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4 フェリシエの過去
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◇◇◇
「フェリシエ・ミラージュ!オリテント帝国第一王子ジョルジュの名において、お前との婚約を破棄する!そして新たに、『奇跡の聖女』であるキャサリンを私の婚約者とする!」
貴族学園の卒業パーティーで大々的に婚約破棄されたのはもう三年も前のこと。突然「真実の愛」とやらに目覚めた第一王子は、婚約者だったフェリシエを捨て平民出身の男爵令嬢であり、聖女を名乗っているキャサリンを選んだ。
フェリシエはジョルジュに腕を絡ませ、しなだれかかっているキャサリンに目を向けた。
「ごめんなさいねぇ、フェリシエ様。でも私達愛し合っているんです。私にはフェリシエ様のような高い身分はありませんけど、ジョルジュ様を愛する気持ちは誰にも負けませんわ。これからは、聖女としてジョルジュ様と共に国を支えていきますから安心してくださいねぇ」
大胆に胸元の空いたドレスを身に着け、さり気なくジョルジュの腕に胸を押し付けているキャサリンの姿は、聖女と言うより手練れの娼婦のようだ。実際、貴族学園に入学後、いろんな貴公子達と派手に親交を深めていたようだが、貴族令嬢らしからぬ下品な振る舞いをたしなめるでもなく、だらしなく鼻の下を伸ばしたジョルジュを見てフェリシエは悟った。もはやこの馬鹿王子に何を言っても無駄だろう。こんなにも安っぽい色仕掛けにころりと騙されてしまうのだから。
この下品な女が聖女だと持て囃されるようになったのは、この女が生まれた極寒の冬の日に、まるで春のように一斉に黄金の花が咲き乱れたからだ。「うちの娘の誕生を祝って神様が祝福を授けてくれたに違いない」とこの女の両親が吹聴してまわったせいで、それ以来平民たちの間で奇跡の少女と評判になった。
噂を聞きつけた男爵家の養女となり、ついには聖女と名乗るようになったのだが、実のところ彼女自身にはなんの力も認められず、普通の人間と変わらなかった。しかし、それから豊作が続き、国がどんどん豊かになると、それこそが聖女の恵みであると言われるようになった。
フェリシエはもちろん、そんなものは眉唾物の話だと思っている。大体、その日に生まれたのは彼女だけではない。同じ日に生まれたものなど、探せばいくらでもいるだろう。たまたま、彼女が目立っただけだ。けれども、馬鹿な王子はこのできすぎたおとぎ話をすっかり信じているようだ。いや、ただ惚れた女を王太子妃として認めさせるために、世論を利用したいのかもしれない。
「ああ、キャサリン、君は国に恵みをもたらす聖女でありながら、なんて健気で可愛いのだろう。フェリシエに君の百万分の一ほどでも可愛げがあったなら、これまでの僕も少しは救われていただろうに。いや、誰であろうと君の可愛らしさと比べることなんてできないな。まったく、この女ときたらいちいちうるさくて、僕の神経を逆なでることしかしなかったからな。この女と婚約していたことは僕の人生の汚点だ。ようやく僕は真実の愛を手に入れることができた。君によって救われたよ」
「ジョルジュ様……」
「キャサリン……」
十歳の頃から辛く過酷な王子妃教育を受けさせておいて、結婚直前にこの仕打ち。呆れるよりも情けなかった。ジョルジュは王子様然とした見た目とは裏腹に、ただただ凡庸な男だった。ご立派なのは上辺だけ。浅はかで努力嫌い。そのうち王族としての義務は放棄し、権利だけを行使して贅沢に溺れ、享楽に耽る日々を送るようになってしまった。
だからフェリシエは人一倍努力を重ねなければならなかった。ジョルジュが足りない分を埋めるために。フェリシエの功績はすべてジョルジュのものとなり、ジョルジュの失態の全てがフェリシエのものとなっても。
だってフェリシエはこの国で一番位の高い公爵令嬢だったから。王を支える王妃となるべく育てられたのだから。
「承知いたしました。それではこれで失礼致します」
フェリシエだって、ジョルジュのことなんか愛していなかったけれど。愛されることだってとっくに諦めていたけれど。それでも、人生の全てを掛けて精一杯支えて行こうと思っていたのに。
「ふんっ!涙も流さないとはな。全く可愛げのない女だ」
努力したことの。愛そうとしたことの。全てがどうしようもなく虚しかった。
「フェリシエ・ミラージュ!オリテント帝国第一王子ジョルジュの名において、お前との婚約を破棄する!そして新たに、『奇跡の聖女』であるキャサリンを私の婚約者とする!」
貴族学園の卒業パーティーで大々的に婚約破棄されたのはもう三年も前のこと。突然「真実の愛」とやらに目覚めた第一王子は、婚約者だったフェリシエを捨て平民出身の男爵令嬢であり、聖女を名乗っているキャサリンを選んだ。
フェリシエはジョルジュに腕を絡ませ、しなだれかかっているキャサリンに目を向けた。
「ごめんなさいねぇ、フェリシエ様。でも私達愛し合っているんです。私にはフェリシエ様のような高い身分はありませんけど、ジョルジュ様を愛する気持ちは誰にも負けませんわ。これからは、聖女としてジョルジュ様と共に国を支えていきますから安心してくださいねぇ」
大胆に胸元の空いたドレスを身に着け、さり気なくジョルジュの腕に胸を押し付けているキャサリンの姿は、聖女と言うより手練れの娼婦のようだ。実際、貴族学園に入学後、いろんな貴公子達と派手に親交を深めていたようだが、貴族令嬢らしからぬ下品な振る舞いをたしなめるでもなく、だらしなく鼻の下を伸ばしたジョルジュを見てフェリシエは悟った。もはやこの馬鹿王子に何を言っても無駄だろう。こんなにも安っぽい色仕掛けにころりと騙されてしまうのだから。
この下品な女が聖女だと持て囃されるようになったのは、この女が生まれた極寒の冬の日に、まるで春のように一斉に黄金の花が咲き乱れたからだ。「うちの娘の誕生を祝って神様が祝福を授けてくれたに違いない」とこの女の両親が吹聴してまわったせいで、それ以来平民たちの間で奇跡の少女と評判になった。
噂を聞きつけた男爵家の養女となり、ついには聖女と名乗るようになったのだが、実のところ彼女自身にはなんの力も認められず、普通の人間と変わらなかった。しかし、それから豊作が続き、国がどんどん豊かになると、それこそが聖女の恵みであると言われるようになった。
フェリシエはもちろん、そんなものは眉唾物の話だと思っている。大体、その日に生まれたのは彼女だけではない。同じ日に生まれたものなど、探せばいくらでもいるだろう。たまたま、彼女が目立っただけだ。けれども、馬鹿な王子はこのできすぎたおとぎ話をすっかり信じているようだ。いや、ただ惚れた女を王太子妃として認めさせるために、世論を利用したいのかもしれない。
「ああ、キャサリン、君は国に恵みをもたらす聖女でありながら、なんて健気で可愛いのだろう。フェリシエに君の百万分の一ほどでも可愛げがあったなら、これまでの僕も少しは救われていただろうに。いや、誰であろうと君の可愛らしさと比べることなんてできないな。まったく、この女ときたらいちいちうるさくて、僕の神経を逆なでることしかしなかったからな。この女と婚約していたことは僕の人生の汚点だ。ようやく僕は真実の愛を手に入れることができた。君によって救われたよ」
「ジョルジュ様……」
「キャサリン……」
十歳の頃から辛く過酷な王子妃教育を受けさせておいて、結婚直前にこの仕打ち。呆れるよりも情けなかった。ジョルジュは王子様然とした見た目とは裏腹に、ただただ凡庸な男だった。ご立派なのは上辺だけ。浅はかで努力嫌い。そのうち王族としての義務は放棄し、権利だけを行使して贅沢に溺れ、享楽に耽る日々を送るようになってしまった。
だからフェリシエは人一倍努力を重ねなければならなかった。ジョルジュが足りない分を埋めるために。フェリシエの功績はすべてジョルジュのものとなり、ジョルジュの失態の全てがフェリシエのものとなっても。
だってフェリシエはこの国で一番位の高い公爵令嬢だったから。王を支える王妃となるべく育てられたのだから。
「承知いたしました。それではこれで失礼致します」
フェリシエだって、ジョルジュのことなんか愛していなかったけれど。愛されることだってとっくに諦めていたけれど。それでも、人生の全てを掛けて精一杯支えて行こうと思っていたのに。
「ふんっ!涙も流さないとはな。全く可愛げのない女だ」
努力したことの。愛そうとしたことの。全てがどうしようもなく虚しかった。
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