21 / 43
一時の平穏
しおりを挟む
「フォルティス」
アダマスは久しぶりにその名を声に出した。名を呼んだだけなのに、これからのことを思うと胸が苦しくなる。
アダマスの声に気付いたフォルティスは、弾かれたようにアダマスのほうを向いた。
「アダマス……様」
あたりをきょろきょろと見回しているのは、周囲に誰かいないか、確認しているのだろう。その様子が微笑ましく、アダマスは久しぶりに表情を和らげた。
「大丈夫だ。ここには私とお前しかいない。かしこまらず、普段どおりにしてくれ」
フォルティスはほっとしたのか、軽く息を吐いた。庭師としての、どこか張り付いた雰囲気が緩み、フォルティスという一人の男が顔を覗かせる。
アダマスはその変化が好きだった。
王宮では誰しも仮面を被る。決して本音をさらけ出すことはない。だが目の前にいるフォルティスだけは例外だった。自分に気を許し、対等な友として接してくれる。アダマスにとって、それは喜び以外のなにものでもなかった。
「なんだが久しぶりに話をしに来てくれた気がするな」
フォルティスはそう言いながら、薔薇の木を弄る。アダマスの目には、一人で庭仕事をしているときよりも、少し機嫌が良いように映った。
「……久しぶり、は大げさだろう」
「そうかもしれないが、以前は毎日顔を見せに来ていただろう。しかも日によっては二度、三度も当たり前だった」
確かにその通りだったが、あらためて言われるとなんだか恥ずかしい。アダマスは羞恥を隠そうと唇を尖らせ、口を噤む。
「一人には慣れていたつもりだが、急に顔を見せに来なくなると、さすがに寂しく感じたな。お前にも色々事情があるのだろうが」
アダマスはぎくりとして、フォルティスの顔を窺い見る。
隣国行きのことを言っているのかと思ったが、フォルティスの表情は、変わらず柔らかい。やはりなにも知らされていないのだろう。
アダマスの胸が、ぎゅっと締め付けられる。
少し顔を合わせなかっただけで寂しいと感じてくれたフォルティスに、これから別れを告げなくてはいけない。その理由も、決して自身が納得しているものではなかった。出来ることならば、このままフォルティスの側にいたかった。
告げなくてはと思うほど、心はそれを拒否する。行きたくないという本心が、声を出させようとしなかった。アダマスの身体が小刻みに震える。
「どうした? 具合でも悪いのか? 顔色が悪い」
アダマスの様子がおかしいことに気が付いたのだろう。フォルティスがアダマスに駆け寄った。
「最近顔を見せなかったのは、具合が悪かったからなのか? 無理はするな。今誰か呼んで来よう」
「平気だ……。誰も呼ばなくていい」
「だが顔色が……」
「いいからっ……。今は側にいてくれ……!」
今にも駆け出して行きそうなフォルティスを、アダマスは必死で引き止める。離れないで欲しいとフォルティスのシャツを握り締め、その逞しい胸板に顔をうずくめた。フォルティスの困惑した様子が伝わってきたが、離れることは出来ず、アダマスはそのままフォルティスの体温を感じていた。
「どうしたんだ? 子供みたいなことをして」
離れようとしないことに諦めたのか、やがてフォルティスは幼子をあやすように、アダマスの背をぽんぽんと軽く叩いた。
温かな体温と、背に感じる一定のリズムに、アダマスは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
胸板からおずおずと顔を上げたアダマスは、覚悟を決め、震える唇を開いた。
アダマスは久しぶりにその名を声に出した。名を呼んだだけなのに、これからのことを思うと胸が苦しくなる。
アダマスの声に気付いたフォルティスは、弾かれたようにアダマスのほうを向いた。
「アダマス……様」
あたりをきょろきょろと見回しているのは、周囲に誰かいないか、確認しているのだろう。その様子が微笑ましく、アダマスは久しぶりに表情を和らげた。
「大丈夫だ。ここには私とお前しかいない。かしこまらず、普段どおりにしてくれ」
フォルティスはほっとしたのか、軽く息を吐いた。庭師としての、どこか張り付いた雰囲気が緩み、フォルティスという一人の男が顔を覗かせる。
アダマスはその変化が好きだった。
王宮では誰しも仮面を被る。決して本音をさらけ出すことはない。だが目の前にいるフォルティスだけは例外だった。自分に気を許し、対等な友として接してくれる。アダマスにとって、それは喜び以外のなにものでもなかった。
「なんだが久しぶりに話をしに来てくれた気がするな」
フォルティスはそう言いながら、薔薇の木を弄る。アダマスの目には、一人で庭仕事をしているときよりも、少し機嫌が良いように映った。
「……久しぶり、は大げさだろう」
「そうかもしれないが、以前は毎日顔を見せに来ていただろう。しかも日によっては二度、三度も当たり前だった」
確かにその通りだったが、あらためて言われるとなんだか恥ずかしい。アダマスは羞恥を隠そうと唇を尖らせ、口を噤む。
「一人には慣れていたつもりだが、急に顔を見せに来なくなると、さすがに寂しく感じたな。お前にも色々事情があるのだろうが」
アダマスはぎくりとして、フォルティスの顔を窺い見る。
隣国行きのことを言っているのかと思ったが、フォルティスの表情は、変わらず柔らかい。やはりなにも知らされていないのだろう。
アダマスの胸が、ぎゅっと締め付けられる。
少し顔を合わせなかっただけで寂しいと感じてくれたフォルティスに、これから別れを告げなくてはいけない。その理由も、決して自身が納得しているものではなかった。出来ることならば、このままフォルティスの側にいたかった。
告げなくてはと思うほど、心はそれを拒否する。行きたくないという本心が、声を出させようとしなかった。アダマスの身体が小刻みに震える。
「どうした? 具合でも悪いのか? 顔色が悪い」
アダマスの様子がおかしいことに気が付いたのだろう。フォルティスがアダマスに駆け寄った。
「最近顔を見せなかったのは、具合が悪かったからなのか? 無理はするな。今誰か呼んで来よう」
「平気だ……。誰も呼ばなくていい」
「だが顔色が……」
「いいからっ……。今は側にいてくれ……!」
今にも駆け出して行きそうなフォルティスを、アダマスは必死で引き止める。離れないで欲しいとフォルティスのシャツを握り締め、その逞しい胸板に顔をうずくめた。フォルティスの困惑した様子が伝わってきたが、離れることは出来ず、アダマスはそのままフォルティスの体温を感じていた。
「どうしたんだ? 子供みたいなことをして」
離れようとしないことに諦めたのか、やがてフォルティスは幼子をあやすように、アダマスの背をぽんぽんと軽く叩いた。
温かな体温と、背に感じる一定のリズムに、アダマスは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
胸板からおずおずと顔を上げたアダマスは、覚悟を決め、震える唇を開いた。
10
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
召喚された美人サラリーマンは性欲悪魔兄弟達にイカされる
KUMA
BL
朱刃音碧(あかばねあおい)30歳。
ある有名な大人の玩具の開発部門で、働くサラリーマン。
ある日暇をモテ余す悪魔達に、逆召喚され混乱する余裕もなく悪魔達にセックスされる。
性欲悪魔(8人攻め)×人間
エロいリーマンに悪魔達は釘付け…『お前は俺達のもの。』
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
年上が敷かれるタイプの短編集
あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。
予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です!
全話独立したお話です!
【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】
------------------
新しい短編集を出しました。
詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。
獅子帝の宦官長
ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。
苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。
強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受
R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。
2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました
電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/
紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675
単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております
良かったら獅子帝の世界をお楽しみください
ありがとうございました!
【完結】【R18BL】清らかになるために司祭様に犯されています
ちゃっぷす
BL
司祭の侍者――アコライトである主人公ナスト。かつては捨て子で数々の盗みを働いていた彼は、その罪を清めるために、司祭に犯され続けている。
そんな中、教会に、ある大公令息が訪れた。大公令息はナストが司祭にされていることを知り――!?
※ご注意ください※
※基本的に全キャラ倫理観が欠如してます※
※頭おかしいキャラが複数います※
※主人公貞操観念皆無※
【以下特殊性癖】
※射精管理※尿排泄管理※ペニスリング※媚薬※貞操帯※放尿※おもらし※S字結腸※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる