めた力には、ほど遠いものでもあり、クアンにとっても、戦闘時での足枷となっている弱点でもあった。
そのため、ガラハを剣での近接攻撃をしている間無防備になり、ユグナの相手が出来ず不意を打たれてしまうのだ。
よって、どちらか一方を先に倒してしまいたいのだが、腐ってもパーティーを組んでるだけあってなかなか隙を見つけられない。
「おらおら、どうしたよ! クアンよぉ! あんなに偉そうに注意してきたお前が、もう負けるのか? なんだったら、ここで死ぬかぁ!?」
「まぁ? 我々の方が貴方よりも強いのですから、必然の勝利というやつですよ。あと、死なせちゃ駄目ですよ? クライアントに叱られてしまいますからね」
「ケッ! あぁ、はいはい分かった分かった。じゃあ、さっさと終わらせて報酬を貰うぞ!」
二人はクアンが押されている事に愉悦の笑みを浮かべ、更に攻撃を仕掛けてくる。
忌々しい事に、どちらか一方が攻撃し終わったらもう一方が間髪入れずに攻撃してくるのだから腹立たしい。
(チッ……。ったく、どいつもこいつも好き勝手言ってくれるわね。でも、そんなに最初に飛ばして大丈夫なのかしらね?)
これは、癖と言っても良いことだが、クアンは相手の状態を細かく確認する。
それこそ、最初は単なる癖だったのだが初めてパーティーを組んだ時にその有用性に気付いたことから更に磨きが掛かった。
それも、一度パーティーを組んだこそ相手の長所や癖。
そして、重要な欠点さえも把握していた。
だからこそ、クアンはパーティーを組むときに必ず相手の特徴を見るため、観察眼が一流冒険者となんら遜色ない程に成長した。
これは、クアン自身内心では自慢に思ってたりする。
それに、この観察眼を鍛えた事で、これまで何度助けられたか分からない程だ。
実際、パーティーメンバーの欠点を探し、そのパーティーにとって何が今足りないのかを分析し、それを補うことでこれまでクアンは自分の価値を示し続けてきた。
勿論、二人の欠点も知っている。だからこそ、クアンは大袈裟に逃げり2人の愉悦感を引き出す事で、調子に乗らせる。
それによって、ガラハには体力を使わせ、ユグナには魔力を多く使わせているのである。正直な話、この二人の場合は逃げ回ってれば勝手に自滅するのだから、やり易いものである。
問題は後ろで傍観者を気取っている男だ。
そうして、二人の体力・魔力を減らすため逃げ回っている事、数十分……。
ガラハは大剣を持ち全力疾走しながらクアンを追いかけていたせいか、もう体力が尽き自身の足を引っ掛け、地面に倒れ込んで荒い息をしていた。
ただ、一つ誤算があったとしたら、ユグナが魔力回復薬を数本ながら所持していたことだ。
魔法を行使する為には、魔力というものを使う必要がある。
この必要不可欠な、体内に循環している使用者の魔力量を回復するのが魔力回復薬である。
だが、この回復薬は安い物でも一本約七千クォーツと高価な為、冒険者内でも普段から使用しているのはB級以上の力ある冒険者が殆どである。だからこそ、D級でしかないユグナ達が持っているとは思わなかったのである。
どうせ、前払いとしてワイグナーに渡されたのだろうが。
そんな魔力回復薬を肩に掛けていたバックから取り出しゴクゴクと飲み干し、
「っだく、なんで……こんなに……うご……動けんだよあのガキぁ! ゲホッ……ハァハァ……」
「ちょっとッ! ちゃんと追いかけて仕留めてくださいよ! もうこっちは魔力回復薬無いんですよ!」
と、ユグナが咽せているガラハに向かって怒鳴った。
「アァッ!? うるせえよ! 元はと言えばお前がアイツに賛成したからこうなったんだろうが!!」
「はぁ!? 貴方だって、結局は賛成したじゃ無いですか!! 人に責任押し付けないでくれませんかね!?」
対し、ガラハは癪に触ったのかユグナと戦闘中だというのに、二人で口論をし始める。
(戦闘中に何やってるのかしらこの二人、そんなに死にたいのかしら……)
そんな様子を内心呆れながらも、戦闘中にそんな隙を見逃すはずも無く。
先ずはユグナに向かって二人の間を縫うように方向転換し、自身の身体を強化魔法で強化、加速し急接近する。
その加速は先程逃げ回っていた速度より遥かに速く、ユグナが視界の端に捉えた時にはもう目の前に迫って来ていた。
これは、魔法使い等の共通の弱点である近接戦闘が出来ない。という欠点を突いた形となる。
ある程度のベテランならば、近接戦闘用の武術や攻撃魔法を一通り使えるようになっているものだが、弱い者を中心に狙っていたユグナにそれを言うのは酷というものだろう。
ユグナも同様に、近接はガラハとここにはいない、もう一人の仲間であるチャラ男――――サマギマに頼り切っていた為、近接格闘の心得なんて持ち合わせているはずも無かった。
出来ると言えば、その巨大な体格を生かした大剣を振るうぐらい。
クアンはユグナの前に躍り出ると、右足を大股に開いている両足の間に置き、重心を落として左腰に吊した剣の柄を掴む。
それは、まるで和国に伝わる近接武技である抜刀術の構えであり、構えた体勢から身体を左に捻る事で身体強化と急加速も相まった、強力な威力の攻撃をユグナの右脇腹に叩き込んだ。
結果として、「ゴギッッツッ!」という乾いた骨が粉砕される様な、嫌な音がユグナの脇腹から発生。
真横に吹き飛んだ事で、物が雑多に置かれている物置小屋の様なところに壮大な物音を立て、突っ込んだ。
それをやった本人は(うわっ、痛そう……。でも、いい気味だわ)と、あんな速度で急接近し攻撃されて防げる者はそういないと思うが、あまりに綺麗に決まったので、内心痛そうに思いつつも先程からの鬱憤も溜まっていた事もあり、口元には不適な笑みが浮かぶ。
まさか、あんな小娘にやられるとは思って無かったからか、倒れ込みながらもその様子を見ていたガラハが慌てて「う、嘘だろ。ま、待て! あれはちょっとした出来心だったんだ! な、な! 許してくれ!! パ、パーティーを組んだ仲だろ?」と勝手に喋り出し後ろへ後退る。
普通、自分達で勝手に手柄を決め、不当に配分。逆ギレして殺そうとしてくる奴を許す聖人君主はいない。
いや、よほど状況が分かってない奴か、よほどのお人好しだと分からないが。
しかし、クアンは(私はそんな聖人君主でもないから、後悔するんだったら牢屋で後悔しなさい)と問答無用! とばかりに顎に向かって全力の蹴りを喰らわせる。
強烈な蹴りが顔面に衝突。
強く脳が揺さぶられたことにより脳震盪が起き、ガラハが白目を剥き沈黙。
雨の中での戦闘ということもあって早く決着を付けたかったとはいえ、意外に時間が掛かってしまった。
後は――――、
「ほぉ、二対一で勝ちましたか。まあ所詮はこの程度の冒険者でしたか。どうです? クアンさん、いっそ私達の仲間になるというのは?」
この男だけである。
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