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皆の将来

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 王都から領都『トリニスタン』に戻ってきたレンヌは、冒険者ギルドに保護してもらっていたエルフの二人を揚陸艦に乗せて里に送った。
 イネスの事を蒸し返されるのを避けたいレンヌは、二人を下ろすと早々に引き上げようとした。

   しかし、いつの間にか乗艦していたアニエスに声をかけられ驚く。
   これが戦艦アルテミスなら許可の無い侵入者の対策として警告が出るのだが、あいにく小型揚陸艦にはその機能が無かった。

「レンヌ様、まだお礼が済んでいませんが?」
「ア、アニエス族長、いつの間に!」
「レンヌ様、アニエスと呼んでください。里の者を三度も救っていただいた貴方はエルフの里の救世主です。族長以上の存在に斉しいのです」
「いや、そんな。族長を呼び捨てになど出来ません」

    些細な抵抗を試みたレンヌだったが、それは虚しく終わった。結局、異常に押しが強いアニエスの圧力に屈したのだ。
「それから、イネスも呼び捨てでお願いしますね」

   驚いてアニエスの顔を凝視するレンヌにアニエスは平然と言った。
「あら!   とうぜんでしょう。族長を呼び捨てにしているのに戦士長に敬称を付けていたら可笑しいでしょう」
「それは、その通りですが」
「なら、イネスと呼んでくださいね。その方があの娘も喜びますから」

「いや、でも」
   と、尚も愚図るレンヌにアニエスが強い口調で言う。
「レンヌ様!」
    レンヌは、一瞬で背筋を伸ばした。
「はい!」

「先ほども言いましたが、レンヌ様はエルフの里の救世主です。言わば、王に斉しい方なのです」
「そんな大袈裟な」
「いえ!   大袈裟ではありません。私どもが成し得なかった同族の救出を何度も果たしてくださいました。レンヌ様には、それだけの力があるということなのです」

    レンヌはアニエスに圧倒されて言葉が出なかった。そんなレンヌに、アニエスは詰め寄った。
「レンヌ様の実力はエルフの里の族長、いえ王と言っても過言ではありません」
   その時、アニエスは閃いた。そして、いつもの悪戯っぽい笑顔を見せる。
『そうね。いっそのこと王になっていただこうかしら。レンヌ様ならこの大陸に散らばるエルフ族を纏めあげられるはずだわ。うん!   我ながら名案ね』
   と、考えている途中でふと思い立つ。

『でも、順番から言えば先ずはこの里の族長よね。それからエルフの王に!?」
    そこまで妄想が進んだ時に、アニエスは気がついた。
『あら!?   そうなると私はレンヌ様の……』
   途端に「ボン!」という音が聞こえてきそうな勢いで、アニエスの顔が真っ赤になった。
   アニエスは押し黙り、レンヌは思い悩む。

『どういう状況なら、イネスさんを自然に呼び捨てる事ができるのだろうか?』
   とレンヌは考えていた。
    こうして、レンヌの苦悩とアニエスの『レンヌ王様計画』は続いていくのだった。

   その夜。レンヌの為に、エルフの里をあげての盛大な宴が催された。宴に参加する前に、レンヌは四機のアストロンを上空で待機させた。
   アニエスの尽力で、宴前にイネスとのわだかまりも解消できたレンヌは心から安堵して宴に参加できた。

 その宴で、レンヌの両隣には左手側に族長のアニエス、右手側に戦士長のイネスが座った。エルフの里の宴は、大きな焚き火を取り囲むように地面に敷物を敷いて直に座る。ローテーブルはあるが椅子は存在しない。そのために互いの距離感が近く、レンヌの体に触れるほどの近さで二人は座っていた。

 宴が進み、飲めぬ酒を飲まされてレンヌは酔っていた。アニエスとイネスが盛んに酒を勧めて来るのだ。とうぜん返杯するので二人も酔っていた。ところが、飲みすぎたのか、イネスが少しふらついた。
   右からイネスの肩が触れると、レンヌは反射的に左に動く。その結果、レンヌの左腕は、大きく横にはみ出たアニエスの巨大な丘に触れた。マシュマロの柔らかさとゴムのような弾力があった。

 「まあ!」と言って、顔を赤らめるアニエスと「うわっ!」と叫んで青くなるレンヌ。それを、横から怪訝な顔で覗くイネス。という妙な構図のまま夜は更けていった。
『頑張れ!    俺の心臓』
   と叫びたいレンヌであった。

 翌朝レンヌは、アニエスとイネスの三人で朝食を摂った。朝食の間中、アニエスが珍しく無言だったので、レンヌとイネスは不思議に思った。
   ときおりレンヌを見ては視線を彷徨わすアニエスを見て、イネスは思い当たる事があった。それは、つい最近までの自分、レンヌの顔をまともに見れない自分の姿だった。

「アニエス! まさか、貴方も?」
 驚きと戸惑いがイネスの心の中で交錯する。でも、口にする事ができない思いで、自然にイネスの口も重くなった。

 妙に重苦しい空気が漂う中で、唯一レンヌだけがのんびりと食事を楽しんでいた。ストラスブール星に居た頃はこれほど鈍感ではなかったのだが、よほどこの場所の空気が合うのだろう。エルフの里に来るとレンヌの気は緩みやすかった。


「艦長、空気が読めてないですよ」
   とアルテミス1にインカムで指摘されても、察する事ができないレンヌだった。
   最後まで場の空気が読めないまま、レンヌはエルフの里を後にした。



   久しぶりに拠点に戻ったレンヌは、子供たちと話し合うことにした。
   レンヌが留守にしていた間に十人の子供たちには序列が出来ていた。最年長のステラが全員の面倒を見て仕切っていたのだ。 ゴダールに捕らえられていた子供たちの中で、最年長の12歳であるゼナがステラの補助をしていた。
   ゼナは年齢より若く見えるほど、幼さが残る顔をした男の子だ。しかし、アンジュに負けないほど気丈で賢かった。女の子をアンジュが纏め、男の子をゼナが纏めていた。

   レンヌは子供たちを集めた。  
   アルテミス1が工作ロボットに作らせた大食卓と椅子を使って全員が集合した。
   6歳から12歳までの子供たちだ。ジュースやお菓子を出すと気が散ると思い、食卓の上には何も置かなかった。レンヌは子供たちの集中力が続かないと思って、短時間で終わらせるつもりだった。

   レンヌは子供たちの将来を考え、夢や希望があるか全員に尋ねた。
   子供たちの内の何人かは、何かの夢や希望を口にするとレンヌは思っていた。しかし、子供たちの口から出た言葉を聞いてレンヌは愕然とした。

「何もありません」
「何も思っていません」
「なんもない」
   と言う子供たちの中で、ステラは話した。
「夢や希望では、食べていけません。その日の食べ物を得る事だけが望みでした」
    アンジュがステラを捕捉する。
「レンヌさんに会うまでは、食べる事が全ての希望でした」
「唯一の希望が『食べる事』だったと言うのか」
   消え入りそうな声でレンヌは言った。

   レンヌは子供たちに夢や希望の大義を教えた。
 最初に教えたのは、夢や希望を持つ意味だ。
「夢や希望とはお前たちの目標だ。夢や希望を達成させる手段こそが目標なのだ。目標を持つことで人は前に進めるし、生きていく気持ちが強くなる」
 更にレンヌは目標の意義の説明をした。
「目標には二つの意義がある。到達できる小さな目標を持つことで人は目標に集中できる。大きな目標を持つことで生きる活力が湧きでる」
 最後に目標を達成する重要性を説いた。
「小さな目標は一人一人が自分で決めなければならない。しかし、大きな目標は一人で決めずに仲間と一緒に決めてもいい。仲間と助け合う事で一人では不可能に思える目標でも叶える事ができるからだ」

 幼い子供もいるから全てを理解する事は難しいだろうとレンヌは思った。だからこそ、ステラとゼナとアンジュの三人に今の説明が理解できたか問うたのだ。
「大体は理解しました」とはステラの言葉である。
「分からない事はもう一度レンヌさんに聞くよ」とアンジュが言う。
「僕も分からない事は、先ずステラに聞くよ」とゼナは笑いながら言った。

「じゃあ、三人で皆を助けてやってくれ。夢も希望も無い生活など有ってはいけない事だ。皆が人として生きていけるように手助けしてやってほしい。もちろん、お前たち三人は俺が手助けするから、いつでも相談しに来いよ」
「わかりました」
「はい」
「うん」
 三人の元気な返事を聞いて、レンヌは一先ず胸を撫で下ろした。

 いずれ、この十人の子供たちがレンヌの建国を手助けする事を、今のレンヌはまだ知らない。

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