転生悪役令嬢は腹黒王子に溺愛される~異世界恋愛ファンタジー短編集~

しましまにゃんこ

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25.狂犬と評判の騎士団長様にいきなり押し倒されたのでお前の愛はその程度かと罵ったら溺愛が始まりました

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 ◇◇◇

「ロ、ロナルド様、お気を確かに!」

「君を他の男に奪われるぐらいなら、いっそこのまま私のものに……」

「な、何を仰ってますの。取り敢えずその手をお離しになって。落ち着いて話し合いましょう!」

 ミリエルは間近に迫ったロナルドの顔から必死で顔をそむけつつ、なんとか距離を取ろうとする。だが、逞しい騎士の力に敵うはずもなく。ぐいっと腰を引き寄せられてしまえば、ますますロナルドと密着して途方に暮れてしまう。

 油断した。まさか若くして公爵家を継ぎ、救国の英雄として名高い騎士団長が婦女子にこんな無体を働く人とは思わなかった。必要な書類を持ってきて欲しいと言われて私室に寄っただけなのに、あっという間に手を引かれ、いきなり壁際に追い詰められてしまった。

「ミリエル嬢、愛してる。どうか、私のものになると言ってくれ」

 熱を帯びた目でひたりと見つめるロナルド。本気だ。どうしよう。相手は恐ろしい魔獣も一撃で倒すと評判の騎士団長。力では到底敵わない。

「い、いやです!その手を離してください!」

「大丈夫だ。決して後悔させない。生涯君だけを愛すると誓う」

 あっという間にベッドに連れていかれて。組み敷かれてもう逃げられないと覚悟を決めたとき、悔しくて思わず涙が零れた。

「一方的に捧げる、それがあなたの愛ですの?だったら、そんな愛お断りだわ」

「ミ、ミリエル嬢……」

 ミリエルの涙に狼狽えるロナルド。ミリエルの碧い瞳から、止めどなく涙が零れ落ちる。悔しい。悔しくてたまらなかった。強い魔力が貴族の証と言われるこの国で、生まれつき魔力がなく力を持たない自分も。力ずくで無理矢理ミリエルを奪おうとするこの男も。大嫌いだ。

「私の気持ちはどうでもいいのですか。自分の欲を満たせば満足ですか。このような無体を受けて、私が悲しむとは思わないのですか」

 知っているのだ。殿方がミリエルを御しやすい女だと思っていることぐらい。ミリエルに力がないから、ほかの令嬢のように魔法で反撃できないから、力ずくでものにできると思っていることぐらい。

「扱いやすい女の方が可愛げがあっていいよね」

「だが、一見か弱いご令嬢方もみな攻撃魔法が使えるからなあ。下手に手を出すと痛い目を見るのはこっちだぞ」

「魔力の低い平民は遊ぶにはいいけど妻にはできないし。あ、攻撃魔法が使えない令嬢もいるじゃないか!」

「ああ~、ミリエル嬢ね。侯爵令嬢なのに魔力がないんだっけ?確かに彼女なら多少強引に迫っても黒焦げになる心配はないな」

 学生のころ、貴族の令息たちが廊下で面白おかしく話しているのを聞いてしまったから。『簡単に手に入る御しやすい女』『力のない、弱く侮られる女』ミリエルはそんな自分を誰よりも理解していたからこそ努力を重ね、勉学に励み、自分の才能を伸ばすことで自分自身の価値を高めようとしてきた。女の身でありながら、歴代最年少で宰相候補となったのもミリエルの努力の結果だ。

 けれども、どんなに勉学に励んだとしても、暴力的なまでの男の力の前では限りなく無力だった。力でも、身分でも、立場でも敵わない。しかし、だからといって弱者が一方的に虐げられていいはずがない。

 ミリエルは、ロナルドの腕を押しのけるとキッと睨みつけた。

「あなたの愛はその程度ですの!?」

 その言葉に、ロナルドは顔色を変えた。

「ミリエル嬢……俺は……」

 拘束が緩んだ隙にサッと身を離す。

「あなたは弱き者を守る誇り高い騎士だと思っていましたのに。……軽蔑しますわ」

 あまりにも悔しくて、ひとこと言ってやらないと気が済まなかった。だが、またしても手を掴まれてしまう。先程よりもずっと強い力で。

「痛っ……」

「君に嫌われたら、もう生きていけない……ならば、せめて最後に想いを遂げてから……」

 すっかり思い詰めたロナルドの表情に、言いようのない恐怖を感じて固まるミリエル。完全に目がいっている。どうしよう。こうなったら……

「わ、わかりました!そんなに言うならお好きになさるといいわ!」

 さあどうぞ!と力を抜くミリエル。こう言ってしまえば逆に手を出しにくいかも……と思ったのだが、

「では、お言葉に甘えて」

 抵抗が緩んだ隙に、いそいそと背中のリボンを外すロナルド。

「ちょっ!ちょっと待って!やっぱりダメ!」

「嫌だ。待たない。いいと言ったのは君だ」

「嘘です!!!馬鹿っ!止めてって言ってるのに!」

「俺はどうしようもない愚かな男で、君に嫌われたらもう息をするのも苦しい。この後は自害して果てるからどうか許してほしい。せめて俺の財産は全て君に渡るように遺書を書いておく」

 いやいや。その重すぎる覚悟はなんなのだろうか。それよりも、そこまで思い詰めているとあってはますます逃げられそうにない。とにかくこの暴走を止めたい。その一心でミリエルは叫んだ。

「き、嫌いじゃありません!」

「……本当に?」

 ピタリと手を止め、すがるような目で見つめてくるロナルド。イケる!と感じたミリエルは大きく頷いた。

「はい!まだ嫌いではありません!でも、これ以上の無体を働いたら嫌いになります!」

 ◇◇◇

 ロナルドの私室兼執務室であらためて向き合う二人。先ほどのこともあるので、なるべく距離を取るべくソファーの端っこにちょこんと座るミリエルを見て、ロナルドは苦笑いを浮かべる。

「悪かった……どうかしていた。許してくれとは言わないが、もう二度と君の許可なく触れないと誓うから、そんなに警戒しないでくれ」

「信用できません」

 ぴしゃりと言われてうなだれるロナルド。

「そう、だな。君が俺を信じられないのも当然だ」

 酷いことをしたのはロナルドのほうなのに、今にも死にそうな顔のロナルドを見ているとミリエルの胸がチクリと痛んだ。

(いいえ!ここで甘い顔をしたらますますつけあがるだけよ。ここは今後のためにもしっかり釘を刺しておくべきだわ)

 ミリエルは背筋をシャンと伸ばすと、わざとらしくプイッと横を向いた。

「……あなただけは、他の方とは違うと思っていましたのに。一方的に傷ついた顔をするなんてずるいですわ。裏切られたのはこちらのほうです」

「ミリエル嬢……」

 そうなのだ。これまでロナルドはミリエルが困ったときにはさり気なく手を貸してくれて、噂とは違ってとても優しい人だと思っていたのだ。だからこそ、許せなかった。

「どうして急にこんなことを?ずっと、私を御しやすい女だと思って手を出す機会をうかがっていたのですか?」

 ミリエルは膝に置いた手をぎゅっと握り締めた。だとしたら、とことんミリエルに殿方を見る目がなかったということだ。

「違う!俺は……俺だってもっとよく俺を知ってもらってから正式に交際を申し込む予定だったんだ。だが、マーロン殿下との縁談の話を聞いてっ!……どうしても君を失いたくなかったんだ……すまなかった」

 ロナルドの言葉にミリエルは首を傾げた。

「マーロン王太子殿下の縁談と私になんの関係があるのですか?」

 ミリエルの言葉にロナルドは目を見開いた。

「殿下の縁談の相手は、君だろう?ゆっくりと関係を深める予定だったが、王太子妃となってしまえば完全に手の届かない存在になってしまうから……」

 ロナルドの言葉にミリエルは大きなため息をついた。

「ロナルド様。あなたがこんなに愚かな人とは思いませんでした」

「……すまない」

「私が王太子妃候補なら、いくら救国の英雄とはいえ、騎士団長の地位を剥奪されかねませんわね」

「最悪死刑かもな」

「もう!!!あなたって人は!!!わかっていながらなんてことするんですか!」

「他の男に微笑みかける君を見るくらいなら死んだ方がましだ」

 まさかロナルドがこれほどまで直情的な男だったとは。ミリエルは思わず天を仰いだ。

「……婚約の話はデマですわ。わたくしが王太子殿下と結婚なんてありえません」

「それは本当か?」

「ええ。私のような魔力のない女は王妃にはふさわしくありませんから」

 ミリエルの言葉にロナルドはさっと顔色を変えた。

「何を言う!たとえ魔力がなくても関係ない!君はとても優秀で、賢くて、優しくて、綺麗で……おれにとって完璧な女性なんだ。一目見たときから、俺には君しかいないと思っていた」

「私が、なんの力も持たない女でも?」

「君に力がなくても、俺が絶対に守ってみせる」

 ミリエルはふう、っとたまっていた息を吐いた。

「その言葉、絶対に忘れないでくださいね」

「それはどういう……もしかして、俺を許してくれるのか?その、あらためて交際を申し込んでも?」

 途端に元気になるロナルド。

(ロナルド様って大型犬みたいでなんだか憎めないのよね……)

 一緒にいると、背後にブンブンとしっぽが揺れて見えるのだ。思わず吹き出しそうになったミリエルはこほんっとひとつ咳払いをする。

「ええ。でも、いきなり押し倒すのはマナー違反ですからね」

「分かった!君の許可なく触れないと誓う!」

「約束ですよ?」

 大柄な体を真っ赤に染めてこくこくと頷くロナルドを見て、ミリエルは覚悟を決めた。

 ◇◇◇

「なんだと!?ロナルドと婚約?ミリエル、君は本当にそれでいいのか?」

「あら、何か問題でもございまして?」

 澄まして答えるミリエルにマーロンは頭を抱えた。

「酷いじゃないか!この前私との婚約を前向きに考えてくれると言ったばかりなのに!」

「検討しておきますと言っただけですわ。了承すると言った覚えはございません」

「一体私の何が不満なんだ!」

「……強いて言えば、私を愛しているわけではなく、私の力を必要となさっているところかしら」

 にっこりと微笑むミリエルにマーロンは口を噤んだ。

「そ、それは、その……」

 言い淀むマーロンにミリエルは気にしてないと言うように軽く手を振る。

「いいのです。私もそれでいいと思っていましたもの。でも、気が変わりました。わたくし、愛に生きることにしましたの」

「そんなにロナルドが良かったのか?私よりも?」

「ちょっと!いやらしい言い方をしないでください。わたくしだって女ですから。一生を添い遂げるなら惜しみなく愛を与えてくれる人がいいと思っただけですわ」

「君がねえ……いや、おめでとう。ロナルドなら『聖女』である君の夫にもふさわしいよ。何があっても君を守ってくれるだろう」

「ええ」

 生まれつき魔力を持たないミリエルは、その代わりに強い聖力を持って生まれた。百年に一人生まれるかどうかというほど希少な聖魔法の使い手。ミリエルはその力で国を覆う結界を作り出し、密かに国を守っているのだ。

 ミリエルの力を失うことを恐れた王家は、ミリエルの持つ聖力と彼女が国を守っているという事実を秘匿した。身を護るすべを持たない弱い彼女は、「無価値な存在」でなければならないと考えたから。けれどもそのことで、高位貴族の令嬢であるにも関わらず、彼女自身がほかの貴族たちから侮られる結果を生んでしまったのだ。

「私と婚姻して王妃の地位を得れば、君が周りの貴族から侮られることもないと思ったんだ。これは本当だよ。聖女として誰よりも国に貢献してくれている君を、王家の都合で隠してきたんだから」

「それも知っていますわ。私にとってこの国は祖国であり、守りたい人たちがいる場所ですもの。聖女としての務めはこれからも続けますからご心配なく」

「君は強いな……もし君が望むなら、今後は聖女として公表しよう。君は王国で最強の守護者を得ることになるんだから、父上も反対はしないだろう」

 マーロンの言葉にミリエルは静かに首を振った。

「いいのか?」

「ええ。魔力を持たない私でもいいとおっしゃる殿方がいましたもの。正直結婚なんてできないかと思ってましたから、殿下でもいいかなとちらっと考えてたんですが。聖力なんて、わたくしの能力のほんの一部に過ぎませんわ。そのことを分かってくださる方がいてくれた。それだけで満足ですの」

 ミリエルの言葉にマーロンはぶはっと吹き出した。

「あは!あははは!確かにそうだね!」

「あ、でもその分のお給金はきちんといただきますから。王妃にしてただ働きさせよう……なんて思っていたわけではございませんよね?」

「……そちらは善処しよう」

 食えない幼馴染の王太子が、ミリエルのことをずっと気に掛けてくれていたのは知っている。けれども、それはきっと、恋とは言えない感情だ。

 全てを失っても構わないと思うほどの気持ちが恋なのだと、彼が教えてくれたから。

 ロナルドの真剣な顔を思い出し、ミリエルは赤く染まった頬をそっとおさえる。まだ、そこまで彼を愛している自信はないけれど。すっかりほだされてしまった気がするのは、きっと気のせいではないだろう。やはり自分は「御しやすい女」なのかもしれない。

「い、いえいえ。そ、そんな軽い女じゃないんですからね!」

 不思議そうな顔で見つめるマーロンの傍で、ひとり呟くミリエルだった。


 おしまい
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