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領都の孤児

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  その場所は東門と反対にある西門の側だった。
「かなり臭いな、ここは」
「汚水処理場があるから下水が全部集まってくるの。あと油脂工房や皮鞣し工房があるから獣脂の臭いが酷いの」
『それで、一般人が住まないからスラム化しているのか』とレンヌは内心で呟いた。
   そこは壊れかけた、雨を避けるだけの場所だった。壁は穴だらけで、寒さをしのげるとは思えないものだった。

「みんな、いる?」
「アンジュ、お帰り」
   中から子供が四人出てきた。
「このおじさん。あっ!   違った。この人はレンヌさんだよ。みんなにご飯を食べさせてくれるって」
「ほんとなの、アンジュ」
「お腹空いたよ」
「ご飯食べたい」
「アンジュ、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。私は二度も助けてもらったもん」
『最後に発言した女の子は、少し年齢が高いようだ。その分だけ警戒心が強いのだろう』
 子供たちを見回して、レンヌはそう思った。
「安心していい」そう言ってレンヌは冒険者カードを見せる。
「すごい銀色の冒険者カードだ」
「本物なの?」
「冒険者さんだ」
「ご飯早く」

「先ずはご飯に行くぞ」
   五人の子供を連れてレンヌは屋台街に向かった。子供たちがあまりにも汚れていたので店には入れないと判断したのだ。
    屋台街に着いて、好きな物を腹いっぱい食べさせた。アンジュだけは先に食べていたので小さな子の世話をしていた。
   レンヌは子供たちが食事に夢中になっている間にアルテミス1に連絡を入れた。

「アルテミス1、この星の子供たちを保護した。今後の行動指針を助言してくれ」
「現状から推測すれば、この街の住人では子供たちを守れないので艦長の庇護下に置くべきです」
「つまり。俺に子育てしろ、と?」
「保護した以上は、最後まで面倒を見る義務があります」
「そうなると衣食住が必要だな。拠点に連れて行くか?」
「拠点の内装は既に完成しているので生活できますが、艦長はその子達を成人するまで育てるつもりですか?」
「そうなるだろうな」

「そうすると、ストラスブール星への帰還は諦めるのですか?」
「いや、もしも帰還できる状況になった時に、この子達が成人していない場合はストラスブール星に連れて行くつもりだ」
「王国法に触れる可能性が有りますが?」
「その時は帰還を諦めて、ここで王様でも目指すよ。はっはっは」
「艦長! そのお考え、よく理解しました。艦長の夢を叶えるために不肖、このアルテミス1は力の限り尽力します」
『不肖って! 何かへんな映画でも見たの? 最近、特に可怪しいよね? 君は』
 と思っても口には出さないレンヌだった。
「えっ! 別に今すぐ王様になるわけじゃないからね」
「艦長、わかっています。一国一城の主ですね」
『なんか、アルテミス1が怖い』とレンヌは少しだけ怯えた。

   レンヌはみんなを集めて言った。
「君たち、俺と一緒に暮らさないか?   そしたら、ご飯の心配も誘拐される危険もないぞ」
「行く」
「毎日、ご飯食べたい」
「寒いの嫌」
「レンヌさん、いいの?」とアンジュが聞いてきた。
「もちろんさ。じゃあ、みんな賛成なんだな?」
「賛成」
「賛成です」
「大賛成」
「賛成します」
 
 市場から東門に移動する途中で、レンヌはアルテミス1に連絡を入れた。
「子供たちを全員連れて行くから服を作っておいてくれ」
「了解しました。お任せください」
 レンヌは五人の子供たちの姿をゴーグルでスキャンした。アルテミス1の能力ならスキャンした骨格と肉付きから体重までも推定できる。
 ゴーグルに映った子供たちの姿の周囲に身長とスリーサイズ、それに推定体重が白い文字で表示された。
「あっ! この星の服装に合わせてくれよ」
「えええ! せっかくセンスのいい服を作ろうと思ったのに。この星のダサい服を着せるのですか?」
『AIのくせにユーザーに要望を出すなんて、段々と疑似人格の暴走が増しているようだな。しかし、俺にはAIの調整が出来ないし、放置するしかないのか?』
 この先も、レンヌの苦悩は続くようだ。

 レンヌは子供たちを引き連れて東門を出ると近くの森に向かった。森の中の一部が切り開かれて探査車と揚陸艦の駐車場になっていた。もっとも、二艦とも光学式ステルス装置で透明化しているので見る事はできない。
 子供たちを探査車に乗せて拠点に戻る。車中で子供たちに事情を説明した。まだ、理解できないだろうが、事ある毎に驚かせる訳にはいかない。噛み砕くように、丁寧に説明するしかないのだ。一気に分からせる必要は無い。少しずつ理解させていけばいいとレンヌは考えていた。

 森の中の拠点に着いた。
『一見すると普通の木造家屋だが、森の中に建っている時点で怪しいだろう。しかも、誰の許可も取らずに勝手に建てたものだから、一度冒険者ギルドのエマさんに聞いてみたほうがいいのかも知れない』
 と、レンヌは内心で決めた。

 拠点の中で五人の子供たちを風呂に入れた。風呂に入った事が無いと全員が言うので、一緒に入って風呂の使い方を教えなければならなかった。どのみち、シャンプーやリンスなどが、この惑星に有るとは思えないので、それらの使い方もおせる必要があった。風呂から出たあと、アルテミス1が自動衣服製造機で作った服と肌着に着替えさせた。

 アルテミス1は拠点に工作室を造っていた。以前に許可を出した事を思い出す。調理室と保冷庫に冷蔵庫など必要な物の製造を許可した覚えがあった。
 自動調理機が食事を作り、ロボットが配膳する。子供たちは見慣れない機械に唖然としていたが、食事の匂いに気を取られて深く考える事を放棄した。
「ご飯を食べられて、お風呂に入って、新しい服を着て、安全な所で寝られる。こんな良い生活をさせて貰えるのなら、何が有っても驚かないわ」
 とアンジュが言えば、他の子供たちも激しく同意した。

『随分と強かだな』と関心するが、それに至る経緯を考えると陰鬱になるレンヌだった。
 アンジュがスラムに捨てられて、まだ日が浅いと言っていた。だけど劣悪な環境に置かれていたのは間違いない。捨てられる前から酷い目にあっていたのか、スラムの暮らしで荒んだのかは分からないけど精神的に強くなったようだ。
「みんな、名前を教えてくれ。服に名前を書いておくんだ。そうすれば自分の服とほかの子の服を間違えないからな。ついでに年齢もな」

「アンジュ、十歳」
 銀色の短い髪が少しだけ内側に向いている。手足が細いのは栄養が足りていない証拠だ。捨てられる以前から虐待を受けていたのかも知れない。
「ミルフィーユ、七歳」
くるくる巻き毛の金髪で緑色の瞳が特徴の女の子だ。こんなに可愛い子がスラムに居てよく無事だったなと思った。捨てた親の気持ちが理解できない。
「ステラ、十二歳」
 最年長の女の子で赤い髪と茶色の瞳をしている。常に他の子供の事を気にしているようだ。年長者としての責任感が強いのだろう。他の子よりも痩せていた。ボッツという男の姉だった。
「ボッツ、十歳」
 青い髪が伸び放題になっているので散髪が必要だろう。こちらもかなり痩せている男の子だった。
「カリム、八歳」
 男の子にしては体が小さいので、栄養が足りてないと一目でわかった。栄養のある食事がすぐにでも必要だと思える体をしていた。この子も茶色の髪が伸び放題だった。

「アルテミス1、子供たちの健康を優先した食事を頼む」
 ストラスブール製の技術の粋を集めた、疑似人格を保有する積層式人工知能を搭載した最新型の次世代コンピューターシステムだ。子供教育や健康管理などは問題無くやってくれるだろう。レンヌは全てをアルテミス1に任せる事にした。
「それって、責任放棄ではないですか?」と言う、アルテミス1の声は敢えて無視した。
 ただし、最近のアルテミス1は疑似人格が暴走気味なので、子供たちが悪影響を受けなければいいがと願うレンヌだった。

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