白薔薇の誓い

田中ライコフ

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変わり果てた友

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「肉体的な死でないのです。ですが、アダマス様の知っているフォルティスという男は、もうこの世のどこにもおりません」
 フォルティスの言っている意味が分からず、アダマスは縋るような目でフォルティスをみつめる。ようやく再会できた友を、再び失いたくはないと必死だった。
 フォルティスはそんなアダマスの心情を察したのか、苦しげに顔を歪めている。
「アダマス様は私の過去になにがあったか、ご存知でしょう」
 アダマスは言葉を発さぬまま、わずかに目を伏せる。
フォルティスの父が冤罪で処断されたのを知ったのは、処断からだいぶ月日が流れてからのことだった。なんの力もない王子だが、死力を尽くせば救えた可能性もある。もし処断前に知っていたならば、今と違う未来もあったかもしれない。そんな考えがアダマスにはずっとあり、罪悪感を抱かせていた。
「父が死に、身分が剥奪されてから、私たち一族は家名を名乗ることも許されなくなりました。私は嫡男でしたので、生きるためにはフォルティスという名も捨てざるえなかったのです」
「そんな……名まで。お前は一体、どんな過酷な生活を強いられていたんだ」
 アダマスの問いに、フォルティスは答えることなく、濁すよう曖昧な笑みを浮かべる。わざわざアダマスに暗い話は聞かせまいという、フォルティスの優しさだろう。だがアダマスはそれが無性に悲しかった。
 フォルティスはきっと、離宮でぬくぬくと育てられたアダマスには想像もつかない過酷な生活を強いられていた。幼少から青年へと成長しているとはいえ、フォルティスの外見が様変わりしすぎていることが、それを証明している。
 貴族では考えられない、逞しく屈強な肉体。使い込まれた手は分厚く、硬かった。幼い頃は白かった肌も、浅黒く焼けてしまっている。小さなフォルティスは太陽を思わせる少年であったが、今では三日月のような鋭利な冷たさを漂わせていた。
 なにがあれば、人はこんなにも様変わりするのだろうか。フォルティスはその瞳に、どんなものを映して生きてきたのだろう。
「すまない、フォルティス。私がお前の力になっていれば……」
「アダマス様が謝られることはありません。あのとき、アダマス様も私もまだ子供。どうすることもできなかったでしょう」
「しかし……!」
「それにアダマス様は、私の力になってくださいました」
「なにを言う。私が一体なにを……」
「地に這いつくばり、生きることを諦めそうになったとき。私はいつもアダマス様を思い出しておりました。どれほど迫害されても、あなたは清く美しかった。私にとってあなたは光りであり、希望だったのです。アダマス様が深淵に引きずり込まれそうになった私を、いつも救ってくださいました」
「フォルティス……!」
 アダマスはもう、涙を堪えることが出来なかった。
 再会の喜び。なにも出来なかった無力な自分への怒り。フォルティスが、自分を大切に想っていてくれた喜びと、光りとまで言ってくれたフォルティスに恥ずかしさを感じるほど、卑屈に捻じ曲がってしまった自分自身。そんなすべての感情が交差しあい、ぶつかり、涙となってとめどなく溢れ出る。抑えようと試みても、一度決壊した感情の堤防は、そう簡単に涙をせき止めてはくれなかった。
 涙で滲む視界の向こう側で、フォルティスが動揺しているのが見える。涙を流したことも、見たこともあまりないのだろう。様々な苦労を経験しているフォルティスが、自分の涙一つであたふたしている様子は、とてもおかしかった。
 アダマスは涙を流したまま笑った。泣きながら笑うアダマスに、フォルティスはさらに動揺し、アダマスの肩に置いた手を、あてもなくさまよわせていた。
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