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変わり始めていく庭園
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「いくらなんでも無茶だろう! どれだけ時間がかかるか……!」
「確実に陽は暮れてしまうでしょう。ですがご安心ください。アダマス様がお休みになられるまでには必ず。物音で安眠を妨げるようなことは……」
「私はそんなことを気にしているのではない!」
フォルカは連日働きづめだ。見た目には分からないが、疲労は蓄積されているだろう。アダマスはただ、フォルカの身体が心配だった。
「無茶をして身体を壊したらどうする。ここは素直に、誰かの手を借りるべきだ」
必要があれば宮殿に使いを出すことくらい、アダマスにも出来る。
だがフォルカはそれに頷かなかった。
「お心遣い、感謝いたします。ですが私の身体なら平気です。頑丈なのが取り得ですので。それに……」
フォルカは届いたばかりの苗木を確認するように、枝葉に手を伸ばした。
「ここはアダマス様にとって特別な場所。むやみに人を入れることは避けたいのです」
「だからと言ってだな……!」
言いかけて、アダマスは溜め息を漏らした。
フォルカは表情よりも声に感情が出やすい。普段は温和な声音だが、今の声音には頑として譲れない、決意が込められていたように感じた。
「確かにここは私にとっては大切な場所だが、お前がそこまで気にかける必要はなかろうに」
フォルカはそれに返事をすることはなかった。一つ一つ、苗木の状態を確認するのに集中しているようだ。フォルカは意図してアダマスを無視することはないが、一つのことに集中すると周りが見えなくなる節がある。
アダマスはやれやれと肩をすくめると、屋敷の外壁に背を預け、フォルカの作業を見守ることにした。手伝うことは出来ないが、こうやって側にいることで、ときおり休憩を促すことは出来るだろう。
庭仕事を見ているのは別段、楽しいことではなかった。はじめこそ新鮮で目を引かれたが、慣れてしまえば実に地味な作業の繰り返しだ。土嚢や水を運び、土を掘り起こし、植物を植える。花が咲いていれば、花の手入れなども仕事に含まれるだろうが、あいにく届いたばかりの苗木には蕾すらついていない。エメラルドグリーンの葉は目に優しかったが、さすがに花の美しさには勝てず、目を楽しませるものではなかった。
フォルカはそんな地味な作業を、黙々と丁寧にこなしていく。苗木に触れる手は繊細で、まるで恋しい人でも愛でているかのようだ。
そんなフォルカに、アダマスは興味を引かれた。アダマスの特別な場所だから人を入れたくないと言っていたが、本当はこの苗木に想い入れがあり、人に触れさせたくなかったのではないだろうか。それを確認するため、アダマスはゆっくりと苗木に近づき、手を伸ばす。
苗木といっても、それはすっかり成熟しており、きちんと手をかけてやれば、すぐに花を咲かせそうだ。
植物に疎いアダマスは、葉を見ただけでその種類は分からないが、この苗木にはある特徴があった。幹にも枝にも、しっかりとした棘が幾重にもつらなっているのだ。遠目では分からなかったが、葉の側面もギザギザしており、扱うのには少々手が痛みそうだ。
無数の棘のせいで慎重になり、それが愛でているように見えたのかと納得していると、アダマスが苗木に興味を持っていることに気が付いたのか、フォルカは作業の手を休めずに、淡々と語り始めた。
「四季咲きの薔薇です。きちんと手をかけてやれば、冬以外は花をつけてくれるでしょう」
「薔薇といえば春のイメージがあったが、夏や秋にも花を咲かせるのか」
昔、この庭園を咲き乱れていた薔薇はどうだっただろうか。記憶の中の庭園は、いつも薔薇の香りに包まれていた。となれば、昔、花壇を賑わせていたのも、四季咲きの薔薇なのかもしれない。
「花をつけるのが楽しみだな」
庭の変化を恐れていたアダマスにとって、自然と口から零れた言葉は、自分でも驚くものだった。
フォルカならばと信用し、庭のことは一任していたが、やはり心のどこかでは不安だったのかもしれない。この庭に薔薇以外の花が咲き乱れる光景など、アダマスには想像が出来なかった。フォルカが薔薇を選んだことに、アダマスは感激する。
「確実に陽は暮れてしまうでしょう。ですがご安心ください。アダマス様がお休みになられるまでには必ず。物音で安眠を妨げるようなことは……」
「私はそんなことを気にしているのではない!」
フォルカは連日働きづめだ。見た目には分からないが、疲労は蓄積されているだろう。アダマスはただ、フォルカの身体が心配だった。
「無茶をして身体を壊したらどうする。ここは素直に、誰かの手を借りるべきだ」
必要があれば宮殿に使いを出すことくらい、アダマスにも出来る。
だがフォルカはそれに頷かなかった。
「お心遣い、感謝いたします。ですが私の身体なら平気です。頑丈なのが取り得ですので。それに……」
フォルカは届いたばかりの苗木を確認するように、枝葉に手を伸ばした。
「ここはアダマス様にとって特別な場所。むやみに人を入れることは避けたいのです」
「だからと言ってだな……!」
言いかけて、アダマスは溜め息を漏らした。
フォルカは表情よりも声に感情が出やすい。普段は温和な声音だが、今の声音には頑として譲れない、決意が込められていたように感じた。
「確かにここは私にとっては大切な場所だが、お前がそこまで気にかける必要はなかろうに」
フォルカはそれに返事をすることはなかった。一つ一つ、苗木の状態を確認するのに集中しているようだ。フォルカは意図してアダマスを無視することはないが、一つのことに集中すると周りが見えなくなる節がある。
アダマスはやれやれと肩をすくめると、屋敷の外壁に背を預け、フォルカの作業を見守ることにした。手伝うことは出来ないが、こうやって側にいることで、ときおり休憩を促すことは出来るだろう。
庭仕事を見ているのは別段、楽しいことではなかった。はじめこそ新鮮で目を引かれたが、慣れてしまえば実に地味な作業の繰り返しだ。土嚢や水を運び、土を掘り起こし、植物を植える。花が咲いていれば、花の手入れなども仕事に含まれるだろうが、あいにく届いたばかりの苗木には蕾すらついていない。エメラルドグリーンの葉は目に優しかったが、さすがに花の美しさには勝てず、目を楽しませるものではなかった。
フォルカはそんな地味な作業を、黙々と丁寧にこなしていく。苗木に触れる手は繊細で、まるで恋しい人でも愛でているかのようだ。
そんなフォルカに、アダマスは興味を引かれた。アダマスの特別な場所だから人を入れたくないと言っていたが、本当はこの苗木に想い入れがあり、人に触れさせたくなかったのではないだろうか。それを確認するため、アダマスはゆっくりと苗木に近づき、手を伸ばす。
苗木といっても、それはすっかり成熟しており、きちんと手をかけてやれば、すぐに花を咲かせそうだ。
植物に疎いアダマスは、葉を見ただけでその種類は分からないが、この苗木にはある特徴があった。幹にも枝にも、しっかりとした棘が幾重にもつらなっているのだ。遠目では分からなかったが、葉の側面もギザギザしており、扱うのには少々手が痛みそうだ。
無数の棘のせいで慎重になり、それが愛でているように見えたのかと納得していると、アダマスが苗木に興味を持っていることに気が付いたのか、フォルカは作業の手を休めずに、淡々と語り始めた。
「四季咲きの薔薇です。きちんと手をかけてやれば、冬以外は花をつけてくれるでしょう」
「薔薇といえば春のイメージがあったが、夏や秋にも花を咲かせるのか」
昔、この庭園を咲き乱れていた薔薇はどうだっただろうか。記憶の中の庭園は、いつも薔薇の香りに包まれていた。となれば、昔、花壇を賑わせていたのも、四季咲きの薔薇なのかもしれない。
「花をつけるのが楽しみだな」
庭の変化を恐れていたアダマスにとって、自然と口から零れた言葉は、自分でも驚くものだった。
フォルカならばと信用し、庭のことは一任していたが、やはり心のどこかでは不安だったのかもしれない。この庭に薔薇以外の花が咲き乱れる光景など、アダマスには想像が出来なかった。フォルカが薔薇を選んだことに、アダマスは感激する。
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