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アダマスの願い
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「拭っては、くれないのか?」
涙を出し切り、感情の波が落ち着きを取り戻してきたアダマスは、悪戯な笑みを浮かべ、濡れた顔をフォルティスへと近づける。フォルティスは一瞬たじろいでいたが、小さく息を吐くと、ようやく我を取り戻したようだ。
「王族の方の涙を拭うなど、あまりに恐れ多いことです」
「さっきまで肩を支えてくれていただろう。それと何が違うのだ」
「お身体を支えたのは、アダマス様の身を案じてのこと。それは臣下として当然のことでしょう。涙を拭うのは、親しき者の勤め。私にその資格はありません」
「何故だ。お前は私の友。最も親しく、大切な存在だ」
「そのお言葉は身に余る光栄です。ですがアダマス様。私の爵位は剥奪され、今は平民の身。アダマス様の友に相応しくありません」
「身分がなんだというのだ。私はお前が貴族だから友にしたわけではない。お前が、お前という人間だったから、友になったのだ。それは身分が変わっても同じこと」
「アダマス様……」
フォルティスは弱りきったように肩をすくめている。困ってはいるが、嫌がっている素振りはない。
「フォルティス。誰がなんと言おうと、今も昔も、お前は私の友。ようやく再会できたのだ。私は大切な友を二度と失いたくはない」
もう一押しと言わんばかりにアダマスがそう言うと、フォルティスはやれやれと苦笑し、小さな溜め息を吐いた。
「ご自分の考えを曲げないところは、昔から変わっておられないのですね」
「譲れるところは譲るが、誰しも譲れぬものもあるだろう。フォルティスは譲れぬことの一つだ」
この言葉に偽りはないと、アダマスは濃藍色の瞳をみつめてそう告げる。フォルティスはそれでも迷っていたが、やがてぎこちなく、頬に流れた涙の跡を指でなぞった。
「フォルティス……」
「涙はすでに乾いていましたので」
「……乾いたのではない。友であるお前が、拭ってくれたのだ」
アダマスは頬に添えられたままのフォルティスの手に、そっと自分の手を重ねる。ごつごつと骨ばったフォルティスの手は、離れていた時間の流れを感じさせた。
「礼を言う。もう一度私の友になってくれて」
「そのような言葉、恐悦至極に存じます」
「固い言葉を使うな。お前と私は友なのだろう?」
「しかし……」
「二人きりのときだけでいい。他の友と接するときのように、私と接してくれ。私は特別な存在ではなく、お前の友の一人なのだから」
「アダマス様は友の一人ですが、それでも私にとって特別なお方には違いありません」
フォルティスはアダマスの頬からゆっくりと手を離す。アダマスはフォルティスが離れていってしまいそうに感じ、重ねた手をそのまま強く握った。
「ですがアダマス様のご命令であれば、普通に接する努力はしましょう」
「……ではこれは命令だ。二人きりのときは、友として、普段のお前が見たい」
慣れぬ命令に声がわずかに裏返ってしまい、アダマスは羞恥に頬を染める。フォルティスはそんなアダマスを見て、小さな笑い声を上げた。
「わ、笑うな。普段は人に命令などしないから……」
「馬鹿にしているわけじゃない。王子として偉ぶっていない証拠だろう。なんだか可愛いと思っただけだ」
フォルティスを包んでいた空気が柔らかいものと入れ替わったのを感じ、アダマスの胸は温かくなる。これが庭師としてのフォルティスではなく、一人の男としてのフォルティスなのだ。友として、対等な姿を見せてくれたことに思わず感動する。
「なぁ、フォルティス」
「なんだ?」
「私はもう二度と、友を失ったりしないよな? たとえお前がこの場から離れることになっても、お前は変わらず私の友で、その気になれば会うことは出来るよな?」
少年だった友は立派な青年へと成長していた。その間になにがあったか、アダマスは知らない。なにがフォルティスを成長させ、作り上げていったのか。それを見ることは決して出来ないのだ。過ぎ去った時が遡ることは決してないのだから。
だが未来ならある。これから先、フォルティスがどんな道を歩んでいくのか。それを友として見守っていきたい。そして出来なかったことを共にしていきたかった。
「フォルティス、一つだけ約束を交わそう」
「友として、か?」
「そうだ。春になったらこの庭に薔薇が咲くのだろう? 私はその薔薇をお前と見たい。薔薇の前で、お前と昔の思い出を語り合いたいのだ」
昔の離宮を、幼いアダマスを知るものは、フォルティス以外、身近にはいない。思い出は噛み締めるものであって、語り合うものではなかった。だからこそ、アダマスは語り合いたいと思った。互いに幸せだったあのときを、分かち合いたい。
フォルティスはなにも言わず、アダマスに微笑みを向けた。それが返事なのだろう。
「早く咲くといいな」
蕾すらつけていない薔薇に向かって、アダマスはそう言った。願いをこめて言えば早く咲いてくれる気がして、アダマスは心の中でそう強く願う。
「そう、だな」
アダマスから少し遅れて、フォルティスの声がした。低い声音にはわずかに陰りがあったが、願いをこめているアダマスはそれに気付くことはなかった。
涙を出し切り、感情の波が落ち着きを取り戻してきたアダマスは、悪戯な笑みを浮かべ、濡れた顔をフォルティスへと近づける。フォルティスは一瞬たじろいでいたが、小さく息を吐くと、ようやく我を取り戻したようだ。
「王族の方の涙を拭うなど、あまりに恐れ多いことです」
「さっきまで肩を支えてくれていただろう。それと何が違うのだ」
「お身体を支えたのは、アダマス様の身を案じてのこと。それは臣下として当然のことでしょう。涙を拭うのは、親しき者の勤め。私にその資格はありません」
「何故だ。お前は私の友。最も親しく、大切な存在だ」
「そのお言葉は身に余る光栄です。ですがアダマス様。私の爵位は剥奪され、今は平民の身。アダマス様の友に相応しくありません」
「身分がなんだというのだ。私はお前が貴族だから友にしたわけではない。お前が、お前という人間だったから、友になったのだ。それは身分が変わっても同じこと」
「アダマス様……」
フォルティスは弱りきったように肩をすくめている。困ってはいるが、嫌がっている素振りはない。
「フォルティス。誰がなんと言おうと、今も昔も、お前は私の友。ようやく再会できたのだ。私は大切な友を二度と失いたくはない」
もう一押しと言わんばかりにアダマスがそう言うと、フォルティスはやれやれと苦笑し、小さな溜め息を吐いた。
「ご自分の考えを曲げないところは、昔から変わっておられないのですね」
「譲れるところは譲るが、誰しも譲れぬものもあるだろう。フォルティスは譲れぬことの一つだ」
この言葉に偽りはないと、アダマスは濃藍色の瞳をみつめてそう告げる。フォルティスはそれでも迷っていたが、やがてぎこちなく、頬に流れた涙の跡を指でなぞった。
「フォルティス……」
「涙はすでに乾いていましたので」
「……乾いたのではない。友であるお前が、拭ってくれたのだ」
アダマスは頬に添えられたままのフォルティスの手に、そっと自分の手を重ねる。ごつごつと骨ばったフォルティスの手は、離れていた時間の流れを感じさせた。
「礼を言う。もう一度私の友になってくれて」
「そのような言葉、恐悦至極に存じます」
「固い言葉を使うな。お前と私は友なのだろう?」
「しかし……」
「二人きりのときだけでいい。他の友と接するときのように、私と接してくれ。私は特別な存在ではなく、お前の友の一人なのだから」
「アダマス様は友の一人ですが、それでも私にとって特別なお方には違いありません」
フォルティスはアダマスの頬からゆっくりと手を離す。アダマスはフォルティスが離れていってしまいそうに感じ、重ねた手をそのまま強く握った。
「ですがアダマス様のご命令であれば、普通に接する努力はしましょう」
「……ではこれは命令だ。二人きりのときは、友として、普段のお前が見たい」
慣れぬ命令に声がわずかに裏返ってしまい、アダマスは羞恥に頬を染める。フォルティスはそんなアダマスを見て、小さな笑い声を上げた。
「わ、笑うな。普段は人に命令などしないから……」
「馬鹿にしているわけじゃない。王子として偉ぶっていない証拠だろう。なんだか可愛いと思っただけだ」
フォルティスを包んでいた空気が柔らかいものと入れ替わったのを感じ、アダマスの胸は温かくなる。これが庭師としてのフォルティスではなく、一人の男としてのフォルティスなのだ。友として、対等な姿を見せてくれたことに思わず感動する。
「なぁ、フォルティス」
「なんだ?」
「私はもう二度と、友を失ったりしないよな? たとえお前がこの場から離れることになっても、お前は変わらず私の友で、その気になれば会うことは出来るよな?」
少年だった友は立派な青年へと成長していた。その間になにがあったか、アダマスは知らない。なにがフォルティスを成長させ、作り上げていったのか。それを見ることは決して出来ないのだ。過ぎ去った時が遡ることは決してないのだから。
だが未来ならある。これから先、フォルティスがどんな道を歩んでいくのか。それを友として見守っていきたい。そして出来なかったことを共にしていきたかった。
「フォルティス、一つだけ約束を交わそう」
「友として、か?」
「そうだ。春になったらこの庭に薔薇が咲くのだろう? 私はその薔薇をお前と見たい。薔薇の前で、お前と昔の思い出を語り合いたいのだ」
昔の離宮を、幼いアダマスを知るものは、フォルティス以外、身近にはいない。思い出は噛み締めるものであって、語り合うものではなかった。だからこそ、アダマスは語り合いたいと思った。互いに幸せだったあのときを、分かち合いたい。
フォルティスはなにも言わず、アダマスに微笑みを向けた。それが返事なのだろう。
「早く咲くといいな」
蕾すらつけていない薔薇に向かって、アダマスはそう言った。願いをこめて言えば早く咲いてくれる気がして、アダマスは心の中でそう強く願う。
「そう、だな」
アダマスから少し遅れて、フォルティスの声がした。低い声音にはわずかに陰りがあったが、願いをこめているアダマスはそれに気付くことはなかった。
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