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17.女王は英雄王の強引な愛にほだされる~可愛い年下夫に昼も夜も愛され過ぎて困っています~

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 ◇◇◇
 
「ソラ女王陛下。ただいま戻りました」

「アレクセイ様。よくぞ無事に戻られました」

 ソラは恭しく差し出されたアレクセイの手に自身の手を軽く重ねる。漆黒の髪に燃えるような紅い瞳。まだ年若い勇者の、相変わらずの美丈夫ぶりに心臓が跳ねる。

『救国の勇者アレクセイ』

 今日は、見事ドラゴンを打倒し、凱旋した勇者の戴冠式だ。数ヶ月前、サツキ国上空に突如現れたドラゴン。灼熱のブレスによって家を焼き、森を燃やし、その被害は想像を絶するものだった。国内の数多の勇者たちが戦いを挑むもことごとく敗北。国を上げて挑んだ大規模な討伐作戦も失敗に終わった。

 もはや、成すすべはない。ドラゴンに国土を蹂躙され、王家の栄光は地に落ちた。家や食料を奪われた国民による暴動に継ぐ暴動。遂にソラは、身分出自を問わず、ドラゴンを倒したものに王位を譲ると宣言した。

 苦肉の策だったと思う。臣からは何を馬鹿なと反対する意見も多かった。だがそれにより、各国から「我こそは」と思う数多の高名な勇者たちが駆け付けたのだ。そして、そのうちの一人であるアレクセイが見事ドラゴンを討ち取り、この国は破滅を免れた。

 この国を、国民を救ってくれたアレクセイ。本当に、アレクセイには感謝しかない。

 ―――今日の戴冠式がソラの、この国の女王として最後の仕事となる。この先は、無用な混乱を避けるため辺境の修道院に入り、静かに余生を送る予定だ。

「光栄です。私も、麗しの女王陛下に再びお逢いできるのを、一日千秋の思いで待っておりました」

「まぁ。光栄ですわ」

 貴族や王族の女性に対し、世辞を重ね褒めそやすのはよくあること。ましてアレクセイは隣国の第二王子でもある。その言葉を、ソラは気にも止めなかった。だが、重ねた手の指先に口付けを落とされ、そのままぺろりと舐められて思わず固まってしまう。

「なっ……」

 あまりのことに言葉も出ない。女王であるソラに対して、このように無礼な振る舞いをする者は初めてだ。目を見開いてアレクセイを見つめるソラ。二人の視線が絡み合う。永遠とも言える一瞬。ソラの困惑が伝わったのだろう。アレクセイは少し目を細めると、もう一度軽く口付けを落とした。

「失礼。美しい女王陛下に逢えた喜びに、つい行き過ぎました。無礼を、お許しいただけますか?」

 普段なら到底許せるものではない。扇で打ち据えても許される行為だろう。

 だが……

「……もちろんですわ」

 ――――息が止まるかと思った。

 胸の鼓動が煩いほどだ。年甲斐もない。デビュタントの小娘でもあるまいし。自分より年若い他国の王子に翻弄されてなんとする。どんなに言い聞かせても、指先が震え、頬が染まるのは止められない。

 ―――いや。感情を乱されるのも愚かなこと。ほんの少しの戯れであろう。もしくは、力無き女王を貶め、自分こそがこの国の全てを奪い尽くすという意思表示だろうか。

 この男は救国の勇者。そして今日、この国の王になる男。なすすべもなく王位を降り、今日にも城を離れることが決まっているソラよりも、絶対的な権力を持つことになるのだから。

 ◇◇◇

 貴族たちが一同に集まる戴冠式。ソラは自らの手で頭を垂れるアレクセイに王冠を授ける。

「この国を……頼みます」

「アレクセイ王の誕生だ!」

 わっと歓声が上がる。

 城の周りにも、国を救った新しい王をひと目見ようと、民衆が詰め掛けお祭り騒ぎだ。誰もが若く、強く、美しい新王を歓迎した。

 バルコニーで民衆の歓声に応えるアレクセイ。その姿を、ソラは少し離れた場所からひっそりと見守っていた。

 この国はきっと大丈夫。これからは強き王が導いてくれるだろう。ソラの役目は終わった。

 これまで、国のためだけに生きていた。この国は決して大きくもなければ豊かでもない。あるのは歴史と伝統だけ。強国に囲まれた小さな国だ。

 だからこそ必死だった。父王の早すぎる死に、たった十四歳で王位を継いでからの十年。外交に力を入れ、産業を起こし、農業の発展に力を尽くした。風光明媚なところを活かし、観光地や保養地としても人気を得た。全ては、この国を戦地にしないため。民を守るため。

 ――――けれど、その分軍備が疎かになった。初動が遅れたために、たった一匹のドラゴンによって、多大な被害を出してしまった。完全に、ソラの失策だ。国を守ることが出来なかった己の不甲斐なさに涙が溢れる。

 ふと視線を感じて顔を上げると、アレクセイと目が合った。

(いけない。このような顔を見られては……)

 新しい王に、二心あると疑われてしまう。

 ソラはなんとか笑顔を作ると、アレクセイの元に歩み寄り、頭を垂れる。ソラがアレクセイに対して臣下の礼をとったことで、群衆はますます大きな歓声をあげた。

 だが、アレクセイは眉間にシワを寄せたまま、ソラに近づくと、その腰を抱いて引き寄せる。強引に引き寄せられ、バランスを崩したソラは、アレクセイの胸元にしなだれかかるような格好になってしまう。

「やっ……お離し下さい」

 身をよじって逃げようとするソラ。しかし、腕を掴まれたかと思うとアレクセイに口付けされる。唇が触れるだけの口付け。だが、それだけで十分だった。

 民衆は興奮混じりに高らかに叫ぶ。

「新王は、女王を妻にするのか!」

「なんとめでたい!」

「国王陛下万歳!王妃殿下万歳!」

 違う!そうではない!

「は、離して!」

 ソラは、真っ青になってなんとかアレクセイの腕から逃れようとする。だが、アレクセイはソラを離すどころか、そのまましっかり抱きしめ、民衆に応えた。

 割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。

「なんて、なんてことを。これでは、民に誤解を招きますっ!今すぐ撤回を!」

「なぜ?ほら、皆の顔をご覧なさい。あんなにも喜んでいるではありませんか。民は皆、王位を追われる貴女の身を案じていたのです」

「……力無い弱き王です。民にまで、憐憫の情を向けられるような」

 唇を食い締める。せめて我が身が男であったなら。せめて己の手で、ドラゴンに一矢報いることができたなら。こんなにも惨めな気分を味わうことなど無かっただろう。例え、戦場の露と消えても。

 ソラの頬を涙が伝う。

「いいえ。貴女はそのままでいいのです」

 アレクセイはソラの涙を指先でそっと拭った。

「民を救うために全てを投げ出すあなたの、その高潔な魂と危うさに惹かれたのです。私の女王。私は貴女の剣になりたい」

 この男は、果たして本気なのだろうか。何か思惑があるのでは。思い掛けないアレクセイの言葉に、ソラの瞳が戸惑いで揺れる。

「……お戯れを」

 ソラにはもう、捧げるものなど何一つ残されていない。これ以上何を奪うというのか。

「戯れなどではありません。貴女の憂いを晴らす。そのためだけに戦ったのです」

 アレクセイは、ソラの前に跪いて愛を乞う。

「私が欲しいのは最初から貴女だけ。貴女が隣にいないのであれば、この国の王位など意味はないのです」

 熱烈な愛の言葉に心が揺れる。

「さぁ、私の手を取って下さい。共に民衆の声に答えましょう」

 卑怯だと思う。民の前で新王から差し出された手を、払うことなどできない。しかしそれ以上に。この男に愛されたいと願う女としての歓びが体を支配してしまう。アレクセイの抗えない魅力に引き寄せられるように、指先を重ねるソラ。

 微かに残った女王としての矜持も、もはや役に立たなかった。女王の冠を外した後、そこにいたのは、弱くてちっぽけな一人の女。足掻いて足掻いて、誰かに泣いて縋りたい弱い自分だけだった。

「守って、くれますか?国も、私も……」

 必死で覆い隠していた言葉を口にすると、少女のようにポタポタと涙を流すソラ。

「ええ。私の命に替えても。貴女が私を望んで下さるなら。私と結婚していただけますね」

「はい……はい」

 アレクセイはソラの指先に優しく口付けを落とすと、満面の笑みを浮かべる。

「捕まえた。もう、逃しません」

 言うなり今度は横抱きに抱き抱えられた。

「民よ!祝福してくれ!私、アレクセイはサツキ国の誇り高き女王を妻とし、女王と共にこの地を守り、発展させることをここに誓う!」

 どっと湧き上がる歓声。喜びと祝福の声はいつまでもいつまでも途切れることはなかった。

 ◇◇◇

「ソラ。私の女王」

 膝の上に頭を載せ、スリスリと頬ずりをして甘えてくる年若い夫を、ソラは困った顔で眺める。

 城ではもはや見慣れた光景として、使用人たちも見てみぬふりが板に付いてきた。

「もう女王ではありませんわ」

 王と女王として、対等な立場で共に国を治めようというアレクセイの誘いをソラは断り、王妃の座におさまった。自分は王の器ではないことを、この十年で嫌というほど実感してきたからだ。

「いや、私にとってソラはいつまでも気高い女王だ」

 ドラゴンをも打ち倒す勇者アレクセイは、ソラの前では驚くほど甘えた姿をみせる男だった。その安心しきった様子に、ソラもまた深く心を許してしまう。

「ドラゴンは災害そのもの。誰も備えることなどできない。君のこれまでの政策は素晴らしかった。君は無能な王なんかじゃない」

 アレクセイはそう言ってくれたけれど。ソラが行ってきた政策は王妃の立場でも十分に進められるもの。絶対的な力を持つアレクセイの存在と王としてのカリスマ性は、民や臣の忠誠心を上げ、他国への牽制にも必要だった。

「私には貴方がいてくれたらそれでいいの」

 ソラの言葉にアレクセイは目を細める。愛しくて愛しくてたまらない。その目が、ソラに語り掛ける。

「女王陛下の仰せのままに」

 アレクセイは体を起こし、ソラを抱き締めると横抱きにしてそのまま部屋に向かう。

「え、ちょ、アレクセイ!」

「いついかなるときも、陛下の忠実なる剣であり盾となりましょう。でも、それにはとびきりの褒美が必要です。いますぐもっと君が欲しい」

 年若い夫は昼も夜も片時もソラを離してくれない。

「もう……馬鹿っ!」

 今日もソラは、溺れるほどの愛をその身に受けながら、純愛と官能の狭間で揺れる。狂おしいほどの愛に満たされて。

おしまい
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