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黒幕
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「どうかなさいましたか?」
ゴダールに言われてレンヌは意識を戻した。
「奴隷の話だったな」
「はい、興味をお持ちなら」
「是非とも見せてもらおう」
「お時間はございますか?」
大丈夫だとレンヌが答えるとゴダールは席を立ち案内を始めた。
応接室を出て廊下を進む。最初の扉の前にゴダールが立ち鍵を開けると、付き添っていた二人の従業員が頑丈そうな扉を開いた。再びゴダールを先頭に長い廊下を進む。レンヌが続いて歩き、二人の従業員が後に続く
大きな木製の格子窓から中が見える。いずれも男性奴隷ばかりだ。屈強な獣人だけの部屋があれば、平凡な体格をした人族ばかりの部屋もある。
部屋の前を通る度にゴダールが説明する。
「これは戦闘奴隷なので、お値段が少し張ります」
「こちらは読み書きと計算ができるので事務方向きです」
レンヌは、その度に相槌を打って、興味がある振りをした。
「次は女性奴隷です」と言って、ゴダールは二階の階段を上がっていく。一階と同じような部屋が続き、ゆっくりと歩きながらゴダールの説明を聞く。
一通り見終わって、三階に上がる。ゴダールは後ろを振り返ってレンヌに言う。
「ここが最後です。ここからは特別な部屋なので、一般のお客様にはお見せしていません」
三階の部屋には格子窓が無く、代わりに扉に小窓がついていた。ゴダールが小さなツマミを横に滑らせると、小窓から中を窺えるようになっていた。
ゴダールが一部屋ずつ小窓のツマミを動かして、覗くようにレンヌに勧める。
女性奴隷が薄絹だけの格好で椅子に座っていた。
『透き通る胸元が艶かしい、剥き出しの生足が目に毒だ』
とレンヌは思った。
しかし、喧しい声に邪魔されて、ゆっくり観察できない。
「艦長、セクハラです」
「不潔です」
「女性蔑視、女の敵」
あまりの煩さに、レンヌは思わずインカムを外しかけて直前で思いとどまった。
これ以上、アルテミス1の抗議の声を聞くと耳と頭が可笑しくなりそうなので、レンヌはゴダールに告げた。
「ここは、もういい。別のところに連れて行ってくれ」
ゴダールは急に足を止め、レンヌの方をまた振り返った。
「レンヌ様、先ほど申しましたように、奴隷の部屋があるのはここで最後です」
レンヌは口の端を片方だけ上げた。その微笑みはアルテミス1から「嫌らしい」と声がかからないのが不思議なくらいの笑みだった。そして、少し低い声で言った。
「そんなことはないだろう。地下にもあるはずだ。もっと特別な部屋が」
ゴダールの顔色が一瞬だけ変化して、すぐに元に戻る。
「レンヌ様、何の冗談でしょう」
「俺は嘘と冗談は言わない事にしているんだ」
ゴダールは表情を取り繕うが、目付きが険しくなっていることに気づいていない。
『もう一押しで、本性を現しそうだな』とレンヌは察した。
「今まで見た中には、妖精族と子供の奴隷がいなかったようだが?」
「レンヌ様、この国では成人していない十四歳未満の奴隷は禁じられています。ですから、子供の奴隷はここには居ません」
「アルテミス1」
レンヌの小声に対して、すぐに返事がきた。
「壁に映像を出します」
「ゴダール、これを見ろ」
廊下の壁に映像が映し出された。それは、以前ゴダールが見たものと同じだった。
「これは、あの時の魔法!」
映像の中の人物の動きに合わせて、透明化したアストロンのスピーカーから音声が流れる。
「ゴダール。お前は、その者が光魔法を使ったと言うのだな」
「はいそうです、ご領主様」
「光魔法の他にも治療魔法や空中に人の姿を映す魔法も使った、とそう言うのだな?」
「正にその通りでございます」
「信じられんな。そのような魔法など聞いた事が無い。いったい何者なんだ。そのレンヌとやらは?」
「詳しくは分かりませんが、明日にでも私の商会に呼び出すつもりです。お望みなら、その時に捕らえましょうか? 従属魔法を使えば言いなりですから」
「そうだな。そういう駒があってもいいな」
「では、辺境伯爵様の別邸で、飼われている妖精族と一緒にでもしますか?」
「うむ、いま飼っているエルフと一緒にするのも一興かもしれんな」
「では、そのように手配します。つきましては高位の闇魔法使いをお貸しくださいませんか? あれほどの魔法使いだと私の従属魔法では、ちと心細いので」
「なら、ヒューバットを遣わそう」
「ありがたき幸せ」
映像が止まり、声が聞こえなくなった瞬間にゴダールが叫んだ。
「やれ!」
付き添っていた二人の従業員がレンヌに飛びかかった。しかし、レンヌに触れる事はできない。
「どうなってるんだ?」
ゴダールが叫び、従業員に扮した屈強な二人の男が再度つかみかかる。だが、レンヌの傍に近寄る事はできなかった。四機のアストロンのレーザーが空中から飛び出したからだ。男たちはその場に倒れ、ゴダールは腰から落ちた。
「また、あの時と一緒だ。だが、今度はそう上手くいかんぞ」
言いながらゴダールは懐に右手を入れた。たちまちに扉が開き、大勢の男たちがレンヌたちの所に雪崩込んできた。
「ヒューバットさん、お願いします」
「承知した」
と言って、黒い服と黒のローブを着た男が前に出て杖を翳した。
「…………」
そして、呟き始めた。声が小さくてよく聞き取れないが、たぶん会話の中にあった闇魔法だろうとレンヌは推測した。
果たして、それは『従属魔法』の詠唱だった。
しかし、事前に判っていれば魔法は怖くない。高位の魔法ほど詠唱に時間がかかるからだ。
アルテミス1はレンヌの命令で魔法の情報を集めていた。十機の小型ドローンを追加して合計十四機のドローンが、ステルス状態で領都を飛び回った。高性能の集音マイクと超小型の電荷集合光学カメラを駆使して「魔法」のキーワードを求めて情報を集め回った。
その過程において領主の館付近で「魔法」のキーワードを集音したのだ。その情報はすぐにアルテミス1に送信され、小型ドローンへとフィードバックされた。小型ドローンはすぐさま録画と録音を開始して、集めた情報をデータベースに送信した。
ヒューバットの詠唱はアストロンの攻撃により中断された。レンヌも最弱に設定したパラライザーを使って応戦する。瞬く間に、男たちは気絶して床に倒れた。それを見たゴダールは失神してしまった。
レンヌは商会の建物の外に出て小型ドローンからたくさんの手錠とロープを受け取った。元の場所に戻り、全員に手錠をかけてからゴダール以外の者をロープで数珠繋ぎにした。その後、後ろで手錠をかけたゴダールの尻を熱戦ブラスターで撃った。
「うあっちち!」と叫んでゴダールは起きた。そして、自分の前に立つレンヌを見て首を竦め、後ろ手になった自分の状況を知った。
「レンヌ様! お許しください。もう二度と、貴方様に逆らわないと誓います」
レンヌは白けた目でゴダールを見下ろした。
「それを、俺に信じろと言うのか? お前はこれで二回も俺を襲ったのだぞ」
ゴダールは衝撃を受けたような顔をして言い直した。
「レンヌ様、もう三度と逆らいません」
レンヌは呆れて力が抜けた為に、膝から落ちそうになったのを懸命に堪えた。
「とりあえず、お前は生き証人だから殺さない」
とゴダールに言ったあと、その場の全員に告げた。
「これから俺はこの場を離れるが、下手に動けば魔法が発動して体に穴が増えるぞ」
と脅した。そして、アルテミス1に指示して、小型ドローンで全員を見張らせた。
それから、すっかり諦めたゴダールから地下室の鍵を受け取り、確認のために地下に向かった。ゴダールと領主の会話から、地下の独房にエルフと子供が囚われている事は分かっていた。
地下室の扉を鍵で開けて、中に入る。真っ暗な廊下をアストロンがライトで照らした。そこには鉄の扉が並んでいた。一つずつ鍵で開けるのは面倒だと思ったレンヌは、全ての扉の鍵をアストロンのレーザーで壊した。それから、五人のエルフと五人の子供を助け出した。
レンヌはエルフ達と子供たちの健康状態をゴーグルでスキャンして調べた。そして、異常が無い事を確認したあと、宙を見上げて呟いた。
「さて! この後、どうしたものかな?」
ゴダールに言われてレンヌは意識を戻した。
「奴隷の話だったな」
「はい、興味をお持ちなら」
「是非とも見せてもらおう」
「お時間はございますか?」
大丈夫だとレンヌが答えるとゴダールは席を立ち案内を始めた。
応接室を出て廊下を進む。最初の扉の前にゴダールが立ち鍵を開けると、付き添っていた二人の従業員が頑丈そうな扉を開いた。再びゴダールを先頭に長い廊下を進む。レンヌが続いて歩き、二人の従業員が後に続く
大きな木製の格子窓から中が見える。いずれも男性奴隷ばかりだ。屈強な獣人だけの部屋があれば、平凡な体格をした人族ばかりの部屋もある。
部屋の前を通る度にゴダールが説明する。
「これは戦闘奴隷なので、お値段が少し張ります」
「こちらは読み書きと計算ができるので事務方向きです」
レンヌは、その度に相槌を打って、興味がある振りをした。
「次は女性奴隷です」と言って、ゴダールは二階の階段を上がっていく。一階と同じような部屋が続き、ゆっくりと歩きながらゴダールの説明を聞く。
一通り見終わって、三階に上がる。ゴダールは後ろを振り返ってレンヌに言う。
「ここが最後です。ここからは特別な部屋なので、一般のお客様にはお見せしていません」
三階の部屋には格子窓が無く、代わりに扉に小窓がついていた。ゴダールが小さなツマミを横に滑らせると、小窓から中を窺えるようになっていた。
ゴダールが一部屋ずつ小窓のツマミを動かして、覗くようにレンヌに勧める。
女性奴隷が薄絹だけの格好で椅子に座っていた。
『透き通る胸元が艶かしい、剥き出しの生足が目に毒だ』
とレンヌは思った。
しかし、喧しい声に邪魔されて、ゆっくり観察できない。
「艦長、セクハラです」
「不潔です」
「女性蔑視、女の敵」
あまりの煩さに、レンヌは思わずインカムを外しかけて直前で思いとどまった。
これ以上、アルテミス1の抗議の声を聞くと耳と頭が可笑しくなりそうなので、レンヌはゴダールに告げた。
「ここは、もういい。別のところに連れて行ってくれ」
ゴダールは急に足を止め、レンヌの方をまた振り返った。
「レンヌ様、先ほど申しましたように、奴隷の部屋があるのはここで最後です」
レンヌは口の端を片方だけ上げた。その微笑みはアルテミス1から「嫌らしい」と声がかからないのが不思議なくらいの笑みだった。そして、少し低い声で言った。
「そんなことはないだろう。地下にもあるはずだ。もっと特別な部屋が」
ゴダールの顔色が一瞬だけ変化して、すぐに元に戻る。
「レンヌ様、何の冗談でしょう」
「俺は嘘と冗談は言わない事にしているんだ」
ゴダールは表情を取り繕うが、目付きが険しくなっていることに気づいていない。
『もう一押しで、本性を現しそうだな』とレンヌは察した。
「今まで見た中には、妖精族と子供の奴隷がいなかったようだが?」
「レンヌ様、この国では成人していない十四歳未満の奴隷は禁じられています。ですから、子供の奴隷はここには居ません」
「アルテミス1」
レンヌの小声に対して、すぐに返事がきた。
「壁に映像を出します」
「ゴダール、これを見ろ」
廊下の壁に映像が映し出された。それは、以前ゴダールが見たものと同じだった。
「これは、あの時の魔法!」
映像の中の人物の動きに合わせて、透明化したアストロンのスピーカーから音声が流れる。
「ゴダール。お前は、その者が光魔法を使ったと言うのだな」
「はいそうです、ご領主様」
「光魔法の他にも治療魔法や空中に人の姿を映す魔法も使った、とそう言うのだな?」
「正にその通りでございます」
「信じられんな。そのような魔法など聞いた事が無い。いったい何者なんだ。そのレンヌとやらは?」
「詳しくは分かりませんが、明日にでも私の商会に呼び出すつもりです。お望みなら、その時に捕らえましょうか? 従属魔法を使えば言いなりですから」
「そうだな。そういう駒があってもいいな」
「では、辺境伯爵様の別邸で、飼われている妖精族と一緒にでもしますか?」
「うむ、いま飼っているエルフと一緒にするのも一興かもしれんな」
「では、そのように手配します。つきましては高位の闇魔法使いをお貸しくださいませんか? あれほどの魔法使いだと私の従属魔法では、ちと心細いので」
「なら、ヒューバットを遣わそう」
「ありがたき幸せ」
映像が止まり、声が聞こえなくなった瞬間にゴダールが叫んだ。
「やれ!」
付き添っていた二人の従業員がレンヌに飛びかかった。しかし、レンヌに触れる事はできない。
「どうなってるんだ?」
ゴダールが叫び、従業員に扮した屈強な二人の男が再度つかみかかる。だが、レンヌの傍に近寄る事はできなかった。四機のアストロンのレーザーが空中から飛び出したからだ。男たちはその場に倒れ、ゴダールは腰から落ちた。
「また、あの時と一緒だ。だが、今度はそう上手くいかんぞ」
言いながらゴダールは懐に右手を入れた。たちまちに扉が開き、大勢の男たちがレンヌたちの所に雪崩込んできた。
「ヒューバットさん、お願いします」
「承知した」
と言って、黒い服と黒のローブを着た男が前に出て杖を翳した。
「…………」
そして、呟き始めた。声が小さくてよく聞き取れないが、たぶん会話の中にあった闇魔法だろうとレンヌは推測した。
果たして、それは『従属魔法』の詠唱だった。
しかし、事前に判っていれば魔法は怖くない。高位の魔法ほど詠唱に時間がかかるからだ。
アルテミス1はレンヌの命令で魔法の情報を集めていた。十機の小型ドローンを追加して合計十四機のドローンが、ステルス状態で領都を飛び回った。高性能の集音マイクと超小型の電荷集合光学カメラを駆使して「魔法」のキーワードを求めて情報を集め回った。
その過程において領主の館付近で「魔法」のキーワードを集音したのだ。その情報はすぐにアルテミス1に送信され、小型ドローンへとフィードバックされた。小型ドローンはすぐさま録画と録音を開始して、集めた情報をデータベースに送信した。
ヒューバットの詠唱はアストロンの攻撃により中断された。レンヌも最弱に設定したパラライザーを使って応戦する。瞬く間に、男たちは気絶して床に倒れた。それを見たゴダールは失神してしまった。
レンヌは商会の建物の外に出て小型ドローンからたくさんの手錠とロープを受け取った。元の場所に戻り、全員に手錠をかけてからゴダール以外の者をロープで数珠繋ぎにした。その後、後ろで手錠をかけたゴダールの尻を熱戦ブラスターで撃った。
「うあっちち!」と叫んでゴダールは起きた。そして、自分の前に立つレンヌを見て首を竦め、後ろ手になった自分の状況を知った。
「レンヌ様! お許しください。もう二度と、貴方様に逆らわないと誓います」
レンヌは白けた目でゴダールを見下ろした。
「それを、俺に信じろと言うのか? お前はこれで二回も俺を襲ったのだぞ」
ゴダールは衝撃を受けたような顔をして言い直した。
「レンヌ様、もう三度と逆らいません」
レンヌは呆れて力が抜けた為に、膝から落ちそうになったのを懸命に堪えた。
「とりあえず、お前は生き証人だから殺さない」
とゴダールに言ったあと、その場の全員に告げた。
「これから俺はこの場を離れるが、下手に動けば魔法が発動して体に穴が増えるぞ」
と脅した。そして、アルテミス1に指示して、小型ドローンで全員を見張らせた。
それから、すっかり諦めたゴダールから地下室の鍵を受け取り、確認のために地下に向かった。ゴダールと領主の会話から、地下の独房にエルフと子供が囚われている事は分かっていた。
地下室の扉を鍵で開けて、中に入る。真っ暗な廊下をアストロンがライトで照らした。そこには鉄の扉が並んでいた。一つずつ鍵で開けるのは面倒だと思ったレンヌは、全ての扉の鍵をアストロンのレーザーで壊した。それから、五人のエルフと五人の子供を助け出した。
レンヌはエルフ達と子供たちの健康状態をゴーグルでスキャンして調べた。そして、異常が無い事を確認したあと、宙を見上げて呟いた。
「さて! この後、どうしたものかな?」
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