上 下
53 / 97

53

しおりを挟む

 レオンに声をかけた領主はチラリとヴォルフに目配せをしてから、困ったように眉を下げた。それから声を抑えながら話し始める。


「レオン殿下、実は王都から連絡がありまして…」

「王都から?」

「はい。国王陛下からです。伝令を預かった者は私の屋敷で待機しております。…何でもとある令嬢の動きについて、早急に連絡したいことがあるそうで…」


 領主の言葉にレオンは難しい顔で考え込む。とある令嬢とはミリーの事だと気づいているだろう。
 ヴォルフは考えるレオンに声をかける。


「レオン殿下。領主の屋敷で話を聞いてみては如何でしょう。この宿に呼んで報告を聞くよりはそうした方が都合がよいかと…」

「…そうだね。ここでは誰が聞いてるか分からない。領主の屋敷なら機密性は高いだろうしね…」

「…内容が分からない以上、不安にさせないためにもドロシー様には秘密にいたしますか?」

「……」


 少し悩む素振りを見せたレオンは、やがて小さく頷いた。


「ドロシー達には宿に居てもらって、ヴォルフと二人で行こうか」

「はい」


 レオンの言葉にヴォルフは返事をする。これで、ドロシーの誘拐は実行される事に決定だ。
 ヴォルフの胸が騙している罪悪感でチクリと痛むが、それを無視する。ヴォルフの複雑な胸の内など知る由もないレオンが、ヴォルフの代わりにため息をついた。
 そして、ドロシー達の元へと向かう。ヴォルフもそんなレオンの後についていった。


「ごめん、ドロシー。この街の領主の家に招かれたから、少し出掛けてくるよ。ドロシーは疲れただろうから部屋でゆっくりしていて」

「そうなんですか…。分かりました。どちらにしろ、夜市は行けそうにないですし、お部屋でゆっくりしています」

「ごめんね…。ヴォルフを護衛に連れて行くけど、他の騎士は残していくから。レフィーナ、アン。ドロシーと居てくれ」

「はい」


 レフィーナとアンが頷いたのを見届けて、レオンは領主の元へと向かう。ヴォルフは一度レオンと離れて、待機していたアードの元へと向かった。


「アード」

「おう、ヴォルフ」

「計画は実行だ…」

「……了解。お前も複雑だな。ちゃんと危険が無いように守るから、任せとけ」

「……頼んだぞ」


 真面目な表情のアードは慰めるように、ヴォルフの背を強めに一度叩いた。ヴォルフはそれに微かに笑みを浮かべて、アードに託す。
 ヴォルフは他の騎士達にも目配せだけして、レオンと共に宿を後にしたのだった。



           ◇



 領主の屋敷に着く頃には雨が降り始めていた。
 ヴォルフはレオンと共に屋敷に入ると、領主の案内で応接室に通された。控えめな装飾で纏められた部屋は、品が良く落ち着いて話が出来そうだ。
 もっとも、レオンをここに足止めするだけの嘘の話だが。


「レオン殿下」


 もうすでに応接室に居た男が立ち上がって頭を下げる。騎士服を着てはいるが、ヴォルフが知らない顔と言うことは、おそらく諜報員ちょうほういんが化けているのだろう。こういった場合は騎士が伝令役に選ばれるのだが、騎士の大半が口下手…こういった嘘をつくのが下手だ。だから、諜報員を騎士に化けさせたのだろう。


「楽にしていいよ」

「はっ」


 大勢いる騎士をレオンも全ては覚えていない。この男が本当は騎士では無いことには気づいていないようだ。
 

「それで、報告というのは…?」

「はい。ミリー=トランザッシュ公爵令嬢が、王都を出たとの情報があり、どうもレオン殿下たちと同じプリローダに向かったようだと…」

「…………」


 レオンが深いため息をついた。げんなりしているのは、レオンも口にしたことはないが、ミリーのことが苦手だからだろう。ドロシーと結婚しても、ミリーはレオンを…未来の王妃の座を諦めていない。ヴォルフがレオンの立場だったとしても辟易へきえきしている。


「それで…?」

「ミリー=トランザッシュ公爵令嬢と関係があるとされている裏稼業の者も、諜報員の情報によると不穏な動きが見られるそうです」

「そう…。…今、どの辺りにいるかは分かるかい?」

「いえ…。王都からの足取りは不明なようです…。とにかく警戒するようにとのことです」


 よくこんなすらすらと嘘を話せるものだと、ヴォルフは感心する。騎士ではこうはいかないだろう。
 レオンと男が話を進める中、ヴォルフはそっと窓の外へ視線を移した。小ぶりだった雨はどんどん強くなっている。ここからではレフィーナ達のいる宿は見えないが、おそらく今頃計画の準備が進んでいるだろう。


「ヴォルフ、これからの護衛の事だけど……」

「はい、それでは…」


 それから、ヴォルフはレオンと共にこれからの護衛についてや、ミリーや裏稼業の動きについて話し合った。
 それなりに長い時間話し合い、窓に叩きつけられるほど激しくなった雨がまたおさまってきた頃、屋敷の中が騒がしくなる。
 騒ぎに顔を見合せ、話し合いを止めたレオンとヴォルフのいる部屋に、取り乱した様子でずぶ濡れのアンが泣きながら転がり込んできたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね
恋愛
グランテーレ国の第一王女、クリスタルは公に姿を見せないことで様々な噂が飛び交っていた。 その王女が和平のため、元敵国の騎士団長レイヴァンの元へ嫁ぐことになる。 敗戦国の宿命か、葬列かと見紛うくらいの重々しさの中、民に見守られながら到着した先は、言葉が通じない国だった。 言葉と文化、思いの違いで互いに戸惑いながらも交流を深めていく。

ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。 もう一度言おう。ヒロインがいない!! 乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。 ※ざまぁ展開あり

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

処理中です...