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報告会

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 二人の様子を見ていたゴランは思った。
『やっぱり、そうなるよな』
 しかし、このまま黙っていては、いつまで経っても帰れない。
「グランドマスターに、お願いがあります」
 その言葉で、固まっていた二人が再起動した。

「何だ? お願いって」
「実は、レンヌにスタンピードの報奨金を払ったら支部の金庫が空になりまして」
「そりゃあ、仕方ないな。二十万人が住む都市を無傷で救ったんだから」
 二十万人の領民が住む場所を再建しようと思ったら、とんでもない金額になる事は誰にでも分かる。
 ドリアンはライオスを見た。ライオスは頷く。
「わかった。本部から相当の金額を補填する」
「ありがとうございます」ゴランは思いっきりの笑顔を見せた。


 
 ロワール王国軍魔術師団長アイリーンが王都に戻ってきた翌日に、スタンピードの報告会が開かれた。場所は王城にある大広間だ。舞踏会や祝宴会が開かれるほどの広さがある。出席者は国王と王太子、それに国の重臣と有力貴族だ。
 王妃と王女には刺激が強いとの理由で、出席は見合わせられた。王妃はまだしも、第一王女は十八歳で第二王女は十六歳である。若い娘に凶悪な魔物を見せるのは可哀想だと王妃が反対した。

 警備の者を入れると二百人を超える者が広間に集結している。その広間にはレンヌが用意した巨大な白い垂れ幕が掛けてあった。進行を担当するブロッケン宰相が報告会の開始を宣言し、レンヌがスタンピードの映像と音声を流す。

 白壁山脈の前に広がる森と草原。それを埋め尽くす魔物が映ると、広間に動揺と悲鳴が広がる。静止衛星とドローンが撮影した画像をアルテミス1が編集したものだ。上空から撮ったものや魔物のズームアップまで巧みに編集して、見る者の恐怖心を煽っていた。
 スクリーンに映る動画を見たレンヌは、あまりの迫力に驚き内心で呟く。
『アルテミス1、やり過ぎだ!』

 時間は進み、スクリーン代わりの垂れ幕に、とつぜん二条の光の束が現れた。それは、何も無い場所から唐突に出現したので、見る者は先ずその事に驚かされた。続いて、光の束が左右に動き、魔物大群を飲み込んでいく様子が映し出され、一斉に歓声が上がった。だが、その次の画面を見て凍りつく。魔物と一緒に、聳え立つ白壁山脈の一部が消えて無くなったのだ。

「正に、論より証拠だな」と国王は呟き、横に座る王太子を見た。
「恐るべき能力だと思います。王国軍を総動員しても敵わないでしょう」
「宰相、あの者をどう扱う気じゃ?」
「トリニスタン地方、三十万の民を救った英雄です。然るべき報奨が必要でしょう」
「とりあえず、貴族にして国に縛り付けるか。他国に取られる訳にはいかん。後は領地だな、宰相」
「男爵位でよろしいですか?」
「いや、それでは王国に忠誠を誓うまい、伯爵が良かろう。領地についてはお前に任せる」
「御意」

 国王が退出して宰相が閉会を宣言したので、報告会はお開きになった。レンヌは宰相に呼ばれ、三日後の昼過ぎに王城に来るように言われた。
 レンヌは垂れ幕を持って帰るのが面倒になり、王国に寄付すると宰相に申し出た。宰相は苦笑しながらも了承する。

 その日の晩餐は、戻ってきたアイリーンの慰労を兼ねたもので豪華な食事が用意された。昼間に映像を見たアイリーンはレンヌに色々と質問したが、レンヌは答えの全てをスキルと魔道具で押し通した。最後にと前置きをして、アイリーンが小声で尋ねてきた。

「レンヌさん。貴方の周囲にいる、見えない物も魔道具なのかしら?」
 レンヌは思わず顔色を変えた。
「どうして、わかったんですか?」
「やっぱり居るのね」と言われて、レンヌは鎌掛に引っかかったと気づいた。
「見える訳じゃないけど感じるのよ。私は空間魔法が使えるので自分の周囲の空間に異物が有ると察知できるの」

『凄い。魔法はそんな事もできるのか!』
 レンヌは、魔法の力に改めて驚いた。見せて欲しいと強請るアイリーンに、後でならと伝えた。子供たちの前でアストロンのステルスを解除したくなかった。大喜びで玩具にする事が想像できたからだ。

 翌朝早くに、ブロッケンは自分の執務室に関係する各長官を集めた。そして、レンヌに下賜する領地の選定に入った。ブロッケン宰相と法務院長官、それに国土院長官と領地管理院長官である。王家の直轄領を管理するのは国土院で、領地管理院は貴族の領地を管理している。

「国王より領地選定における全権を賜った」と宰相が口火を切った。それを聞いた三人は意見を控えて宰相の発言を待つ。ブロッケンは卓上に王国の全土図を広げた。
「現状、我が国には空いている領地が無いので王家の直轄領から探すしかないと思う」
「空いている領地は無くても、空き地はありますよ」
 ブロッケンの言葉に対して、領地管理院長官はそう言った。

「それは?」ブロッケンは領地管理長官に聞いた。
「白壁山脈の南端です。広大な更地が出来たじゃないですか?」
「元々山脈だった場所ですから、下賜しても文句を言う者はおりますまい」
 国土院長感が意見を言うと領地管理院長官も言う。
「誰の利権も絡んでいない場所ですし、都合がいいと思います」
 ブロッケンは三人の長官の意見を尊重した。
「分かった。その線で国王陛下にお伺いを立てよう」

 その日の午後。
 エイベル公爵の屋敷を訪ねる者がいた。面会の先触れも無く現れた者にエイベルはすぐさま会った。それは、エイベル公爵の派閥の幹部である領地管理院の副長官だった。
「何だと! あの土地を下賜すると言うのか?」
「はい、その前提で領地の線引を調査するように長官から指示がありました」
「それで、どの位を奴に与えるつもりなんだ? 長官は」

「更地になった場所の全てです」
「馬鹿な! どの位の面積だと思ってるんだ」
「大まかな測量ですが幅は10キロ、長さは100キロになります」
「トリニスタンの領都が五十個は入る大きさじゃないか」

 領都「トリニスタン」の外壁は南北に5キロ、東西に4キロである。件の空き地の面積はトリニスタン地方の数倍に匹敵した。しかも、トリニスタン領に隣接している場所だ。トリニスタン辺境伯爵の領地より、更に南西に位置している。ミュウレ帝国との国境になる位置なので、実質の辺境はレンヌの領地になる。

「もし、奴がこれ以上の功績を上げたら、辺境伯爵の爵位は奴のものになる恐れがある。早めに手を打たねばなるまい」
「宰相が奴に領地の確認をするのは何時だ?」
「三日後と聞いております」
「わかった。報告、ご苦労だった」

 エイベルが鈴を激しく鳴らすと、扉が開き執事が入って来た。
「お客様をお見送りしろ。それから、他の者を呼べ」
 執事が副長官と一緒に部屋を出た直後に、別の執事が部屋に入ってきた。
「お呼びでございますか?」
「ブロッケン宰相閣下に明日の面会を申し入れる。人を遣わせ。時間は向こうの都合でいい」
 エイベルは素早く書面を認めると封蝋を施して執事に渡した。執事は足早に部屋を出ていく。

 夕方に執事が面会予約を取って戻ってきた。エイベルに封書を渡して言う。
「明日の昼過ぎなら空いているそうです」
「ご苦労、下がっていい」
 エイベルは代替え地に自分の領地を差し出しても、領地の場所変えを進言するつもりだった。それほどに、あの場所は利用価値が高いのだ。問題は領地を変える理由だった。宰相を納得させるほどの理由が必要だ。エイベルはひたすら理由を考えた。


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