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第一章⓪ 『遺書編』

第一章⓪-7 『あれが第四王子って本当ですか?』

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 昼、12時を回ったころ。最もお客さんが多いこの時間帯はとにかく忙しい。
厨房の気温は40度近くまで上がるらしく、そこにいるジャンはもうヘトヘトでいつものテキパキしている手が止まっていた。
小さな隙間から俺はそれをチラチラと見ながらずっと接客をしていたいと強く願う。
しかし、最近ジャンはどうしても厨房を手伝ってほしいらしくやたらとパンの焼き方を教えようとしてくる。俺は聞いているように見せかけて、それらすべてを左から右に聞き流す。

ただ、レジをやっているとずっと立ちっぱなしだからかアキレス腱がよく痛くなる。だから俺はお客さんがこちらを見てないことを確認したらできるだけ伸ばそうと心掛けていた。
ピークが過ぎお客さんが店内にいないことを確認してアキレス腱を伸ばそうとしたその時、ある男が店に入って来た。年齢はジャンくらいで黒のスーツらしきものを着ている。外にはヨーロッパ風の甲冑を着た見張りのような男が三人ほど。ただの客ではないことはすぐにわかった。
そして店内に一気に緊張感が走った。隣でレジをしているフラッカにも同様にその緊張が伝わっていることがわかった。スーツ姿の男は俺の前に立ち、三種類のパンをじっくり眺めてからようやく口を開いた。

「お兄さん、カレーパンを一つ頼む」

思っていたより低めの声で注文をしてきたその男の表情は見るからに優しそうであった。

「か、カレーパンおひとつですね。店内でお召し上がりですか?」

「ああ、そうさせてもらおう」

「かしこまりました。お会計は15キンツでございます」

「丁度で」

そう渡されたお金はいつもより冷たく、そして寂しく感じた。

「こちらになります。ごゆっくりどうぞ」

プレートにポツンと乗ったカレーパンとコップに入った水を受け取りそれをゆっくりと置き、椅子に腰を掛け水を少し飲んだ。

男は淡々とカレーパンを頬張り、あっという間に食べきった。そして、水もすべて飲み干し何かボソッと言い放った。男は俺のほうに顔を向け「お兄さんちょっと」と手招きをしながら呼んできた。

一体何だろうか――。

俺は返事をし、すぐさまその男の席に向かった。

「お客さま、どうなされましたか」

男は少し俯き黙り込んでいた。カレーが辛かったのか一滴の汗のようなものを手で拭い、ようやく口を開いた。

「まずい」

「え?」

何を言っているんだ。まずい?これってもしかしてクレームじゃ……。

「まずいから早く店主を呼んでくれ」

「は、はい!今すぐ!」

俺は急いで厨房にいるジャンに助けを求めに行こうとしたら、ジャンはすでに厨房の入口にもたれ掛かってこちらを見ていた。

「ジャン、あのお客さまから、そのなんというか」

さすがにお客さんに『まずい』って言われたんですけどなんて言えない。ジャンでもそれは傷付いちゃうだろうしなぁ。

するとジャンは俺の肩をトントンと優しく叩いてお客さんの方へ向かった。

「よう、ザーフ。久しいな」

ジャンがそう話しかけると男もゆっくりと顔だけをこちらに向けて話し始めた。

「まだこんなパン屋を経営しているとは呆れたものだ。あと、言葉遣いには気をつけろよ?俺が王子だってことを忘れているわけではあるまいな」

今、王子って言ったかこの人……この人が王子だって!?そういえば、ここに来たばかりの時にフルーラが国王とか王子の話してたっけ。でも、ザーフなんて王子いたか……。

「で、何しに来た。クレーマーの出入りはお断りしてるんだが?まさか、そんなことしに来たんじゃねーだろうな」

「ああ、もう特に用はない。お前と戦ったとこで相性が悪いからなぁ、遠慮させてもらう。――そういえば、エリは元気か?」

「それを聞いて何になんだよ。ここを離れたお前になんの関係がある?」

「関係はなくとも気にするものだと思うがな。それよりお前、そう力むなよ。お前とは相性悪くてもここのガキ一人くらいなら刹那も要さないのだぞ」

「なら、その前にお前を殺さなくちゃだな」

殺すって何の話をしているんだ。俺は二人の訳の分からない会話を聞きながらも止めようと必死だった。

「おいおい、2人ともどうしたんだよ」

「冗談だ、手出しはしない。さっきも言ったがもう用は無い。あの時の返しをしに来ただけだ」

ゴンっ!

その男は店の外までふっ飛ばされた。

「いってーな、殴ることないだろ」

「お前がここを出ていく時、俺は言ったはずだ。二度とここに来るなと」

「ちっ、頑固は相変わらずみたいだな」

「「「ペリッシュ王子!?」」」

「構わん。悪いな、心配させてしまって」

「もう一度言う、その耳かっぽじってよく聞け。もう二度と来るな!」

ジャンは力強く店の扉を閉め、男を追い出した。ジャンがここまで怒ったとこを見たのは俺もフラッカも初めてだ。

「なんかわりーな、大声出しちまって」

「それはいいとして彼は一体、何者なんですか?」

「んー、やっぱりお前らには話すしかねぇか。よし、夜飯前には話すからちょっと待っててくれ」


仕事が終わり俺とフラッカは部屋に戻り着替えていた。

「あれ、ない。あれれ確かポケットに」

その声はカーテンの向こうから聞こえてきた。

「どうしたんだフラッカ、そんなに慌てて」

「ここに来た時にもらった個人カード?を失くしてしまったかもしれないんです。さっきまではあったと思うんですけど」

「そういえばそんなのあったな。俺は病衣のポケットに入れっぱなしだけど、何に使うのかわかんないよなー。フルーラに個人カードについて何か説明とかされたりはー?」

「いえ、フルーラかれは結構テキトーなお方だと思うので」

「そーだよな。色々と説明不足な点が多いよな」

「説明受けたことと言えば、パン屋の行き方くらいでしょうか」

そんな話をしていると二階から大きな声でジャンに呼ばれた。
俺らは返事をしてすぐに降りることにした。

「じゃ、全員揃ったことだし早速本題に入るぞ。俺がさっきぶっ飛ばしちまったのがワイト王国ここの第四王子である『ザーファ=ペリッシュ』だ。」

――本当に王子だったのか。

「まぁ、王子って言っても国王の子どもってわけじゃねーんだけどな」

「子どもじゃないのに王子?どういうことだ」

「なかなかにややこしい話なんだが、地球にいたころの概念は通用しないことが多々ある。もう慣れだな。ちなみにワイト王国では王子になるには男なら誰でもなれるぞ」

「誰でも!?」

「ああ、条件さえクリアすれば俺でもなれるしナイユフ、お前でもなれる。まぁ、俺は興味ねーけどな」

「俺でもなれちゃうってすげー話だな」

「それで、そんな王子とジャン達は一体何の接点があるのですか?」

「今から少し、その話をしよう。俺とエリ、そしてザーフは元々ここで楽しく三人で暮らしてたんだ。はじめ、俺とザーフが共に生活し別のとこで暮らしていて、その後にエリと出会った。それからは三人で暮らすようになった。この家はコツコツ金を貯めて俺らでやっと手にした物なんだ。俺らにとっちゃ宝そのものだ、だけどあいつは出て行った。はっきりした理由は未だにわかってねーけど、あいつの態度が急変したのはここでパン屋を開くって言ってからだった。何が気に食わねぇのかパン屋を開くことを反対してきたんだ。それで色々と揉めちまってな、あいつが急に『出ていく』なんて言うから俺は『好きにしろ、その代わり二度と戻ってくるなよ』って言っちまったんだ。そしたらあいつは、夜中に本当に出て行っちまってもう二度と戻っては来なかった……っとまぁ、こんな感じだ」

「そんなことがあったのですね」

「三人で暮らしてたって言ったよな。もしかして俺らが寝てる部屋って……」

「ええ、あの部屋は元々ザーフの部屋よ」

「だから、空き部屋があったのですね」

「まぁ、お前らからしたらただそれだけのことなんだが隠すのもなんかちげぇからよ。さっ、この話はこれっきりだ。しんみりした空気が俺は一番好きじゃねーから。飯だ!さっさと飯でも食って明日に備えるぞ、明日も忙しいからな」

「おう!」「はい!」

「あとナイユフにはパンの作り方教えっぞ」

「ええー……」





次の日の朝、いつも通り俺らは開店の準備をしていると甲冑を身にまとった数人の兵士らしき集団と背丈のデカい男が一人パン屋を訪れてきた。その兵士の中の一人が一枚の紙を片手に持ち、大声で何かを言い始めた。

「我々は警察軍だ!ここに『フラッカ』の名を持つ者がこのパン屋にいるとの通報が第四王子であるペリッシュ王子から入ってきた。逮捕状は既にここにある、今すぐに出てきてもらおう」

「なんだなんだ?いきなり人の店に入ってきてベラベラと話しやがって、ここは俺の店だぞ」

「貴様、歯向かう気か?そっちがその気なら現行犯で取り押さえることも可能なのだぞ」

「うぅ……」

「あ、あのフラッカは私ですけどー」

「ほう貴様か、よし取り押さえろ!!」

男がそう言い放つと一斉に兵士たちがフラッカを力尽くで抑え始めた。

「痛い!ちょっと離してください」

「ちょ、これ、どうなってんだよ。おい、そこのデカいあんた!この子が何したっていうんだよ!こんなに乱暴にすることねーだろ!」

「何をしたかはさておき、乱暴はよくないな。おい、お前らもう取り押さえなくていい。俺に任せろ」

その男はゆっくりとフラッカに近づき、左手を伸ばしフラッカの右肩に置いた。すると、怯えていたはずのフラッカが一瞬だけ硬直しビクともしなくなった。そしてすぐに脱力したように床に膝を付き、ゆっくり倒れた。男はフラッカを担ぎ、今度はジャンの方を向いた。

「お前がここの店主だと言ったな。この子の名前がフラッカであることを知っていたのか?もしそうであればここにいる全員、重犯罪を犯したことになるが」

「……知ってい――」

「――言ってないです。彼らに……私の本名は……言ってないです。だから、この人たちは無関係です」

フラッカはうつろうつろになりながらもなぜか俺らをかばった。

「そうか。知らないならお前らは被害者の方か。それは悪かったな」

「ホークス大佐、危険ですので直ぐに刑務所に戻りましょう」

「ああ、そうしよう」

警察軍と名乗る集団はフラッカを連れ、その場を去って行った。わずか数分の出来事。その間、俺を含め三人は何も成す術がなくただ呆然とし、立ち尽くしていた。






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