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苦悩するギルドマスター

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「先ずは領主の別邸に捕まっているエルフを救出すべきでしょう」
   アルテミス1の言うことは、確かに優先順位が高い。しかし、それよりも重要な事がある。
「それは、分かっている。問題は領主をどうするかだ」
 レンヌが思い悩んでいるとアルテミス1から更なる提案があった。

「冒険者ギルドに相談したら如何ですか?」
「領主が黒幕だった訳だから、冒険者ギルドは難しい立場になるだろう。大丈夫だろうか?」
「相手が領主だからと言って、艦長は目を瞑りますか?」
「そんな訳無いだろう。見縊るなよ」
 とレンヌは少しだけ怒ってみせたが、自分を奮起させるためのアルテミス1の挑発だと判っていた。

    アルテミス1は、更に言葉を続けた。
「相手が無理を通すのなら、艦長も無理を押し通せばいいのです」
「と、言うと?」
「敵は殲滅するのみです。それがストラスブール星軍魂です。星軍初等科教育で習いませんでしたか?」
『確かに習ったが、その結果が数十年に渡る星間戦争じゃないのか?』
 とレンヌは、小さくため息を漏らした。

 エルフを救出する為には、領主の別邸を破壊する事態も起こり得る。
「先に冒険者ギルドに話を通しておく方がいいだろう」
「館長、同意します
 アルテミス1の賛同を受けたレンヌは、ゴダール奴隷商会から救出したエルフと子供たちを連れて冒険者ギルドに向かった。

 基本的にエルフは人族と関わらないし、王国の保護対象外なので街に入る事ができない。とうぜん冒険者ギルドに現れたエルフを見て動揺が起きた。
「あれはエルフか?」
「美しい!」
「美人ね。羨ましいわ」
「なぜ、ここに?」
 偶々、ギルドに居合わせた冒険者たちは、初めて見たエルフに対し感じた事を正直に口にした。

 エルフたちはそんな言葉を聞いて頬を赤らめている。人族に比べれば容姿に秀でたエルフたちは、同族が全てそうで在るために自分たちの容姿を気にしていなかった。だからこそ、冒険者たちの感想を聞いて恥ずかしくなったのだ。

「ギルドマスターに会いたい」
 レンヌはエマに申し出た。
 エマは、レンヌとその後ろにいるエルフや見知らぬ子供たちの顔を見回して怪訝な顔つきをした。
「少々、お待ち下さい」
『なぜ、街中にエルフがいるの? それにあの子供たちは何?』
 状況が分からないままにエマは、ギルマスの部屋に向かった。生憎、サブマスターのグレイは所用で出かけていた。
 エマは部屋の扉を強く叩いた。
「入れ」

 飛び込むようにギルマスの部屋に入ったエマは早口で言う。
「ギルマス、大変です。至急、一階に来てもらえませんか? レンヌさんがエルフを連れて来ました」
 執務室で机とにらめっこをしていたギルマスのゴランは思わず顔を上げた。
「なんだと!」
 ゴランはエマの顔を一瞥して廊下に飛び出した。ゴランが一階に降りるとレンヌの傍にいるエルフが見えた。

『なぜ、エルフが? いや、そんなことより』
 ゴランは、いち早く思考を整理して優先順位を決めた。
「エマ、レンヌたちを俺の部屋に連れていけ」
 エマに促されてレンヌたちはギルマスの執務室へと移動した。レンヌたちが階段を上りきった後に、辺りを見回したゴランが低い声で言った。

「お前たち、この事は他言無用だ。もし、この噂が広まったら、分かっているだろうな?」
 居合わせた冒険者たちは無言で首を縦に振った。
『道無しのゴラン』
 ゴランが通った後には道さえも無くなる、と言われた元1級冒険者が持つ二つ名だ。冒険者なら知らぬ者はいない恐ろしき存在、冒険者たちの脳から今日の記憶が瞬時に消えたのは言うまでもない。

 ゴランは執務室に入りエマに言う。
「人を使って、隣の会議室から卓と椅子を運ばせろ」
 エマはすぐに部屋を出て準備を始めた。執務室に円卓と椅子が運ばれてきた。子供たちはソファーに座り、大人は円卓に着いた。お茶とお菓子が配膳され、ゴランが口を開く。
「さあ! レンヌ、説明してもらおうか? この執務室は盗聴できないように魔道具で外部から遮音されている。安心して話せ」

 ゴランに言われるまでもなく、レンヌは部屋に入った瞬間にアルテミス1に命じて執務室の調査を終えていた。ただ、ストラスブール王国の科学を持ってしても、この惑星の魔法を解明できていない。それが唯一の不安だった。

「アルテミス1『魔道具』とはなんだ?」
 紅茶のカップで口元を隠してレンヌはアルテミス1に聞いた。
「その項目はデータベースに存在しません。情報収集しますか?」
「やってくれ」
「さて、どこから話しましょうか?」
「最初から話して最後が来たら止めろ」
『身も蓋もない』
 とレンヌは思ったが、とりあえず『迷いの森』の外でゴダールがエルフを襲撃していた所から話し始めた。
 そして、今朝のアンジュの誘拐未遂とゴダールの奴隷商会に行って地下室の独房からエルフと子供を救出した事を話した。
 更に、領主の別邸にまだ囚われているエルフを救出するので冒険者ギルドに迷惑をかけると話した。

 事細かに話し出せばアクションシーン満載のスペクタル映画になるので、レンヌは要点を絞って話したつもりだった。
「そうか?」と一言だけ言ってゴランが黙ってしまったので、レンヌは時間が惜しいと考えてトイレに行く振りをしてアスカに連絡を取った。
「レンヌ殿か?」
「あれ? その声はイネス戦士長ですか?」
「そうだ。大事な通信機だから一介の戦士に持たせている訳にはいかないので、私が保管している」

 イネスの目の前に座ってお茶を飲んでいた族長のアニエスはレンヌに聞こえないように小声で言う。
「レンヌさんの声を聞きたいから持っていたって、正直に言いなさいよ」
「アニエス!」
 通信中だった事を忘れて思わず大きな声を上げたイネスは、慌ててレンヌに謝った。
「すみません、こちらの事です。それで何か御用だったのでしょうか?」
 レンヌは領都の奴隷商会に捕まっていたエルフ族を五名助けた事を報告した。その事はイネスからアニエスに伝わり、アニエスは通信機をイネスから奪い取った。

「レンヌ様、同族をお助けいただき感謝の念に堪えません。それで、今は街にいらっしゃるのですね?」
「そうです、アニエスさん。今日中にエルフの里にお連れします」
「ありがとうございます。できれば、今日はそのまま里にお泊りください」
 と言って一旦言葉を切ったアニエスは、今度はことさら言葉を強調して言った。
「喜ぶ者が、約一名いますので!」
「アニエス!」

 真っ赤な顔をしたイネスが声を荒げる。アニエスは何食わぬ顔をして通信機を切った。
「はい、どうぞ。大切なレンヌさんを、お返しするわ」と言ってイネスに通信機を渡した。「知らない」と言ったままイネスは俯いてしまった。
『ありゃあ! ちょっと、やりすぎたかしら? でも、このくらい押してあげないと内気な従兄弟さんが前に進めないものね』
 アニエスは悪戯っぽく笑って紅茶の続きを楽しんだ。

 トイレから執務室に戻ったレンヌにゴランは自分の考えを伝えた。
「お前のことだから明確な証拠を持っているのだろう。後でいいからそれを見せてくれ。それを見てから全てを決める」
「わかりました。では、明日にでも、改めてここに来ます。今日は子供たちとエルフの皆さんを送らないといけないので」
「エルフたちを送るという意味は分かるが、子供たちをどこに連れて行くつもりだ」
「今朝方、親がいない五人の孤児をスラムから助けたので、私の家で育てるつもりなんです」
「そうか。ところで、お前の家はどこに在るんだ?」
「その件で聞きたい事があったんです。明日来た時に聞いてもいいですか?」
「その件って、家の場所のことか?」
「そうです。詳しい話は明日にでもします」
「分かった。明日の朝一で来られるか?」
 今日はエルフの里に泊まる事を思い出したレンヌは言った。
「早朝は無理ですが、なるべく早く来ます」
「わかった。それじゃあ、明日も頼むぞ」
 了解です、と言ってレンヌは、全員引き連れて冒険者ギルドを後にした。



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