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 ヴォルフが気付いたように、レフィーナもドロシーの意図に気付いたようで、レフィーナが小さな声で礼を告げる。周りの貴族には聞こえなかっただろうが、隣りにいたヴォルフには聞こえていた。


「……ドロシー様…ありがとうございます」

「…いつの日か約束しましたもの。侯爵令嬢として出来ることはなんでもする、と。…今は侯爵令嬢ではありませんが、レフィーナ様を守れるなら王太子妃という立場を利用します」


 ヴォルフが睨みを効かせるよりも、ドロシーのやり方の方が効果はあっただろう。ヴォルフはレフィーナの仕える主がドロシーであって良かったと思う。


「少し、道を開けてくれないか」

「フィーリアン殿下だ」


 ふと落ち着いた声が貴族達の話に割って入る。その声に貴族達が道を開けると、プリローダの王太子であるフィーリアンが姿を現した。
 本当はこちらから挨拶に向かう予定だったのだが、取り囲まれている様子を見てわざわざ足を運んでくれたようだ。

「遠い所、よくぞお越しくださいました。新婚旅行に我が国を選んで下さり、ありがとうございます。どうぞ、舞踏会を楽しんでいって下さい」

「ご招待ありがとうございます」


 フィーリアンはレオンと挨拶を交わすと、パンパンと手を叩き、集まっていた貴族達を解散させる。
 貴族達が去った事により視界が開け、ヴォルフはフィーリアンの後ろに、プリローダの第四王子であるレイがいる事に気がついた。
 それとほぼ同時に、フィーリアンが呆れたような声を上げながら後ろを振り返る。


「レイ、落ち込んでいないで挨拶をしないか」

「…遠い所、お越しいただきありがとうございます…」


 酷く落ち込んだ様子のレイは元気がないものの、レオンとドロシーに挨拶を述べた。それから、レフィーナの方を見て、胸元に飾られた白い薔薇のコサージュを見つけると、へにゃりと眉尻を下げる。
 レフィーナからヴォルフに視線を投げて、レフィーナと同じコサージュを見つけ、レイはさらに肩を落とした。


「…レイ殿下…」

「僕がレフィーナをエスコートしたかったのに……」

「レイ、お前には婚約者がいるだろう。婚約者をエスコートするのは当たり前だ」

「………でも、僕が好きなのは…」


 フィーリアンの言葉からレイには婚約者がいる事が分かる。王位継承権が低いとは言っても、一国の王子。いるのが普通だろう。しかし、レイはその婚約には納得がいかないようで、小さな唇を付きだしてむっとしていた。
 レフィーナが好きだから、婚約を認めたくないのだろう。


「…レフィーナはヴォルフと恋仲なので、パートナーとしてヴォルフがエスコートしました」

「えっ?」


 ふてくされるようなレイを見ていたレオンがはっきりとそう告げた。これにはヴォルフも少し驚く。まさかレオンがこんなにもはっきりとレイに告げるとは思っていなかった。
 そんなレオンにドロシーが慌てたように声を上げる。


「レ、レオン殿下…そんなはっきりと仰らなくても…」

「ドロシー、遅かれ早かれいずれは知ることだよ。それに、どちらにしても…侍女と王子では身分が違いすぎて、恋仲になることすら出来ない」


 レオンの言ったことは正しく、子供とはいえ王子として教育されてきたレイも、その事は理解している。
 だが、簡単に割り切れるほど大人でも、軽い気持ちでも無かったのだろう。

 泣き出しそうなレイに全く心が傷まないとは言わないが、レフィーナを譲る気はもちろんない。


「…好きな人、作っちゃ駄目だって言ったのに!」

「レイ殿下…!」


 震える声でレフィーナにそう言うと、レイは背を向けてその場から走り去る。それをレフィーナが追いかけようとしたので、ヴォルフはそれを押しとどめた。

 今レフィーナがどんな言葉をかけてもレイは傷つくだけだろう。レフィーナを奪った男として、ヴォルフが恨み言でもなんでも聞くのが、同じ女性を好きになった男への誠意だと、そう思った。


「ヴォルフ様…?」

「俺が行く」


 そう短くレフィーナに告げると、レイを追ってヴォルフはその場から立ち去る。
 レオンの護衛はヴォルフ以外にも会場に騎士達がいるので、少し離れても大丈夫だろう。

 背の低いレイは貴族の間を通り抜ける度に見失いそうになるが、何とか後を追いかけた。
 やがて、小さな背中は人気のないバルコニーへと消えていく。


「……ひっく……うぅ…」


 ヴォルフもレイの後に続いてバルコニーへと足を踏み入れる。そうすれば、バルコニーの端、暗い場所でレイが泣いていた。
 ヴォルフはこちらに背を向けるレイにそっと声をかける。


「レイ殿下」


 ヴォルフの声に、レイがピタリと泣き声を上げるのを止めた。


「……何…?僕を笑いに来たの…?それとも、レフィーナと付き合えたって自慢しに来たの…?」

「そんなつもりはありません」

「じゃあ、何しに来たのさ!」


 声を荒げて、レイが振り返る。小さな鼻の頭も、目も赤い。
 ヴォルフはそんなレイに近づいくと、その場でそっと片膝をついて、レイに向かって頭を下げる。レイは予想外のヴォルフの行動に、漆黒の瞳を瞬かせた。
 頭を下げたままのヴォルフは静かに口を開く。そして、


「……誓いに来ました」


 そう、レイに告げた。
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