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1ヤンデレ系乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢だけどなぜか婚約者に溺愛されてます!~腹黒ヤンデレ王子は可愛い悪役令嬢を絶対に逃がさない~
しおりを挟む◇◇◇
「アンリ様、折り入ってお話があります」
「なんだい、ミレーユ?」
「あ、あの、実は私達の婚約のことなんですが……」
ミレーユはさっきから鳴り止まない心臓をなんとか落ち着けると、慎重に話を切り出した。しかし、いつになく緊張しているせいか、手に持ったカップが小刻みに震えてしまう。
ミレーユの婚約者であるアンリは、この国の王太子殿下だ。二年前から貴族学園に通っているが、学園が休みの日は必ずこうしてミレーユに会いに来てくれる。以前はそのことが何よりも嬉しかった。だが今は、アンリを目にしただけで震えが止まらない程恐ろしく感じてしまう。
一方アンリは、いつもと違うミレーユの態度に首をかしげていた。いつもと違う呼び方も新鮮だが、何だかよそよそしい。
「うん。結婚式まであと3年5ヶ月と10日だね」
アンリがしれっと答えた台詞にミレーユは思わず息を飲む。細かすぎやしないだろうか。普通はざっくり何年単位で答えるものでは?
「そ、そうなんですか?凄く計算が細かいですね?」
思わず突っ込んでしまったのも無理はない。なにしろ3年5ヶ月と10日。それがミレーユに残された時間なのだから。思わず遠い目をしたミレーユにアンリの視線が絡む。
「嫌だな。ミレーユは忘れてたのかい?僕は結婚する日を毎日指折り数えて待ってるのに……寂しいなぁ」
「あ、いえ、あの、私も指折り数えて待ってました!」
そう。心から楽しみに待っていたのだ。それなのに。
「待ってた?なんで過去形なのかな?」
ますます問い詰められてオロオロと視線がさ迷う。
「えっと、あの……」
なんと言い出せばいいのか。そんな迷いはアンリの一言によってあっさりと破られた。
「……もしかして、婚約破棄したいとか言わないよね?」
二人の間に長い沈黙が落ちる。
「えっ!?なぜそれを!?」
もしやエスパー!?驚愕に見開いたミレーユの瞳をアンリの瞳がピタリと捕らえる。
「言うつもりだったのかい?」
先程までにこやかな笑みを崩さなかったアンリの顔に突如凄みが増す。
「そ、そうです!アンリ様との婚約を無かったことにしてほしいんです!」
今がチャンスとばかりに打ち明けるミレーユ。しかし、その次の瞬間。
「理由を聞こうか?」
アンリから見たこともないような冷たい視線を受けて倒れそうになる。いや、でも、ここで引くわけにはいかない。なぜならこの婚約破棄にはミレーユの命が掛かっているのだ。
♢♢♢
ミレーユは先日庭で転けて頭を打った拍子に前世の記憶を思い出した。そして今生きている世界が、前世プレイしたことのある乙女ゲームの世界であることを知ったのだ。
アルサイト公爵令嬢ミレーユ=ド=ラ=アルサイト。この乙女ゲームの悪役令嬢にして、バッドエンドしかない可哀想な当て馬令嬢。それが転生したミレーユの役どころだ。
そしてこのまま婚約を続行すれば、本来結婚式をあげる予定だった18才の誕生日に、ミレーユは死んでしまう。理由は簡単。ヒロインに心を奪われたアンリから結婚式直前に教会のてっぺんから突き落とされるのだ。
そう、ここはげに恐ろしきヤンデレ系乙女ゲームの世界。自分の恋のためには他人を蹴落とすことはおろか、命を奪うことさえなんとも思っていないような魑魅魍魎が跋扈する世界なのだ。
この乙女ゲームに転生したと知ったとき、ミレーユは泣いた。プレイしたことある数ある乙女ゲームのなかでなぜよりにもよってこのゲームに転生したのかと。
普通の乙女ゲームに飽きて手を出した完全なる色物物件。ああでも、これが今のミレーユの現実世界なのだ。
アンリとは、アンリ5歳、ミレーユが3歳のときに婚約を結んだ。幼いうちはまだお互いに婚約者などわかるわけもなく、実の兄と妹のように仲むつまじく過ごしてきた。
14歳になった今では、大好きな兄的存在であり、初恋の相手であり、将来の結婚相手として疑うこともなく純粋な愛情を捧げていた。
正直、アンリから殺されるなんて想像もつかない。でも、だからこそ恐ろしい。
「アンリ様、アンリにーさまは、私のことをいつかきっと邪魔に思うときがくるからです」
本当は優しいアンリがそんなことするなんて信じたくない。だが、ゲームを題材にした転生ものには強制力があると聞く。いつその強制力が働くかわからないのだ。
「僕が?ミレーユを?有り得ないね」
今は優しくても。その優しさはヒロインのものなのだ。
「有り得るのですっ!他に好きな人ができたら、私のことをゴミみたいに捨てるんです!」
想像するだけで泣けてくる。
「ミレーユには僕がそんな男に見えるの?」
それでも悲しそうな顔をするアンリを前にすると、罪悪感で胸がはちきれそうになる。でも、これはアンリのためでもあるのだ。このまま婚約を続けてしまえば、アンリは殺人者になってしまうのだから。
「アンリにーさまは私を殺したいくらい憎むんです!」
そう言い切ると、ミレーユはアンリをキッと睨み付ける。しかし、次の瞬間死ぬほど後悔した。
「……そうだね?殺したいくらい憎むかもしれないね?」
やっぱり!やっぱり殺す気だったんだっ!
「ひっ……」
思わず逃げ出そうとしたミレーユだが、
「だって、こんなにミレーユのことを愛してるのに僕を捨てるんでしょ?」
続いた言葉はミレーユへの愛の言葉だった。
「ち、ちがっ、アンリにーさまが私のことを捨てるんです」
断じてミレーユが捨てるのではない。だがアンリも譲らなかった。
「そんなこと有り得ないって言ってる」
「で、でもっ!」
なおもいいつのるミレーユに、アンリの中で辛うじて保っている細い糸がプツリと切れた。そして、にっこり微笑むと信じられないような台詞を口にした。
「じゃあ、今すぐ選んで?今僕を捨てて殺されるのと将来僕に殺されるのとどっちがいい?」
「どっちも死ぬじゃないですかっ!」
間髪いれずに言い返すミレーユ。
「ミレーユの言うとおりだったらそうなるね?でも僕はこの先ミレーユのことを殺す気なんてないよ?愛してるからね」
アンリがゆっくりとミレーユの手を握る。真剣な眼差しは嘘を付いているようには見えない。
「ほ、ほ、本当に?」
思わず声が震える。
「本当に」
「私のこと愛してる?」
「愛してるよ」
もう、それだけでいいと思った。今こんなに愛されているのなら。いつか塔のてっぺんから落とされたって。だってミレーユもアンリが好きだから。
「アンリにーさまぁぁぁ!」
「よしよし。ミレーユはおばかで本当に可愛いね?」
「ば、ばか……」
「馬鹿だよ。だって僕は君以外を愛すことなんてないからね。でも、君が僕を拒むなら……」
「こ、こ、拒みませんっ!私はアンリにーさまを愛してます!」
「そう。愛してるよミレーユ。ところでさっきの話、もっと詳しく教えてくれる?なんで突然あんなことを言い出したのかな?」
♢♢♢
ミレーユはアンリの怖い笑顔に怯えつつたどたどしい言葉で今までのことを白状した。ここが乙女ゲームの世界であること。ヒロインが別にいてアンリはそのヒロインの攻略対象者であること。どのルートを選んだとしてもミレーユが邪魔者としてアンリに殺されてしまうことを。
「ふーん?面白い話だね」
前世の話を意外とすんなり受け入れられてどこか気が抜けた。もっと、夢や妄言だと思われるかと思っていたからだ。だから、ずっと気になっていたヒロインの話を思いきって聞いてみることにした。
「えっと、もうヒロインさんはアンリにーさまと出会ってるはずなんです」
「名前は?」
「バレン男爵家の庶子として16歳で引き取られた……」
ミレーユが言い終わらないうちに、アンリはある人物を思い出した。
「ああ、あの女か」
「ご、ご存知ですか?」
「ああ知ってる。最近学園内でやけに目につくとは思ってた」
目につくと言う言葉にびくりと体が震える。このゲームのヒロインは誰もが愛さずにいられない絶世の美少女だからだ。
「やっ、やっぱりその人に心を奪われてっ」
顔色を変えたミレーユにアンリは思わず苦笑する。
「違う違う、頭が空っぽで下品な女だよ。あんなの好きになるなんて有り得ない」
「え、可愛らしい人では?」
「全然?」
(どういうことなの……)
頭を抱えるミレーユをアンリはそっと抱き締めた。
「ミレーユはなにも心配しなくていいんだよ?」
「アンリにーさま……」
♢♢♢
アンリはミレーユを優しく抱きしめながらこれからのことを考えていた。まずはミレーユを不安にさせるあの女の存在をミレーユが学園に入学する前に消さなければならない。
ずいぶん男好きな女のようだから適当な男をあてがって亡命させればいいだろう。この国には二度と立ち入れないように入国禁止処分にしよう。
アンリはミレーユを幼いときから愛していた。乙女ゲームの悪役令嬢であるミレーユはテンプレどうりなら鼻持ちならない傲慢女だが、中身が変われば性格も変わる。
転生したミレーユは完璧な外見をもちながら明るく素直で優しい少女だった。ちょっとドジでおっちょこちょいなところも微笑ましくて可愛い。公爵令嬢でありながら屋敷に侵入してきた子猫を内緒で飼ったり、街で見かけた孤児の子供を何人も公爵家で保護したりしていることも知っている。
先日は転んで頭を打ったと聞いて慌てて駆けつけたら、散歩中年老いた庭師が重い肥料の袋を持っているのを見て、思わず自分が持とうとして手を出したらしい。いざ持とうとしてあまりの重さに転んでしまったとか。
こうしたエピソードのひとつひとつがアンリにとって実にツボだった。おばか可愛い婚約者は見ていて可愛いし飽きない。小さい頃から猫可愛がりするアンリのことを「アンリにーさま」と呼ぶのも可愛い。結婚後自分が優しい兄の殻を脱ぎ捨て、本能のままに愛したとき、どれほど驚き戸惑うだろうと想像するのもまた楽しかった。
それなのにだ。「アンリ様」と初めて呼ばれたその日に婚約破棄を申し出られるとは夢にも思わなかった。計画がだいなしである。ミレーユには自分なしではいられないほど時間をかけてじっくり落としてきたというのに。
「僕はミレーユを心から愛しているよ。だから婚約破棄なんて言わないでおくれ。ショックでどうにかなってしまいそうだ」
「ひっ……」
「わかったね?」
「は、はい……」
◇◇◇
その後ミレーユは無事アンリと結婚式を迎えた。いつ豹変して教会のてっぺんから突き落とされるかとドキドキしていたが、皆に祝福されながら式を終えたとき、あまりの安心感から号泣してしまったほどだ。
バッドエンド回避のために走り回ると言うこともなく、ただただ幸せな結末になったことに首を傾げつつ、アンリの胸に顔を埋める。これからは優しい兄のようなアンリと共に穏やかな人生を送っていけるのだ。あのゲームのアンリと現実のアンリは別人に違いない。そう信じることにした。
「アンリにーさま……」
「おや?だめだよミレーユ。もうにーさまは止めておくれ?」
「いけない。私ったら……」
「アンリだ。そう呼んで?」
「アンリ様」
「その呼び方はやめてくれ。あのときのことを思い出すから」
「アンリ……」
アンリは満足そうに頷くと、ミレーユに深く口づけた。初めての口づけのあまりの激しさに目を白黒させるミレーユ。誓いのキスですらおでこにチュッだったのに!?
「んー!んんーーーーー!!!」
「ああ、ミレーユ。この日を待ってたよ?もう、僕のものだ」
アンリから立ち上るヤンデレオーラ!
「絶対に逃がさないからね?」
こうしてミレーユはヤンデレ王子に身も心も愛され、とろかされ、すっかり骨抜きになってしまうのでした。
おしまい
◇◇◇
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