13 / 50
13 王族の矜持
しおりを挟む◇◇◇
私は信じていた。王族や貴族は特別な人間だと。民を正しく導き、民のために尽くすのが王族や貴族たるものの崇高なる務めだと。
そんな甘っちょろい考えが粉々に打ち砕かれるのにそう時間は掛からなかった。
アルサイダー商会には様々な人が働いていた。そして、中には信じられないような凄惨な経験をしてきた人たちも少なくなかった。
あるとき仕事先からガイルが連れて帰ってきた子ども達もそうだった。
「こ、この子たちはどうしたんですか?」
冬なのに裸足でボロボロの服を纏い、やせ衰えた子ども達。どの子も怯えた目をして小さく震えていた。
「ああジーク、とある貴族のお屋敷から使用人を引き取って欲しいと連絡があってね。いま連れて帰ってきたところなんだ。この子たちの面倒をみてやってくれるかい?」
ガイルが言うと弾かれたように顔を上げ、必死にすがりついてくる子ども達。
「お願いします。なんでもします。なんでも言うことを聞くからぶたないで……」
「私はきっとお役に立てます。まだ働けます。だからどうか追い出さないでください」
やせ衰えた体には縛られたような痕や体中を鞭で打たれたような痛々しい傷が残っている。
「誰が、一体こんなことをっ」
怒りに震える私にガイルは悲しそうに告げた。
「残念だけど、この子たちみたいな酷い目に遭う子は後を絶たない。孤児や貧しい家の子が多いが、中には親が金を貰って子どもを売り飛ばすケースもある。この子たちは命のあるうちに保護できて良かった。死ぬまでいたぶられることもあるからね……」
ガイルの言葉に息を飲む。
「ここにはね、そんな子ばかり集まってるんだよ」
そう言うと、ガイルは恐怖に震える子ども達を一人ずつ抱き締めた。
「大丈夫。ここは安全だ。だから、安心していいんだよ……僕は君たちを殴らない。ここにいる皆が君たちの味方だよ。良く頑張ったね。もう安心だ」
ガイルの言葉が信じられずに怯えた目で見つめる子ども達。そんな子ども達にガイルは何度も声をかける。
「さぁ、温かいお風呂に入ろう。食事も用意してるよ。新しい服も靴もある。傷の手当てをしたら今は何も考えずにゆっくり休むんだ」
ガイルがなぜ自分をすんなり受け入れてくれたのか分からなかった。しかし、このときようやく納得できた。
ガイルにとっては、自分もこの子たちも、同じように保護すべき傷ついた子どもに過ぎなかったのだ。
ガイルは優秀な商人だった。そしてそれ以上に優れた人格者だった。彼から学ぶべきことは本当に多かった。
◇◇◇
ガイルの元で働くようになってから色々なことを知ることができた。医療、教育、福祉、ありとあらゆる公的な援助のほとんどが上に立つ貴族たちによって当たり前のように横領されていること。そしてそのせいで十分な支援を受けられずに苦しむ人達がいることも。
なにより、そのほとんどに、ガライアス叔父上を支持する貴族や王族が関わっていたことは衝撃だった。
彼らはそうやって自らの支持者を増やしていったのだ。堕落した貴族たちは、金と享楽を引き換えに貴族の誇りや忠誠心を売り渡した。
その腐敗は着々と王宮内部にまで広がっていた。驚くほど多くの貴族が不正に手を染め、ガライアス叔父上を支持していたことがわかった。
良識あるものたちは片隅に追いやられ、腐敗した貴族が中央で力を持って行く。あのまま王宮に留まっていればやはりいずれ殺されていただろう。
腐敗は澱のように溜まり続け、そのしわ寄せはすべて民衆に跳ね返る。
毎夜繰り返される豪奢なパーティーの裏側で、一杯の粥も飲めずに死んでいくスラムの子供たちがいる。孤児院の子どもたちは冬でも粗末な穴だらけの服を着て、冷たい床の上で眠る。
正さなければ。私が王族であるために。叔父上と叔母上をこのまま野放しにしておくことはできない。
泣きながら決別を誓ったあの夜を忘れない。
証拠はすぐに集まった。他ならぬアルサイダー商会にいたおかげで。虐げられていた人たちから証言を集め、貴族の不正を暴き、資金源を突き止めたら裏から手をまわして念入りにつぶしていく。
不正な金の流れを止めれば面白いくらいに弱体化していく貴族たち。才覚もなく、ただただ搾取して浪費することにだけ労力を費やしてきた彼らには、傾いた家を立て直すこともできない。
金が無くなれば金を借りることで一時的にしのげるだろうと短絡的に考え、借金を膨らませていく。
こうして私は十年の歳月をかけて、腐敗した貴族たちの弱体化に成功した。富も領地も、奪えるものはすべて奪い、彼らは名ばかりの貴族へと成り下がった。
特にシリウス伯爵家には念入りに攻撃を仕掛けておいた。バーバラ叔母上の度重なる散財によってすでに疲弊していたシリウス伯爵家は、もはや貴族としての体面を保つのも難しいだろう。
後は、叔父上と叔母上を公の場で糾弾するだけ。
それできっと全てが終わってしまうのだろう。
0
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)
夕立悠理
恋愛
伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。
父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。
何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。
不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。
そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。
ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。
「あなたをずっと待っていました」
「……え?」
「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」
下僕。誰が、誰の。
「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」
「!?!?!?!?!?!?」
そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。
果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる