転生悪役令嬢は腹黒王子に溺愛される~異世界恋愛ファンタジー短編集~

しましまにゃんこ

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3.異世界から聖女がやってくるので、傾国の美女は悪女となりひたすら婚約破棄を望む

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 ◇◇◇

「みな、聞いてくれ。先程神殿より、我が国に聖女が降臨すると御告げがあった」

 贅を尽くした華やかな舞踏会の会場に、重く静かに響き渡る声。ダリア国王の言葉に、会場の誰もが息を呑んだ。

 ――――聖女降臨。それは、国を揺るがす一大事。国が滅ぶような危機に際して、神に選ばれし聖女が国を救うという。だが、

「なんと。では、エリザベス嬢はどうなる」

「エリザベス嬢とシリル殿下の婚約は解消すると言うことか?」

 ――――聖女が降臨した国は、必ずその聖女を国王の正妃とする。それは、いつの頃からか定められた暗黙の掟。

 貴族たち……特に未婚の男たちは、まだ見ぬ聖女よりも、第一王子であるシリル王子の婚約者、エリザベスの処遇が気になって仕方がなかった。ダリア王国に咲き誇る大輪の薔薇。誰もが心奪われる魅惑の公爵令嬢エリザベス。

 最愛の婚約者と伝説の聖女。果たしてシリル王子はどちらを選ぶのか。考えるまでもない。シリル王子は、必ず聖女を正妃に迎えるはずだ、と。

 中央に程近い場所で優雅にグラスを傾けていたエリザベスは、痛いほど感じる男たちの視線を受け、うんざりする。ギラギラと欲望にまみれ、ほの暗い期待に輝く瞳。いままでは到底手を出すことなどできなかった高嶺の花。儚い幻想。だが、婚約破棄された後のエリザベスなら、あるいは……誰もが邪な期待に胸を踊らせていた。

「仕方ないわね……」

 エリザベスは小さく溜め息をつくと、グラスを置き、そのままシリルの前まで歩み寄る。

「シリル殿下」

 国王の隣で苦虫を噛み潰したような顔をしていたシリルは、エリザベスをみるなりふわりと顔を綻ばせた。

「ああエリザベス。私の女神。君は今日もなんて美しい。今日はエスコートできなくてすまない。聞いての通り、聖女が降臨することになってね。すっかり予定が狂ってしまったよ」

「それは構いませんけれど……」

「聖女などと結婚しなければならないなら、私は王位なんていらない。ライアンかユリアンに譲ることにするよ。だから君は変わらず私の側にいてくれ」

 王位継承権第一位であるシリル王子のあまりに迷いのない言葉に、周囲の貴族たちから驚きと失望の声が上がる。

 だが、シリル王子の言葉を静かに聞いていたエリザベスは、小さな溜め息を吐くと、パタンと扇を閉じた。

「お断り致しますわ。本日を以て、わたくし、エリザベス=ケリーは貴方との婚約を解消致します」

 突然のエリザベスの言葉に目を剥くシリル。

「な、なぜだっ!エリザベス!」

 本気で驚き戸惑うシリルを、エリザベスは呆れた顔で眺めた。

(本当に、自分勝手な人)

「貴方は王になるべくして生まれたお方。貴方の他にこの国の王が務まるとでも思って?ご自分の責任も果たされないような無責任な方に、嫁ぐつもりなどございません」

 ダリア王国では、代々国王の第一男子にのみ、その莫大な魔力が受け継がれる。その力があるからこそ、今日まで国家として繁栄を続けてきたのだ。今代ではシリルが王家の全ての魔力を引き継いで産まれてきた。よって、いくら王家の血を引いていても、シリルの代わりなどいないのだ。

「それに……私たちの婚約はもともと我が公爵家と王家を繋ぐための政略結婚。けれど別に縁を繋ぐだけなら、あなたでなくとも良いのです。第二王子のライアン様、第三王子のユリアン様。王家の男子は他にもいますわ。なんなら王弟のジアン様でも」

 エリザベスが王族席にチラリと視線を送ると、みな、ソワソワした顔で近寄ってきた。

「エリザベス嬢!ぜひ、私をお相手に」

「いえ、ぜひ私を」

「私なら死ぬまで貴女一人を愛すると誓う!」

 たちまち跪いて求婚を始める王子たち。だが、負けじと他の令息たちも群がってくる。

「わ、わたくしも長年あなた様をお慕いしておりました!」

「私なら決して貴女を裏切りません」

 わらわらとエリザベスに群がる男どもに唖然とするシリル。

「待て!お前たち私の婚約者に何をするっ!」

 だが、エリザベスは、シリルにピシャリといい放つ。

「もう、婚約者ではなくなりますわ。先程婚約は破棄すると申しました」

「そんなことは、認められない!君は、私のものだ!王にならなければならないのならば、君を側室として娶る!」

 まるで駄々っ子のようだと思う。政略結婚の相手をここまで盲目的に愛してしまうとは。本当に、仕方のない人。

「認められないも何も……仕方ありませんわ。わたくし、一番でなければ気が済まないの。相手が聖女だろうが何だろうが、二番目なんて真っ平。貴方が聖女を娶らなければならない運命である以上、私との結婚は諦めて下さい」

 ツンと顎を上げるエリザベスに、シリルはワナワナと震えた。

「王となる私よりも、単なる王族の正妃がいいだと?笑わせる。王となった暁に、王命としてそいつから無理やり君を奪ってもいいんだぞ?」

 品行方正なシリルらしくもない、暴言とも言える言葉。

「その時わたくしはもはや乙女ではありませんが。貴方に、それが耐えられますか」

 ぐっと息を呑むシリル。ギラリとその瞳が憎しみに燃える。

「ならば、今すぐ王族全てを根絶やしにする。この国すら、滅ぼしても構わない。君を他のだれかに奪われるぐらいなら」

 シリルの本気の言葉に、顔を青くし、ざっと身を引く男たち。

 エリザベスはシリルの顔をひたりと見つめた。

「これ以上、失望させないで下さいまし」

 シリルもまた、エリザベスを見つめる。

「私が愛するのはエリザベス、君だけだ。君がどう思おうと、もう構わない。絶対に、私から離れることは許さない」

 エリザベスは、またひとつ溜め息を吐く。どうしたってこの愚かな王子は、自分への想いを抑えることができない。ならば、もう、仕方ないではないか。

「分かりましたわ。シリル殿下がそこまで仰るのなら。女神の逆鱗に触れたとしても、共に地獄に落ちましょう」

「ああ。嬉しいよ、エリザベス」

 心底嬉しそうに微笑むシリルを、複雑な表情で眺めるエリザベス。

 女神より遣わされた聖女から、王の愛を掠めとろうとする悪女。それが、エリザベスに与えられた役割ならば。最期のときまで演じきって見せようではないか。

 エリザベスの体は、もうずいぶん前から死病に蝕まれていた。今だって、立っているのがやっとだ。いつまで生きられるかさえわからない身。だからこそ、受け入れられた。聖女の降臨を。この、私なしには生きていられない愚かな愛しい人を、これから先支えてくれる存在ができることを。

 一人置いていくには、あまりに苦しくて。

 でも。仕方がないではないか。恋は、こんなにも人を愚かにしてしまうのだ。この人も。私も。せめて生きている間だけでいい。この人を、私のものにしよう。例え、女神に背を向ける罪深い行為だとしても。きっともう、それほど長くはもたないから。

 ◇◇◇

 キラキラと神殿の魔法陣が光る。異世界より、女神に愛された聖なる娘を運ぶために。

 エリザベスは、その神々しい光景を、シリルに手を取られながら、息を潜めて見守っていた。

 だが、まばゆい光の先、現れたのは……真っ白な服を着て、ボサボサの髭を伸ばした一人の男性だった。

「ああん。ここは一体……」

 ギョロりとした目でキョロキョロと周囲を見渡す男性。

「ど、どうしたことだ。聖女さまはどこだ!」

 慌てる神官たち。それもそのはず。歴代の聖女はみな、うら若い女性であったはず。どうみても中年の域に差し掛かった男性が聖女として降臨するなぞ、聞いたこともない。

 皆が不測の事態に混乱するなか、エリザベスは一人、冷静に男を観察していた。気にかかるのは、鼻にツンとする薬品の香り。

「もしや、あなたはお医者様ですか?」

 エリザベスの言葉に、その男は軽く頷く。

「ああ。応診の途中で何かに呼ばれた気がしたんだが……あんた……」

 男はエリザベスにずかずかと近付くと、顎をぐっと掴んで顔を覗き込む。

「貴様!エリザベスに何をする!」

 思わず剣に手を掛けるシリル。だが、男の目は真剣だった。

「お前さん、この症状はいつからだ?」

 グイッと手首を晒され、思わず顔を背けるエリザベス。しかし、シリルはエリザベスの手首に出来た痣を見て息を呑んだ。まるで薔薇のように赤く染まった肌。それは、決して治ることはないと言われる不治の病の証。体の中心から始まった痣はやがて全身に広がり、指先まで赤く染まる頃、例外なく死を迎える。

 ――――薔薇病。なぜかうら若い少女にのみ発症すると言われる不治の病だ。

「そんな、エリザベス。嘘だろう……嘘だと言ってくれ」

 エリザベスの痣は、すでに手首にまで広がっていた。残された時間は、本当に僅かだ。

「どうして。どうして言ってくれなかったんだ」

「だって、無駄ですわ。発症したが最後。誰も、この病からは逃れられないのです。それならば、最期のときまで、変わらずに貴方の側にいたかったのですわ。聖女様が降臨すると聞いたときは、これで貴方をお譲りできると、ホッとしたのですけど……」

 自嘲気味に微笑むエリザベス。その姿さえ、尊く、美しかった。

「エリザベス……」

「……なるほどな。この国じゃ不治の病な訳か」

 男は持っていた鞄の中からなにやら薬を取り出すと、エリザベスに渡した。

「丸ごと1本飲み干せ。それで完治する」

「えっ?」

「その病気は、ごく弱い細菌が原因だ。大抵は自己免疫力で退治できるが、中には発症しちまうことがある。そうなると、そいつを飲まないと治らねぇ。うちの国でもずいぶんな被害が出たが、お陰で特効薬が見付かったんだ。ちょうど患者の応診にいく途中でな。念のため多めに持ってたんだ」

「そ、そんなことが……」

 男の言葉に息を呑むエリザベス。だが、シリルは男をギリッと睨み付ける。

「そんな話、急に信じられるものか。大体貴様は何者だっ!これが毒でないという証拠がどこにある!」

「俺はしがないただの医者さ」

 二人のやり取りを黙って聞いていたエリザベスだったが、おもむろに瓶に口を付けると、中身を一気に飲み干した。

「エリザベス!何を!」

 途端に全身に熱が駆け巡る。

「うっ、くぅ……」

 とても立っていられず、胸元を押さえて倒れ込むエリザベス。シリルが慌てて抱き止める。

「貴様!やはり毒を盛ったな!誰の差し金だっ!」

 だが、男は冷静だった。

「すぐにベッドに寝かせてやれ。薬が体の中で熱となって暴れてるんだ。三日三晩高熱に苦しむことにはなるが、その後必ず完治する」

「貴様の言葉など信じられるかっ!」

 激昂するシリルに、エリザベスはなんとか手を伸ばす。

「ああ、エリザベス。苦しいのか。どうしてこんな無茶を……頼む。私を置いていくな。頼む……」

 ポロポロと涙を流すシリルに、エリザベスはなんとか微笑んで見せる。

「殿下。女神の遣わされたお方を信じましょう。もし、この病が本当に治るのならば、この方こそ、この国の真の希望となるはずです」

「エリザベス……」

 ◇◇◇

 それからエリザベスは、本当に三日三晩高熱にうなされたが、無事、四日目の朝を迎えた。

 鏡に映る美しい裸体。透き通るように白い肌のどこにも、あの薔薇のような痣は見当たらなかった。

 自分の目で見るまでは、とても信じられなかった。だが、抑えていた想いが沸き上がる。

「女神様……女神様!感謝……致します……」

 もはや抗うこともできないと諦めていた運命を変えることができた。願うことすら罪となる想いを、もう、抑えなくても良いのだ。

 エリザベスは声を上げて泣き続けた。

◇◇◇

「よし、すっかりいいみたいだな」

 夕方診察に訪れた『聖女』は、すっかり元気を取り戻したエリザベスを見るなり、ニヤリと笑った。

「ちと激しいが、よく効く薬だろ?」

 エリザベスは目に涙を一杯溜めて、感謝の言葉を口にする。

「本当に。あなた様には何とお礼を言って良いかわかりません。でも……この薬を必要とする人が待っていたのでは……」

「ああ。心配するな。俺の国じゃどこででも気軽に手に入る薬だ。在庫もたんまりある。俺が遅れりゃすぐ弟子に連絡が行ったはずだ。しっかり者だから心配いらねえよ」

 エリザベスはほっと胸を撫で下ろす。自分を助けるために誰かを犠牲にしたのではと、気が気ではなかった。

「あなた様のお名前を聞かせて頂いても……」

「俺の名前はランドルフ=ケラー。ダズイ国でしがない医者をやってる」

「ダズイ国……」

 ダズイ国は、遠く海を渡った異国の地。名前は知っているが、あまりに距離が離れているため、国交を結んだことはなかった。

「いきなり海を渡って知らねぇ国に連れてこられたのはびびったが、まぁ、医者を必要とする患者がいたんじゃしかたねぇな」

 ランドルフのあまりにも軽い言い方にくすりと笑みが漏れる。

「ああ、目が覚めたんだね!良かった!」

 憔悴しきったシリルを見て、微笑むエリザベス。

「本当に……女神よ……感謝します……」

 そう言うと、エリザベスの手を握り締めたまま、またポロポロと泣き崩れてしまう。

「殿下。王となるべき貴方が、そのように弱いところを見せてはいけません」

 言葉とはうらはらに、エリザベスの胸に喜びが溢れていく。

「ま、これで俺もお役ごめんだな。後は無理せず徐々に食事をするように」

「あ、お待ちください!」

 立ち上がるランドルフを慌てて引き留めるエリザベス。

「ん?何だ?」

「あの!ランドルフ様はこれからどうなさるのでしょうか。国に戻られるのですか?」

 エリザベスの問いかけに首を傾げるランドルフ。

「俺は気軽な独り者だし、弟子はもう一人前だしな。このまま診療所を譲ってやりゃいい。そうさな。あいつ宛に手紙でも書くか。ちと時間はかかるかもしれねぇが、そのうち届くだろ。この国には他にも患者がいるんだろ?しかたねぇから見てやるよ」

「それは本当ですか!」

「ああ。幸い薬の原料は揃ってたしな。あれがなきゃどうにもならなかったが」

「原料が。これから先も、同じ病に苦しむ人が救われるんですね。本当に、本当に良かった……」

「ランドルフ殿。本当に感謝する。まさに、貴方こそこの国に現れた救世主だ」

 二人から感謝の言葉を聞き、ランドルフは居心地が悪そうに頭をかく。

「大袈裟なんだよ。うちの国じゃありふれた病だし、俺はただの医者だ。医者は患者を救うのが仕事だしな。気持ちわりいから、救世主だの聖女だのやめてくれるか?」

 現れたのが男性だったことから、急遽『救世主』と呼ばれるようになったらしい。

「だが、貴方は間違いなく女神が遣わして下さった方だ。国として、最大限に遇する必要がある」

 シリルの言葉にポリポリと頭をかくランドルフ。

「じゃあ、住むところと、身の回りの世話をしてくれる人と、患者を診るための治療院を用意してくれ。それでいい」

「ああ!任せてくれ!他にも、何かあったら何でも言ってくれ。出来る限りのことは叶えよう」

「はいはい。期待してるよ」

 シリルの言葉にヒラヒラと手を振り、応じたランドルフは、そのまま部屋を後にした。

 ランドルフのあまりに飄々とした態度に二人揃って笑ってしまう。

「本当に、今回の聖女降臨は異例尽くしだったな」

「ええ。でも女神様は、我が国にとって本当に必要な方を送って下さったんですもの。感謝しかありませんわ」

「あの時君を喪ったらと思うと……気が狂うかと思った……」

「殿下……」

「私こそが、国を滅ぼす災厄そのものだったのかもしれないな」

「そんな……」

「いや、制御できない強大な力は、何を引き起こすか分からないからな……だから、エリザベス。もう二度と私と離れるなどと言わないでくれ。君が他の男のものになると言ったとき、本気で国を滅ぼそうかと思ってしまった」

「あのときは、嫌な女だと思って、見限って欲しかっただけで……もうすぐ死ぬと思っていたし、決して本気だった訳では……」

「それでも。君の髪の毛1本でさえも、他の男には渡したくない」

 ――――この凄まじいまでの執着は、確かに国を滅ぼし得るかもしれない。

 エリザベスは覚悟を決めて、甘く囁く。

「ええ、シリル様。わたくしの全ては貴方のもの。もう決して、離れませんわ」

 シリルはエリザベスの言葉に満足すると、優しく抱き締めた。

「君こそ私のただ一人の聖女。私を救ってくれ」

 こうしてランドルフは医師として民を救い、シリルもまた善政を敷いて国を大きく発展させた。シリルの側には、いつも寄り添うようにして微笑む美しいエリザベス。

 女神によって命を救われた美しいエリザベスは、王にとってそれほどまでに掛け替えのない存在だと言われ、いつしか彼女の存在こそが『聖女』として語り紡がれるようになっていった。

 おしまい


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