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その5 夢にまで見た給餌
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◇◇◇
フィリクスは目覚めたアイリスを改めて見つめた。
透き通るような白磁の肌に、腰まである銀糸の髪。けぶるような睫毛に縁取られた瞳は、どこまでも碧く、神秘的に煌めいている。今にも壊れそうなほど脆くて美しい、ガラス細工のような少女。
(これが、我が最愛の番か……なんて美しい……)
夢にまで見た番の姿はどこもかしこも美しく、たちまちフィリクスを魅了した。たとえどんな姿であろうと番ならば愛せる自信があった。猫だろうと犬だろうと蜥蜴だろうと愛せた。
しかし、アイリスを目にした瞬間、フィリクスの理想はアイリスそのものとなった。彼女の指先の爪の形さえ愛おしい。ひと目見たら必ず恋に落ちずにいられない、五感のすべてを魅了する抗いがたい魅力。魂の全てが、彼女が欲しいと訴える。
「まるで呪いのようだな……」
自分のあまりにも重い恋慕に苦笑する。フィリクスを見つめ、きょとりと首を傾げる幼気な様さえ愛おしい。だが、怖がらせたくない。
「ああ、すまない。まだ体が辛いだろうが、何か少しでも食べられるだろうか。滋養のあるスープを用意したのだが」
アイリスは何とか声を出そうとするが、まるで喉の奥が張り付いたように力が入らない。声を出せないアイリスにフィリクスは優しく語り掛ける。
「ああ、無理して声を出そうとしなくてもいい。もし食べられそうなら瞬きで教えてくれ」
アイリスはゆっくりと両目を閉じた。
「いい子だ」
フィリクスはアイリスを抱きかかえて膝に乗せると、左手でしっかりと支え、右手にスプーンを持った。そう、初めての「あ~ん」をするために。
番に食事を食べさせる行為は竜人族が好んで行う給餌行動であり、番ができたらしたいことナンバーワンとして絶大な人気を誇っていた。当然フィリクスも並々ならぬ憧れがあった。
舌を火傷しないように程よく覚ましたスープを慎重に掬うと、そっとアイリスの口元に運ぶ。果たしてアイリスは給餌行動を受け入れてくれるだろうか。フィリクスの胸が高鳴る。
一方アイリスは動かない体のため身動きすることすら叶わなかったが、内心は恥ずかしさに身もだえしていた。誰かに食べさせてもらうなど、赤子のころ以来。記憶の限りないことだ。
(し、しかも、ひ、ひ、膝の上に……いくら体が自由に動かないとはいえ、神様自らが私に食事を!?もしかしてここには他の人がいないのかしら……)
アイリスはドラード国王の花嫁となるべく、ドラードから招いた講師によって物心ついたころから厳しい淑女教育を受けていた。淑女たるものいついかなるときにも騒ぎ立てず、微笑みを絶やさぬようにと。そして何よりも、王には絶対の忠誠を誓い、王のすることに意見を申し立てたり逆らったりしてはいけないと。
(恥ずかしがっては駄目。ここではこのお方にすがるしかないのだから。天国には天国のルールがあるのよ。神様のなさることに逆らってはいけないわ。それに……神様なら無体なことはなさらないはず)
アイリスは恐る恐る口を開けた。嬉々としてスープを流し込むフィリクス。瞬間、えも言われぬ美味が口いっぱいに広がった。
(美味しい……)
少しずつ様子を見ながら慎重に運ばれたスプーンをアイリスは夢中で飲み干した。張り付いたようだった喉にも少しだけ潤いが戻る。
(よかった!食べてくれた!)
「偉いぞ。少しずつ食事量を増やしていこうな」
まるで幼子にするように、アイリスの後頭部をよしよしと優しく撫でるフィリクス。アイリスは自分が幼子になったかのような心地よい照れくささを感じつつ、ゆっくりと両目を閉じた。
フィリクスは目覚めたアイリスを改めて見つめた。
透き通るような白磁の肌に、腰まである銀糸の髪。けぶるような睫毛に縁取られた瞳は、どこまでも碧く、神秘的に煌めいている。今にも壊れそうなほど脆くて美しい、ガラス細工のような少女。
(これが、我が最愛の番か……なんて美しい……)
夢にまで見た番の姿はどこもかしこも美しく、たちまちフィリクスを魅了した。たとえどんな姿であろうと番ならば愛せる自信があった。猫だろうと犬だろうと蜥蜴だろうと愛せた。
しかし、アイリスを目にした瞬間、フィリクスの理想はアイリスそのものとなった。彼女の指先の爪の形さえ愛おしい。ひと目見たら必ず恋に落ちずにいられない、五感のすべてを魅了する抗いがたい魅力。魂の全てが、彼女が欲しいと訴える。
「まるで呪いのようだな……」
自分のあまりにも重い恋慕に苦笑する。フィリクスを見つめ、きょとりと首を傾げる幼気な様さえ愛おしい。だが、怖がらせたくない。
「ああ、すまない。まだ体が辛いだろうが、何か少しでも食べられるだろうか。滋養のあるスープを用意したのだが」
アイリスは何とか声を出そうとするが、まるで喉の奥が張り付いたように力が入らない。声を出せないアイリスにフィリクスは優しく語り掛ける。
「ああ、無理して声を出そうとしなくてもいい。もし食べられそうなら瞬きで教えてくれ」
アイリスはゆっくりと両目を閉じた。
「いい子だ」
フィリクスはアイリスを抱きかかえて膝に乗せると、左手でしっかりと支え、右手にスプーンを持った。そう、初めての「あ~ん」をするために。
番に食事を食べさせる行為は竜人族が好んで行う給餌行動であり、番ができたらしたいことナンバーワンとして絶大な人気を誇っていた。当然フィリクスも並々ならぬ憧れがあった。
舌を火傷しないように程よく覚ましたスープを慎重に掬うと、そっとアイリスの口元に運ぶ。果たしてアイリスは給餌行動を受け入れてくれるだろうか。フィリクスの胸が高鳴る。
一方アイリスは動かない体のため身動きすることすら叶わなかったが、内心は恥ずかしさに身もだえしていた。誰かに食べさせてもらうなど、赤子のころ以来。記憶の限りないことだ。
(し、しかも、ひ、ひ、膝の上に……いくら体が自由に動かないとはいえ、神様自らが私に食事を!?もしかしてここには他の人がいないのかしら……)
アイリスはドラード国王の花嫁となるべく、ドラードから招いた講師によって物心ついたころから厳しい淑女教育を受けていた。淑女たるものいついかなるときにも騒ぎ立てず、微笑みを絶やさぬようにと。そして何よりも、王には絶対の忠誠を誓い、王のすることに意見を申し立てたり逆らったりしてはいけないと。
(恥ずかしがっては駄目。ここではこのお方にすがるしかないのだから。天国には天国のルールがあるのよ。神様のなさることに逆らってはいけないわ。それに……神様なら無体なことはなさらないはず)
アイリスは恐る恐る口を開けた。嬉々としてスープを流し込むフィリクス。瞬間、えも言われぬ美味が口いっぱいに広がった。
(美味しい……)
少しずつ様子を見ながら慎重に運ばれたスプーンをアイリスは夢中で飲み干した。張り付いたようだった喉にも少しだけ潤いが戻る。
(よかった!食べてくれた!)
「偉いぞ。少しずつ食事量を増やしていこうな」
まるで幼子にするように、アイリスの後頭部をよしよしと優しく撫でるフィリクス。アイリスは自分が幼子になったかのような心地よい照れくささを感じつつ、ゆっくりと両目を閉じた。
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