白薔薇の誓い

田中ライコフ

文字の大きさ
上 下
10 / 43

暖かな日々

しおりを挟む
 それからというもの、フォルカにたいするアダマスの態度は目に見えて軟化した。
 アダマス自身はなにも変えていないつもりだったが、部屋にこもらず、庭へよく降りるようになったのは誰の目にも明らかだ。
 互いの立場を考え、二人で話をすることはあまりなかったが、それでもフォルカの側にいるのは居心地が良いと感じる。
 フォルカの働きにより、庭は生気を取り戻しつつあった。すっかり痩せていた土は栄養に富んだ土と入れ替えられ、植物が根を張るのを待ち望んでいるように見える。そうなると庭の空気まで変わるようだ。以前はコケや湿気の匂いがしていたが、今では土と陽の匂いが吹き抜けていた。
 この日、フォルカは陽も高く上がらぬうちからせわしなく働いている。額には汗が浮かび、秋空の下だというのに、身体から湯気が出そうなほど、作業に精を出していた。
「朝から大変だな」
 アダマスが労いの言葉をかけると、フォルカは作業の手を止め、頭を垂れる。
「私のことは気にしないでくれ。仕事に集中してくれて構わない」
 アダマスはフォルカのすぐ側にしゃがみ、花壇の土を手ですくう。ほぐされ、陽に照らされていた土は、温かく滑らかだ。
「アダマス様、手が汚れてしまいます」
「いいんだ。たまには自然に触れないと、自分が生き物であるということを忘れそうになる」
 土の香りはなぜか懐かしく、気持ちを和やかにさせる。人間の中に残る野性の本能が、そう感じさせるのかもしれない。
「私もなにか手伝えるといいんだが……」
 フォルカ一人での作業では限界があるだろう。そう思って出た言葉だったが、フォルカは困ったような笑みを浮かべた。
「このような仕事を、王族の方に手伝っていただくわけには。そのお言葉だけで充分でございます」
 折り目正しくそう言ったフォルカに、アダマスも同じような、複雑な笑みを返す。
 フォルカの言っていることは当然であり、もしアダマスが庭仕事をしているところを見られたとしたら、罰を受けるのは手伝うと申し出たアダマスでなく、フォルカだろう。
 王子としてなんの力もないのに、名ばかりの身分で行動が制限されてしまうのは、なんとも歯がゆいことだった。
「まあ仮に王族でないとしても、なんの知識もない私ではお前の役にはたてないだろうな」
 アダマスはそう言って、手のひらに残る土を払うと立ち上がった。
「それにしても、今日はどうしてそんなに忙しそうなんだ?」
 いつも仕事は途切れなかったが、今日のフォルカは一段とせわしない。
「それは間もなく分かると思うのですが……」
 フォルカがそう発したとき、庭園の外がにわかに騒がしくなった。なにやら複数の声と、車輪を引くような音が聞こえる。
 離宮周辺がこれほど賑やかになるのは、ほとんどないことだ。一体何事なのかとアダマスが音の方向を注視していると、見えてきたのは瑞々しい葉をつけた苗木の姿だった。
 苗木を運んできた男たちは、フォルカ先導のもと、次々と積み荷を庭園内へと降ろしていく。庭園を埋め尽くしていく緑の数々に、アダマスは唖然とするしかなかった。
「すさまじい量だな……」
 自然と口から零れた言葉に、フォルカは苦笑する。
 この大量の苗木を今から皆で植えるのだろうとアダマスは思っていたが、荷を降ろした男たちは早々に帰ってしまい、それがアダマスをさらに驚かせた。
「まさか、これを全部一人で植えるのか?」
 いくらなんでもそれはないだろうとアダマスは問い掛けるが、フォルカはなんでもないことのように首を縦に振る。それにはアダマスも驚きを隠せない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

召喚された美人サラリーマンは性欲悪魔兄弟達にイカされる

KUMA
BL
朱刃音碧(あかばねあおい)30歳。 ある有名な大人の玩具の開発部門で、働くサラリーマン。 ある日暇をモテ余す悪魔達に、逆召喚され混乱する余裕もなく悪魔達にセックスされる。 性欲悪魔(8人攻め)×人間 エロいリーマンに悪魔達は釘付け…『お前は俺達のもの。』

母の再婚で魔王が義父になりまして~淫魔なお兄ちゃんに執着溺愛されてます~

トモモト ヨシユキ
BL
母が魔王と再婚したルルシアは、義兄であるアーキライトが大の苦手。しかもどうやら義兄には、嫌われている。 しかし、ある事件をきっかけに義兄から溺愛されるようになり…エブリスタとフジョッシーにも掲載しています。

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

獅子帝の宦官長

ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。 苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。    強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受     R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。 2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました 電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/ 紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675 単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております 良かったら獅子帝の世界をお楽しみください ありがとうございました!

僕が再婚するまでの話

ゆい
BL
旦那様が僕を選んだ理由は、僕が彼の方の血縁であり、多少顔が似ているから。 それだけで選ばれたらしい。 彼の方とは旦那様の想い人。 今は隣国に嫁がれている。 婚姻したのは、僕が18歳、旦那様が29歳の時だった。 世界観は、【夜空と暁と】【陸離たる新緑のなかで】です。 アルサスとシオンが出てきます。 本編の内容は暗めです。 表紙画像のバラがフェネルのように凛として観えたので、載せます。     2024.10.20

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

年上が敷かれるタイプの短編集

あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。 予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です! 全話独立したお話です! 【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】 ------------------ 新しい短編集を出しました。 詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。

処理中です...