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5. 無実の罪で投獄され殺された公爵令嬢は私です。今から復讐するから覚悟してくださいね。
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◇◇◇
「殿下!わたくしの話を聞いてください!絶対に私はユリアナ嬢を殺そうなんてしていません!」
「黙れ!忌々しい悪魔め!最初からお前が怪しいと思っていたんだ。その薄気味悪い黒髪も、血のように赤い目も、何もかもが悪魔そのものじゃないか。恐ろしい。衛兵!この女を引きずり出して牢に入れろ!」
「はっ!」
「いや、やめて。違う。私は何もやっていません!信じて!信じてください」
殿下の隣には小柄な可愛らしい少女がぴったりと身を寄せている。私はその少女を睨みつけた。あの女。あの女が現れてから殿下はおかしくなってしまったのだ。
「許さないわ……」
「セルシオ様。わたし、怖い……」
怯えたように声を震わせるユリアナを、セルシオ殿下がそっと抱き寄せる。
「ユリアナ、大丈夫だ。君は絶対に私が守る」
轟々と燃え盛る炎の中、私は帝国の魔女として処刑された。一切の弁明も許されることなく。私の傍らには、すでにこと切れた家族の首が転がっている。やんちゃなダイアン、可愛いミルティー。優しかったお父様とお母様。
「お前には名誉ある斬首さえ生ぬるい。業火の中苦しんで死ね!」
炎の間から醜い愉悦にゆがんだ顔が映る。悔しい、悔しい、悔しい。私に力があったなら。ああ。神様、お願いです。次に生まれ変わったら、私に力をください。この人たちに復讐する力を。
こうして私、ダイナー公爵令嬢シルフィーは、無実の罪でわずか十六歳の命を終えたのだった。
◇◇◇
次に気が付いたのは、薄汚い孤児院の床の上だった。死ぬほど鞭でぶたれて気を失ったあと、水を掛けられて放置されていた。
ここは、前世公爵令嬢として過ごし、冤罪で処刑されたマイラル帝国の孤児院で、私は親の顔も知らない孤児に転生していたのだ。生まれてすぐに孤児院の前に捨てられた私は、前世と同じ黒髪に赤い目をもって生まれてきた。
この国で黒髪は「悪魔の色」として忌み嫌われている。この血のような赤い目も同様だ。薄気味悪い子どもとして、孤児院では酷い扱いを受けていた。
十四歳とは思えないほど貧相な体はがりがりで骨が浮き上がり、毎日の労働による過労が抜けない。
「よりにもよってこんな体に生まれ変わるなんて……これじゃあ復讐の前に死にそうだわ」
私は思わず歯噛みをした。死ぬときの光景がまざまざと思い出される。私から大切なものをすべて奪ったあの男を、この国を、そしてあの女を。決して許さないと誓ったのだ。しかし次の瞬間、私は妙なことに気が付いた。確かに痩せっぽちで少しも肉がついていない体なのに、不思議なことに傷がない。あれほど鞭でぶたれているというのに、傷跡ひとつないのだ。
私は恐る恐る手にした果物ナイフで手の甲を傷つけた。
「つっ……」
じわりと滲み出る血は、瞬く間に消えてしまう。
「これは……神が与えた私の能力?不死身……いえ、自己治癒力かしら……」
そのとき胸に、ぽうっと光が宿る。それは紛れもない聖女の紋章。
「ふふ、ふふふふふ。あははははははは!!!!!」
私は思わず大声で笑い出した。聖女を殺そうとして処刑された人間が、聖女に生まれ変わったのだ。こんな愉快なことがあるだろうか。
「おい!うるさいぞ!」
乱暴にドアを開けて男が入ってくる。いつも私を殴ったり蹴ったりしてくる孤児院の院長だ。
「黙れ。うるさいのはお前よ」
「なっ!このアマ!殴られ過ぎて頭がイカレたのか!」
激高して手を上げる院長に軽く触れる。
「う、うぎ、ううう!!!!」
「苦しい?そうでしょうねえ。何しろあなたから魔力をすべて奪ってやったから」
この世界は魔力で満ちている。人は生まれながらに魔力を有しており、魔力を循環させることによって生命活動を行っているのだ。魔力は神の愛そのもの。神に愛された聖女は、自身を器として強大な魔力を持つとともに、他人の持つ魔力を操ることすらできる。
「魔力なしでどこまで生きられるのかしら。生きていたら教えて頂戴」
私は振り返りもせずに十四年間過ごした孤児院を後にした。
◇◇◇
「そなたが神が遣わせた新たなる聖女と申すか」
大神殿で聖女と認められた私は、国王に謁見することになった。生まれてから十四年。けれども、あれから数十年の歳月が流れていたらしい。輝くような金髪の髪に深い紺碧の瞳を持つ王子は、しょぼくれた爺になっていた。
「聖女の紋章がそなたのような素性のわからぬ小娘にも現れるとはな……」
国王の隣では、すっかり老いた女が、悔しそうにこちらを睨みつけている。そしてその隣には、胸に聖女の紋章を持つ娘が見下したような顔でこちらを見ていた。これが国王が溺愛しているという愛娘か。
「お前のような下賤な娘を栄えあるマイラル帝国の聖女と認めるわけにはいかん。聖女は我が娘キャサリーヌ一人だ。お前はキャサリーヌの影となり、我が国のためその力を存分に振るうがよい」
「この私の役に立てるのよ?どう、幸運でしょう?わかったら這いつくばって靴を舐めなさい。この私に決して逆らわないと誓うなら、可愛がってあげてもいいわ。ペットとしてね?あははははは!!!!」
耳障りな声。ああ、この女もユリアナにそっくりだ。なんて醜悪な人間どもだろう。
大人しく首を垂れていた私は、すっくと立ちあがった。
「おい、誰が立っていいと言った?跪け」
肩を押さえて床に伏せさせようとする衛兵を、一撃で薙ぎ払う。ほんの少し手を払うだけで、衛兵は紙のようにふっとぶと、壁に体をぶつけてぐったりと動かなくなる。
「お前……何をした!」
「あら。下賤の者が許しもなくこの私に触れようとしたのですもの。うるさい虫を払って何が悪いのかしら」
「おい!逆賊だ!この女を取り押さえろ!」
衛兵が向かってくるので、すっと片手をあげると、動けなくなる程度に魔力を奪ってやる。
「う、く、苦しい」
「な、なんだ、体から力が……」
くたりとうずくまる衛兵たちをみて慌てる国王。
「おい。お前たち、どうした!立て!」
「無駄ですわ、セルシオ様。この者たちから魔力を奪ってやりましたから。しばらく立ち上がれないでしょうね」
「ま、魔力を奪っただと!?そんなことできるわけがっ……」
「できますわ。いとも簡単に。本物の聖女ならね」
国王はばっと隣に座る王妃を見る。
「ねえ、その女が聖女だと本当に思っていたのですか?その女が聖女の奇跡を起こすところを、一度でも見たことがあるの?」
「そ、それは……、だが!胸に聖女の紋章が!」
「さぞ痛かったでしょうねえ、それを刻むのは。役にも立たない偽の紋章を娘にも刻むなんてね。かわいそうに」
「偽物だと……ユリアナ、それは本当か!」
「お母様!?」
「その女の戯言に決まっていますわ!わたくしが信じられないのですか!」
三人の様子を冷めた目で見る。本当に前世の私は愚かだったわ。なぜこのような者たちに自分の人生を好きにさせてしまったのかしら。
愛する王子の役に立ちたい、愛されたい、ただそれだけを願っていた私は、あのとき地獄の業火によって死んだ。もう私は、あの愚かなシルフィーではないわ。
「さようなら。セルシオ殿下。いえ、今は陛下だったわね。そして、さようなら、偽者の聖女たち。今世では、あなたたちの好きにはさせないわ」
「なっ、お前は……ぐ、はっ」
神から与えられた魔力を、最後の一滴まで綺麗に搾り取る。あなたたちに神の祝福なんていらないわ。
こうして私は、静かに王宮を後にした。
◇◇◇
「聖女さま~、お花をどうぞ」
「ありがとう、とても綺麗ね」
「僕もお花をどうぞ」
「まあ、これだと花だらけになってしまうわね」
「聖女様、お花に囲まれてお姫様みたい。とっても綺麗」
魔力が枯渇した状態で発見された王族や貴族たちは、『神の怒りに触れた忌むべきもの』の烙印を刻まれ、凍える大地に追放されることとなった。魔力の枯渇した体では、あっという間に死を迎えてしまうだろう。けれども、私の心はちっとも痛まなかった。
(どんな目にあおうとも、私があなたたちへの憎しみを忘れることなどないわ。私の愛する家族は、もう戻らない。苦しんで苦しんで死ぬ直前まで悶え苦しめばいいわ)
「ダイアン、ミルティー、どこに行ったの?」
「あ、お母さんだ。おかあさーん」
「えっ……ダイアン、ミルティー……」
「うん、ぼくダイアンだよ」
「私がミルティーよ」
金髪にキラキラと光る青い瞳のやんちゃな男の子。金髪にルビーのような赤い瞳を持つ天使のような女の子。可愛い可愛い、双子の……
「今日はお母さんがおいしいスープを作ってくれたの。お父さんがおっきな鹿をとってきたんだよ~じゃあ、またね!聖女様!」
「またね~聖女様!」
母親の元にかけていく天使のように可愛い双子たち。父親と母親は遠くからぺこりと頭を下げた。その姿に、あの頃の家族の面影が重なる。
(う、ううっ……神様!神様!!!感謝します……)
「聖王猊下、どうされましたか?そろそろ城に戻るお時間です」
「なんでもないわ。ありがとう、レナード」
あれから私は神に愛されし聖女、聖王としてこの国の君主となった。神の怒りによって魔力を奪われた貴族や王族たちに対して民の暴動が起き、聖女を頂点とする国となったのだ。レナードをはじめとする優秀な聖騎士たちが中心となって、私をサポートしてくれている。こうして街へ出ては民の話に耳を傾けるのも聖王としての活動の一つだ。
そんな私の元には、ひっきりなしに見合いの打診が来る。けれども、復讐に染まった私の心を動かすものなど一人もいなかった。復讐を終えた私に残るのは、ただ、むなしさだけ。けれど、現世で愛する家族に再会できた喜びが、氷のように固まった私の心を少しだけ溶かしてくれた。彼らに名乗り出るつもりはない。きっと、私のように前世の記憶を持ってはいないだろうから。同じ時代に転生させてくれたのは、神の粋な計らいなのだろう。今世はどうか、平穏に、幸せに過ごしてほしい……。ただ、それだけを神に願う。
「相変わらず私を頼ってはくださらないのですね。シルフィー様……」
レナードの言葉に思わず振り向く。
「最初から、気付いていました。あなたがシルフィー様の生まれ変わりであることは。あなたをむざむざ死なせた私が、なぜこの時代に生まれ変わったのかわからなかった。けれど、もう一度出会えた。今度こそ、私があなたを守ります」
レナードの姿に、公爵家の護衛騎士として仕えてくれていた彼の面影が重なる。王宮で衛兵に連れて行かれそうになった私を、最後まで護ろうとしてくれた人。背中にいくつもの剣を受け、息絶えた人。彼が……
「ずっとお慕いしておりました。シルフィー様。わたしの聖女」
恐る恐る彼の手を取ると、力強い腕が私をしっかりと抱きしめた。神はどこまで私の想いを叶えてくれたのだろうか。決して結ばれることはないと思った、私の初恋の騎士。私と一緒に、命を散らしてくれた人。
「今度こそともに生きましょう。天国でも地獄でもお供しますよ」
そう。この力が本当に神から与えられたものなのかなんて本当は誰にもわからない。人の命をやすやすと奪うようなこの力が、本当に聖なるものなのだろうか。けれど、例え力を与えたのが本物の悪魔だったとしても、地獄の業火に焼かれたとしても、後悔なんてしない。
愛しい人と再び巡り合えた奇跡を、神でも悪魔でも感謝するわ。
おしまい
「殿下!わたくしの話を聞いてください!絶対に私はユリアナ嬢を殺そうなんてしていません!」
「黙れ!忌々しい悪魔め!最初からお前が怪しいと思っていたんだ。その薄気味悪い黒髪も、血のように赤い目も、何もかもが悪魔そのものじゃないか。恐ろしい。衛兵!この女を引きずり出して牢に入れろ!」
「はっ!」
「いや、やめて。違う。私は何もやっていません!信じて!信じてください」
殿下の隣には小柄な可愛らしい少女がぴったりと身を寄せている。私はその少女を睨みつけた。あの女。あの女が現れてから殿下はおかしくなってしまったのだ。
「許さないわ……」
「セルシオ様。わたし、怖い……」
怯えたように声を震わせるユリアナを、セルシオ殿下がそっと抱き寄せる。
「ユリアナ、大丈夫だ。君は絶対に私が守る」
轟々と燃え盛る炎の中、私は帝国の魔女として処刑された。一切の弁明も許されることなく。私の傍らには、すでにこと切れた家族の首が転がっている。やんちゃなダイアン、可愛いミルティー。優しかったお父様とお母様。
「お前には名誉ある斬首さえ生ぬるい。業火の中苦しんで死ね!」
炎の間から醜い愉悦にゆがんだ顔が映る。悔しい、悔しい、悔しい。私に力があったなら。ああ。神様、お願いです。次に生まれ変わったら、私に力をください。この人たちに復讐する力を。
こうして私、ダイナー公爵令嬢シルフィーは、無実の罪でわずか十六歳の命を終えたのだった。
◇◇◇
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ここは、前世公爵令嬢として過ごし、冤罪で処刑されたマイラル帝国の孤児院で、私は親の顔も知らない孤児に転生していたのだ。生まれてすぐに孤児院の前に捨てられた私は、前世と同じ黒髪に赤い目をもって生まれてきた。
この国で黒髪は「悪魔の色」として忌み嫌われている。この血のような赤い目も同様だ。薄気味悪い子どもとして、孤児院では酷い扱いを受けていた。
十四歳とは思えないほど貧相な体はがりがりで骨が浮き上がり、毎日の労働による過労が抜けない。
「よりにもよってこんな体に生まれ変わるなんて……これじゃあ復讐の前に死にそうだわ」
私は思わず歯噛みをした。死ぬときの光景がまざまざと思い出される。私から大切なものをすべて奪ったあの男を、この国を、そしてあの女を。決して許さないと誓ったのだ。しかし次の瞬間、私は妙なことに気が付いた。確かに痩せっぽちで少しも肉がついていない体なのに、不思議なことに傷がない。あれほど鞭でぶたれているというのに、傷跡ひとつないのだ。
私は恐る恐る手にした果物ナイフで手の甲を傷つけた。
「つっ……」
じわりと滲み出る血は、瞬く間に消えてしまう。
「これは……神が与えた私の能力?不死身……いえ、自己治癒力かしら……」
そのとき胸に、ぽうっと光が宿る。それは紛れもない聖女の紋章。
「ふふ、ふふふふふ。あははははははは!!!!!」
私は思わず大声で笑い出した。聖女を殺そうとして処刑された人間が、聖女に生まれ変わったのだ。こんな愉快なことがあるだろうか。
「おい!うるさいぞ!」
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「黙れ。うるさいのはお前よ」
「なっ!このアマ!殴られ過ぎて頭がイカレたのか!」
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「う、うぎ、ううう!!!!」
「苦しい?そうでしょうねえ。何しろあなたから魔力をすべて奪ってやったから」
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「聖女の紋章がそなたのような素性のわからぬ小娘にも現れるとはな……」
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「お前のような下賤な娘を栄えあるマイラル帝国の聖女と認めるわけにはいかん。聖女は我が娘キャサリーヌ一人だ。お前はキャサリーヌの影となり、我が国のためその力を存分に振るうがよい」
「この私の役に立てるのよ?どう、幸運でしょう?わかったら這いつくばって靴を舐めなさい。この私に決して逆らわないと誓うなら、可愛がってあげてもいいわ。ペットとしてね?あははははは!!!!」
耳障りな声。ああ、この女もユリアナにそっくりだ。なんて醜悪な人間どもだろう。
大人しく首を垂れていた私は、すっくと立ちあがった。
「おい、誰が立っていいと言った?跪け」
肩を押さえて床に伏せさせようとする衛兵を、一撃で薙ぎ払う。ほんの少し手を払うだけで、衛兵は紙のようにふっとぶと、壁に体をぶつけてぐったりと動かなくなる。
「お前……何をした!」
「あら。下賤の者が許しもなくこの私に触れようとしたのですもの。うるさい虫を払って何が悪いのかしら」
「おい!逆賊だ!この女を取り押さえろ!」
衛兵が向かってくるので、すっと片手をあげると、動けなくなる程度に魔力を奪ってやる。
「う、く、苦しい」
「な、なんだ、体から力が……」
くたりとうずくまる衛兵たちをみて慌てる国王。
「おい。お前たち、どうした!立て!」
「無駄ですわ、セルシオ様。この者たちから魔力を奪ってやりましたから。しばらく立ち上がれないでしょうね」
「ま、魔力を奪っただと!?そんなことできるわけがっ……」
「できますわ。いとも簡単に。本物の聖女ならね」
国王はばっと隣に座る王妃を見る。
「ねえ、その女が聖女だと本当に思っていたのですか?その女が聖女の奇跡を起こすところを、一度でも見たことがあるの?」
「そ、それは……、だが!胸に聖女の紋章が!」
「さぞ痛かったでしょうねえ、それを刻むのは。役にも立たない偽の紋章を娘にも刻むなんてね。かわいそうに」
「偽物だと……ユリアナ、それは本当か!」
「お母様!?」
「その女の戯言に決まっていますわ!わたくしが信じられないのですか!」
三人の様子を冷めた目で見る。本当に前世の私は愚かだったわ。なぜこのような者たちに自分の人生を好きにさせてしまったのかしら。
愛する王子の役に立ちたい、愛されたい、ただそれだけを願っていた私は、あのとき地獄の業火によって死んだ。もう私は、あの愚かなシルフィーではないわ。
「さようなら。セルシオ殿下。いえ、今は陛下だったわね。そして、さようなら、偽者の聖女たち。今世では、あなたたちの好きにはさせないわ」
「なっ、お前は……ぐ、はっ」
神から与えられた魔力を、最後の一滴まで綺麗に搾り取る。あなたたちに神の祝福なんていらないわ。
こうして私は、静かに王宮を後にした。
◇◇◇
「聖女さま~、お花をどうぞ」
「ありがとう、とても綺麗ね」
「僕もお花をどうぞ」
「まあ、これだと花だらけになってしまうわね」
「聖女様、お花に囲まれてお姫様みたい。とっても綺麗」
魔力が枯渇した状態で発見された王族や貴族たちは、『神の怒りに触れた忌むべきもの』の烙印を刻まれ、凍える大地に追放されることとなった。魔力の枯渇した体では、あっという間に死を迎えてしまうだろう。けれども、私の心はちっとも痛まなかった。
(どんな目にあおうとも、私があなたたちへの憎しみを忘れることなどないわ。私の愛する家族は、もう戻らない。苦しんで苦しんで死ぬ直前まで悶え苦しめばいいわ)
「ダイアン、ミルティー、どこに行ったの?」
「あ、お母さんだ。おかあさーん」
「えっ……ダイアン、ミルティー……」
「うん、ぼくダイアンだよ」
「私がミルティーよ」
金髪にキラキラと光る青い瞳のやんちゃな男の子。金髪にルビーのような赤い瞳を持つ天使のような女の子。可愛い可愛い、双子の……
「今日はお母さんがおいしいスープを作ってくれたの。お父さんがおっきな鹿をとってきたんだよ~じゃあ、またね!聖女様!」
「またね~聖女様!」
母親の元にかけていく天使のように可愛い双子たち。父親と母親は遠くからぺこりと頭を下げた。その姿に、あの頃の家族の面影が重なる。
(う、ううっ……神様!神様!!!感謝します……)
「聖王猊下、どうされましたか?そろそろ城に戻るお時間です」
「なんでもないわ。ありがとう、レナード」
あれから私は神に愛されし聖女、聖王としてこの国の君主となった。神の怒りによって魔力を奪われた貴族や王族たちに対して民の暴動が起き、聖女を頂点とする国となったのだ。レナードをはじめとする優秀な聖騎士たちが中心となって、私をサポートしてくれている。こうして街へ出ては民の話に耳を傾けるのも聖王としての活動の一つだ。
そんな私の元には、ひっきりなしに見合いの打診が来る。けれども、復讐に染まった私の心を動かすものなど一人もいなかった。復讐を終えた私に残るのは、ただ、むなしさだけ。けれど、現世で愛する家族に再会できた喜びが、氷のように固まった私の心を少しだけ溶かしてくれた。彼らに名乗り出るつもりはない。きっと、私のように前世の記憶を持ってはいないだろうから。同じ時代に転生させてくれたのは、神の粋な計らいなのだろう。今世はどうか、平穏に、幸せに過ごしてほしい……。ただ、それだけを神に願う。
「相変わらず私を頼ってはくださらないのですね。シルフィー様……」
レナードの言葉に思わず振り向く。
「最初から、気付いていました。あなたがシルフィー様の生まれ変わりであることは。あなたをむざむざ死なせた私が、なぜこの時代に生まれ変わったのかわからなかった。けれど、もう一度出会えた。今度こそ、私があなたを守ります」
レナードの姿に、公爵家の護衛騎士として仕えてくれていた彼の面影が重なる。王宮で衛兵に連れて行かれそうになった私を、最後まで護ろうとしてくれた人。背中にいくつもの剣を受け、息絶えた人。彼が……
「ずっとお慕いしておりました。シルフィー様。わたしの聖女」
恐る恐る彼の手を取ると、力強い腕が私をしっかりと抱きしめた。神はどこまで私の想いを叶えてくれたのだろうか。決して結ばれることはないと思った、私の初恋の騎士。私と一緒に、命を散らしてくれた人。
「今度こそともに生きましょう。天国でも地獄でもお供しますよ」
そう。この力が本当に神から与えられたものなのかなんて本当は誰にもわからない。人の命をやすやすと奪うようなこの力が、本当に聖なるものなのだろうか。けれど、例え力を与えたのが本物の悪魔だったとしても、地獄の業火に焼かれたとしても、後悔なんてしない。
愛しい人と再び巡り合えた奇跡を、神でも悪魔でも感謝するわ。
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