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田中ライコフ

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逃げるのは癪

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 性に奔放な叶真でもめまいのしそうな結論だ。自分が男に抱かれるなど想像しただけで鳥肌が立つ。だが性欲の強い叶真が自慰だけで過ごすのも限界があるだろう。八方塞の状況に叶真の目の前が黒く染まる。
 再び黙り込んでしまった叶真に男が囁きかけた。それは叶真にとって悪魔の囁きだった。
『俺が抱いてやる。一度寝た相手なら気にする必要もないだろう』
「そんな、こと言われてもな……」
 このキョウスケという男ははっきり言ってかなりいけ好かない。自分よりも逞しい身体を持ち、態度も高慢だ。強引な男が好きという人間も一定数いるのは知っていたが、叶真は自分の言うことを素直にきくような人間のほうが好きだった。どちらかと言えばキョウスケは叶真と似ているふしがある。いわゆる同属嫌悪というやつだ。
「あんたさ、よりにもよってなんで俺なんだよ。もっと従順なやつのほうが良くないか?」
 嘆息しながら言うとキョウスケはくぐもった笑い声を出す。
『そんな人間抱いたところでつまらないだろう。……俺はお前が気に入ったんだよ。抱いてやって落ちなかったのはお前が初めてだ』
「……つまり今までお前が調教してきた自称タチは一回抱くと尻尾振って喜んでたと? そんな男のプライドのねぇ奴らと一緒にしてもらいたくねぇな」
『男のプライド、な。少なくともお前の身体は俺に落ちているみたいだが?』
 馬鹿にした物言いにカッと血が昇りそうになるが、叶真はそれをぐっと耐える。少しずつだがこの男との戦い方が分かってきた。挑発的な言動に反応してはいけない。冷静に対処しなくてはキョウスケの独り舞台だ。
 叶真はこの男の誘いをどうするべきか考えた。話すだけで腹の立つ男だ。だがキョウスケの言っている通り、性欲処理の相手としては悪くないかもしれない。少なくとも身体の相性は良さそうだ。他の男に抱かれるのは御免だったが、キョウスケとは一度経験があるぶん心理的にも幾分ましだった。
 それに、と叶真は眉を寄せる。キョウスケからの誘いを断り、逃げたと思われるのも不愉快だ。一度この鼻持ちならない男に一泡吹かせてやらないと腹の虫が治まらない。
 叶真は覚悟を決めた。
「……いいぜ。もう一回お前と寝てやるよ」
 キョウスケのようにわざと煽るような口調でそう言う。叶真には狡猾そうに笑うキョウスケが見えた気がした。
『日にちは明日。時間はあの日の夜と同じ。場所はあの公園の裏手にあるホテルだ』
 決定事項だと言わんばかりに言い切られる。明日とは急だなと思ったがキョウスケとずるずる約束をするよりかはいい。叶真は分かったとだけ返事をすると、電話はそこで切られた。
 何も聞こえなくなった携帯を手に、叶真は今更ながら少し後悔をする。明日またあの男と会う。男に抱かれる。承諾したとはいえ寝込んでしまいそうな案件だ。逃げたくないとは思ったが少し早急過ぎたかもしれない。
「でもやるしかない……よな」
 今から電話を掛けなおしてやっぱり止めるとは言えない。明日の待ち合わせに行かないという手もあるが、それはキョウスケに敗北したという意味になる。折れない男のプライドか、一度掘られた穴か。どちらを守るかと問われれば答えはプライドだろう。
 叶真は覚悟を決め、気合を入れて立ち上がると、自分がまだ下半身を露出した間抜けな格好であると気が付いた。その情けなさに明日は大丈夫かと不安になるが、急いで下着を履きなんとか気持ちを昂らせる。
 シャツに下着と格好が付かない姿であったが、叶真はこのままでは終わらせまいと明日に向けて闘志を燃やすのであった。
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