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第1章 後悔と絶望と覚悟と
第10話「初めての夜会と公爵家」
しおりを挟む十分前―――――
ラキやイリーナがラウ達の支度を終わらせ会場に向かっていった後、クアンは一人、身につけたドレスの端を摘みながら若干不貞腐れていた。
「ラウ……私達なんでラウの誕生日にドレス着て夜会に出なくちゃいけないの?」とラウに問いかけるが当の本人は、「え!? だって、私一人であの中に行くの無理だもん!」と何やら小さな胸を張り、ドヤッ!と効果音がつく様な顔で自慢気に言い切る。
しかし、クアンはジト目で「そんな自信満々に言われても困るのだけれど……」と切り返すが、ラウはクアンから斜め上に視線を移動させ下手な口笛を吹き出した。
それから、ようやくクアンがハァーと溜め息を出したので「漸く許されたのかな? かな?」と視線を元に戻し三人で話し出した。
「でも、良かったよ。ママが許可してくれて」
「ね~、本当は駄目かなって思ってたんだけど」
「なんか即答で許可されたじゃない……」
先程の事を思い返しているのか、クアンが若干遠い眼をした。
それに間髪入れずに「ママは可愛い子には甘いから!」と言うのが、私こと、ラウクオリティーである。
「はぁ……」
「ん? あ、あれ? ラウ、クアン? こ、これどうなってるの?」
「あ~もう。ちょっとミリア、髪絡まってるから………………よし、いいわよ。ミリア」
「ありがと~、クアン」
ミリアの長い金髪を動かした事で、絡まっていたのをクアンが優しく解いて戻し、絡まらない様に後ろ髪の先をシュシュで止める。
「二人共、確かそろそろじゃなかったっけ?」
「そういえばそうね。十分後ぐらいに来てって言われたけど、なんでなのかしら? 二人共、分かる?」
時刻はもうそろそろ約束の十分になろうかという頃合いだ。
しかもラキはそれだけ言うと足早に出て行ってしまったので、この状況を完璧に理解し、分かってる者は一人もいなかった。そうなると、憶測が飛び交うわけで。
「さぁ~?」
「多分……推測だけど、私達がトリを飾るのかも?」
「トリ? …………鳥? 食べるの?」
「食べてどうするのよ……。まぁ、簡単に言えば最後を締める人の事よ。でも、そういうのって王族とか権力や社会的地位の高い貴族が行うんじゃないの?」
「ん~、そこは行ってみないと何とも言えないかな?」
「―――――まぁ、分かんないけど行くよ! クアン、ミリアちゃん!」
そう言っては、パタパタと廊下を走っていくラウ。
いきなり走り出すものだから、ラウの長い銀髪が左右に揺れていく。
「あ、だからラウ! 折角のドレスが着崩れるから走らないの!」
「あ、ちょっと二人共待ってよ~」
*
「で、着いたはいいのだけれど……。ラウ、いつまで私達の後ろに隠れてるのよ……」
「いきなり踵を返して来たと思ったらずっととこれだもんね……」
「こ、これは違うよ! 二人がどっか行かないように捕まえてるんだよ! 本当だよ!?」
「はいはい」
「ふふふ」
「むぅ~」
なんでも、ラウは先に行っていたが、扉の前に一人立つと怖くなったのか、戻って来たのだ。
そうして夜会が行われている会場の扉の前で三人で話していると、グランの執事リングレーがこちらの様子を見て口元を僅かに緩ませ、微笑ましそうに笑みを浮かべながらやったきた。
「お嬢様方、そろそろ出番ですがよろしいですか?」
「え!? も、もう!?」
「ほら、ラウ。いつまでも後ろにくっついてないで貴方の為の夜会なんだから前に出なさい」
「そうだよ、ラウ。ラキ様達が一生懸命ラウの為に準備したんだから頑張んないと。それに私達も後ろからついて行くから、ね?」
「ん……よ、よし。覚悟を決めた! でも、後ろからは嫌! 行くんだったら三人で横並びがいい!」
「はぁ~。ラウ、そんなの無理に――――」
しかし、そこに思わぬ伏兵が潜んでいた。
「えぇ、良いですよ」と声を出したのはリングレーだったのだ。
ミリアはいつもの事なので、微笑みの表情は変わらないが、「決まって…………え? い、いいんですか!?」と続けたクアンの表情はそれは驚愕の表情だった。
ここまで驚いた表情を見るのは黒馬の一件以来かもしれない。
「やったぁ! 流石、リン!」
「ふふっ、リンさんすみません。毎度毎度無理を」
「いえ、大丈夫ですよ。それに、ラウお嬢様もその方が安心できますし、あの中に一人で入って行くのは大きな勇気がいる事ですから。―――――おや? ではお嬢様方、そろそろ出番で御座います。準備はいいですか?」
「「はい!」」
「う、うん!」
「ええ、良いお返事です。では、いってらっしゃいませお嬢様方」
そして、クアンとミリアがラウの片方の手を握り、ラキに呼ばれ侍女達が開けた扉にラウを若干引きづる様に入って行った後、リンはお嬢様方が上手くいくようにと、祈る様に首に掛けられた十字架を握り締めた。
*
「おぉ、あの少女達は誰だ? 一人はラウ様だと分かるが、仲良さそうに隣り合っている二人は一体……」
「可愛らしいわね~。貴方も最初はあんな感じだったのよ?」
「も、もう! お母様、そういうのは言わなくていいの!」
「美しいな……」
「おい、あの隣の二人について徹底的に調べてこい」
「息子よ、あの小娘を必ずや落としてみせろ」
「ええ、父上。この私にお任せください」
「おぉ、あの方がラウ様ですか。ラキ様にそっくりですな」
「えぇ、ラキ様の若い頃にそっくりですな。しかし、僅か十二歳という年齢ながらも、なんと美しい。これは将来更に磨きがかかるでしょうな」
「ほぉ、アレがラウ・ベルクリーノ令嬢か」
ラウ達三人が会場に入った途端に目に映ったのは天井に垂らされているキラキラと光り輝くシャンデリアにラウの好物などのいつもより豪華な料理。
それに、両親や沢山の貴族の視線だった。
今まで人見知りを悪化させ続け、人前に出る事を極端に避ける様になってしまったラウは、こんなに沢山の様々な思惑を孕んだ視線を向けられる事も無かった為、入場早々足が地面に縫い付けられた様に立ち止まってしまう。
それに伴い、横で手をラウの手を握っていたクアンとミリアもラウが立ち止まった為一緒に立ち止まってしまった。
そして、その行動に余計に周囲の視線を集めてしまう悪循環が起ころうとする。
そんな自分の娘やラウの友達を内心可愛く思いながらラキは愛おしい娘に助け舟を出した。
「ほらラウ、ミリアちゃんとクアンちゃんもこっちにいらっしゃい」
「っ! ―――――ママ!」
ラウ達がラキの元に着くや否や「ごめんね、二人共。ラウが立ち止まっちゃったせいで怖かったでしょ?」とラウの頭を優しく撫でながら問いかける。
「あ、あんなに視線を向けられるなんて思わなかったんだもん……」
「いえ、囲まれた時の魔物の視線に比べれば大丈夫です」
「ふふふ、クアン。いくらラキさんに緊張してるからって、返答としてどうかと思うよ? 口調も変わってるし」
「ちょ、ちょっとミリア……」
「ほら、三人共気を抜くのは構わないけどまだ夜会の途中だからね」
ラウ達をラキが嗜めているとグランと会話していたベルグロート公爵がラウ達の方に歩いてきて、「ほう、その娘がラウか」と会話に入ってきた。
「ええ、ベルグロート卿。この子が私達の娘のラウです。ほら、ラウ。挨拶して」
「は、初めまして。ラウ・ベルクリーノです」
「がははは! そんな固くならんでよい。そうだな、三人共、儂のことは気の良い爺ちゃんだと思ってくれて良いぞ? なんなら、ルトお爺ちゃんと呼んでくれてもいいぞ? 一度も言われた事がないらの!」
「ベルグロート卿、そんな事を言ったら周囲への示しが付かないのでやめて下さい―――――「ルトお爺ちゃん!!」―――――ほら、こうなった……」
目をキラキラさせながら、呼ぶ。
「がははは! そう言うな、ラキよ。こんな十二歳の少女達に威厳を示そうなどとは思わんさ。なにせ、そんな事をしてこの可愛らしい少女達に嫌われたくないからな」
「ラウ、この方はクリノワール王国の五家の公爵の内の一人。ベルグロート公爵当主である、ラグラルト・ベルグロート公爵様よ。ちなみに、グランの師匠でもあるのよ?」
それにキョトンとするのはラウだ。
師匠と言われても、なんの師匠かよくわかっていないのだ。
「公爵様…………師匠? パパの?」
「なに、気概のある奴が訪ねて来たもんだからチョイと鍛えてやっただけじゃ。言うなら儂の弟子と言うより儂の酒飲み相手と言った方があってるかもしれんがな。それよりそちらのお嬢さん方は誰なのだ?」
灰色の瞳がラウの後ろへ一歩引くようにして佇んでいた二人へと向けられる。
それにビクッとしたミリアと肝が据わっているのか、慣れているのか、堂々としながらも若干の陰りを見せるクアン。
「わ、私はミリアと言います。ラウ様―――――「ラウ!」―――――ラウとクアンの親友です」
「初めまして、私はクアン…………クアン・リンライトと申します。訳あって家を飛び出している身ですのでどうか今回の事は内密によろしくお願いします」
「ああ、やっぱりそうだったのね」
「ほう、あのリンライト家の。そういう事なら分かった。今夜は一人のラウの友達として扱うがそれで良いな?」
ラキとラグラルトはクアンの家の事を知っており、現状を知っているからこその提案であった。
そして、クアンは「はい。ベルグロート様ありがとうございます」と、安堵した様に肩を撫で下ろした。
「うむ。にしても、三人共綺麗じゃの~。儂の娘が初めてパーティーに参加した時の事を思い出すわい」とラグラルトはまるで娘が初めてパーティーに参加した時の様子を思い出したのかしみじみとし呟いている。
ラグラルトや他の貴族が賞賛するのも無理はない。
何故ならラキやイリーナ達は三人達の容姿によく似合う服を決めるために何時間もかけたのだ。これで似合わないと言われては気合を入れた甲斐がないと言うものだ。
元々、ラウの容姿はラキの血が強く受け継がれたのかラキの若い頃に似ており、ラキの特徴的な銀髪にラキ、グランに共通する透き通る様なライトブルーの瞳を持ち合わせている少女である。
それらの特徴を生かしたラキの着ているドレスとは対照的に薄い鮮やかな青色に細かな意匠が施されたドレスを着飾り、いつもはストレートで伸ばしている髪を1つ結びに纏め、ポニーテール状に。
そして、素材を殺さない様に薄く化粧されているので大人な雰囲気を醸し出していた。
それに対し、ミリアはラウやラキの髪と正反対の菊の花の様な金髪を、細部に渡り細かく装飾された真っ白なミニスカートの様なドレスを着る事で腰まで伸びた金髪を映えさせている。
絡まらないようにと付けたシュシュがワンポイントとして魅力を引き出しており、更に可愛さが増している。
更に、黒色の薄い生地で腰に巻きつけ、それで主役を邪魔しない様に小さくリボンを作ったことで大人な雰囲気の中に何処かまだ未熟の果実の様な幼さの雰囲気を残している。
クアンはラウやミリアとは違い、燃える様な肩まである緋髪は少し毛先をふわっとさせた。
更に黒を基調としたドレスに、生地がとても薄く白いカーディガンを肩にかける様に合わせ、黒色の薄い手袋を着用する事で大人な雰囲気を引き出していた。
今回の夜会の参加者としてもそうだが、冒険者ギルドの長として他の貴族に挨拶回りを終えたイリーナがラウ達の方へ疲れた様子で歩いてくる。
そして、今迄の話を聞いていたのか「本当、数か月前からラキは気合入れてたからね……」と呟き、会話に参加してきた。
ちなみに、グランは未だ他の貴族に拘束されており、ラウのドレス姿を間近で見たいのか、ラキに助けを求める様にチラチラと視線を送っているのだが、道連れは御免だとラキは無視し続けている為、いつまで経っても抜け出せないのである。
そんな様子を見かねたイリーナがラキに「それより、ラキ。貴方の旦那が困った様に此方をチラチラ見てるけどいいの? あれ」と切り出した。
しかし、無情にも「ん~。でも、今私が行ってもどうせ私も巻き込ませるだけだから嫌。それに、今後も当主をするならこういう事は多いだろうし慣れてもらわないと困るわ。毎回フォローするのが私だと大変だもの」と言われグランの顔が士気色に変化する。
「まぁ、それは分かるけどね」
そして、ここにもグランの心を折る四人が―――――、
「ねぇ、ルトお爺ちゃんってパパより強いの?」
「ラウ、ベルグロート様って言ったら昔、王国の騎士団総団長も務めた方よ? グラン様には申し訳ないけど、強いに決まってるじゃない」
「そうだよ、ラウ。って私もクアンの話聞いて初めて知ったけど」
クアンからミリアといった順番で間髪入れずに答えた。
「なんだ三人共、気になるか? そうだな、今のアイツの実力は戦ってみないと何とも言えんが。まぁ? 儂が勝つだろうな、がははは」
「そんなに強いの!? え、でも騎士団辞めちゃったんでしょ?」
「あぁ、あれか。今はイグニの奴に押し付けたがあんなものさっさと辞めて正解じゃったわい」
「そうなの? そんなに大変なの?」
「あぁ、なにせ入隊してくるのは箔が付くからと審査員を買収して自分の息子を入れてくる腐った貴族共に、入隊したとしても怪我したら如何するんだとか責任取れるのかだの、怪我したらしたで騎士団総監督の長である騎士団総団長に責任が回り回って取らされるし、何か緊急の問題があれば過激派の貴族達の愚痴や嫌味に付き合わされ―――――」
「ちょ、ちょっとベルグロート卿。ウチのラウに変な事吹き込まないで下さい!」
「?」
「がははっ、すまんすまん。まぁ、そんなこんなで辞めて今はのんびりと自分の領地の騎士団と息子、孫達を一端に使えるように鍛えてる所じゃ。息子もいい年いったしさっさと領地の権利・管理などは渡したいんだがな」
「ほぇ~」
ラグラルトの人当たりの良い態度と優しい雰囲気をラウ達は感じ取ったのか、早速ラウは打ち解けた様で次々と矢継ぎ早に質問していく。
そんな様子を失礼に当たらないかと心配そうに見るクアンとミリアだが、もう完全にラグラルトが自分達を見る目が孫娘を可愛がるお爺ちゃんのそれであり、更にラウが懐き始めたので緊張も解け始めていた。
ラウとラグラルトが話している側で小声でミリアが、「あ、そう言えばクアン。アレどうする? いつ渡す?」とこの日の為にラウに喜んでもらおうと悩み抜いて買った2つのヌイグルミを渡す機会をクアンに話し合い出す。
「そうね、今プレゼントは持ってきてる?」
「うん。ラウがベルグロート様と話し始めた時に侍女の人が持ってきてくれた」
「なら、そろそろ渡しましょうか。ミリア大丈夫?」
「うん、でもラウ喜んでくれるかな……」
「大丈夫よ、絶対喜んでくれるわ!」
「ふふふ、うん! そうだよね、自信持たないとね」
「えぇ、大丈夫。困ったら私がいるから」
*
そして、遂にプレゼントを渡す絶好の機会が私達に訪れた。
しかし、自信を持つとは言ったもののその決意も虚しく緊張でガチガチに固まってしまう。
ただプレゼンをラウに渡すだけなのに、こんなにも心臓がバクバクと破裂しそうな程鳴っているのが、隣のクアンにも聞こえてしまっているのではないかと思うほどに自分でも分かってしまう。
それでも、勇気を出して「ラ、ラウ!」と切り出してから、前日にあれこれと言う言葉を考えてきたのに口がパクパクとするだけで頭が真っ白になって言葉が出てこないのだ。
そんな様子を不思議そうに見て、ラウが「? どうしたの? クアン、ミリアちゃん」と聞いてくる。
しかし、自分はそれに答えられるだけの余力はもうなく、こんなにも人前でプレゼントを渡す事が緊張するなんて思わなかったし、勇気のいる事なんて思わず何故か顔が熱くなり、目尻も熱くなってきてしまう。
更に最悪な事に周囲の何事かという視線が私達に集中しだし、自分の心の弱さに今迄の自信が崩れそうになった時、―――――ほっそりとした柔らかくも暖かな手が私の手を握ってきた。
思わず、バッと隣を見る。
そこには、クアンが柔らかな笑みを浮かべていた。
それだけで自分は以前の様に一人じゃないのだと。
隣に共に一緒にいる友がいるのだと。
そう強く感じられ、勇気を貰えた気がして、捲し立てる様に目を瞑って「ラ、ラウ! 十二歳の誕生日おめでとう! え、えっと、こ、これ! 私達が何が良いか考えて買ったヌイグルミ! だ、だから貰ってくれるとありがたい……です」と若干最後は聞こえにくい小さな声になりながらも、なけなしの小さな勇気を振り絞って一気に言った。
それに続くように「ラウ。これ、ラウに内緒にしちゃったけどラウに喜んでもらおうと思ってミリアと一緒に買ってきたのよ。受け取ってもらえないかしら?」とクアンがゆったりと話し出す。
「流石、クアンだな……」と頭の隅で思いながらも緊張感が未だ抜けない。
しかし、クアンが言い合えた後もラウは何も返答して来ず自分は目を瞑ってしまっているのでラウの様子を見ることも出来ない。
でも、言えたことには変わりはなく一時は安心したと同時に今度は、貰ってくれるかな?とか、もっと良い渡し方あったかな?とか思うと今度は猛烈に不安が押し寄せてくる。
隣でクアンが「ッ————!」と息を飲むのが分かってしまった。
やっぱり何処か間違えたのだろうかと、遂に不安に耐えきれなくなり目を開けて見たのは、若干眼をウルウルさせ、ひっぐひっぐと僅かに嗚咽を漏らしながらもクアンと私に飛び込んでくるラウの姿だった。
「クアン、ミリアちゃん! ありがとう!! 大事にするからね!」と抱き着いてきたが、すぐに「あ、ちょっと待っててね」と言い残し、いつのまにか邪魔しないようにと私達から離れていたラキさん達の元へ向かってしまった。
*
それから、侍女に何かを手渡され、「うん! 頑張る!」とその侍女に言ってから、直ぐに戻ってきたラウの小さな両手には三人でお金を出し合って買った細かい意匠が施された容器に、頭上に翳すと周囲の光を反射しキラキラと輝き浮かび漂う魔石を入れたアクセサリーが、ラッピングされた状態で三つ寄り添う様に乗っかっていた。
そして、それを二人に、大事そうに、壊れてしまわない様に、手渡した。
「こ、これあの時の! 出来たんだ!?」
「そう! いつ渡そうか考えたんだけど出来上がったのがこの日の三日前だったから私の誕生日に渡そうと思って……」
「綺麗……」
「ふふふ、そうだね。これで三人お揃いだね」
「―――――!! そうだ! どうする?! もう冒険者になろうか!」
「私は良いけど、ラキさん許すかな……」
「あ……」
「ラウ。貴方、完璧に忘れてたでしょ……」
ラウが二人と冒険者になって世界中を旅するんだと、はしゃいでたせいかグランとラキに了承を貰うのをすっかり忘れてたのである。
「どうしよう……。二人とも一緒に―――――」
そこで、何とかクアンとミリアを自分の陣地に入れようとするが、「あら? ラウ貴方、冒険者になるの?」と言い切る前にラキが近くに居たのか会話に入ってきてしまう。
「―――――マ、ママ! いや、これは……その……あの……」と落ち着かなくラウは手を左右にアワアワと振り、必死に何とか別の事を言おうとするがまるで思いつかないようで、内心「ダメだこりゃ」とクアンとミリアが天を仰ぐ。
だが、ラキが「良いわよ? なっても?」とすんなりと答えた為、ラウ達三人が意外とアッサリ許可が降りた事に呆然とする。
そんなラウ達の様子にあれ? 聞き間違いだったのかな? とラキが「ん? ならないの?」と確認の為もう一度聞いてきた。
その余りにも都合の良い問い掛けにこれは夢なのでは? と一瞬疑ったラウ達であったが、暫くするとこれはどうやらこれは夢では無いらしいと気付き始めたラウは、「っ! な、なる! ミリアちゃんとクアンと冒険者になる! そして、世界中を三人で旅する!」と元気に目をキラキラさせて言ったところで、慌てた様にグランがラウ達の元へやってきた。
しかし、その最初の言葉が、
「冒険者!? ダ、ダメだ!! ラウにそんな危険な真似はさせられん! だったら儂も付いてく!」
である。
これにはラキやグランの後からゆったりと歩いてきていたラグラルトやイリーナもハァーと溜息を吐きたくもなる。
何故に娘の初めてのおつかいでもあるまいに、何が悲しくて親同伴で友達と旅をしなくてはならないのか……。
しかし、グランとて子供の旅に親が付いていくのは自分だったらどう思うのかや、後ろからラキの圧がかかってる所為で「そ、それが嫌なら、条件がある! せめて、召喚獣を召還魔法で召喚し契約出来たら旅に出るのを許可しよう!」と付け足し始める。
召喚獣とは、大雑把に言えば、主に魔法使いや魔法学園で最初に呼び出し使役する使い魔の内の一つをいう。
この召喚獣は稀に気に入った主と生涯共にする事もあると言われているが、この呼び出した召喚獣は主に精霊界での主、ミク・ニールセン・グロファミアにより統治されている異界から現れるとされている。
召喚獣にも色々あり、珍しいところでは青龍の子供だったり、人間の喋る言葉を理解し念話で主人に考えを伝える事で意思疎通する金狼だったり、何が原因か不明だが前世の記憶を持っている子熊など多種多様な召喚獣がおり、よく分かってないというのが各国の認識である。
ここで、召喚獣と言われているのは主に獣系が召喚されるからである。
しかし、少数だが、無機物のダイヤモンドで出来たゴーレムであったり、悪魔や天使が同時に出てきたなど、変わり種も一定数召喚される事もある。
そんな、よく分かってない召喚魔法だがグランがラウに旅に出る条件として出したのは何も感情的な考えばかりではなく、その召喚獣は妖精と同様にその契約した召喚獣を家族や友人の様に扱うと戦いに自主的に参加してくれたり、どんな時でも裏切る様な事はしない忠誠心をみせる。
しかし、逆に酷く扱うと契約を切って勝手に精霊界に帰ってしまったり、召喚した召喚獣によっては死に至る呪いをかけられる事があるというものである。
まぁ、簡単に言ってしまえば、酷いことをしなければ良いのだが、どこに行ってもどんな時代でも悪用しようとする人間もいたりするものだ。
話を戻すが、グランがそう言った事でラキはまぁ、それならいいかと納得したようで許可した。
しかし、問題は残っており、
「でも、確か召喚獣ってその人の魔力の波長だったり、その召喚獣によって好みがあるから必ずしも召喚出来る訳ではない。って、聞いたけどそこら辺はどうするの?」
ラキが言った通り、召喚獣にはその召喚する人の魔力の波長つまりは各々人には魔力の違いがありそれが召喚獣の好みに合わないと召喚されなかったり、召喚されてもまだ生まれて間もない子供の召喚獣だったりとデメリットがあるのである。
子供の召喚獣は意外と人気があり、それ目当てで召喚魔法を使う魔法使いもいるようだが……。
「そしたら、せめて儂に決闘で一発当てる事が出来たら良いぞ」
「なんか、いきなり難度が上がったような……」
「グラン様、勝たせる気無いわね……」
「うわぁ……。パパ、絶対勝たせる気無いよ……」
「ふふっ、ラウ頑張ってね♪」と、イリーナ、クアン、ラウ、ミリアの順に感想がポロっと口から出てしまっている。ついでにグランの株も急転直下の凄まじい下落を見せている。
ミリアは完璧に他人事として考えているが、そこでラキが、「あら、クアンちゃんはもう冒険者として活躍してるからともかく、ミリアちゃんも出来なかったらラウと一緒に修行よ?」と衝撃の事を言い出す。
そんな言われた当本人は「ぇ……」とまるで首がギギギと効果音が付くみたいにラキとグラン、ラウの美しい親子の方向を見る。
その視線を向けられた三人は「何、当たり前の事を?」とでも言いたげにミリアの方を見ていた。
若干一人、「やる時は一緒だよ?」とでも言いたげにサムズアップしてる娘がいるが……。
「で、でも、私ラウよりは戦えますし……」
「ミリアちゃん。あのね、冒険者ってのはいつも最悪の想定をしなくちゃいけないの。その為には後になってアレやっとけば良かったとかもっと実力付けとけばなんて後悔、危機的状況で思いたくないでしょう?」
「は、はい。仰る通りです」
「その為に、実力をつけてもらうの。分かった?」
「は、はい」
「まぁ、そこまで心配になる事はないわ。ミリアちゃんはラウみたいに戦場に自分から突っ込んで行く様な子でもないでしょうし、私から回復や防御などのサポート系の魔法と自分の身を守れなくちゃ困るから最低限の攻撃魔法を徹底的に教えるわ。そうね、長くても二ヶ月ぐらいで終わるから大丈夫よ」
その言葉に、ミリアは安心するが、それとは真逆の反応をする者が三人。
その三人であるイリーナとグラン、ラグラルトは「うわぁ……」と半ばミリアに同情するように小さく呟く。
何故こんな反応なのかというと昔、グランがラグラルトの弟子になった事でどうせならとグラン達がラグラルトの屋敷でお世話になっていた頃がある。
その時、グラン達のパーティで冒険者として活躍し、冒険者の中でも五大美人の一人として有名だったラキに憧れサポート系の男性や女性の魔法使いや下心丸出しの明らかに前衛の剣士などが大勢ラキに教えを請いに来た事があった。
面倒なので全員同じメニューをやらせたのだが、結果は「全員、一日で来なくなった」というものであった。
なので、それを知ってるからこそのイリーナとグラン、ラグラルトの反応である。
ちなみに、五大美人の内のもう一人は長い金髪と美形が圧倒的に多いエルフであるため、イリーナが冒険者内では有名であった。
そんな、たった二ヶ月なのだからとやる気をみせるミリアやどんな召喚獣が召喚出来るか楽しみのラウ。
そんな二人を微笑ましく見るクアン。
もう今からメニューを考え始めてるラキ。
そのラキを見て戦々恐々とし出すイリーナとグランにラグラルト。
知人で話し始め、何やら置いてきぼりを食らったような気がしてるこの夜会に参加した貴族達など、各々の考えが交差する夜会でゆっくりと夜は更けていき、夜会は終了したのであった。
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