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13. わがままはお好き?

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 ◇◇◇

「オーベルト=マシュー様。わたくし、あなたと結婚します」

 アルボルト公爵家で開かれたお茶会の席。公爵令嬢の放った突然の言葉に、その場の空気が凍りついた。

「……はい?」

 いきなり名指しされたオーベルトは思わず手にしたティーカップを落としそうになった。慌てて持ち直したが落とさなかったことにほっと胸を撫で下ろす。手の火傷などどうでもいいが、このティーカップひとつの値段でオーベルトの着ている一張羅の金額を優に越えてしまうだろう。貧乏伯爵家の三男であり、しがない騎士であるオーベルトにとってはそのほうがよほど恐ろしかった。

「聞こえなかったのかしら。わたくし、あなたと結婚したいの」

 優雅に紅茶を飲みながらチラッとこちらを見つめるのは今年16歳になったばかりのアルボルト公爵令嬢ミランダ。燃えるような真っ赤な赤毛に意志の強そうなエメラルドの瞳を持つ通称『アルボルト家のわがまま姫』だ。

 あらゆる分野に深い造詣を持ち、オリビア王国始まって以来の天才と言われるミランダは、国内外から優秀な人材が集まる学園においても才媛の名を欲しいままにしている。しかし、大人しく控え目な女性が好まれるオリビア王国の貴族社会において、物怖じせず自分の意見をはっきり言うミランダは気の強いわがまま娘と陰口を叩かれることも多い。

 とはいえ、父親であるアルボルト公爵は娘を掌中の玉のように溺愛しているし、伯父である国王陛下からも実の娘のように可愛がられている。聞くところによると、あまり優秀とは言えない息子たちよりもよほど頼りにされているとか。とてもではないが、貧乏伯爵家の三男坊である自分と釣り合う相手ではない。

 今日は先日社交界デビューを果たしたミランダのためのお茶会。というのは建て前で、実際には公爵がこれはと思う貴公子を集めたていのいいお見合いパーティーだ。ミランダは一人娘のため、将来はミランダの夫が婿入りしてこの公爵家を継ぐことになる。

 確かにオーベルトも年頃の貴公子の一人である。しかもミランダとは幼年学校からの幼なじみでもある。しかし、周囲の驚きの視線がオーベルトの今の立場を如実に物語っていた。そもそもこのお見合いパーティーは完全なデキレースのはずだったのだから。

「大変光栄なこととは思いますが……なぜ、私なのですか」

 何かの間違いかたちの悪い冗談だろうか。オーベルトは困惑を隠せなかった。しかし、

「あら、理由なんているかしら。この中であなたが一番わたくしのタイプだったの。それだけよ」

 ふっと笑いながら目を細めたミランダの姿はまるで獲物を狙う美しい猫のようで……そのあまりの美しさに、オーベルトは息を飲んだ。

「それで、お返事はいただけるのかしら。わたくしそう気が長いほうではないの」

 美しい顔でにっこりと微笑まれ、オーベルトは途方に暮れてしまう。まさか自分が選ばれるとは夢にも思ってなかったのだ。今日は貴族社会のお付き合いの一環で儀礼的に参加し、解散したら速やかに帰宅する予定だった。選ばれたときの対応など考えてもいない。

「そう、ですか……」

 オーベルトが口ごもっていると、背後のテーブルからティーカップを叩きつける耳障りな音が響いた。

「ちょっと待ってもらおうかっ!?」

 怒りに燃える目で立ち上がったのはこの国の第三王子であるレオナルドだ。

「ミランダ。お前の相手はこの俺のはずだが」

 そう、彼こそがミランダのお相手であり、将来のアルボルト公爵になるはずの人物だ。今日はそのまま彼とミランダの婚約披露の場となるはずだった。突然のミランダの発言に黙っていられる訳もない。

 ミランダの父である現アルボルト公爵は現国王のただ一人の王弟であり、レオナルドの叔父に当たる。そのためミランダとはいとこ同士になるのだが、ミランダの母は大国である隣国アリスラ王国の第一王女であるのに対して、レオナルドの母は身分の低い側室だ。レオナルドは生まれの劣等感からか、ミランダの能力に対する嫉妬なのか、ミランダに対してあまりいい感情を持っていないという噂もある。

 現にミランダに向けられた視線は苛立ちと怒りを含んだものしか感じられない。オーベルトはレオナルドの剣幕に思わず溜め息をついた。

「あら、レオナルドお兄様ごきげんよう。いらしてたなんて気付かなかったわ」

 激高するレオナルドとは対照的にミランダは余裕の表情で微笑んでいる。そんな場合ではないと思いつつ、オーベルトはつい見とれてしまう。鈴を転がすような透明感のある声、女性らしい細くしなやかな身体……いつみてもミランダは完璧に美しい。

「なんだと!?」

「あら、今日は新しい恋人はご一緒ではないの?確か……メアリー様だったかしら。とても可愛らしいかたね」

 ミランダの言葉にレオナルドはさっと顔色を変える。

「め、メアリーはただの友人だ!恋人などではない!」

 メアリーは新興の男爵家の令嬢だが、学園において最近レオナルドと親しく付き合っている姿がたびたび目撃されている。当然この場にいるものでそのことを知らないものなど一人もいない。だが、貴族の子息が結婚までの間ハメを外すのは良くある話で……まして王子であるレオナルドに意見できるものなど誰もいなかった。

「あら、わたくし知ってますのよ。メアリー様にわたくしがおばあ様から頂いた宝石をお渡しになったでしょう。わたくし、デビューの際に身に付けるのを楽しみにしておりましたのに……大切に宝石箱にしまっていたはずのネックレスをメアリー様が身に付けているのを見たときはびっくりしましたわ。でも、あのネックレスはわたくしにとってとても大切な物ですの。用が済んだのでしたら返していただけます?」

「あ、あれはその……」

「それは本当かね、レオナルド」

 突然かけられた声に周囲は息を飲む。

「お、叔父上!」

「ええ、お父様。レオナルド様に頼まれて宝石を持ち出したメイドはすぐにクビにいたしました。よろしいでしょう?」

「もちろんだっ!だが、レオナルド、いい加減にしろっ!恥を知れっ!」

 今にもレオナルドにつかみかかりそうな程に激高した公爵にオーベルトは目を見張った。普段娘に甘い温厚な姿しか見たことがないため、公爵が声を荒げる様子に驚いたのだ。

「ち、ちがうんです叔父上。あれは、その、たまたまちょっと借りただけですぐに返すつもりだったんです!」

 レオナルドもまた、蒼白になりながらなんとか苦しい言い訳をしようとしていた。しかし、次に続いた言葉に誰もが表情を厳しくした。

「今までもメイドに命じてわたくしの宝石を勝手に持ち出していたことは知ってますわ。わたくしの名前であれこれ買い物をなさったことも、あちらこちらで借金をしていることも。なんならわたくしの名前で仲良しのご令嬢達に絶縁状を送ったこともあったそうですわね。でも、いとこのよしみで見逃してましたの。レオナルドお兄様がそこまで困ってらっしゃるのならと思って。でも、あの宝石はおばあさまの形見の品なの。あれだけはダメ。許せないわ」

「あ、あれがそんなに大切なものだなんて知らなかったんだっ!借りた宝石も返すつもりだった!」

「あら、女性に一度渡した宝石をどうやって取り返すのかしら?盗んだものだから返してくれとでも仰るの?」

「そ!それは……」

「ほかのものはもういいわ。でも、おばあ様の形見だけは返していただける?それで許して差し上げるわ」

「わ、わかった」

 ミランダはうなだれるレオナルドをちらりと見るとアルボルト公爵に向き直った。

「お父様もそれでよろしいかしら」

「……ミランダはそれでいいのか。陛下に報告してもかまわんのだぞ」

 公爵の言葉にレオナルドはびくりと体を震わせる。公爵令嬢の宝石を盗んだとなれば王子であるレオナルドとてただではすまないだろう。まして王族ゆかりの品物だ。王位継承権を剥奪のうえ投獄や国外追放もありえる話だ。しかも余罪も多そうときている。

「伯父様を悲しませたくないわ。ただし、レオナルドお兄様との結婚はお断りします。伯父様にはいつものように『ミランダのわがまま』で通してくれて構わないわ」

「お前がそう言うのなら……。レオナルド、ミランダに感謝するんだな。だが、私はそんなに甘くない。二度はないぞ」

 国王に良く似た威厳のある声で叱責され、レオナルドはすっかり意気消沈していた。


 ◇◇◇

 お茶会の後で、オーベルトは公爵家の応接室に招待され、あらためてミランダと向き合っていた。

「ごめんなさい、オーベルト様。突然のことで驚かれたでしょう」

 優しく微笑むミランダにオーベルトの心臓が跳ねるが、今はそれよりも先程のことが気掛かりだった。

「レオナルド様のことは、本当によろしかったのですか。ミランダ嬢の名誉のためにも公にしたほうが良かったのでは?」

 ミランダは自嘲気味にくすりと笑うと小さく溜め息をついた。

「レオナルドお兄様は昔からああですの。わたくしが悲しんだり怒ったりすることをわざとするのが好きなの。昔はずいぶん泣かされたけど、今はもうすっかり諦めてしまったわ」

「なぜ、レオナルド様はあのようなことを……」

 仮にも王子であるレオナルドが本当に金に困ってやっていたとは考えにくい。

「最初は嫌がらせだったのでしょうね。生意気な女を懲らしめてやりたいとでも思ったんじゃないかしら。でもわたくしが何も言わないと分かると、どんどんエスカレートしていったわ。そのうちわたくしのものは自分のものでわたくしには何をしてもいいのだと考えるようになったのかしらね」

「どうしてそのような愚かなことを……」

「どうしてかしらね。でも、わたくしたち女を軽んじる殿方は多いもの。レディとは、ただ返事をするだけの可愛いお人形さんでいるべきだって本気で思ってる殿方もいるでしょう?」

「……」

 確かにそのような考えを持ち女性を無理やり従えようとする男は後を絶たない。たちの悪いことに身分の高い男ほどそうした考えに支配されてしまうのだから厄介だ。

 オーベルトが言葉もなく苦い顔をしていると、ミランダは悪戯っぽく微笑んだ。

「でもね、面倒ごとはごめんですけど、わたくしはわがままだからやられっぱなしは性に合いませんの。あのときのお兄様の顔ときたら!おかしくって笑いを堪えるのが大変でしたわ」

 悪戯が成功した子供のようにコロコロと笑うと、ふう、と息を付く。

「レオナルドお兄様は困った方ですが、根っからの悪人ではないのです。わたくしとは合わなかったのね。お兄様も本当に愛する方と結婚したほうが幸せになれると思うわ」

「ミランダ嬢はお優しいのですね……私があなたの立場ならあの男を殴ってました」

「あら、それも面白かったかしら。でも、わたくしの手が痛くなりそうだわ」

 クスクスと笑われてしまったが本気だ。いや、どうしてあのとき殴らなかったのかと今更ながらに悔やまれる。王子だってかまうものか。あんなクズとの結婚が無くなったことは本当に良かったと思う。

「とりあえず、レオナルド様との結婚の話が白紙になったことは良かったと思います」

 オーベルトが真剣な顔で言うと、ミランダもこくりと頷く。

「もちろんですわ。わたくしはオーベルト様と結婚いたしますもの」

 ミランダの言葉に思わず苦笑してしまう。

「あの発言には正直驚きました。しかし、たとえ芝居でも私を選んで頂けて光栄でした」

 いきなり指名されたときは驚いたが、レオナルドを糾弾するためにあの場で必要な芝居だったのだろう。オーベルトは締め付けられるような胸の痛みにも、自分の気持ちにも必死で蓋をする。それなのに、

「お芝居?」

 ミランダはきょとんとした表情で首をこてんと傾げた。そんな子供っぽいしぐさも上品な猫のようなミランダにはとても似合っていて、思わず見とれてしまう。全くなんて罪作りなんだ。

 オーベルトはミランダに心底惚れていた。だから気がつけばいつも目で追ってしまう。だが、このままではまずいと必死に自分に言い聞かせる。王子の婚約者にならなくても、自分にはとても手の届かない高嶺の花なのだから。

「レオナルド様との縁談を断るために、あのような芝居を打たれたのでしょう?私みたいな貧乏伯爵家の三男坊は当て馬にちょうどいいですからね……」

 自分で言っておきながら自分で凹む。ああ、せめて実家が金持ちならば……などと埒もない夢を見る。オーベルトの実家である伯爵家は、3年前に魔物の大量発生による莫大な被害が出たとき、伯爵家の財産を全て売り払って領民の生活を支えた。

 しかも代々そのようなことをしているため、物心ついたころから貧乏だった。それでも文句一ついわない両親を誇らしく思っているし、そんな両親を支える優秀な兄達のことも誇りに思っている。

 自分も少しでも役に立ちたい。そう思ったオーベルトは魔物を倒すため、騎士となる道を選んだ。剣の道を極めるべく、学園ではひたすら剣術の鍛錬に勤しんできた。まだ学生の身ながら数々の討伐に参加し、騎士としての腕前はそれなりに評価されている。しかし、それすら到底公爵家の威光には届かない。

 これまで貧乏であることも、自分の生き方も恥じたことはない。だがしかし、もしも自分がこの令嬢に相応しい男ならば……胸を張って求婚できる立場ならどんなに良かったかとも思ってしまう。下手に夢を見てしまったため、我ながら諦めの悪いことだと自嘲する。そのため、ミランダの言葉に目を見張った。

「なんのことかしら。わたくしは本気よ。あなたと結婚したいの」

「……冗談が過ぎます」

「わたくし、そんなたちの悪い冗談は言わないわ」

「な、なぜ……」

「言ったでしょう?タイプなの」

 ミランダはオーベルトの目を見つめてにっこりと微笑んだ。

「オーベルト様のふわふわの茶色い癖っ毛にまん丸の焦げ茶の瞳。子犬みたいで可愛いなぁーって。初めて会ったあのとき、一目見て気に入りましたの。わたくし、幼年学校のときから密かにお慕いしておりましたのよ?気がつきませんでした?」

「こ、子犬……」

「もちろん今はすっかり立派になって素敵な騎士におなりですけど。幼い頃、わたくしが泣いているとあなたはそばでじっと見守っていてくれたでしょう?あのときからわたくしにとってあなたは特別なナイトなの。生涯側にいて欲しいと思うのはあなただけだわ」

「気がついていたのですね……」

 オーベルトはさっと顔を赤らめる。まさか気付かれているとは思わなかった。幼い頃とはいえ、気持ち悪いと思われても仕方のない行動だ。だが、声を殺して誰にも気付かれないように泣く彼女を放っておくことなどできなかった。すでにレオナルドの婚約者候補として周囲が認知していた彼女に、近付くことなど叶わなかったけれど。

「ふふ、気付いてたけど言わなかったの。わたくしが気付いたと知ったらオーベルト様は逃げてしまったでしょう?」

「そ、そんなことは……」

 そう言いつつも、確かにそうだろうと思う。それはオーベルトのささやかな自己満足だったのだから。

「だから、逃げられないように皆の前で宣言したんです」

 ミランダは悪戯っぽく微笑む。

「オーベルト様は、レディに恥をかかせたりしませんわよね?」

「だ、だが、私のようなものが、ミランダ嬢に相応しいとは思えません……」

 オーベルトの言葉にミランダは、目を見張る。

「まぁ!相応しいなんて誰が決めるのかしら」

「公爵閣下や国王陛下がなんと仰るか……」

「誰にも何も言わせないわ」

「し、しかし……」

「もう、まどろっこしいわね!オーベルト様!」

「は、はいっ!」

「オーベルト様はわたくしが好き?嫌い?どっちですか?」

「す、好き、です」

 言った瞬間顔が燃えるように熱くなる。

「ふふ。実はオーベルト様の気持ちも知っていました。いつもわたくしの事を熱い目で見つめて下さっていたでしょう?わたくしもオーベルト様が好き。わたくしたち、両想いですわね?」

 オーベルトは頭を抱えた。ちっとも!これっぽっちも隠せてなんかなかったことに!恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。むしろ埋まってしまいたい。

「誓います。全てのものからあなたを守ると。この命に代えても」

 跪きそっと手を取るとオーベルトは心からの誓いの言葉を口にした。生涯言うつもりのなかった自分だけの誓いの言葉を。

「はい……」

 そう言って微笑んだミランダは、今までみた中で一番美しい笑顔だった。

 ◇◇◇

 こうしてオーベルトはミランダの婚約者になった。実家の両親や兄達は最初腰を抜かさんばかりに驚いたが、すぐに心から喜び祝福してくれた。婚約に際してミランダから実家への援助を申し出てくれたのだが、彼らは笑って断った。貧しくともいつでも領民とともに苦難を分け合うことがマシュー家の矜持であるからと。

 それを聞いたミランダは領民のための食料支援と農地や水道などの整備支援、医療、教育施設の充実などを共同支援策として提案してくれた。これにはマシュー家の一同も頷かざるを得ない。自分達のつまらないプライドで領民のためになることを断るほど愚かでは無かったので。

「驚いたわ……まさかこれまでマシュー家だけで魔物の討伐を行っていたなんて……しかも数万匹規模のモンスターパレードまで!とても真似できることではないわ」

「はは、まぁそのせいで万年貧乏暮らしなわけだが。魔物の討伐はできても被害を全て食い止めることはできないからな……」

「呆れたのは伯父様よ。いいえ、伯父様だけじゃないわ。歴代の国王は一体何をやっていたのかしら!?魔物が大量発生する領地を押し付けて国の存亡を委ねておきながら、充分な支援を与えずに丸投げするなんて!いくらマシュー家が英雄の一族とはいえ酷すぎるわっ!」

 マシュー家はかつて勇者として人々を魔物から守った英雄が叙勲され、その領地を与えられたのが始まりだ。そのため、マシュー家の男は代々優れた身体能力を持ち、騎士として、ときには英雄として活躍している。兄たちもまた優れた騎士であり、オーベルトもまたそうでありたいと思っている。「家を守るのではなく、領民を守り、国を守ること」がマシュー家の家訓だ。

「伯父様にはわたくしがきっちりお話をしておきます。魔物には国を挙げて対応するべきで、マシュー家にはしっかりした報酬や被害に対する補償を受け取る権利があるわ」

「そう、なのだろうか……」

「ええ!今までが間違っていたのです!マシュー家の皆さんが何もいわないからって甘えすぎだわっ!マシュー家がいなければこの国はとっくに滅びていたでしょう。代々英雄を国に留めておきながらタダ同然でこき使うようなものよ」

 我がことのように怒りを露わにするミランダにオーベルトの胸は熱くなる。

「ミランダ嬢……」

「ミランダ、でしょ?」

「あー、その、ミランダ」

「はい」

「ありがとう。君が国王だったら……いや、せめて公爵家を継ぐことができるなら、この国も変わるのにな……」

 依然古い貴族体制のこの国では、女性の身分は低く、その発言は軽んじられる傾向にある。才媛と名高いミランダであったとしても、公爵家を直接継ぐ権利を持たないのだ。剣にしか興味のない自分などよりよほど優れた当主となるだろうに……。

「そのことなんだけど……わたくしの母が隣国の第一王女であることはご存知ですわよね」

 ミランダは、上目遣いをしつつちょっぴり言い辛そうに口ごもる。もちろんそんな表情も死ぬほど可愛い。

「実はね、わたくし、女王になるんです」

「……えっ!?」

「アリスラ王国では男女関係無く、王家の血筋の中で最も優れた能力を持つものが王になるの。女王であったおばあさまが亡くなるときに、次代の王の証を戴いてしまって。断れなかったのよね」

 軽くため息をついたミランダに対し、オーベルトは真っ青になる。

「ま、まさかレオナルド様が持ち出した……」

「そう。そのまさかね。本来王冠にはめるべき国宝の宝石なんだけど、王冠を他国に持ってくるわけにもいかないからネックレスに加工してもらったの」

「なんてことだ……」

 それはアルボルト公爵も激高する訳だ。国際問題どころの騒ぎではない。

「だからね、オーベルトにはアルボルト公爵兼アリスラ王国女王の王配になっていただかなくてはならないの」

「そんなことが可能なのだろうか……」

「アリスラ王国は完全実力主義で王を選ぶから私達の子供が王になれるかは分からないわ。だから、アルボルト公爵家を潰すわけにはいかないの。このことはすでに両国の同意をとってあるから問題ないわ」

「なるほど……」

「わたくしが女王になっても、わたくしを支えてくださる?それとも、女の添え物みたいになるのはお嫌かしら?」

 ミランダの言葉にオーベルトは思わず微笑んでしまう。

「いや、君はいつだって私の女王だ。私だけの女王で無くなることは残念だが、君ほど王冠に相応しい人はいない」

「あなただったらそういってくれると思っていたわ」

 花が開くように微笑むミランダをみて嬉しくなる。そう、いつだってミランダは完璧に美しいのだ。そしてその笑顔を守るためならどんな困難も乗り越えていけそうな気がする。

「でも……どうしてオーベルトはわたくしのことがそんなに好きなの?好かれているのは分かるけど、どうして好きなのかは分からないの。教えてくださる?」

 可愛い顔をしてとんでもないことを言ってくる。そんなのは決まってる。

「君のすべてを愛している。愛さずにはいられないんだ」

「オーベルトって変な人!」

「へ、変!?」

「変よ。わたくし結構わがままなのに」

「わがままなところも可愛いと思っている。むしろもっとわがままを言って欲しい」

「あと、結構泣き虫だし」

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「いいえ。ふふっ、今でも大切に育ててますわ」

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「大好きよ、ずっと一緒にいてね」

「ああ、君が望んでくれる限り共にいると誓う」

 こうしてアリスラ王国史上最も偉大な君主として称えられたミランダは、最高の伴侶を手に入れた。彼は後に無敵の英雄と称えられる。オーベルトはいついかなるときも女王を立て、生涯に渡ってその剣と忠誠を捧げ続けたし、女王は彼の前でだけちょっぴりわがままを言うこともあったとか。もちろんそれはオーベルトにとって最高のご褒美だったのは言うまでもない。


 おしまい

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