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諸国の実情
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レンヌが浴室の外で全裸のままアニエスとイネスに介抱された翌日。
レンヌは、ミュウレ帝国とリール王国からの謁見の日程が届くのをじっと待っていた。決定すればアイシス伯爵から連絡が来ることになっている。
レンヌはミュウレ帝国との交易品に宛があった。それはスタンピードの時に見つけた『岩塩』である。
海水を煮詰めて作る海塩は大量の薪を使用するので費用が高くつく。それに比べて、岩塩は採掘するだけで出荷できるので費用が安い。だから、海塩に比べて価格が半分以下でも充分に利益が出る。
アルテミス1から受け取った調査報告書には、膨大な量の岩塩の鉱脈があると記載されていた。これを使って交易したいとレンヌは考えていたので、今回の食料輸入の取引に使うつもりだった。しかし、岩塩だけでは商品が足りないので、鉱石や金属加工品も商品に加える予定だ。
ストラスブール王国の最新の科学技術を使った鉱物資源の採掘技術や加工技術を使えば、かなりの低価格で金属加工品を製造できる。他国と比較にならないくらいの高品質で低価格の商品なので市場を独占できるほどだ。
しかし、現実にそんな事を行えば大陸中で、潰れる商会と工房が続出するだろう。人道的には出来ない話だった。もちろん、それを考えて商品を売らないという事はない。出荷調整をしながら商売をするつもりだ。
レンヌがブロッケン宰相からの返事を待っているその時。
ミュウレ帝国のマルタ宰相がロワール王国の王都に到着した。そして、ミュウレ帝国の先触れが会見の日程を調整している頃、本国ではドンガ帝がリール王国への侵攻計画を進めていた。
リール王国は大陸の最南端に位置している。国土には山が少なく平地が多い関係で、国自体が穀倉地帯と化していた。代わりに、鉱石はほとんど採れなかったが、幾つかの島からは採掘できた。しかし、充分な量の鉱石が確保できなかったので、大部分をロワール王国からの輸入に頼っている。
常に戦争をしているミュウレ帝国は食料が不足気味である。戦争は大量の兵糧を必要とするからだ。そのため、ミュウレ帝国のドンガ帝はリール王国の穀倉地帯が喉から手が出るほど欲しかった。
アイシスからレンヌに連絡が来た。
「宰相閣下が大至急、お前に会いたいそうだ。王城まで来て欲しいとたった今使者が来た」
「分かった、すぐに王城に行く」
「使者には、そう伝えておく」
レンヌは王城用の貴族服に大急ぎで着替え、すぐに飛空艇でロワール王国の王城に向かった。
王城の中庭に着陸するとブロッケン宰相付の従者が待っていた。案内されて部屋に到着する。従者が部屋の外から声をかけた。
「レンヌ伯爵をお連れしました」
「入室を許可する」
従者が返事をしてドアを開ける。レンヌは促されて中に入った。
豪華な衣装を着た見知らぬ老人がソファーに座っている。部屋の中には護衛の騎士がいた。
「お待たせしました。レンヌ・ガーランド、お召しにより参上いたしました」
ブロッケン宰相が静かに言う。
「うむ、ご苦労であった伯爵。こちらはミュウレ帝国のマルタ宰相閣下である」
マルタは立ち上がってレンヌの方を向く。
「会うのは初めてじゃな。ミュウレ帝国のマルタじゃ」
レンヌはロワール王国の貴族の挨拶を取る。
「初めてお目にかかります。ロワール王国ガーランド領主、レンヌ・ガーランドでございます」
「うむ、噂は聞いておる。よしなに頼む」
「はっ! こちらこそ宜しくお願いします」
「レンヌ卿、呼び立てたのは、貴公にしか出来ない事があるからだ」
「御用の向きをお願いします」
「うむ、実はマルタ殿が至急、本国へ帰る事になった。それで、貴公の船で送ってもらいたいのだ」
レンヌは、ブロッケンに肯定の返事をしてからマルタに言う。
「承知致しましたブロッケン宰相閣下。マルタ宰相閣下、すぐに出発なさいますか?」
「出来れば、そうしてもらいたい」
「では、準備が整い次第、中庭にお越しください」
中庭には飛空艇の横に揚陸艦が着陸していた。
レンヌはマルタ宰相とお側回りの五人の騎士を飛空艇に案内し、残りの人員と馬車などは揚陸艦に乗せた。
「ブロッケン殿から聞いておったが、実際に乗ると奇妙な感覚になるものじゃな」
マルタは船の中を見回した。
「それでは、出発致します」
レンヌはマルタたちにお茶を配りながら言った。
「その窓から外の景色が見えます」
既に、 高速移動のために高度を上げていたので、眼下には白壁山脈が見えていた。
空の上から見下ろす山脈は氷と雪で、白く染め上げられていた。
「おお! 凄い景色じゃな」
マルタは初めて見る景色に、ただただ驚いていた。
「素晴らしい景色です」
「妻にも見せてあげたい」
「お前は本当に愛妻家だな」
お側回りの騎士たちも、上空から見下ろす景色の美しさに驚くばかりであった。
「宰相閣下。直接城に行くと騒ぎになると思われますので、帝都の外に着陸致します」
「うむ、レンヌ卿にお任せする」
マルタは外の景色に目を奪われたまま答えた。
やがて、マルタの目に見慣れた帝都が入ってきた。
「もう、着いたのか!」
マルタが驚いて声を上げると、お側回りもそれに続く。
「信じられぬ。さっき、出発したばかりだぞ」
「馬車では二週間もかかったのに、信じられない」
『これは、正に恐るべき事じゃ。これほどの速度で人の移動が出来るのなら対応のしようが無い』
マルタは軍事的な側面で捉えていた。
『ロワール王国のレンヌ伯爵。敵に回せば恐ろしい存在になるであろう』
とても、切れ者には見えないレンヌの顔を想像しながらマルタは思った。
『さて、この男をどう扱って良いものやら?』
レンヌはマルタ宰相に招かれて、帝都に行くことになった。
船から降りたマルタ宰相の一行とレンヌは帝都に入った。
レンヌはマルタ宰相の馬車に同乗していた。馬車は、そのまま城に入る。
城の応接室に通されたレンヌは落ち着かなかった。何もかもがロワール王国と規模が違った。城の大きさも人の数も段違いだった。
ソファーに座っていると、扉が開き外にいた従者から声がかかる。
「王様がお着きになりました」
レンヌは立ち上がってドアの方を見た。
ドンガ帝がマルタ宰相を引き連れて部屋に入ってきた。レンヌはロワール王国の貴族の所作に基づき、胸に手を当て片膝を下ろした。
「よい、堅苦しいのは抜きだ。座っておれ」
ドンガ帝が太い声で言う。隣のマルタ宰相も頷いた。
レンヌの前にある一人掛けの豪華なソファーに帝王が、ドカリと腰を下ろした。マルタ宰相はレンヌの右手に座った。
お茶が新しく淹れ直された。
「おう、遠慮せずに飲め」
凡そ王にある者の言葉使いでは無かった。
レンヌはゴランと話しているような気がした。
「ウチの宰相をわざわざ送ってくれたそうだな。礼を言うぞ」
「はっ! ありがたきお言葉を頂戴致し、恐縮です」
「レンヌ卿」
呼ばれてレンヌはドンガ帝を見た。そして、いったい何を言われるのかと身構えた。
「その空飛ぶ魔道具に、俺も乗せてくれ」
『やれやれ、言うと思った』
そんな顔をしているマルタが軽く頷く。
「陛下のご随意のままに」
「そうか! なら今行こう」
マルタは又かという顔をし、レンヌは良いのかという顔でマルタを見た。
「それなら、某もお供しましょう」と言うマルタ宰相の提案は拒否された。
「いや、爺は来なくていい。(王)妃を連れて行く」
帝王にそう言われたら宰相は従うしかない。
「レンヌ卿、頼んでも良いか?」
「お任せください」
レンヌの返事に老宰相は静かに頭を垂れた。
レンヌは、ミュウレ帝国とリール王国からの謁見の日程が届くのをじっと待っていた。決定すればアイシス伯爵から連絡が来ることになっている。
レンヌはミュウレ帝国との交易品に宛があった。それはスタンピードの時に見つけた『岩塩』である。
海水を煮詰めて作る海塩は大量の薪を使用するので費用が高くつく。それに比べて、岩塩は採掘するだけで出荷できるので費用が安い。だから、海塩に比べて価格が半分以下でも充分に利益が出る。
アルテミス1から受け取った調査報告書には、膨大な量の岩塩の鉱脈があると記載されていた。これを使って交易したいとレンヌは考えていたので、今回の食料輸入の取引に使うつもりだった。しかし、岩塩だけでは商品が足りないので、鉱石や金属加工品も商品に加える予定だ。
ストラスブール王国の最新の科学技術を使った鉱物資源の採掘技術や加工技術を使えば、かなりの低価格で金属加工品を製造できる。他国と比較にならないくらいの高品質で低価格の商品なので市場を独占できるほどだ。
しかし、現実にそんな事を行えば大陸中で、潰れる商会と工房が続出するだろう。人道的には出来ない話だった。もちろん、それを考えて商品を売らないという事はない。出荷調整をしながら商売をするつもりだ。
レンヌがブロッケン宰相からの返事を待っているその時。
ミュウレ帝国のマルタ宰相がロワール王国の王都に到着した。そして、ミュウレ帝国の先触れが会見の日程を調整している頃、本国ではドンガ帝がリール王国への侵攻計画を進めていた。
リール王国は大陸の最南端に位置している。国土には山が少なく平地が多い関係で、国自体が穀倉地帯と化していた。代わりに、鉱石はほとんど採れなかったが、幾つかの島からは採掘できた。しかし、充分な量の鉱石が確保できなかったので、大部分をロワール王国からの輸入に頼っている。
常に戦争をしているミュウレ帝国は食料が不足気味である。戦争は大量の兵糧を必要とするからだ。そのため、ミュウレ帝国のドンガ帝はリール王国の穀倉地帯が喉から手が出るほど欲しかった。
アイシスからレンヌに連絡が来た。
「宰相閣下が大至急、お前に会いたいそうだ。王城まで来て欲しいとたった今使者が来た」
「分かった、すぐに王城に行く」
「使者には、そう伝えておく」
レンヌは王城用の貴族服に大急ぎで着替え、すぐに飛空艇でロワール王国の王城に向かった。
王城の中庭に着陸するとブロッケン宰相付の従者が待っていた。案内されて部屋に到着する。従者が部屋の外から声をかけた。
「レンヌ伯爵をお連れしました」
「入室を許可する」
従者が返事をしてドアを開ける。レンヌは促されて中に入った。
豪華な衣装を着た見知らぬ老人がソファーに座っている。部屋の中には護衛の騎士がいた。
「お待たせしました。レンヌ・ガーランド、お召しにより参上いたしました」
ブロッケン宰相が静かに言う。
「うむ、ご苦労であった伯爵。こちらはミュウレ帝国のマルタ宰相閣下である」
マルタは立ち上がってレンヌの方を向く。
「会うのは初めてじゃな。ミュウレ帝国のマルタじゃ」
レンヌはロワール王国の貴族の挨拶を取る。
「初めてお目にかかります。ロワール王国ガーランド領主、レンヌ・ガーランドでございます」
「うむ、噂は聞いておる。よしなに頼む」
「はっ! こちらこそ宜しくお願いします」
「レンヌ卿、呼び立てたのは、貴公にしか出来ない事があるからだ」
「御用の向きをお願いします」
「うむ、実はマルタ殿が至急、本国へ帰る事になった。それで、貴公の船で送ってもらいたいのだ」
レンヌは、ブロッケンに肯定の返事をしてからマルタに言う。
「承知致しましたブロッケン宰相閣下。マルタ宰相閣下、すぐに出発なさいますか?」
「出来れば、そうしてもらいたい」
「では、準備が整い次第、中庭にお越しください」
中庭には飛空艇の横に揚陸艦が着陸していた。
レンヌはマルタ宰相とお側回りの五人の騎士を飛空艇に案内し、残りの人員と馬車などは揚陸艦に乗せた。
「ブロッケン殿から聞いておったが、実際に乗ると奇妙な感覚になるものじゃな」
マルタは船の中を見回した。
「それでは、出発致します」
レンヌはマルタたちにお茶を配りながら言った。
「その窓から外の景色が見えます」
既に、 高速移動のために高度を上げていたので、眼下には白壁山脈が見えていた。
空の上から見下ろす山脈は氷と雪で、白く染め上げられていた。
「おお! 凄い景色じゃな」
マルタは初めて見る景色に、ただただ驚いていた。
「素晴らしい景色です」
「妻にも見せてあげたい」
「お前は本当に愛妻家だな」
お側回りの騎士たちも、上空から見下ろす景色の美しさに驚くばかりであった。
「宰相閣下。直接城に行くと騒ぎになると思われますので、帝都の外に着陸致します」
「うむ、レンヌ卿にお任せする」
マルタは外の景色に目を奪われたまま答えた。
やがて、マルタの目に見慣れた帝都が入ってきた。
「もう、着いたのか!」
マルタが驚いて声を上げると、お側回りもそれに続く。
「信じられぬ。さっき、出発したばかりだぞ」
「馬車では二週間もかかったのに、信じられない」
『これは、正に恐るべき事じゃ。これほどの速度で人の移動が出来るのなら対応のしようが無い』
マルタは軍事的な側面で捉えていた。
『ロワール王国のレンヌ伯爵。敵に回せば恐ろしい存在になるであろう』
とても、切れ者には見えないレンヌの顔を想像しながらマルタは思った。
『さて、この男をどう扱って良いものやら?』
レンヌはマルタ宰相に招かれて、帝都に行くことになった。
船から降りたマルタ宰相の一行とレンヌは帝都に入った。
レンヌはマルタ宰相の馬車に同乗していた。馬車は、そのまま城に入る。
城の応接室に通されたレンヌは落ち着かなかった。何もかもがロワール王国と規模が違った。城の大きさも人の数も段違いだった。
ソファーに座っていると、扉が開き外にいた従者から声がかかる。
「王様がお着きになりました」
レンヌは立ち上がってドアの方を見た。
ドンガ帝がマルタ宰相を引き連れて部屋に入ってきた。レンヌはロワール王国の貴族の所作に基づき、胸に手を当て片膝を下ろした。
「よい、堅苦しいのは抜きだ。座っておれ」
ドンガ帝が太い声で言う。隣のマルタ宰相も頷いた。
レンヌの前にある一人掛けの豪華なソファーに帝王が、ドカリと腰を下ろした。マルタ宰相はレンヌの右手に座った。
お茶が新しく淹れ直された。
「おう、遠慮せずに飲め」
凡そ王にある者の言葉使いでは無かった。
レンヌはゴランと話しているような気がした。
「ウチの宰相をわざわざ送ってくれたそうだな。礼を言うぞ」
「はっ! ありがたきお言葉を頂戴致し、恐縮です」
「レンヌ卿」
呼ばれてレンヌはドンガ帝を見た。そして、いったい何を言われるのかと身構えた。
「その空飛ぶ魔道具に、俺も乗せてくれ」
『やれやれ、言うと思った』
そんな顔をしているマルタが軽く頷く。
「陛下のご随意のままに」
「そうか! なら今行こう」
マルタは又かという顔をし、レンヌは良いのかという顔でマルタを見た。
「それなら、某もお供しましょう」と言うマルタ宰相の提案は拒否された。
「いや、爺は来なくていい。(王)妃を連れて行く」
帝王にそう言われたら宰相は従うしかない。
「レンヌ卿、頼んでも良いか?」
「お任せください」
レンヌの返事に老宰相は静かに頭を垂れた。
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