秘密の話をしようか~現実恋愛&純文学短編集~

しましまにゃんこ

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2. 深夜にめちゃくちゃ片想い中の後輩から「終電逃したから迎えに来て」って電話が来たから迎えに行ったらビンタされた件について

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 ◇◇◇

「ねぇ先輩。今飲んでるから迎えに来てくれる?終電なくなっちゃったの」

 時計を見ると深夜一時。ぶっちゃけもう寝てたし、他のやつからの電話だったら絶対に出なかった。着信の名前見ただけで飛び起きるとか我ながら純情すぎてウケる。

「お前なあ、今何時だと思ってるんだよ……それで?どこで飲んでるの?」

 余裕ぶって返事したけど、さっきから心臓がうるさい。

「黒崎駅の近くのAzってバーだよ。最近見つけた穴場のお店なの。知ってる?」

「知らない。じゃあ、駅の駐車場に着いたら電話するから。店の中で待てる?」

「本当に?いいの?先輩やっさしい~!ありがとう!待ってる!で、何分ぐらいで来れそう?」

「俺ん家からだと早くても三十分は掛かるぞ?待てんの?」

「いいよいいよ。待ってるから」

「ハイハイ。んじゃ大人しく待ってろよ」

 そのへんにあった服を掴み、適当に着替えるとすぐに駅に向かう。電話一本で真夜中に呼び出される安い男。自分の健気さに涙が出そうだ。だけど、深夜の街に彼女を一人で放っておくことなんてできない。あっという間に男が群がってくるのが目に見えてる。危険すぎる。どうせ心配で眠れなくなるぐらいなら、大人しく迎えに行ったほうがまだマシだ。

 美人でスタイルが良くて、明るくて可愛い優奈。入社以来ずっとずっと片想いしてるけど、全然手が届かない相手。好きで好きでたまらないくせに、恋人未満にもなれないただの気のいい先輩ポジションを後生大事に継続している。いいんだ。へたれでも。告白して振られたら、もう側にはいられない。だったら、仲のいい先輩後輩のままでいいから、もう少し側にいたい。せめてあいつに、彼氏ができるまでは。

 ◇◇◇

「お待たせ。何?一人で飲んでたの?」

「ん。今日は一人なの。電車の時間まで暇つぶししようと思ったのに、動けなくなっちゃって」

 へニャリと眉を下げる優奈。大分酔っているようだ。

「お前酒弱いんだから一人で飲むなよ」

「ほんとにちょっとしか飲んでないんだよ?でも立とうとしたら立てなくって。腰が抜けちゃったみたい」

 優奈の酔って少し舌っ足らずになった口調とトロンとした顔を見てると妙にイラッとする。大方バー中の男に奢られたんだろう。持ち帰られなくて良かったと言うべきなのか。だけど、

「たく、俺はお前のタクシーじゃねぇ」

 思わず愚痴が口を付いて出た。便利な男だとわかっていても、飲みにも誘ってもらえず、迎えにだけ越させるのはぶっちゃけ酷いと思う。

「深夜のタクシーなんて怖くて乗れないよ。こんな時間にごめんね。でも、迎えに来てくれる人、先輩しか思い付かなかったんだもん」

 けれども、そんな言葉にコロリと騙されてしまうのだ。

「……お前のわがままに付き合ってやるのは俺ぐらいのもんだよ」

「うん。えへへ。先輩、大好きだよ!」

 ああ閻魔様。今すぐこいつの舌を切ってください。なんでこいつ、好きでもない男に簡単に好きとか言うわけ?犬とか猫に好きっていうのと同じくらい気軽に言った好きだとしても、俺は今すぐお前のこと押し倒したいぐらい心が乱れるのに。腕を組まれて車に向かう。なんかもう、どうでも良くなる。無の境地とはこういった感じだろうか。

 家まで送る間、当然車内に二人きり。今日のワンピース丈が短すぎない?座ると太ももが見えるんですけど。さっきのバーでも太もも見せてたの?見たやつ全員殺す。

 隣でなんだか楽しそうにお喋りしてるけど、太腿に触りたいとしか思わない。大分ヤバい。先程からなんだかいい匂いがしてクラクラする。俺は飲んでないのにね。

 なけなしの理性をかき集めて必死に煩悩と闘っていたのに。

「先輩手、冷たいね」

 なんて言われて左手を握られたから。そりゃもう理性も切れるよね?

 近くの公園の駐車場に車を止めると、おもむろに彼女に抱きついた。

「えっ!ちょっと先輩、えっ!?」

 めっちゃ戸惑ってる。そりゃそうか。

「お前が悪い。手なんか握るから」

「いや、冷たいから暖めて上げようかなって」

「うん。寒い。暖めて」

「待って待って待って!違う!」

「待てない」

 キスしようとしたら、顔を背けて思いっきり拒否られた。悲しい。

「も、もう~!先輩ったら、冗談やめてってば」

「冗談じゃないし。責任、取るから」

 けれど、太ももに手を触れた次の瞬間、思いっきりひっぱたかれた。

「……最低」

 俺が思わず固まった隙に、ドアを開けて出ていく優奈。

「帰る……」

 一瞬真っ白になったけど、慌てて追いかける。

「待て!待って、ごめん。ほんっとごめん。もう絶対何にもしないから車に戻って。危ないから。お願いだから送らせて。こんな時間に女の子一人で歩かせるとかできない」

 必死の懇願が効いたのか、

「……もう、絶対に何にもしない?」

「しない。誓うから」

 そういうと警戒しつつ車に戻ってきた。焦った。危うく前科一犯になるところだった。

「でも、お前も悪い。普通飲んでるから迎えにこいとか言われたら男は期待するから。俺だって期待するから。あと、スカートが短すぎる。太ももがめっちゃ柔らかそうだし、なんかいい匂いするし。おまけに手とか握ってくるし。そりゃ俺の理性も切れるよね?」

 ぶつぶつ言う俺の傍でつーんっと横を向く優奈。なんだこいつ、可愛いな。

「先輩がそんなに理性のない男だなんて思いませんでした。先輩は落ち着いた大人の男性だと思ってたのに。がっかりです」

 ぐふっ。無駄に深すぎる信頼に胸が痛い。

「男はみんな狼なんだよ。もう誰も信頼するな」

「分かりました。もう誰も信頼しません」

 さようなら。俺の恋。次に生まれ変わってきたときは、俺にも可愛い恋人ができますように。

「だいたい……なんですか。責任取るって。最低」

 ん?

「理性をなくして襲い掛かったからその後は仕方なく責任取るなんて、馬鹿にしてます」

「あ、いや、それは別に大した意味じゃなくて」

「はあ?大した意味じゃない?じゃあその場限りの勢いで、やり逃げするってこと?……やっぱり最低……」

「いや、違う。違います。むしろ喜んで責任を取らせてほしいっていうか、いや、その、これを機会に結婚を前提に付き合ってほしいというか……」

「はあ?結婚を前提にって……え!?先輩、もしかして私のこと好きなの!?」

 本気でびっくりする優奈にこっちがびっくりする。

「いや、好きに決まってんじゃん。誰が好きでもない女深夜に迎えに行くかよ」

「そ、そうなんだ……え、先輩優しいから、てっきり誰にでも優しいのかと思ってた」

「お前にだけ優しいんだよ」

 車内に気まずい沈黙が落ちる。

 そうこうしてるうちに優奈のアパートの前についた。

「……ありがとうございます」

「おう」

 ドアを開けようとした優奈に、

「先輩」

 と呼びかけられ、振り向いたらキスされた。

 唇すれすれのほっぺに。

「期待した?」

 くうううううううううう。こいつ!!!

「ん?する?お返しに唇にキスしちゃう?」

「しません。何もしないってさっき約束したから」

 悔しそうに睨みつける俺をみて、ふふんっと優奈が笑う。それはもうとびきり可愛い顔で。

「先輩の意気地なし。今だったら怒らなかったのに。じゃあまた月曜日に」

 この、小悪魔がっ!!!そのとき俺は見えた気がした。優奈のお尻に可愛いハート形のしっぽと黒い羽根が生えるのを。

 ───とりあえず、どっちにしろ今夜は眠れそうにない。送り狼になり損ねた俺は、月に向かってむなしく吠えるのだった。

 おしまい



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