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すれ違い2
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兵藤への苛立ちもあるが、自分の理解できない感情にもむしゃくしゃした。心に澱がつもり、妙に落ち着かない。
一人でいると時間の潰し方も分からなかった。兵藤と出会う前はどうやって過ごしていたのか、まるで思い出せない。遠い過去の話ではないのに、兵藤と過ごした時間はそれ程までに濃く、印象的だった。
昼寝でもするかと、慶は構内にある図書館へ向かう。テストシーズンには人が溢れる図書館も、それ以外は閑散としている。ネットさえあれば情報が手に入るので、利用者は年々減っているようだ。
閲覧室にはまばらにしか人がいなかった。一番利便性の良い閲覧室でこれならば、奥まった場所にある閲覧室にはきっと誰もいないだろう。誰と顔を合わせても苛立ちが取れない今は、出来るだけ一人で過ごしたかった。
少し不便な場所に設けられた閲覧室は、やはり人の気配がなかった。これがテストシーズンになると人で溢れるのだから、おかしなものだ。
日当たりの良い席でのんびり過ごそうと席を物色していると、慶はようやく自分の他に先約がいることに気が付いた。
人の気配を感じさせないその人物はピクリとも動かず、広い背中はまるで仏像のようだ。
まさか、と慶は思う。学校中、探し回っても姿を見かけなかった男と、こんなところで会うとは思ってもいなかった。
「兵藤……?」
痛いくらいに静かな空間に、慶の声が小さく響く。返事はないが、間違いなく兵藤清正その人物だった。
足を忍ばせ、兵藤に近付く。少し前までは隣にいることが当たり前だった男が、今は少し遠い存在に感じた。少なくとも慶の知っている兵藤は、藪から棒に喧嘩をしたり、道場破りをしたりする人物ではなかったはずだ。もちろん、兵藤のことは信じている。きっと何かが兵藤にあったのだろうと。だが理由がわからない以上、少し怖いと感じるのも確かだった。慶では何があっても兵藤に勝てない。
慶はギリギリまで兵藤に近付き、顔を覗く。兵藤の目は閉じられていた。眠っているのかと思ったが、それにしては姿勢が良すぎる。規則正しく浅い息をしていたが、場に溶け込んでしまいそうなほど、存在感がない。
もしやこれが瞑想状態というやつだろうか。坐禅が趣味なのは知っているが、まさか大学内でも行っているとは思わなかった。それほど己に問いかけなくてはならないほど、今の兵藤は何かに迷っているのだろうか。
「当の本人がそんなんじゃ、俺にわかるはずないよな」
兵藤、ともう一度名前を呼ぶ。予想通りだが反応はない。
「なんで若王子と喧嘩なんかしたんだよ、お前。道場破りとかさ……らしくないだろ」
話しかけても眉ひとつ動かなさない兵藤に、慶はただただ声をかけ続けた。
若王子や道場破りのことはもちろん、最近あったことや、友人たちから兵藤と早く仲直りするよう説得されていること。会わない間に積もりに積もった気持ちを、ぶちまけるようにただ一人、話し続けた。だが次第に、それも虚しくなってくる。静かな部屋で一人、ボソボソと返事のない相手に話しかけるのは、壁に話しかけているのと等しい気持ちになった。
一人でいると時間の潰し方も分からなかった。兵藤と出会う前はどうやって過ごしていたのか、まるで思い出せない。遠い過去の話ではないのに、兵藤と過ごした時間はそれ程までに濃く、印象的だった。
昼寝でもするかと、慶は構内にある図書館へ向かう。テストシーズンには人が溢れる図書館も、それ以外は閑散としている。ネットさえあれば情報が手に入るので、利用者は年々減っているようだ。
閲覧室にはまばらにしか人がいなかった。一番利便性の良い閲覧室でこれならば、奥まった場所にある閲覧室にはきっと誰もいないだろう。誰と顔を合わせても苛立ちが取れない今は、出来るだけ一人で過ごしたかった。
少し不便な場所に設けられた閲覧室は、やはり人の気配がなかった。これがテストシーズンになると人で溢れるのだから、おかしなものだ。
日当たりの良い席でのんびり過ごそうと席を物色していると、慶はようやく自分の他に先約がいることに気が付いた。
人の気配を感じさせないその人物はピクリとも動かず、広い背中はまるで仏像のようだ。
まさか、と慶は思う。学校中、探し回っても姿を見かけなかった男と、こんなところで会うとは思ってもいなかった。
「兵藤……?」
痛いくらいに静かな空間に、慶の声が小さく響く。返事はないが、間違いなく兵藤清正その人物だった。
足を忍ばせ、兵藤に近付く。少し前までは隣にいることが当たり前だった男が、今は少し遠い存在に感じた。少なくとも慶の知っている兵藤は、藪から棒に喧嘩をしたり、道場破りをしたりする人物ではなかったはずだ。もちろん、兵藤のことは信じている。きっと何かが兵藤にあったのだろうと。だが理由がわからない以上、少し怖いと感じるのも確かだった。慶では何があっても兵藤に勝てない。
慶はギリギリまで兵藤に近付き、顔を覗く。兵藤の目は閉じられていた。眠っているのかと思ったが、それにしては姿勢が良すぎる。規則正しく浅い息をしていたが、場に溶け込んでしまいそうなほど、存在感がない。
もしやこれが瞑想状態というやつだろうか。坐禅が趣味なのは知っているが、まさか大学内でも行っているとは思わなかった。それほど己に問いかけなくてはならないほど、今の兵藤は何かに迷っているのだろうか。
「当の本人がそんなんじゃ、俺にわかるはずないよな」
兵藤、ともう一度名前を呼ぶ。予想通りだが反応はない。
「なんで若王子と喧嘩なんかしたんだよ、お前。道場破りとかさ……らしくないだろ」
話しかけても眉ひとつ動かなさない兵藤に、慶はただただ声をかけ続けた。
若王子や道場破りのことはもちろん、最近あったことや、友人たちから兵藤と早く仲直りするよう説得されていること。会わない間に積もりに積もった気持ちを、ぶちまけるようにただ一人、話し続けた。だが次第に、それも虚しくなってくる。静かな部屋で一人、ボソボソと返事のない相手に話しかけるのは、壁に話しかけているのと等しい気持ちになった。
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