転生悪役令嬢は腹黒王子に溺愛される~異世界恋愛ファンタジー短編集~

しましまにゃんこ

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19.生け贄聖女は邪神様のお嫁さん!?~なぜか邪神様がめっちゃ私にびびってるんですけど?~

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 ◇◇◇

「メアリー、どうかいかないで。あなたが行くなら私も一緒に行くわ!絶対に、あなたひとりを死なせない!」

 ハラハラと涙を流しながら泣き崩れるキャサリン様はこの国の公爵令嬢であり、大聖女として崇められている尊い女性だ。

 卒業後は、この春成人を迎えた王太子の花嫁として王宮に迎えられることも決まっている。

 尊い身分でありながらちっとも偉ぶったところのない優しい人。

「私も行くわ!」

「いっそ皆で行きましょう!」

「そうよ!全員で立ち向かえばきっと怖くないわ!」

「メアリーひとりが犠牲になるなんておかしいわ!」

 周りを囲む学友達も泣きながら引き留めてくれる。

「キャサリン様!皆さん!いいえ。それはいけません。キャサリン様は民の崇める偉大な聖女様。キャサリン様になにかあれば、国は混乱に陥ってしまうでしょう。民のためにも、どうかそのようなこと二度とおっしゃらないで下さい。聖なる力を持つ皆さんも国にとって大切な存在です」

「違うわっ!私は、私は聖女なんかじゃないっ!私には、貴方のような力なんてないのにっ!」

 ポロポロと涙を流すキャサリン様の手をそっと握る。

「キャサリン様、お優しいあなたは紛れもなく聖女です。あなたの心は誰よりも清く、美しいのだから。あなたは私の命の恩人。この国の安寧とキャサリン様の幸せを心から祈っています」

「メアリー……」

「皆さん、ごきげんよう。どうか、お元気で」

 魔法学園の卒業式の日。キャサリン様は『光の聖女』に、私は『贄の聖女』に選ばれた。

『光の聖女』は国の象徴として表舞台に立ち、民を導くのが役目。『贄の聖女』は、その身を邪神に捧げ、国の安寧を祈るのが役目だ。

 私が所属していたのは、将来『聖女』として活躍することを期待されている人が集められたクラスだった。

 様々な年齢の人が入り混じっていたが、キャサリン様を初めとして皆さん非常に高い自己犠牲の精神と高潔な人柄を持っており、孤児院出身の私にも分け隔てなく接して下さった。

 ただ、やはり身分は将来に影響するもので。聖女としての能力の高さに関係なく、尊い身分の人は尊い地位に、低い身分のものは低い地位に付くのだ。

 誰よりも聖女としての力が強く、誰よりも身分の低い私。邪神様の生け贄に選ばれることは、この学園に入る前から決まっていたのだろう。

 実は私は公爵がメイドに手を付けて産ませた私生児で、こっそり孤児院で育てられたのだ。10歳の頃珍しい聖魔法が使えるからとお屋敷に引き取られたものの、娘として扱われることはなく召使いとして扱われていた。

 父親のはずの公爵様とは、顔を会わせたこともない。もちろん私も親子だなんて思っていないし、なんの情も湧かない。

 でも、キャサリン様は違う。私を良く思っていない奥様と使用人達から酷い折檻を受けていたとき、いつも庇ってくれていたのがキャサリン様だ。

 私の、血の繋がったたった一人の妹。キャサリン様は私が姉であることを知らないけれど、それでいい。あの子は表舞台で、綺麗なものだけに囲まれて生きていてほしい。私は愛する妹の守るこの国のためなら喜んでこの身を捧げようと思う。

 今日私は、魔の国で魔物達の王たる恐ろしい邪神様に嫁ぐ。

 ◇◇◇

 そう健気にも決心してやって来たというのに、肝心の邪神様のお姿が見当たらない。昼なお暗い魔の国の城にいらっしゃる筈なのに。私を国境まで送ってくれた騎士団の皆さんは、魔の国の入り口近くでそそくさと帰ってしまった。いまさら帰れない。

「すみませーん!誰かいませんかー!」

 広く立派な城はどこもかしこもがらんとしており、生き物の気配を感じられない。

 しょうがないので玄関を破壊し、城の部屋を一つずつ開いていく。どこもかしこも豪華で綺麗な部屋が並んでいる。流石邪神様。素晴らしくお金持ちのようだ。

「ちょっとー!すみませーん!私、生け贄としてやってきたメアリーです!邪神様ー!あなたの花嫁がやってきましたよー!」

 城の最も奥深くにある一番豪華そうな部屋にたどり着いたとき、ようやく、人の気配を感じることができた。

「邪神様?邪神様ですか!?そこにおられますか!」

「……」

 部屋の中からなにやら声が聞こえるが、くぐもっておりよく聞こえない。私はますます大声を張り上げた。

「なんですか!声が小さくて聞こえませんっ!もっと大きな声で仰って下さい!」

「か、か、帰ってくれ!」

「そういうわけには参りません!私は国の使命を負ってやってきたのですからっ!どこから食べて貰ってもかまいません!さぁ!召し上がれ!」

「いいから帰れー!」

 このままではらちがあかないと判断した私は、遠慮なくドアを蹴破った。バキッと、音がしてドアが開くと、部屋の隅でうずくまっていた男性がガタガタと震えながらこっちを見ている。

「邪神様?」

「ひ、ヒイー!何なんだ君は!なんでいきなり家にやってきて家中破壊してるんだっ!怖いよっ!何が目的だっ!」

 と、なにやら喚いている。どうも調子が狂う。ここに住んでいるのは恐ろしい邪神様のはずだが、間違いだろうか。

「あなた誰ですか?」

「君こそ誰だーーーーーっ!!!」

 もっともな質問である。私はコホンと小さく咳払いしながら、

「失礼いたしました。私隣国のカラフ王国から参りました聖女のメアリーと申します。この度王命により邪神様の花嫁として参りました」

「は、はぁ?邪神って誰のこと?隣国?聖女?訳が分からないんだけど」

「この城は邪神様のお城では?」

「ここは僕の城だっ!勝手にはいってくるんじゃないっ!大体目くらましの魔法と侵入防止の結界を張り巡らせておいたのにどうなってるんだっ!」

「ああ、解除しましたけど?」

「ひ、ヒイー!な、なんでそんな事ができるんだっ!」

「なんでと言われましても。聖女だから?」

「そんな聖女がいるかっ!」

「だ、大体この城の周りには恐ろしい魔獣どもがゴロゴロいるはずだが!?」

「ああ、浄化しときました」

「は、はぁ!?そんな簡単に倒されるようなレベルの魔獣じゃないぞ!」

「いや、聖女だから?」

「君はそればっかりだなっ!聖女だから何でも許されると思ったら大間違いだからなっ!」

 取りあえず邪神様は興奮して話にならないので、心を落ち着けるために回復魔法をかけて差し上げる。

「パーフェクトヒール!」

「う、う、うわぁぁぁぁ!!!」

 眩い光が城中に溢れ出す。

 光が収まったとき、目を疑った。部屋の隅っこでガタガタ震えていた男性がいきなり変身したのだ。確かさっきまで真っ黒な刺青を全身に施したファンキーな外見をしていたのだが、すっかりサッパリ無くなっている。

「イメチェン?」

「ば、馬鹿な。呪いが、消えた……」

「ああ、趣味かと思ってたんですが、呪われてたんですね」

「趣味なわけあるかっ!あ、ああ!こんなことが!こんなことが起こるなんて!」

 ◇◇◇

 話を聞いてみれば、彼は我が国とは比べものにならないほど広大な領地を持つ隣国カシミールの第一王子だった。

 優秀な魔術師でもある彼は、国王と一緒に国を盛り立てていたのだが、あるとき第二王子派の策略によって邪悪な魔道士に死の呪いをかけられたらしい。

 術者の命と引き替えにしたその呪いはとても強く、国中の魔術師の力をもっても、呪いを解けるものはいなかった。

 王様と王妃様は嘆き悲しみ、聖女の力が有名な隣国に聖女の派遣を要請し、王子の呪いを解いたものは花嫁に迎えると約束して国境にある森の城を与えられたと言うことだ。

「いや、我が国では邪神の生け贄にされるともっぱらの評判でしたけど?」

「なんでだっ!」

「いや、なんでと申されましても。十年間毎年聖女を派遣し続けているのに一人も帰ってこないので、てっきり花嫁とは名ばかりで、隣国の邪神様に生け贄として食べられているのかと。属国ゆえに文句も言えず、渋々従っていた次第です」

「十年間一度たりとも聖女がきたことなんかないっ!」

「おかしいですね?確かに毎年『贄の聖女』として魔の城に派遣されているはずですが……もしかして、城までたどり着けなかったとか?さきほど、目くらましの魔法と結界を張っていると仰ってましたよね?」

「あっ……」

「まぁー、あの程度の魔法や結界に阻まれる程度の力なら、呪いは解けなかったでしょうが」

「あ、あの程度……私の渾身の結界が……」

 でも多分、こっそり家に帰っちゃったんだろうなぁ。そう言えば、騎士団の人たちがわざと城より前の段階で一人にしてくれていた。あれは、上手く逃げろと言うことなのだろう。

 生け贄にされる少女達を思う騎士道精神である。何人かはチャレンジしたかも知れないが、城を見つけられずに諦めたのかも。王子様には気の毒だが。

「と、とにかく、呪いを解いてくれたこと、心から感謝する」

「いいえ、どういたしまして。ところで、どうしてお一人なのですか?流石にこの城で独りで住んでいる訳ではないのでしょう?」

「食事を作ってくれる料理長やメイド、騎士達がいるが、食材なんかの調達のために、たまたま留守にしてるんだ。護衛がないととてもこの森の中を歩けないからな。ここにいたのは、暗殺を防止するためでもあるんだ。平然と一人で城にやってこれたのは君ぐらいなもんだ」

「ああ、なるほど。どうりで誰もいらっしゃらないと思いました」

 と、そこに大勢の声と足跡が聞こえた。

「カイン殿下!カイン殿下!ご無事ですか!」

「ああっ!お城のドアが全て破壊されている!」

 二人の間に気まずい沈黙が広がる。ちょっと、やりすぎたかなぁ。生け贄としてすぐに役目を果たそうと張り切ってたし。

「……申し訳ありません」

「……いや、呪い解いてくれたし。うん、いいよもう」

 さすが王子様。心が広い。

「カイン様!ご無事でしたかっ!」

 立派な騎士の服装をした人達が一斉に雪崩れ込んでくる。

「敵の襲撃ですかっ!」

「敵はどこですっ!」

 口々に叫ぶ人達になるべく見えないように、そっと部屋の隅に移動しようとしたそのとき、

「あっ!ああ!カイン様!そのお姿は!?」

「あ、ああ!呪いがっ!遂に呪いが解けたのですね!」

「神に!神に感謝を!!!」

 今度は喜びの声で沸き立っている。良かった良かった。これでドアが破壊されていた件は、きっとうやむやになるだろう。うん。私がひとりコクコクと頷いていると、

「聖女様!あなたが聖女様ですね!」

「ああ!偉大なる聖女様!我が国の第一王子であるカイン様を救ってくれたこと、心より感謝致します!」

「「「聖女様!聖女様!」」」

 なんだか滅茶苦茶感謝されてしまった。良かったね。

「じゃあ、用は済んだようなので私は帰りますね」

 そう言ってそそくさと立ち去ろうとしたら、

「ちょっと待て。どこに行く気だ?」

 王子様にガッと手を握られた。そうですよねぇー。見逃してくれませんよねぇー。

「はぁ。わかりました。壊したドアの料金はわたしが一生働いて、必ずお返ししますから」

「いや、ちょっと待て!誰がドアの修理代を気にしてるんだ。そんなのはどうでもいい!」

 さすが王子様。太っ腹である。

「では何のご用でしょうか?」

「君は、私の花嫁だろう?」

「はぁ?」

「いや、だから、花嫁になりに来たと言ってたじゃないかっ!」

「いや、まぁ、そうですけど。てっきり邪神様の生け贄として食べられると思って覚悟を決めてきたのですが、邪神様はおられないようですし。王子様の呪いが解けたなら私はもう用済みでは?」

「我が国では、『王子の呪いを解いたものを花嫁として迎える』と約束している。君が私の花嫁だ」

「えっ?ええー?」

「なんだその、反応は!いやなのかっ!」

 うーん、王子様はサラリとした癖のない黒髪に理知的な瞳の素晴らしいイケメンだけど、私は所詮私生児で孤児院で育った女である。

「私には、なんの身分もありませんから。国の方達が納得されないでしょう」

 私がそういうと、

「何てことを仰るのです!聖女様以上に素晴らしい方はいらっしゃいません!」

「我が国では、王子の呪いを解いて下さった方を無碍になどしません!」

 と、口々に話してくれる。王子様、愛されていますね。でもなぁー、うーん。

 私が悩んでいると、王子様が私の前に突然ひざまずいて、右手を差し出しながら言った。

「偉大なる聖女メアリー。私の后として、共に国を治めてくれないか?」

 突然のプロポーズに、驚く。

「王子様は良いのですか?私と結婚して。本当に?」

「カインだ」

 恐る恐る右手を差し出すと、軽く口付けを落とされる。そして次の瞬間、息も止まるぐらい強く抱き締められた。

「ああ!ああ!いいに決まってる!君こそ私の聖女!君は、最高だっ!呪いを解いてくれてありがとう!」

 そして、めっちゃキスされた。いや、人前でやめてください。皆さん微笑ましそうにみてたけど、恥ずかしすぎて死ぬかと思いました。

 ◇◇◇

 こうして私は隣国カシミール国の第一王子に嫁ぐことになった。

 十年間呪われていたカシミール王子は現在25歳、私は18歳ということで、早くお世継ぎを、との声が大きく、婚約期間を大幅にすっ飛ばしての結婚となったのだ。また、結婚を機に、カイン様は正式に王太子に任命された。

 ちなみになぜか実の父であるカリフ国の公爵様が私が娘であることを、大々的に発表したせいで、私は隣国の身分ある大聖女として嫁ぐことになった。自分の手柄をアピールするためだろう。

 勝手なものだと思うが、可愛い妹のキャサリンが「お姉様だったのですね!」と嬉しそうに喜んでくれたので水に流すことにした。我が妹は相変わらず可愛い。

 カシミールでは、王子様の呪いを解いた私の人気は凄まじく、毎日王宮に人が詰めかけている。ちなみに第二王子様は、塔に幽閉されていたが、よく見るとこちらも呪いが掛かっていたため解呪しておいた。

 結局お家騒動に見せかけて王家転覆を狙う逆賊の仕業だったらしい。こちらからもたいへん感謝されてしまった。

 息子二人を救った恩人として、王様と王妃様からはとても良くして貰っている。兄弟仲も戻って何よりだ。

 ただ一つ困ったのは、旦那様であるカイン様だ。結婚式の後、二人の思い出の場所である魔の森に新婚旅行に出掛けたのだが、毎日べったりと甘えてくるので困ってしまう。クールな見た目をしているのに、あんなに甘えん坊だとは思わなかった。

「ぎゃっ!ぎゃぁーーーー!メアリー!ドラゴンから離れろ!食われるぞ!」

「いやだわ、カイン様ったら。この子はあのとき友達になったドラゴンですよ。ちょっと攻撃したらすっかり大人しくなって。私のことが大好きみたいです」

 腹を出した姿勢で、キューっと、小さく鳴くドラゴンを優しく撫でてやる。

「言葉が通じるみたいで、今度乗せてくれるそうですよ?一緒に空の散歩をしませんか?」

「メ、メアリー!ほんとに、ほんとに君ってやつは!」

「なんでしょう?」

「愛してる!君といたら一生退屈しないなっ!」

 ちょっと遠くから叫ぶカイン様をみて、微笑ましく思う。年上なのに可愛い弟ができたみたいだ。ちょっぴり怖がりなところがあるので。守ってあげたくなる。



 ―――こうして、ちょっぴり怖がりだけど優秀な王子と、最強の聖女を花嫁に迎えたカシミール国は益々発展を遂げたのだった。カシミール国上空では、ドラゴンに乗ってデートする王太子夫妻の姿がたびたび話題になったらしい。



 
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