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1 公爵令嬢エリーゼのささやかな悩み

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◇◇◇

「エリーゼ、こんなところにいたのか」

「お兄様……」

 パーティー会場から離れ、一人バルコニーで佇んでいると、兄のリチャードに見つかり声をかけられてしまう。

 パーティーが終わるまで目立たないこの場所に隠れていようと思ったのに。ぐずぐずしていないで、一人で帰れば良かった。

「どうしてお前一人でいる?アルバートはどうした?」

 エリーゼは兄の問いかけにそっと目を逸らす。言えるわけがない。

 リチャードのパートナーである伯爵令嬢がくすりと小さく嘲笑ったのを、エリーゼは見逃さなかった。皆、知っているのだ。アルバートが今、。そう思うとなおさら身の置き所がなくなり、今すぐこの場を走り去りたくなる。

「少し飲みすぎたせいで気分が悪くて……一人になりたかったのです。私は大丈夫ですわ。もう少し風に当たったら戻りますから。どうぞお兄様はパーティーを楽しんでらして」

 優しい兄に余計な心配を掛けたくない。エリーゼは精一杯の強がりで微笑んでみせた。

 先程から邪魔をするなとばかりにエリーゼに冷たい視線を向けていた伯爵令嬢は、真っ赤に塗られた唇を引き上げてニタリと笑うと、わざとらしくリチャードの腕にしなだれかかる。

「リチャード様、エリーゼ様もああ仰ってますし、そろそろ会場に戻りませんか?私、少し冷えてきましたわ」

 大胆に胸元の開いたドレスから覗く零れ落ちんばかりの豊かな胸を惜しみ無く晒し、さり気なくリチャードに押し付ける令嬢。たちまち兄の顔がだらしなく緩むのを、エリーゼは冷めた目で見つめた。

「ああ、すまないアリア嬢。では、私たちはそろそろ会場に戻るとしよう。エリーゼ、本当に一人で大丈夫か?冷えないうちに戻るんだぞ」

「ええ。気になさらないで。私もすぐに戻りますわ」

 兄の姿が消えると、エリーゼはそっと胸に手を添えた。

「いいわね。見せつけるものがある人は……」

 エリーゼは深い溜息を吐いた。私にももう少し女性らしい色気があったなら。せめてあの、半分程の大きさがあれば。

(いえ、無いものをとやかく言っても虚しいだけ)

 エリーゼは決して胸が豊かな方ではなかったけれど、今まで特にそのことで困ったことはなかった。ドレスを着るときも胸元が苦しく無いし、年を取っても形が崩れにくいと聞く。小さいのが悪い訳では無い。小さいほうが好きな人だっているのだ。と乳母が言っていた。

 けれど、エリーゼの婚約者であるアルバートは胸の豊かな女性が好きだった。本当に、ただただ胸の豊かな女が好きな男だったのだ。彼は言った。女の価値は胸の豊かさであると。

 初めて逢ったとき、妙に胸元に視線を感じたのは気の所為ではなかった。年齢を重ねるごとに、エリーゼに対する期待は落胆に変わり、絶望に変わったようだ。

 エリーゼの不幸は、たまたま自分の婚約者が女性の胸の大きさにこだわる男だったこと。そして、それを理由に堂々と浮気していることだ。知らなければ良かった……。そうすれば、今頃何も知らずに愚かに笑っていられたかもしれないのに。
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