転生悪役令嬢は腹黒王子に溺愛される~異世界恋愛ファンタジー短編集~

しましまにゃんこ

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22.妖精姫と金の竜

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 ◇◇◇

 ある日みことは小さな卵を拾った。ただの卵ではない。内側からぴかぴか光る不思議な卵だ。

「うーん?初めて見るけどなんの卵かな」

 みことの家は、森にある大きな大きな木の根元。そこにひとつだけポツンと置かれた卵。まるで拾ってくれと言わんばかりに。通常野生の卵は、決して手を触れてはいけない。けれど巣から落ちた卵なら、戻しても育たない可能性が高い。

 みことは少し悩んだあと、家の中に持って帰り育ててみることにした。大きさからいって小鳥の卵かも。そう思っていたけれど……

 金色の殻がパッカリ割れて、中から顔を出したのは……見たこともない金色のドラゴンだった!

「ド、ドラゴン……!?」

 みことは思わず息を呑んだ。みことの手のひらに乗る位の、小さな小さなドラゴン。だけど、後ろ足でしっかりと立ち上がり、背中には立派な翼まで生えている。断じて蜥蜴ではない。

(ドラゴンが何でこんなところに……!?)

 混乱するみことだったが、ドラゴンは『キュイ』と小さく鳴くとトコトコやってきて、みことの手にすりっと頬を擦り付け、甘える仕草を見せた。

「か、可愛い!」

 ◇◇◇

 みことは金のドラゴンをルークスと名付けた。

 ルークスはとても大人しくその上賢かった。生まれてすぐに言葉を理解し、ルークス、と呼び掛けると、『キュイッ』と元気よく返事をする。

 みことを親と思っているのか、みことの側を片時も離れない。みことがどこかに行こうとすると、すぐにパタパタと飛びながら必死で追いかけてきた。

 お気に入りはみことの肩の上。隙あらばちょこんと止まり、頬をすりすりしてくる。撫でてやると、嬉しそうに『キュイキュイ』と鳴いてご機嫌だ。みことはルークスが可愛くて可愛くて仕方がなかった。

 ドラゴンが、この国ではとても恐ろしい魔物として、恐れられる存在だったとしても。

「大丈夫。ルークスは悪いドラゴンじゃないもの。色だってこんなに綺麗な金色だし。大好物は美味しい木の実だしね」

 ルークスが食べるのは、家の木になる金色の木の実だけ。臆病な森の動物たちも、小さなルークスを怖がることはない。

 みことは大好きなおばあちゃんが亡くなったあと、深い深い森の中、たった一人で暮らしていた。森は好きだ。森に住む動物たちも可愛い。だけど、ずっと一人ぼっちで寂しかった。

「大好きよ、ルークス。ずっと一緒にいてね」

 ◇◇◇

 ところがある日、事件が起こった。森に大勢の冒険者たちが、武器を手にやってきたのだ。

  森でのんびりルークスと日向ぼっこをしていたみことは、突然現れた冒険者たちの姿に驚いた。

「あなたたちは誰ですか?」

 みことの問い掛けに冒険者たちは答えない。冒険者たちの目は、ルークスに釘付けだった。

「嘘だろう、ドラゴンだ」

「ああ。本物だ。しかも、見たこともない金色のドラゴンだぞ!こいつはいい。とんでもない金になるぜ」

 顔を紅潮させながら、ギラギラした目でルークスを見つめてくる。

 ルークスは冒険者たちに怯え、さっとみことの背中に隠れた。

「なんだぁ、ドラゴンのくせに弱そうだなぁ。ククク、ツイてるぞ。依頼品じゃねえが、コイツも取っ捕まえて国王陛下に献上しようぜ。おい、お嬢ちゃん、そいつをこっちに寄越しな。ガキがなんでこんなとこにいる。さっさと家に帰んな。そいつは危険な魔物なんだ。俺たちが退治してやるから」

 冒険者たちがルークスに手を伸ばそうとしたそのとき、足元からスルスルと蔦が伸びて、たちまち冒険者たちを拘束した。震える小さな声で歌を口ずさむみこと。その歌に合わせるように、蔦がどんどん伸びていく。

「な、なんだっ!」

「くそっ!動かない!なんだこの草はっ!怪しい術を使いやがって!くそっ油断した!おいガキ!とっととこの蔦を外せっ!」

 みことはギャアギャア騒ぐ冒険者たちをキッと睨み付ける。

「嫌よ。その蔦を外したら、ルークスを捕まえようとするでしょ」

「くそっ!いいから言うことを聞けっ!ブッ殺すぞっ!」

 なおもみことに暴言を吐く冒険者たち。みことの足が恐怖でガタガタと震える。怖い怖い怖い。初めて見る森の外の人たち。外の人がこんなに怖いとは思わなかった。

 みことが使えるのは、植物を元気に大きく育てるこの魔法だけ。亡くなったおばあちゃんから教えて貰った唯一の魔法だ。でもこんなの、せいぜい足止めにしかならない。

「ルークス!逃げて!空に逃げるのよ!できるだけ遠くに!」

 みことはルークスに向かって必死に叫んだ。

「ふざけるなよガキがっ!そんなことしたらただじゃおかないからなっ!」

 男がもがきながらも剣に手を伸ばすと、足に絡み付いた蔦を切り払う。

「怪しいやつめっ!」

「小さいからって油断するなっ!魔物かも知れないぞ!」

「取っ捕まえてひんむいてやるっ!」

 乱暴に伸ばされた腕に、みことが思わず目をつぶった次の瞬間、ルークスが『キュイ』っと鋭い声をあげた。するとたちまち黄金の体が眩く光輝き、見上げるほど立派なドラゴンに変化を遂げる。

「ル、ルークス……」

「そんな、嘘だろう……なんでいきなりでかくなりやがったんだ……」

 ルークスは冒険者たちをにらみつけると、グルルルルっと恐ろしいうなり声をあげた。

「くっ!くるなっ!」

 冒険者たちは持っていた武器をぶんぶん振り回して、必死に威嚇する。

「きゃっ!」

 やみくもに振り回した剣がみことの頬を掠め、血が頬を伝う。それをみたルークスは、カッと口を開いたかと思うと、ゴウッと金の息を吐いた。たちまち凄まじい風が巻きあがり、冒険者たちを吹き飛ばす。

「うわぁぁぁ!」

「ぎゃぁぁぁ、た、助けて……」

 したたかに地面に叩きつけられ、ほうほうのていで逃げ出す冒険者たち。

「た、たすかったぁ……」

 みことはへなへなとその場に座り込んでしまった。すると、シュルシュルと小さくなったルークスが、パタパタと飛んできてみことの肩に止まる。

『キュイ……』

 怪我をしたみことをしきりに心配して声を上げるルークス。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 ◇◇◇

 ルークスに吹き飛ばされた冒険者たちは、なんとか逃げ帰るとすぐに冒険者ギルドに向かった。そこで、森で出会った不思議な術を使う少女とドラゴンに出会ったことを、仲間の冒険者たちに声高に話して聞かせる。

「依頼された珍しい木の実を採りに行ったら、恐ろしいドラゴンに襲われて命からがら逃げてきたんだ」

「ああ。女のガキがドラゴンを操ってた。頭からすっぽりローブを被ってたが、ありゃあ森に住む魔女に違いない」

 報告を受けた冒険者ギルドは、国王に報告し、国王はすぐさま兵に命令を下した。

「貴重なる命の木の実のある森に、ドラゴンとそれを操ると言う怪しげな少女が現れた!見付け次第ただちに捕縛せよ!暴れるようなら討伐を許可する!」

 幾千万もの軍隊が列をなして、森に向かう。まずは少女を捕らえ、あわよくばドラゴンを従わせるために。しかし、森の中を隅々まで調べても、少女やドラゴンは影も形もない。その後、何度となく兵士を派遣したけれど、結局誰も、少女とドラゴンを見付けることは出来なかった。

 ◇◇◇

「こんな空の上に森があったなんて……」

 あの後再び大きくなったルークスは、みことを乗せて天高く飛び立った。地上がぐんぐんと遠くなり、あっという間に見えなくなる。地上から遥か遠く離れた上空。そこに拡がっていたのは、空一面に拡がる見渡す限りの森林だった。森の中心には恐ろしく巨大な木があり、みことは思わず目を見張った。

(凄く大きいけど、うちの木と同じだわっ!)

 だからだろうか。始めてくる場所なのに、不思議と懐かしい森の空気。みことは深く被ったフードをそっと外した。

 現れたのは、輝くような金髪に美しい金の瞳をした、息を飲むほど美しい少女。

「おばあちゃんが万が一人に出会っても決してローブを脱ぐなって言ってたけど……やっとその理由が分かったよ」

 みことがローブを脱ぐと、背中から透き通るように美しい二対の羽根が現れる。

「他の人間には、背中に羽根がなかった。ずっと人間だって思ってたけど、私は人間じゃなかったんだね……私は、なんなのかな。あの人達のいってたように、魔物なのかな……」

 そのとき、後ろの草むらでガサガサと音がしたかと思うと、一人の少年がひょっこり顔を出した。頭にピンと立った三角の耳。お尻からはフサフサの尻尾が嬉しそうにブンブン揺れている。

 男の子はクンクン鼻を鳴らしながらみことの前までくると、しげしげとみことの顔を見つめ、白い牙を見せてニパッと笑った。みことはハッとして、慌ててローブを被ろうとする。しかし、

「俺、天狼族のラルス!君の名前は?」

 元気よく自己紹介をされて思わず手を止めた。尻尾をブンブン振りながらキラキラした目を向けてくるラルス。みことは恐る恐る返事をする。

「……みこと。こっちがルークスよ」

「みことにルークスか。いい名前だな。いやぁ良かった。皆みことのこと、首を長くして待ってたんだぜっ」

 ラルスの言葉にみことは首を傾げた。みことは物心付いたときからおばあちゃんとあの森で二人暮らし。この森に来たのももちろん初めてだ。混乱するみことに構わず、ラルスはポンっと手を打つ。

「ああ、こうしちゃいられない!今森の皆を呼んでくるからちょっと待ってて!」

 言うが早いか、ラルスはアオーンと一声鳴き、立派な狼に姿を変えるとあっという間に森の中に消えていった。

「ルークス、どうしよう……」

 みことの胸に言い様のない不安が広がっていく。前に出会った人間と違い、ラルスに嫌な感じはしなかった。でも、えたいの知れない場所で出会った初対面の人物を、信じていいか分からない。

(でも、私の姿を見ても魔物だって言わなかった)

 みことはしばらく悩んだ末、ラルスを信じて待ってみることにした。

 ◇◇◇

 しばらくすると、約束通りラルスが大勢の人たちと一緒に戻ってきた。ラルスと同じように、頭に可愛いケモ耳が付いた人、下半身が蛇の人、身体中がゴツゴツした岩で覆われた人。その種類も様々だ。

 だけどみことは、一部の人達の姿に目が釘付けになった。とても小さいけれど、みことと同じように背中に二対の羽根を持つ人達。その人達は、みことを見るなり嬉しそうにパタパタと飛んできた。

「姫様!お帰りをお待ちしてました!」

「おかえりなさい!!!」

「姫様?」

 そのとき、一人の人がスッと前に出た。金の髪に金の瞳を持つ美しい少年。肩には小さな金のドラゴン。

(私と、一緒……)

「初めましてみこと。僕の名前はレクト。君をずっと待っていたよ」

 レクトが差し出した手におずおずとみことが触れる。その瞬間、森全体が眩い黄金の光に満ち溢れ、一斉に花が咲き乱れた。わっと歓声が上がる。

「「「妖精姫の帰還だ!」」」

 ◇◇◇

「僕と君は、妖精族っていう珍しい種族なんだ。千年に一度、ここ、天空にある世界樹の森で生まれて森の守護者となる。小さいのは僕たちが使役するこの森の妖精たち。そして、妖精族が大人になったときに現れるのが、僕たちの守護精霊であるゴールデンドラゴンだよ」

 レクトの話は驚くことばかりだった。

「私、小さい頃はおばあちゃんと二人で暮らしてたの。おばあちゃんが亡くなってからは、一人で暮らしてたんだけど、武器を持った人達が森にやってきて……」

 みこともこれまでに起こったことをレクトに話した。レクトはみことの話を黙って聞いていたが、聞き終わると溜め息を付く。

「本来妖精族は世界樹の森にしか生まれないんだけど、稀に世界樹の種が下界の森に芽吹いて、そこに妖精族が生まれてしまうことがあるんだ。君のようにね。武器を持った人達は、世界樹の実を採りにきたんだろう。とてもいい薬になるから。君のおばあさまは、多分エルフじゃないかな?おばあさまの耳、こんな風に尖ってなかった?」

 レクトの言葉にみことはこくこくと頷く。おばあちゃんはとても美しくて綺麗な人だった。長く美しい緑の髪をしていて、耳はちょっぴり尖っていた。

「エルフは下界に住む森の守護者なんだ」

「そうだったんだ……それで、森に生まれた私を拾って育ててくれたんだね」

 優しいおばあちゃんを思い出して涙ぐむみこと。

「みことはおばあさまのことが大好きだったんだね」

「うん。私に生きていくための色々なことを教えてくれたの。こんなふうに、植物を育てる歌も……」

 みことが歌を口ずさむと、歌に合わせたように次々と若芽が芽生えていく。

「その歌のお陰で、この森も助かったんだよ」

 レクトの言葉にみことは首を傾げる。

「妖精族の役割は森を守護すること。中でも、妖精姫と呼ばれる精霊の愛し子の歌は、森を育てるんだ。君の歌は地上の森とこの森、両方に恵みを与えてくれていたんだよ。おばあさまはきっと、そのことを知っていたんだろうね。だから君に古からエルフに伝わる、妖精族の歌を教えたんだ。本当に、素敵なおばあさまだ」

「おばあちゃん……亡くなるときずっと、一人になる私のこと、心配してたの……」

 みことはポロポロと涙を流した。

「世界樹の守護者である僕が地上に降りることは許されてなくて。君のドラゴンが生まれるまで迎えに行けなくて本当にごめん。ここが君の本当の故郷だ。これからは僕と、森の仲間たちが一緒にいるよ」

 レクトの言葉にみことは深く頷いた。いつの間に仲良くなったのか、ルークスもレクトのドラゴンに寄り添い、頬をすり合わせている。

「ルークスも、私も、ようやく仲間に逢えたのね」

 ◇◇◇

 天空にそびえる世界樹の森の中。今日もみことは歌う。天上の森、地上の森。全ての森に祝福を授けるために。亡くなったおばあちゃんが教えてくれた歌を、心を込めて歌う。

 そうして世界樹の森はますます栄え、地上にも変わらず豊かな森の恵みと、たくさんの命が生まれた。誰も、みことのお陰だなんて思ってはいないけれど。

(それでいいの。だっておばあちゃんが守り続けてきた地上の森も、私の大切な故郷だもの)

 みことの側にはいつだって寄り添ってくれるレクトと二匹の可愛いドラゴン。ラルスを始めとする楽しい森の仲間たち。みことはもう一人じゃない。満たされて幸せだった。

 ――――もし、空から金の卵が落ちてきたら……それは、あなたを迎えに来たドラゴンの卵かもしれませんね。

 おしまい

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