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14. 青い惑星の真ん中で君と僕は恋に落ちる

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 ◇◇◇

「私たち人間も、大昔は女性の胎内で赤ちゃんを育ててたのよね」

 僕は、ミコトの言葉に軽く眉を上げた。確かに現人類の元となった旧人類は、その他多くの哺乳類のように胎内で子どもを産み育てていたと言われている。

「勝手に繁殖するなんて、今では考えられない話よね」

 人類が宇宙ポットの中で生活するようになってはや数千年。宇宙に持ち出された限られた資源を守るため、人類の数もAIが厳格に管理する時代になった。失われた命の数に応じて、誕生する命の数が決まり、コロニー内の人口は常に一定に保たれている。保育ポットに眠るのは、クローン技術によってAIが産み出した優秀な子どもたち。

 だが、ここ数百年、原因不明の病で亡くなる個体が増加していた。三十歳を境に急激な老化が始まり、わずか半年ほどで死を迎えてしまう。このままでは、いずれ人類は滅びてしまうだろう。僕たちに残された時間もそれほど長くない。
 
 ミコトも僕もすでに十六歳。三十歳を越えてしまえば、他のクローンと同じように衰えていく運命だ。この事態を打開するため、二人とも研究員になった。だが、原因不明の老いの原因は一向に掴めない。遺伝子に刻まれたほんの少しのエラーが、人類の寿命を決めてしまったのか。エラーを修正する手段はもはやないのだろうか。

「AIが作ったクローンが、自然繁殖した人類より優秀と言える根拠って何だと思う?」

「宇宙空間に適した体だろ?」

 僕の問いにミコトは軽く頷いてみせる。

「そうね。私たちはAIによって、宇宙空間でも適応できる体を手に入れた」

 僕たちは昔、青く美しい惑星で暮らしていた。けれど、急な環境変化により生き物が住めない惑星となり、新天地を求めて宇宙へ旅立ったのだ。以来ずっと宇宙を漂っている。過酷な宇宙環境に適応できるように、何度も何度もAIが品種改良を重ねて生まれたのが僕たちクローン人類だ。

「じゃあ、AIの求め続ける理想の人類ってなんだと思う?」

「それは……宇宙空間でより効率よく生きるための……まさか……」

「うん。見つけたのよ。私たちは、寿命すらAIに管理された個体なの。病は、あらかじめ遺伝子にプログラムされたもの」

 ミコトの言葉に僕は溜め息を付く。その可能性を考えない訳ではなかった。ただ、信じたくなかっただけだ。

「それがグランドコンピューター……《マザー》が導き出した答えなのか……」

 僕はマザーとのリンクを切断する。全てマザーの導き出した答えなのだとしたら、調べるだけ無駄だ。この端末を含め、全ての機械はマザーの一部なのだから。

「僕たちの研究は全て無駄だったってことだね」

 僕の言葉にミコトが笑う。

「ううん。最高の解決策を見付けたわ」

「最高の解決策?」

「ええ。私たちには、もうAIは必要ないってこと」

 ミコトが何を言っているのかわからない。AIがなければこの世界は成り立たないのに。

「AIなんてしょせん機械よ。蓄積されたデータを元に最善策を導き出しているだけ。万能でもなければ神でもないわ」

「それはそうだけど……」

「私たちはAIに頼りすぎるあまり、人類の在り方を間違ってしまったの。ただ管理されて生きるだけじゃ駄目なのよ。どうしたら停滞から抜け出して新しく進化できるか考えなきゃ」

「そこまで言うなら、君の答えを教えてよ」

「いいわ」

 ミコトはにっこり笑うと僕にキスをした。

「……は?」

 呆然とする僕にもう一度キスをする。

「ま、ま、待って!ちょっと待って!今そんな話してたっけ!?」

「私決めたわ。本能に忠実になるの」

 ミコトは笑う。それはもう美しい笑顔で。

「理性で考えてちゃ、私たちは滅びちゃうわ。だったら、本能で考えなきゃ」

「本能で……」

「キスして嫌だった?」

「嫌……じゃない」

「私たちはパートナーとこうしてキスもすれば抱き合いもする。子どもを産むための機能だって残されたままだわ」

「ああ、旧人類をなるべく忠実に再現したクローンだからね」

「でも、本当に必要ないものなら、排除しても良かったはずでしょ。でも、しなかった。いいえ、できなかったの。だって人は、誰かを愛さなければ生きていけない」

 僕はミコトを恐る恐る抱き締める。柔らかな体と伝わる体温。ミコトを抱き締めるたび込み上げるこの想いに、名前を付けるとするならば……

  ◇◇◇

「ここが、かつて人類が暮らした惑星なのね」

 惑星の半分は厚い氷に覆われ、もう半分は灼熱の溶岩が流れると言い伝えられていた。だったら目の前に広がるこの光景はなんなのか。豊かな水をたたえ、美しい緑に覆われたこの星に、僕らは再び舞い降りた。

「長い長い時間をかけて、この星は美しく甦ったのね」

「そう、なのか……」

「ええ。センサーを見て。完全に正常値よ。ちゃんと、空気がある」

 ミコトは防護服を脱ぎ捨てる。

「ミコト!もっと良く調査してからっ」

「ああ。気持ちいい……」

 ミコトの髪を風が揺らす。僕もまた、重い防護服を脱ぎ捨てた。

「ああ、本当だ。本当に、僕たちは帰って来たんだな……」

 何千年と広大な宇宙を漂っていたと思っていた僕たちは、実のところ惑星の周回軌道上を大きく逸れることなく回り続けていた。何千年もしつこく惑星に恋焦がれて。いつか必ずこの星に帰る日を信じて。誰もが、初めて踏みしめる大地の感覚に戸惑い、興奮していた。

 僕たちの星。

 あれから僕たちは、AIのプログラムを全て書き換えた。病の原因となる老化遺伝子を見つけ出し削除した後、新たなる飼育ポットにはあらゆる可能性を秘めた遺伝子データを組み込んだ。僕たちは宇宙空間で生き残るために管理されるよりも本能に忠実に生きることに決め、今まで排除されていたありとあらゆる可能性を模索した。

 そのとき気付いたのだ。長年観察を続けていた惑星の調査データが、もう何百年も新しい数値に更新されていないことに。一定の数値を調べた結果、かつて生物が住めない程厳しい環境だった惑星は、再び生き物が住める惑星に進化を遂げていた。

 そして今日再び、僕たちはこの星に帰ってきた。この先人類がどうなるかは分からない。でも、僕たちはもう二度と宇宙に戻りたいとは思えなかった。

 どこまでも続く緑の大地と風に揺れる君の髪。差し出された君の手を取る。いつだって君は僕の予想をはるかに超えて輝いている。まぶしくてまぶしくて泣きそうになる。

 ああきっと。この気持ちが恋なんだ。僕はようやく気が付いた。

 僕たちはこの惑星で恋をする。何千年も何万年も懲りずに何度でも。いつか人類が滅びても。惑星が無くなっても。その最後の瞬間まできっと、僕たちは恋をしている。

 恋する本能にしたがって。
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