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7. 悪役令嬢リリスの華麗な転身~婚約破棄ですね。わたくしは別に構いませんけど、王になるのはわたくしです~
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◇◇◇
「リリス・デズモンド!この稀代の悪女め!本日をもってお前との婚約を破棄する!」
突然パーティー会場に響き渡った声に、リリスはふと顔を上げた。視線の先にはリリスを睨みつける婚約者と、その腕にしなだれかかるように寄り添う男爵令嬢の姿。
(相変わらず下品な女……)
平民出身だかなんだか知らないが、人前でベタベタと男に媚を売る姿は醜悪そのもの。もっとも、そんな女に鼻の下を伸ばす愚か者こそ最も唾棄すべき存在だけれど。
「お前がここにいるミザリーにこれまで数々の嫌がらせをしてきたことは分かっている!あまつさえ、醜い嫉妬心から禁呪の品を使って呪い殺そうとしたな!お前の寮の部屋から、呪具が見つかった!これは立派な犯罪だ!」
リリスの婚約者であり、この国の第二王子であるレオナルドの言葉に周囲がざわめく。
「呪具ですって!」
「なんて恐ろしい……」
しかし、リリスはすっと目を細めた。
「淑女の部屋に勝手に押し入ったと?いくらレオナルド殿下とはいえ聞き逃がせませんわ」
「うるさい!お前が前々からことあるごとに部屋に閉じ籠もって怪しい実験を繰り返していたことは知っているぞ!お前の部屋に仕掛けてあったトラップのお陰で何人も犠牲になったんだ!貴様!一体何を企んでる!」
息巻くレオナルドの言葉に、リリスは不敵な笑みを浮かべる。
「あの程度のトラップに引っ掛かるなんてとんだ無能ですこと。私が自室で何をしていようが、殿下には関係ございませんわ。婚約破棄もそちらがお望みとあらば構いません。元々王家からたっての願いとして受け入れた婚約ですもの。我が公爵家に出来損ないの王家の血など不要ですわ」
リリスの言葉にレオナルドは息を呑む。常に優秀な兄と比べられ、陰で凡庸な第二王子、出来損ないの王子と呼ばれていることを本人も知っているのだろう。
(それならそれで、少しでも努力しようとすれば可愛げもあるものを)
けれどレオナルドは自分を甘やかし、耳に心地良い美辞麗句を並べる者だけを側に置いた。苦言を呈するリリスをうっとおしがり、空っぽな褒め言葉を並べ立てるミザリーを側に置くのもそのせいだ。
くすくすと漏れる周囲の嘲笑に顔を真っ赤にして怒り狂うレオナルド。
「貴様っ!無礼なっ!」
「あら、事実でしょう?」
(それでも、いつかは目を覚ましてくれると信じていたのに)
リリスの胸がちくりと痛む。
「くっ!不敬罪だっ!衛兵!この女をさっさと牢に捕らえろっ!」
ざっと衛兵がリリスを取り囲む。やけに手際がいいのはあらかじめこうなることが分かっていたからだろう。だが、舐められたものだ。
「衛兵ごときが、このわたくしを捕らえられるとでも?」
リリスがさっと手を振ると、右手に莫大な魔力を纏った巨大な剣が現れる。
「き、貴様!王族の前で剣を抜いたなっ!」
明らかな怯えを含んだ声にくすりと微笑む。
「あら?か弱いレディを寄ってたかって捕らえようとなさっているのはそちらではなくて?……殺られる前に殺る。それが我が家の家訓ですわっ!」
壁に向かってザンッと剣を振れば、剣筋に沿って壁にぽっかり穴が空く。
(さすが聖剣。相変わらず素晴らしい切れ味ね)
リリスの放った剣の、あまりに桁外れの威力に誰もが言葉を失った。
「……化け物めっ!」
「あら、誉れ高き勇者の末裔を化け物呼ばわりとは。この国も堕ちたものね」
すらりと剣をしまうと、リリスはスタスタと壁に歩み寄る。
「馬鹿めっ!いくら壁を壊したところで、この高さから逃げられると思うのか!」
足元を見下ろすと地面まで約数メートルの距離。リリスはくるりと振り返ると、会場に居並ぶ貴族たちに向けて美しく微笑んだ。
あまりに美しいリリスの笑顔に、会場のあちらこちらから思わず溜め息が漏れる。
絹のように艷やかな黒髪に、惹き込まれるほど魅惑的な真紅の瞳。苛烈な気性と相まって、ただただ美しい薔薇のような少女。人々はリリスの持つ力を恐れつつも、その美しさから目が離せなかった。
「レオナルド殿下、今宵は素敵な余興、面白うございましたわ。それでは皆様ご機嫌よう」
美しいカーテシーをしたあと、躊躇なく何も無い空間に足を踏み出す。
「ヒッ」
思わず目を覆う御婦人方。
けれどもリリスはそのままふわりと宙に浮かび上がった。この世の理からも解き放たれる神秘の力。
「馬鹿な……」
「私の名はリリス・デズモンド。気高き英雄王の末裔にして、唯一無二の力を持つもの。この国の王となりしもの」
歌うようなリリスの言葉に、貴族たちはハッとする。
「え、英雄王の再臨だっ!」
「伝説の勇者のっ!」
「リリス様こそ、この国の王となる方!」
貴族たちの言葉にリリスはにっこりと微笑む。
「ようやく思い出してくれましたのね。そう、今代の英雄は、このわたくしですの」
かつて神に選ばれた勇者が建国したこの国では、聖剣に選ばれし勇者が王となる定め。そして、最も濃い英雄の血を残したのは、他国との婚姻で薄まった王族よりも公爵家のほうだった。
王家はリリスの英雄の資質を恐れ、王家との婚姻で縛ろうとしたうえに禁呪の品を使ってリリスの力を抑えていたのだ。
リリスはその解呪方法を研究し、探し出しただけ。そして完全に英雄の力を取り戻したリリスに敵うものなど、もはやこの国に存在しないのだった。
「そ、そんな……」
◇◇◇
「それで、あの後どうなったのかしら?」
優雅に紅茶を手にすると、リリスは可愛く小首をかしげた。ダグラス王太子は、そんなリリスに困った笑みを浮かべる。
「君が去った後会場は大騒ぎでね。父上はすぐにレオナルドの王位継承権を剥奪した上で炭鉱送りにしたよ」
「まぁ、王室育ちのレオナルド様に耐えられるかしら」
リリスは眉根を寄せて見せるが、その口元は弧を描いているあたり、かつての婚約者を本気で心配している訳では無い。
「仕方ないね。何しろ公衆の面前で英雄王にあれだけの侮辱を与えたんだ。男爵令嬢のほうは爵位と財産を剥奪の上一家揃って国外追放処分にした。君が望むならもっと厳罰を与えるが、どうする?」
「あのような小者がどうなろうと興味ございませんわ。ただ、わたくしの国の民として、わたくしの庇護下にいるのは不快だから、国外追放はいいアイデアね。さすがダグラスお兄様ですわ」
「まぁ、僕としては二人とも首を刎ねても良かったんだが、君の戴冠式を血で穢すのは嫌だからね」
「ご配慮に感謝しますわ。それで、わたくしの新しい婚約者のことですけど、お兄様じゃ駄目かしら?」
上目遣いでちらりと見つめるリリス。この国の王太子はここ数代、国外の王族から花嫁を迎えるのが慣習となっていたが、リリスが王となる以上ダグラスの立場はなくなる。隣国の姫との婚約も解消されたばかりだ。
「君さえよければ喜んで」
「じゃあ、決まりね!」
嬉しそうに手を叩くリリスは、あどけない少女のよう。しかし、ひとたび逆鱗に触れれば魔王より怖いことを、ダグラスは誰よりも知っている。
「でも、浮気は絶対に許さないから」
けれど、にっこりと微笑む少女にダグラスの胸はときめくのだった。しかたない、最初から誰も彼女を支配することなんてできないのだから。
「はは、肝に銘じるよ」
ダグラスは跪いてその手にキスを贈るのだった。
おしまい
「リリス・デズモンド!この稀代の悪女め!本日をもってお前との婚約を破棄する!」
突然パーティー会場に響き渡った声に、リリスはふと顔を上げた。視線の先にはリリスを睨みつける婚約者と、その腕にしなだれかかるように寄り添う男爵令嬢の姿。
(相変わらず下品な女……)
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リリスの婚約者であり、この国の第二王子であるレオナルドの言葉に周囲がざわめく。
「呪具ですって!」
「なんて恐ろしい……」
しかし、リリスはすっと目を細めた。
「淑女の部屋に勝手に押し入ったと?いくらレオナルド殿下とはいえ聞き逃がせませんわ」
「うるさい!お前が前々からことあるごとに部屋に閉じ籠もって怪しい実験を繰り返していたことは知っているぞ!お前の部屋に仕掛けてあったトラップのお陰で何人も犠牲になったんだ!貴様!一体何を企んでる!」
息巻くレオナルドの言葉に、リリスは不敵な笑みを浮かべる。
「あの程度のトラップに引っ掛かるなんてとんだ無能ですこと。私が自室で何をしていようが、殿下には関係ございませんわ。婚約破棄もそちらがお望みとあらば構いません。元々王家からたっての願いとして受け入れた婚約ですもの。我が公爵家に出来損ないの王家の血など不要ですわ」
リリスの言葉にレオナルドは息を呑む。常に優秀な兄と比べられ、陰で凡庸な第二王子、出来損ないの王子と呼ばれていることを本人も知っているのだろう。
(それならそれで、少しでも努力しようとすれば可愛げもあるものを)
けれどレオナルドは自分を甘やかし、耳に心地良い美辞麗句を並べる者だけを側に置いた。苦言を呈するリリスをうっとおしがり、空っぽな褒め言葉を並べ立てるミザリーを側に置くのもそのせいだ。
くすくすと漏れる周囲の嘲笑に顔を真っ赤にして怒り狂うレオナルド。
「貴様っ!無礼なっ!」
「あら、事実でしょう?」
(それでも、いつかは目を覚ましてくれると信じていたのに)
リリスの胸がちくりと痛む。
「くっ!不敬罪だっ!衛兵!この女をさっさと牢に捕らえろっ!」
ざっと衛兵がリリスを取り囲む。やけに手際がいいのはあらかじめこうなることが分かっていたからだろう。だが、舐められたものだ。
「衛兵ごときが、このわたくしを捕らえられるとでも?」
リリスがさっと手を振ると、右手に莫大な魔力を纏った巨大な剣が現れる。
「き、貴様!王族の前で剣を抜いたなっ!」
明らかな怯えを含んだ声にくすりと微笑む。
「あら?か弱いレディを寄ってたかって捕らえようとなさっているのはそちらではなくて?……殺られる前に殺る。それが我が家の家訓ですわっ!」
壁に向かってザンッと剣を振れば、剣筋に沿って壁にぽっかり穴が空く。
(さすが聖剣。相変わらず素晴らしい切れ味ね)
リリスの放った剣の、あまりに桁外れの威力に誰もが言葉を失った。
「……化け物めっ!」
「あら、誉れ高き勇者の末裔を化け物呼ばわりとは。この国も堕ちたものね」
すらりと剣をしまうと、リリスはスタスタと壁に歩み寄る。
「馬鹿めっ!いくら壁を壊したところで、この高さから逃げられると思うのか!」
足元を見下ろすと地面まで約数メートルの距離。リリスはくるりと振り返ると、会場に居並ぶ貴族たちに向けて美しく微笑んだ。
あまりに美しいリリスの笑顔に、会場のあちらこちらから思わず溜め息が漏れる。
絹のように艷やかな黒髪に、惹き込まれるほど魅惑的な真紅の瞳。苛烈な気性と相まって、ただただ美しい薔薇のような少女。人々はリリスの持つ力を恐れつつも、その美しさから目が離せなかった。
「レオナルド殿下、今宵は素敵な余興、面白うございましたわ。それでは皆様ご機嫌よう」
美しいカーテシーをしたあと、躊躇なく何も無い空間に足を踏み出す。
「ヒッ」
思わず目を覆う御婦人方。
けれどもリリスはそのままふわりと宙に浮かび上がった。この世の理からも解き放たれる神秘の力。
「馬鹿な……」
「私の名はリリス・デズモンド。気高き英雄王の末裔にして、唯一無二の力を持つもの。この国の王となりしもの」
歌うようなリリスの言葉に、貴族たちはハッとする。
「え、英雄王の再臨だっ!」
「伝説の勇者のっ!」
「リリス様こそ、この国の王となる方!」
貴族たちの言葉にリリスはにっこりと微笑む。
「ようやく思い出してくれましたのね。そう、今代の英雄は、このわたくしですの」
かつて神に選ばれた勇者が建国したこの国では、聖剣に選ばれし勇者が王となる定め。そして、最も濃い英雄の血を残したのは、他国との婚姻で薄まった王族よりも公爵家のほうだった。
王家はリリスの英雄の資質を恐れ、王家との婚姻で縛ろうとしたうえに禁呪の品を使ってリリスの力を抑えていたのだ。
リリスはその解呪方法を研究し、探し出しただけ。そして完全に英雄の力を取り戻したリリスに敵うものなど、もはやこの国に存在しないのだった。
「そ、そんな……」
◇◇◇
「それで、あの後どうなったのかしら?」
優雅に紅茶を手にすると、リリスは可愛く小首をかしげた。ダグラス王太子は、そんなリリスに困った笑みを浮かべる。
「君が去った後会場は大騒ぎでね。父上はすぐにレオナルドの王位継承権を剥奪した上で炭鉱送りにしたよ」
「まぁ、王室育ちのレオナルド様に耐えられるかしら」
リリスは眉根を寄せて見せるが、その口元は弧を描いているあたり、かつての婚約者を本気で心配している訳では無い。
「仕方ないね。何しろ公衆の面前で英雄王にあれだけの侮辱を与えたんだ。男爵令嬢のほうは爵位と財産を剥奪の上一家揃って国外追放処分にした。君が望むならもっと厳罰を与えるが、どうする?」
「あのような小者がどうなろうと興味ございませんわ。ただ、わたくしの国の民として、わたくしの庇護下にいるのは不快だから、国外追放はいいアイデアね。さすがダグラスお兄様ですわ」
「まぁ、僕としては二人とも首を刎ねても良かったんだが、君の戴冠式を血で穢すのは嫌だからね」
「ご配慮に感謝しますわ。それで、わたくしの新しい婚約者のことですけど、お兄様じゃ駄目かしら?」
上目遣いでちらりと見つめるリリス。この国の王太子はここ数代、国外の王族から花嫁を迎えるのが慣習となっていたが、リリスが王となる以上ダグラスの立場はなくなる。隣国の姫との婚約も解消されたばかりだ。
「君さえよければ喜んで」
「じゃあ、決まりね!」
嬉しそうに手を叩くリリスは、あどけない少女のよう。しかし、ひとたび逆鱗に触れれば魔王より怖いことを、ダグラスは誰よりも知っている。
「でも、浮気は絶対に許さないから」
けれど、にっこりと微笑む少女にダグラスの胸はときめくのだった。しかたない、最初から誰も彼女を支配することなんてできないのだから。
「はは、肝に銘じるよ」
ダグラスは跪いてその手にキスを贈るのだった。
おしまい
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