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20.妹に殺された死に戻り令嬢は全力でハッピーエンドを掴み取る!
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◇◇◇
「お姉さまが悪いのよ。いつも私の大切なものを奪おうとするから」
「や、やめて、アリア!私はそんなつもりじゃ……」
「お姉さまはいつもそう。ご自分では何もなさらなくても、勝手に周りの男性がお姉さまの虜になるのよね……ルードディッヒ様もそう」
アリアの瞳には確かな狂気が宿っており、ライラの悲痛な叫びも心に響かない。
「みんな、お姉さまのことばかり。お父様も、お母様も、お祖父様も、おばあ様も、みんなみんなみんな……でも、そんなのずるいわよね?」
「そ、そんなことないわっ!みんなアリアのことを大切に思っているわっ!」
「そうね。お姉さまの次にね。でも、二番目はもう嫌なのよ……私、一番になりたいの」
「アリア……」
「だからね、お願いよお姉さま。一生に一度のお願いだから、叶えてちょうだい。もう二度と、私の前に現れないで」
アリアの持つ小さなナイフが、吸い込まれるようにライラの胸に刺さる。燃えるような痛みと、迸る血の熱さ。
(ああ、私、こんなところで死ぬのね……)
妹の手にかかって死ぬことになるなんて。
(良いことなんて、ちっともない人生だったわ)
裕福な伯爵家の長女として生まれたライラ。幼い頃から人並外れた美しさと豊かな才能に恵まれたライラは、確かに両親や祖父母の期待を一身に受けて育ってきた。
毎日毎日淑女教育に明け暮れ、社交界を飛び回る日々。社交界の華と呼ばれ、数々の貴公子から求婚もされた。
―――妹が憧れて止まない、氷の貴公子と呼ばれるルードディッヒですら、ライラの前に跪いた。
(でも、私が欲しかったのはそんなものじゃない!)
「お嬢様っ!」
真っ青な顔で駆け付けてきた愛しい人。でも、少し遅かったみたい。
「私は悪くないわ。お姉さまが悪いのよ。ぜーんぶ、お姉さまが悪いの」
アハハハハと泣きながら笑い続けるアリア。
「レオン。ごめんね。約束、守れなかった」
「お願いです、もう、喋らないで……」
「ごめんね、ごめん。私、きっと間違ってた……今度生まれ変わったら貴方に相応しい私になりたい……」
「お嬢様……私が、私こそが力不足だったばかりに」
大好きなレオン。二人で頑張って力を付けて、いつか一緒になりたいと考えていた。伯爵家をアリアに継いでもらって、私たちは小さな商会でも開いて。
身分も財産も要らなかったの。レオン。貴方だけが欲しかったの。
神様、たった一つだけ願いを叶えてくれるのなら、もう一度時を戻して。大切な人を悲しませるだけの、こんな結末はいらない。
◇◇◇
「というわけで、二十歳のとき、あっけなくアリアに刺されて死んじゃうのよね」
「はぁ」
ライラはベッドに腰かけて足をぶらぶらさせながら、頬杖をついている。
「まさか可愛がっていた妹に刺されるなんて思わなかったわよ。びっくりしたわ」
「それはそうでしょうねぇ」
ベッドから飛び降りると、ベビーベッドでスヤスヤと眠るアリアのプクプクしたほっぺをツンツンとつつく。
「おねえちゃまを刺し殺すなんて、アリアちゃまは悪い子でちゅね~」
だが、むずがったアリアがふにゃっと泣きそうになったので、慌てて指を離した。
「ほら、アリア様を虐めると、また刺されますよ?」
ライラの乳兄弟であるレオンは、アリアの乳母が席を外している間アリアのお世話を任されていた。と言っても泣いたら乳母を呼びに行くくらいのものだが。
「ねぇ、レオンは私の話を信じてくれる?」
確かに死ぬ前に時が戻れば良いのにと願ったが、本当に戻るとは思わなかった。でも、せっかく戻れたのだから、今度こそレオンと添い遂げたい。
5歳のライラとレオン、生まれたばかりのアリア。お父様もお母様もお祖父様もおばあ様も、久しぶりの赤子であるアリアにメロメロだ。
「つまりここからやり直さないとダメってことなのね」
ここからライラの才能や美貌がみるみる開花して、一家の関心をさらってしまうのだ。ということは、ライラが凡庸な令嬢ならば良いのでは?目立たず、でしゃばらず。でもきっと、それだけでは足りない。
「お転婆なライラ様が社交界の華にねぇ……」
残念ながら過去の記憶があるのはライラだけ。だが、ここからの計画にレオンの協力は必要不可欠だ。
「何よ?疑うの?」
「……信じる」
「えっ!?信じてくれるの?本当に?」
自分から言っておきながら、信じてもらえるとは思わなかった。
「だって俺がライラ様のこと好きだって、まだ誰にも言ったことないから」
プイッと横を向いて真っ赤になるレオン。
「レオン!」
ライラがレオンに淡い恋心を抱いたのは15歳のとき。遅い初恋だった。一方レオンは物心ついた頃から好きだったと告白してくれた。
5歳のレオンがちゃんとライラを好きでいてくれたことにほっとする。
「でも、俺たちどうやって一緒になるの?」
乳母のマリーは男爵家の出だが、騎士だった夫と結婚して死別。子どもはレオン一人きりだ。ライラの乳母として今も屋敷で共に暮らしている。
「それなんだけど、マリーはまだまだ若くて可愛くてモテるじゃない?再婚なんてどうかしら」
「母さんが再婚!?」
「実はマリー、騎士団長のロイス·フェルマー伯爵に求婚されてるのよ」
「なんだって!?ロイス様は亡くなった父さんの上司じゃないかっ!」
「そうなのよ。亡くなった部下の家族として気にかけてるうちに、幼子を抱えて健気に頑張るマリーを好きになっちゃったらしくて」
「何でそんなこと知ってるの!?」
「ずいぶん長い間口説いてる姿を度々見かけたわ。結局レオンが寂しい想いをしないか心配だったのと、私のお世話に責任があるからって断っちゃったのよ。でも、マリーもロイス様を慕ってる様子だったわ」
「知らなかった……」
「レオンはロイス様のこと、どう思ってるの?」
「俺、父さんの記憶がないから、父親みたいに可愛がってくれるロイス様のこと凄く憧れてて、本当の父さんだったらいいなって思ってたんだ……」
「だったら話が早いわ!マリーにその気持ちをそのまま伝えるのよ!」
「う、うん!伝えてくる!」
◇◇◇
レオンの言葉にマリーは揺れていたが、いまいち煮え切らなかった。そこで、二人は一計を案じた。
ちょうどロイス様がマリーを口説いているところに二人で飛び出し、こう叫んだのだ。
「俺!ロイス様が好きだっ!父さんになって欲しい!母さんを幸せにしてやって下さいっ!」
「私もマリーが大好きな人と結婚して幸せになったほうが嬉しいわっ!」
二人は面食らったまま、お互いの顔を見つめあった。そして、一つ頷くとロイス様はレオンに向かい合う。
「レオン、本当に私が父になっていいのか?」
「うん。俺、ロイス様のこと尊敬してるんだ。俺も大きくなったら、父さんやロイス様みたいな立派な騎士になりたい!」
「レオン……お嬢様、本当によろしいのですか……」
「もちろんよ!それに、マリーがお嫁に行ったからってずっと会えなくなる訳じゃないわ。今度は伯爵夫人として遊びに来て。レオンと一緒にお茶会にご招待するから」
「ふふ、お嬢様ったら……」
マリーの目に涙が浮かぶ。
「ロイス様、ずっと私、レオンやお嬢様のことを言い訳に使っていましたが、本当は自分に自信がなかっただけなんです。こんな私でいいのでしょうか」
「君は、誰よりも強く気高い女性だよ。そして私はそんな君を心から愛している。私と結婚してくれるね」
「はい、はい……」
抱き締めあう二人をにやにやと見つめる二人。
「上手く行ったわね」
「ああ、母さんが幸せそうで良かった」
こうしてレオンは、正式に養子縁組みを結び、伯爵家の令息になった。以前のように毎日会えなくなるのは正直寂しいが、これからは対等な立場で逢うことができる。
これでレオンとの将来は一先ず安泰。次はアリアの教育だ。アリアは言っていた。二番じゃ駄目なんだと。ということは、常にアリアを最優先にすることを心掛け、自己肯定感を高める必要がある。
そこでライラは「アリアちゃん一番可愛いでちゅね」計画を実行した。
赤ちゃんのアリアに向かって、「アリアちゃんはとーっても可愛いでちゅね。アリアちゃんの可愛さは世界一でちゅ」
と繰り返し言って聞かせたのだ。さらには、父、母、祖父母、使用人にも同意を求める。
「はぁーアリアはなんて可愛いのかしら。私はもうアリアの可愛さにメロメロだわ。ねぇ、皆もそう思うでしょ?」
5歳上の姉が妹をひたすら愛でて可愛がる様子は誰が見ても愛らしく、周囲も一体となってアリアを可愛がる土台が出来上がった。
ただし、可愛がるだけではいけない。悪役令嬢や勘違いヒロインになっては困るのだ。なにせアリアには危険な前科がある。うっかりヤンデレを発動しないように、慎重に教育しなければ。
そこでライラは一計を案じた。まだ幼いうちに、侯爵家の嫡男であるルードディッヒの婚約者の座にアリアを捩じ込むことにしたのだ。
幸いルードディッヒの母親とライラの母は従姉妹同士でとても仲が良く、ルードディッヒともすでに面識がある。
なんと、子ども同士を結婚させようと言っていたこともあるらしい。それが本当ならアリアでも良いはずだ。
ライラは長女。将来はお婿さんをもらって家を継ぐからお嫁にはいかないと宣言しておけばいい。
ライラの目論みは見事に功を奏した。ルードディッヒは初めて見る赤子に興味津々。一人っ子の彼は妹が欲しかったらしく、目の中に入れても痛くないほどアリアを溺愛した。
氷の貴公子?何それ美味しい?今では一番のアリア信者だ。アリアの未来は明るい。
◇◇◇
こうして無事に二十歳を迎えたライラには、ただ一つ誤算があった。凡庸な令嬢を目指したものの、ライラの美しさや賢さは隠しきれるものではなかったのだ。今生でも、ライラは常に社交界の注目の的だった。
ただ、アリアには誰よりもアリアを愛するルードディッヒと、ライラを筆頭に猫可愛がりしてくれる家族がいる。
愛に満たされたアリアは天使のように優しく、愛らしく、ライラに勝るとも劣らない素晴らしい才能を次々に開花させた。アリアに足りなかったのは、自信だったのだ。
アリアは以前のようにライラに嫉妬することはなかった。逆にお姉さまは過保護すぎると怒られるほどだ。お姉ちゃんは悲しい。
レオンは伯爵家の令息としてメキメキと頭角を現し、その端正な顔も相まって、令嬢たちの憧れの的となった。ルードディッヒに負けず劣らぬ実力を持った騎士として大いに活躍している。
ライラが変わらなくても、二人の立場は大きく変わった。アリアがライラを刺す必要はなくなり、レオンとの恋になんの障害もなくなったのだ。
これぞ大団円のハッピーエンド!ライラは勝利を確信していた。
ただ、今度は姉妹二人揃って恋人の溺愛が深すぎて悩むことになるとは夢にも思わなかったけど。毎日繰り返される素敵な殺し文句の威力に、このままでは心臓がもちそうにない。
仲良し美人姉妹の悩みは尽きないのでした。
おしまい
「お姉さまが悪いのよ。いつも私の大切なものを奪おうとするから」
「や、やめて、アリア!私はそんなつもりじゃ……」
「お姉さまはいつもそう。ご自分では何もなさらなくても、勝手に周りの男性がお姉さまの虜になるのよね……ルードディッヒ様もそう」
アリアの瞳には確かな狂気が宿っており、ライラの悲痛な叫びも心に響かない。
「みんな、お姉さまのことばかり。お父様も、お母様も、お祖父様も、おばあ様も、みんなみんなみんな……でも、そんなのずるいわよね?」
「そ、そんなことないわっ!みんなアリアのことを大切に思っているわっ!」
「そうね。お姉さまの次にね。でも、二番目はもう嫌なのよ……私、一番になりたいの」
「アリア……」
「だからね、お願いよお姉さま。一生に一度のお願いだから、叶えてちょうだい。もう二度と、私の前に現れないで」
アリアの持つ小さなナイフが、吸い込まれるようにライラの胸に刺さる。燃えるような痛みと、迸る血の熱さ。
(ああ、私、こんなところで死ぬのね……)
妹の手にかかって死ぬことになるなんて。
(良いことなんて、ちっともない人生だったわ)
裕福な伯爵家の長女として生まれたライラ。幼い頃から人並外れた美しさと豊かな才能に恵まれたライラは、確かに両親や祖父母の期待を一身に受けて育ってきた。
毎日毎日淑女教育に明け暮れ、社交界を飛び回る日々。社交界の華と呼ばれ、数々の貴公子から求婚もされた。
―――妹が憧れて止まない、氷の貴公子と呼ばれるルードディッヒですら、ライラの前に跪いた。
(でも、私が欲しかったのはそんなものじゃない!)
「お嬢様っ!」
真っ青な顔で駆け付けてきた愛しい人。でも、少し遅かったみたい。
「私は悪くないわ。お姉さまが悪いのよ。ぜーんぶ、お姉さまが悪いの」
アハハハハと泣きながら笑い続けるアリア。
「レオン。ごめんね。約束、守れなかった」
「お願いです、もう、喋らないで……」
「ごめんね、ごめん。私、きっと間違ってた……今度生まれ変わったら貴方に相応しい私になりたい……」
「お嬢様……私が、私こそが力不足だったばかりに」
大好きなレオン。二人で頑張って力を付けて、いつか一緒になりたいと考えていた。伯爵家をアリアに継いでもらって、私たちは小さな商会でも開いて。
身分も財産も要らなかったの。レオン。貴方だけが欲しかったの。
神様、たった一つだけ願いを叶えてくれるのなら、もう一度時を戻して。大切な人を悲しませるだけの、こんな結末はいらない。
◇◇◇
「というわけで、二十歳のとき、あっけなくアリアに刺されて死んじゃうのよね」
「はぁ」
ライラはベッドに腰かけて足をぶらぶらさせながら、頬杖をついている。
「まさか可愛がっていた妹に刺されるなんて思わなかったわよ。びっくりしたわ」
「それはそうでしょうねぇ」
ベッドから飛び降りると、ベビーベッドでスヤスヤと眠るアリアのプクプクしたほっぺをツンツンとつつく。
「おねえちゃまを刺し殺すなんて、アリアちゃまは悪い子でちゅね~」
だが、むずがったアリアがふにゃっと泣きそうになったので、慌てて指を離した。
「ほら、アリア様を虐めると、また刺されますよ?」
ライラの乳兄弟であるレオンは、アリアの乳母が席を外している間アリアのお世話を任されていた。と言っても泣いたら乳母を呼びに行くくらいのものだが。
「ねぇ、レオンは私の話を信じてくれる?」
確かに死ぬ前に時が戻れば良いのにと願ったが、本当に戻るとは思わなかった。でも、せっかく戻れたのだから、今度こそレオンと添い遂げたい。
5歳のライラとレオン、生まれたばかりのアリア。お父様もお母様もお祖父様もおばあ様も、久しぶりの赤子であるアリアにメロメロだ。
「つまりここからやり直さないとダメってことなのね」
ここからライラの才能や美貌がみるみる開花して、一家の関心をさらってしまうのだ。ということは、ライラが凡庸な令嬢ならば良いのでは?目立たず、でしゃばらず。でもきっと、それだけでは足りない。
「お転婆なライラ様が社交界の華にねぇ……」
残念ながら過去の記憶があるのはライラだけ。だが、ここからの計画にレオンの協力は必要不可欠だ。
「何よ?疑うの?」
「……信じる」
「えっ!?信じてくれるの?本当に?」
自分から言っておきながら、信じてもらえるとは思わなかった。
「だって俺がライラ様のこと好きだって、まだ誰にも言ったことないから」
プイッと横を向いて真っ赤になるレオン。
「レオン!」
ライラがレオンに淡い恋心を抱いたのは15歳のとき。遅い初恋だった。一方レオンは物心ついた頃から好きだったと告白してくれた。
5歳のレオンがちゃんとライラを好きでいてくれたことにほっとする。
「でも、俺たちどうやって一緒になるの?」
乳母のマリーは男爵家の出だが、騎士だった夫と結婚して死別。子どもはレオン一人きりだ。ライラの乳母として今も屋敷で共に暮らしている。
「それなんだけど、マリーはまだまだ若くて可愛くてモテるじゃない?再婚なんてどうかしら」
「母さんが再婚!?」
「実はマリー、騎士団長のロイス·フェルマー伯爵に求婚されてるのよ」
「なんだって!?ロイス様は亡くなった父さんの上司じゃないかっ!」
「そうなのよ。亡くなった部下の家族として気にかけてるうちに、幼子を抱えて健気に頑張るマリーを好きになっちゃったらしくて」
「何でそんなこと知ってるの!?」
「ずいぶん長い間口説いてる姿を度々見かけたわ。結局レオンが寂しい想いをしないか心配だったのと、私のお世話に責任があるからって断っちゃったのよ。でも、マリーもロイス様を慕ってる様子だったわ」
「知らなかった……」
「レオンはロイス様のこと、どう思ってるの?」
「俺、父さんの記憶がないから、父親みたいに可愛がってくれるロイス様のこと凄く憧れてて、本当の父さんだったらいいなって思ってたんだ……」
「だったら話が早いわ!マリーにその気持ちをそのまま伝えるのよ!」
「う、うん!伝えてくる!」
◇◇◇
レオンの言葉にマリーは揺れていたが、いまいち煮え切らなかった。そこで、二人は一計を案じた。
ちょうどロイス様がマリーを口説いているところに二人で飛び出し、こう叫んだのだ。
「俺!ロイス様が好きだっ!父さんになって欲しい!母さんを幸せにしてやって下さいっ!」
「私もマリーが大好きな人と結婚して幸せになったほうが嬉しいわっ!」
二人は面食らったまま、お互いの顔を見つめあった。そして、一つ頷くとロイス様はレオンに向かい合う。
「レオン、本当に私が父になっていいのか?」
「うん。俺、ロイス様のこと尊敬してるんだ。俺も大きくなったら、父さんやロイス様みたいな立派な騎士になりたい!」
「レオン……お嬢様、本当によろしいのですか……」
「もちろんよ!それに、マリーがお嫁に行ったからってずっと会えなくなる訳じゃないわ。今度は伯爵夫人として遊びに来て。レオンと一緒にお茶会にご招待するから」
「ふふ、お嬢様ったら……」
マリーの目に涙が浮かぶ。
「ロイス様、ずっと私、レオンやお嬢様のことを言い訳に使っていましたが、本当は自分に自信がなかっただけなんです。こんな私でいいのでしょうか」
「君は、誰よりも強く気高い女性だよ。そして私はそんな君を心から愛している。私と結婚してくれるね」
「はい、はい……」
抱き締めあう二人をにやにやと見つめる二人。
「上手く行ったわね」
「ああ、母さんが幸せそうで良かった」
こうしてレオンは、正式に養子縁組みを結び、伯爵家の令息になった。以前のように毎日会えなくなるのは正直寂しいが、これからは対等な立場で逢うことができる。
これでレオンとの将来は一先ず安泰。次はアリアの教育だ。アリアは言っていた。二番じゃ駄目なんだと。ということは、常にアリアを最優先にすることを心掛け、自己肯定感を高める必要がある。
そこでライラは「アリアちゃん一番可愛いでちゅね」計画を実行した。
赤ちゃんのアリアに向かって、「アリアちゃんはとーっても可愛いでちゅね。アリアちゃんの可愛さは世界一でちゅ」
と繰り返し言って聞かせたのだ。さらには、父、母、祖父母、使用人にも同意を求める。
「はぁーアリアはなんて可愛いのかしら。私はもうアリアの可愛さにメロメロだわ。ねぇ、皆もそう思うでしょ?」
5歳上の姉が妹をひたすら愛でて可愛がる様子は誰が見ても愛らしく、周囲も一体となってアリアを可愛がる土台が出来上がった。
ただし、可愛がるだけではいけない。悪役令嬢や勘違いヒロインになっては困るのだ。なにせアリアには危険な前科がある。うっかりヤンデレを発動しないように、慎重に教育しなければ。
そこでライラは一計を案じた。まだ幼いうちに、侯爵家の嫡男であるルードディッヒの婚約者の座にアリアを捩じ込むことにしたのだ。
幸いルードディッヒの母親とライラの母は従姉妹同士でとても仲が良く、ルードディッヒともすでに面識がある。
なんと、子ども同士を結婚させようと言っていたこともあるらしい。それが本当ならアリアでも良いはずだ。
ライラは長女。将来はお婿さんをもらって家を継ぐからお嫁にはいかないと宣言しておけばいい。
ライラの目論みは見事に功を奏した。ルードディッヒは初めて見る赤子に興味津々。一人っ子の彼は妹が欲しかったらしく、目の中に入れても痛くないほどアリアを溺愛した。
氷の貴公子?何それ美味しい?今では一番のアリア信者だ。アリアの未来は明るい。
◇◇◇
こうして無事に二十歳を迎えたライラには、ただ一つ誤算があった。凡庸な令嬢を目指したものの、ライラの美しさや賢さは隠しきれるものではなかったのだ。今生でも、ライラは常に社交界の注目の的だった。
ただ、アリアには誰よりもアリアを愛するルードディッヒと、ライラを筆頭に猫可愛がりしてくれる家族がいる。
愛に満たされたアリアは天使のように優しく、愛らしく、ライラに勝るとも劣らない素晴らしい才能を次々に開花させた。アリアに足りなかったのは、自信だったのだ。
アリアは以前のようにライラに嫉妬することはなかった。逆にお姉さまは過保護すぎると怒られるほどだ。お姉ちゃんは悲しい。
レオンは伯爵家の令息としてメキメキと頭角を現し、その端正な顔も相まって、令嬢たちの憧れの的となった。ルードディッヒに負けず劣らぬ実力を持った騎士として大いに活躍している。
ライラが変わらなくても、二人の立場は大きく変わった。アリアがライラを刺す必要はなくなり、レオンとの恋になんの障害もなくなったのだ。
これぞ大団円のハッピーエンド!ライラは勝利を確信していた。
ただ、今度は姉妹二人揃って恋人の溺愛が深すぎて悩むことになるとは夢にも思わなかったけど。毎日繰り返される素敵な殺し文句の威力に、このままでは心臓がもちそうにない。
仲良し美人姉妹の悩みは尽きないのでした。
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