上 下
12 / 17

12 私、王妃にはなりませんっ!

しおりを挟む
 
 ◇◇◇

「アル様!お待たせしました!」

 サリーナは部屋のドアを少し開けると、ドアの前で座り込んでいたアレクサンドルに、声をかけた。

「サリーナ様!ドアは私が開けますからっ」

 浴室の片付けをしていたリアナが慌てて駆け寄ってくるが、またアレクサンドルに乱暴を働きそうだったので、リアナが離れているすきにドアを開けたのだ。

「だって、リアナはアル様、アレクサンドル様に酷いことするんだもの」

「この変態には当然の処置です」

「リアナ、アレクサンドル様は私の恩人なの。酷いこと言わないで?」

「サリーナ様はこの変態に甘過ぎます!もっと厳しくしないと、今後何をしでかすかわかりませんよ!?」

「いや、普通にもう心が折れそうなんだが……」

「ふんっ!軟弱なっ」

「ええー……」

 二人のやり取りをサリーナはオロオロしながら眺めていた。なんとか二人を止めようとして、適当な会話を探す。

「それよりアル様、お久しぶりです。お仕事が忙しかったのですか?」

「あ、ああ。サリーナは、体調はどうだ?辛いところはないか?」

「はい!エレン先生のお陰ですっかり元気になりました!」

「良かった……今日は、サリーナに謝りたいと思ってきたんだ」

 アレクサンドルの真剣な眼差しにサリーナは首を傾げる。

「謝る?何をですか?」

「俺は、サリーナのことを誤解してひどいことをいった。全ては俺の間違いだった。許して欲しい。」

「ひどいこと?」

「サリーナのことをひどい言葉で侮辱してしまった。おまけに、怖がらせるためだけに、後悔させるためだけに、我が国にありもしないハーレムで、奴隷にするとまでいった。最低だ。」

「そう……そうなのですね」

「俺を、許してくれるだろうか?」

 サリーナはにっこりと微笑む。

「許すも何も。アル様に言われたことで怒ったことなどありませんわ」

「俺は、お前に、ひどいことを……」

「ダルメールでは、もっとひどい言葉で罵られ、お仕置きを受けることが当たり前でした。私は、王族という名の奴隷でしたから。だから、アル様が私を奴隷にするといってここに連れて来られたときも、なんとも思いませんでした。またかって思ったくらい」

「……」

「ただ、お腹がとても空いていたから、ここではご飯が貰えるといいなって。本当に、それだけ考えていたんです。」

「そんなの、当たり前のことだ」

 アレクサンドルが辛そうに顔を歪める。

「当たり前のことが、私には当たり前じゃなくて。奪われるだけ奪われて、私は空っぽの存在でした。生きる理由も、希望もなかったから、全てがどうでも良かったんです」

「そんなの、間違ってる」

「そうですね。そうかも知れませんね。私の当たり前はここでは当たり前ではありませんでした。私をここに連れてきて下さったこと、心から感謝しています」

 サリーナはにっこりと微笑んだ。それは、なんの曇りもない爽やかな笑顔だった。

「サリーナ……俺を、許してくれるのか?」

 アレクサンドルがサリーナに近づく。

「怒ってなどおりませんわ」

 うなずくサリーナをアレクサンドルは力いっぱい抱きしめた。

「ありがとう!ありがとうサリーナ!」

 誰よりも美しく優しいサリーナ。誰もが顔を歪めて罵る傲慢な自分の過ちすら、笑顔で許してくれるサリーナ。アレクサンドルは思った。サリーナこそ女神に違いないと。

 自分は間違っていた。自分のほうがよほど子供だった。子供じみた理由で相手の大切なものを奪い取ろうとする、最悪のガキだ。

「サリーナ、サリーナ。俺の女神。俺は、お前を愛している!どうか、俺と結婚してほしい」

「え?……結婚ですか?」

 急にすっと体を引いたサリーナにアレクサンドルは慌てる。

「俺とサリーナは、元々婚約者だったんだ。俺と婚約を結んでおきながら、他の国にもサリーナとの結婚を匂わせて金銭を巻き上げていたダルメールが許せなくて、あんなことを……」

「お父様がそんなことを?」

「あ、ああ。サリーナが関わっていなかったことなど、ちょっと調べればわかったはずなのにな。」

「そう……そうですか」

「安心するがいい。ダルメールは滅び、いまや我が国の領地となった。領民となったダルメールの民が安心して暮らせる環境を整えているところだ」

「……」

 アレクサンドルはサリーナの足元にひざまづくと右手を差し出した。

「サリーナ、どうか我が妃となって、この国を一緒に治めてほしい。」

「……嫌です」

「……えっ?」

「嫌です!私、王妃になんてなりたくありません!」

「えっ……」

 アレクサンドルはあまりのショックに固まってしまった。

「失礼します!」

 固まったアレクサンドルのそばをすり抜け、走り出すサリーナ。

「あ!サリーナ様!急に走ると危ないですよ!」

 そばでニヤニヤしながら二人の様子を観察していたリアナは、急に走り出したサリーナを慌てて追いかけていく。

(ふ、ふられた、のか?……)

 後には呆然と立ち尽くすアレクサンドルだけが残された。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

嫌われ王妃の一生 ~ 将来の王を導こうとしたが、王太子優秀すぎません? 〜

悠月 星花
恋愛
嫌われ王妃の一生 ~ 後妻として王妃になりましたが、王太子を亡き者にして処刑になるのはごめんです。将来の王を導こうと決心しましたが、王太子優秀すぎませんか? 〜 嫁いだ先の小国の王妃となった私リリアーナ。 陛下と夫を呼ぶが、私には見向きもせず、「処刑せよ」と無慈悲な王の声。 無視をされ続けた心は、逆らう気力もなく項垂れ、首が飛んでいく。 夢を見ていたのか、自身の部屋で姉に起こされ目を覚ます。 怖い夢をみたと姉に甘えてはいたが、現実には先の小国へ嫁ぐことは決まっており……

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

処理中です...