真面目過ぎにも程があるっ！

兵藤の頼みごと2

落ち着かない気持ちでしばし待つと、いつもより少し浮き足だったような兵藤が姿を見せる。そういえば兵藤が自宅に誰かを招くのはこれが初めてのことだったな、と慶は思い出す。兵藤もどうやら少し緊張しているらしい。慶はその様子に、自分だけがドキドキしているわけじゃないと、少しだけホッとする。
　兵藤はいつも通りの服装をしていた。和装じゃないんだなと、当たり前なのに少し不思議な気持ちになる。普段から大学で見ているありふれた服装なのに、シチュエーションが変わったせいか、それはいつもより特別に見えた。
「えっーと、お招きいただきありがとう？」
　緊張で言葉が少しおかしくなる。慶は持っていた手土産を渡すと、兵藤はギクシャクした様子でそれを受け取った。
　いつも顔を合わせているのに落ち着かない互いがなんだかおかしく、二人は顔を見合わせると照れたように笑いあう。そこからはもう、普段通りの二人だった。
「わざわざすまない。遠慮せず入ってくれ。佐倉が来るからと祖母も朝から張り切ってな」
　兵藤のエスコートで慶は兵藤宅に足を踏み入れる。
　兵藤の家は、昔ながらの日本家屋というだけでなく、そこに流れる空気そのものが、慶の知る世界とは違っていた。
俗世から切り離されたような凛とした佇まいに、慶の背が自然と伸びる。家屋の木材の香りと、そこに暮らす兵藤家の香りが混じった匂いはどこか上品で、まるでお香のように芳しかった。
　慶は自分の家とのスケールの違いに酷く緊張するかと思ったが、実際はそれほど緊張しなかった。むしろ何故か心が穏やかになる。不思議だなと思ったが、その理由に気付くとすぐに納得した。この家の雰囲気は兵藤そのものなのだ。己を律するような厳しさと、それでも全て受け入れてくれるような暖かさ。相反するものが兵藤からも、この家からも感じられる。
　応接間に通され、兵藤の祖父母と顔を合わせたときは流石に緊張した。兵藤の祖母は朗らかで上品な女性で、慶の来訪を心から喜んでくれた。祖父は少し厳しい顔をした精悍な男性で、なんだか兵藤の未来の姿を垣間見た気がして、なんとも不思議な気持ちになった。だが間違いなく兵藤はこの家で、この祖父母に大切に育まれたのだなと、慶は実感することができた。
　兵藤の祖母が用意したという大量の茶菓子を堪能した後、慶は兵藤の部屋に通された。畳敷きの和室からはより兵藤の匂いが感じられ、この部屋の主人は兵藤であると主張しているようだった。
「あー、緊張したぁ。俺しばらく甘い物いらないかも」
　緊張の糸が弛んだ慶は、足を投げ出して座り込む。行儀が悪いのは分かっていたが、饅頭やら餅菓子やらでお腹がはち切れそうだった。
「俺や祖父はあまり甘味を好まないからな。祖母も食べさせ甲斐があったんだろう」
「だってせっかく用意してくれたんだから申し訳ないじゃん。それに美味かったし」
　洋菓子派の慶はあまり和菓子を口にしない。どれも同じ餡子味に感じるからだ。だが兵藤の祖母が用意してくれていた和菓子は、食べ慣れていない慶でもはっきりと味の違いが分かった。上質な菓子だったのは言われなくとも伝わる。
「俺、なんか失礼なこととかやらかしてなかった？」