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1.空っぽの姫君

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 ◇◇◇

「聞きました?ベルナード殿下がまたAランクの魔物討伐に成功されたそうですわ」

 わっと周囲から歓声が上がり、シンシアもまた、グラスに伸ばしかけた手を止めた。

「本当に素晴らしいわ!高威力の雷をまるで矢のように操ることができるとか。ベルナード殿下なら伝説のドラゴンすら倒せるのではなくて?」

「ライラ殿下は、大規模な討伐で傷を負った兵士達をまとめて治癒して見せたとか。まさに伝説の聖女の再臨ですわね」

「我が国の王族はまさに国の宝ですな」

「本当に!……まぁ、と言うわけにはいきませんけれど」

 含みのある視線を感じたシンシアは、結局その場を後にした。年に一度の王宮舞踏会。その話題を占めるのはいつも王族の華々しい活躍について。けれどもそこに、第二王女であるシンシアの居場所はなかった。

 聖女の末裔であるナリア王国の王族は、その身に高い魔力を宿して生まれてくる。兄のベルナードは雷魔法、姉のライラは治癒魔法の才能が幼いころより開花し、その実力は国内外から高く評価されていた。

 強力な魔力は「神からのギフト」として、ナリア王族の証であり誇りでもある。しかしシンシアだけは、なぜか成人を迎える15歳になってもなんの力も発現しなかった。

 この事態に王と王妃は深く嘆いた。なぜなら、力を持たないシンシアだけが、唯一王家を象徴する『聖女の色』を持って生まれてきたからだ。誰よりも聖女としてふさわしい高貴な見た目に反し、何の能力も持たない『空っぽの姫』。それは、王族の権威を揺るがしかねない存在だった。

(どうして私にはなんの力もないのかしら)

 役立たず、見掛け倒しと言われることにはすでに慣れた。諦めもした。けれども王族としてろくに勤めを果たせない自分がふがいなかった。

 (力のない私にも国のため、民のためにできることがあったなら)

 だから宰相の提案に、一も二もなく頷いたのだ。


 ◇◇◇

「結婚、ですか」

 大国アルムールの王太子がナリア王国の姫に縁談を申し入れた。この事実を知る者は、王宮でも限られていた。なぜなら、強力なギフトを持つナリア王国の王族は国の宝。いくら大国との縁談とはいえ、王族の姫を国外に出すなど、国として到底受け入れられるものではないからだ。

 もし、聖女と名高いライラ王女が国外に出ることになれば、すぐさま民の暴動が起きかねない。

 しかし、それはあくまでも『強力なギフトを持つ王族であった場合』だ。

「国王陛下に申し上げても歯牙にもかけてくださらなかったのですが、正直私どもも困っておりまして。何しろ相手はあのアルムール国。良い関係性を結ぶことができれば、食料や物資の輸入など多くのメリットがございます。そこで姫様になんとかお力添えいただけないかと……」

 宰相の言うことはわかる。このまま国で王族としての義務を果たさずに厄介者となるぐらいなら、政略結婚の駒になれと言うのだ。

「相手は私が何の力もないことはご存じなのですか」

 けれども、特別なギフトを期待してのものなら、何の力も持たない姫が嫁いでくれば問題になるだろう。

「姫様とて王族の血筋。ご自身になんのギフトがなくとも、お子様には素晴らしいギフトが発現するかもしれません」

(私自身には何の価値もないけれど、この身に流れる王族の血だけをよすがに嫁げと言うことなのね)

 シンシアはぐっと両手を握りしめた。

「分かりました。ナリア王国第二王女として、アルムール国へと参ります」

 こうしてシンシアは慌ただしく準備を整え、すぐに隣国へと旅立ったのだった。



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