白薔薇の誓い

田中ライコフ

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勝ち得たもの

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「お前に、それが出来るか」
「私だけでは無理でしょう。私は弱く、ちっぽけだ。ですが私は一人ではありません。フォルティスやデュークがいます」
「主導者が明るみに出たからには、反発する貴族からの妨害もあるだろう。それは茨の道になるぞ」
「構いません。仲間がいれば乗り越えられると、私は信じております」
 握ったフォルティスの手が、更に強く握り返してくる。この手がある限り、アダマスは決して折れたりはしない。そう信じられた。
 厳しい空気を纏っていた王が、それをふっと緩めたのをアダマスは肌で感じる。
それは庭師フォルカが、友であるフォルティスに変わったのとよく似ていた。
「良いだろう、アダマス。好きなようにやってみせよ。隣国行きの件は白紙としよう」
 それはアダマスにとって信じられない、嬉しい言葉だった。
フォルティスと顔を見合わせ、喜ぶアダマスだったが、すぐに異を唱える宰相の声が耳に入る。
「陛下! なにを仰っているのです! 殿下の件は隣国にも通知済み! 隣国からどのような仕打ちをうけるか……!」
「止めても聞かぬ。そもそもアダマスを隣国へ送ることは、私の本意ではない。お前もそれは知っているだろう」
 宰相はそれに押し黙る。
 デュークの言った通り、アダマスは宰相に騙されていたのだ。
「アダマスに王族としての自覚が芽生えぬことを危惧して、あえて辛い責務を与えようとしたのだ。王族として目覚めたのならばそれで良い。それに私も分かっていたのだ。隣国の言いなりになるだけではいけないと」
「ですが陛下! 隣国の武力は我が国を遥かに勝るのですぞ! 殿下一人差し出せばそれを安全に……」
「くどいぞ、宰相。アダマスを隣国へは渡さぬ。それに武力を持っていようと、簡単には攻められまい。我が国を攻撃すれば、豊かな自然も衰退する。そうなれば資源も手に入らなくなるのだ。それはあちらも本意ではあるまい。我が国と隣国のいびつな関係。それを正すのは一筋縄ではいかぬ。だが……我が息子が茨の道を歩むというのだ。父である私が、それを恐れてどうする」
「父上……」
 アダマスは久しぶりに、王を父と呼んだ。
 王とアダマスの視線が交わる。王の瞳には先ほどまでにはない優しさが溢れていた。
「久しぶりにお前の姿を見た。すっかり母に似たな。美しく成長した姿を、母にも見せてやりたかった」
「父上……。父上は、母上を愛しておられたのですか」
 ここでそれを聞くのは、我ながらおかしいとは思った。だが、アダマスはどうしても聞きたかった。
 王はアダマスの質問に笑って答えてみせる。
「もちろんだとも。だが私は……あやつに悪いことをした。この王宮に住まう悪鬼から守る為に、離宮という鳥かごに閉じ込めたのだ。お前にも窮屈なおもいをさせたことだろう。それでもお前はフォルティスという、よき仲間をみつけたのだな」
 王がしっかりと繋がれた二人の手を見る。
 フォルティスはすぐさま頭を垂れた。
「陛下。先ほどは無礼な口をきき、申し訳ありませんでした」
「謝らずとも良い。勇敢な若者よ。お前のおかげで目が覚めたのだ。お前のような男がアダマスの側にいることを、私は嬉しく思う」
「勿体ないお言葉です」
「アダマス」
「はい」
「決して、くじけてはならぬぞ。お前が成さねばならぬことを、成し遂げてみせよ」
 王の言葉がアダマスの胸に響く。
「必ずや、期待に応えられる成果を上げてみせます」
 アダマスの言葉に、王は満足したように頷いた。
「フォルティスへの詰問は、これで終了とする。もう夜も深い。各々、明日に備えて休むと良い」
 王はそう言うと、玉座から腰を上げる。宰相を含めた貴族たちは、親鳥に付きまとう雛のように、王のもとへ駆け寄った。
 残されたアダマスたちは、安堵の息を吐きながら、呆然とそれを見る。
これで本当に終わったのだ。
 アダマスの繋いだ手の向こう側にはフォルティスがいる。悩みの種だった隣国行きの件も白紙に戻った。
 そして、自分を忌み嫌っていると思っていた父と向き合い、一人の男として認められた気もする。
 あまりにも出来すぎていて、とても現実とは思えなかった。
 茫然自失のアダマスに、デュークが声をかける。
「終わりましたな。ご立派でした、王子」
「終わった……終わったのだな」
 声に出して、ようやく少しずつ夢ではないと実感する。
 大切なものを守った。はじめて自分の力で、守ったのだ。
 アダマスは声を上げて感涙した。本当にフォルティスの前では泣いてばかりだなと思ったが、今回の涙は止める気になれなかった。
 この涙は決して悲しいものではないのだから。
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