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しおりを挟むレオンに声をかけた領主はチラリとヴォルフに目配せをしてから、困ったように眉を下げた。それから声を抑えながら話し始める。
「レオン殿下、実は王都から連絡がありまして…」
「王都から?」
「はい。国王陛下からです。伝令を預かった者は私の屋敷で待機しております。…何でもとある令嬢の動きについて、早急に連絡したいことがあるそうで…」
領主の言葉にレオンは難しい顔で考え込む。とある令嬢とはミリーの事だと気づいているだろう。
ヴォルフは考えるレオンに声をかける。
「レオン殿下。領主の屋敷で話を聞いてみては如何でしょう。この宿に呼んで報告を聞くよりはそうした方が都合がよいかと…」
「…そうだね。ここでは誰が聞いてるか分からない。領主の屋敷なら機密性は高いだろうしね…」
「…内容が分からない以上、不安にさせないためにもドロシー様には秘密にいたしますか?」
「……」
少し悩む素振りを見せたレオンは、やがて小さく頷いた。
「ドロシー達には宿に居てもらって、ヴォルフと二人で行こうか」
「はい」
レオンの言葉にヴォルフは返事をする。これで、ドロシーの誘拐は実行される事に決定だ。
ヴォルフの胸が騙している罪悪感でチクリと痛むが、それを無視する。ヴォルフの複雑な胸の内など知る由もないレオンが、ヴォルフの代わりにため息をついた。
そして、ドロシー達の元へと向かう。ヴォルフもそんなレオンの後についていった。
「ごめん、ドロシー。この街の領主の家に招かれたから、少し出掛けてくるよ。ドロシーは疲れただろうから部屋でゆっくりしていて」
「そうなんですか…。分かりました。どちらにしろ、夜市は行けそうにないですし、お部屋でゆっくりしています」
「ごめんね…。ヴォルフを護衛に連れて行くけど、他の騎士は残していくから。レフィーナ、アン。ドロシーと居てくれ」
「はい」
レフィーナとアンが頷いたのを見届けて、レオンは領主の元へと向かう。ヴォルフは一度レオンと離れて、待機していたアードの元へと向かった。
「アード」
「おう、ヴォルフ」
「計画は実行だ…」
「……了解。お前も複雑だな。ちゃんと危険が無いように守るから、任せとけ」
「……頼んだぞ」
真面目な表情のアードは慰めるように、ヴォルフの背を強めに一度叩いた。ヴォルフはそれに微かに笑みを浮かべて、アードに託す。
ヴォルフは他の騎士達にも目配せだけして、レオンと共に宿を後にしたのだった。
◇
領主の屋敷に着く頃には雨が降り始めていた。
ヴォルフはレオンと共に屋敷に入ると、領主の案内で応接室に通された。控えめな装飾で纏められた部屋は、品が良く落ち着いて話が出来そうだ。
もっとも、レオンをここに足止めするだけの嘘の話だが。
「レオン殿下」
もうすでに応接室に居た男が立ち上がって頭を下げる。騎士服を着てはいるが、ヴォルフが知らない顔と言うことは、おそらく諜報員が化けているのだろう。こういった場合は騎士が伝令役に選ばれるのだが、騎士の大半が口下手…こういった嘘をつくのが下手だ。だから、諜報員を騎士に化けさせたのだろう。
「楽にしていいよ」
「はっ」
大勢いる騎士をレオンも全ては覚えていない。この男が本当は騎士では無いことには気づいていないようだ。
「それで、報告というのは…?」
「はい。ミリー=トランザッシュ公爵令嬢が、王都を出たとの情報があり、どうもレオン殿下たちと同じプリローダに向かったようだと…」
「…………」
レオンが深いため息をついた。げんなりしているのは、レオンも口にしたことはないが、ミリーのことが苦手だからだろう。ドロシーと結婚しても、ミリーはレオンを…未来の王妃の座を諦めていない。ヴォルフがレオンの立場だったとしても辟易している。
「それで…?」
「ミリー=トランザッシュ公爵令嬢と関係があるとされている裏稼業の者も、諜報員の情報によると不穏な動きが見られるそうです」
「そう…。…今、どの辺りにいるかは分かるかい?」
「いえ…。王都からの足取りは不明なようです…。とにかく警戒するようにとのことです」
よくこんなすらすらと嘘を話せるものだと、ヴォルフは感心する。騎士ではこうはいかないだろう。
レオンと男が話を進める中、ヴォルフはそっと窓の外へ視線を移した。小ぶりだった雨はどんどん強くなっている。ここからではレフィーナ達のいる宿は見えないが、おそらく今頃計画の準備が進んでいるだろう。
「ヴォルフ、これからの護衛の事だけど……」
「はい、それでは…」
それから、ヴォルフはレオンと共にこれからの護衛についてや、ミリーや裏稼業の動きについて話し合った。
それなりに長い時間話し合い、窓に叩きつけられるほど激しくなった雨がまたおさまってきた頃、屋敷の中が騒がしくなる。
騒ぎに顔を見合せ、話し合いを止めたレオンとヴォルフのいる部屋に、取り乱した様子でずぶ濡れのアンが泣きながら転がり込んできたのだった。
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