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 レオンとドロシーの新婚旅行に出発する日は、雲一つなく晴れ渡った青空が広がっていた。

 出発まではまだ時間があり、ヴォルフはレナシリアの元へ向かっていた。レナシリアに出発前に来るように指示されていたからだ。
 いつの日かミリーの事について話し合った部屋に来ると、ヴォルフはノックをしてから部屋へと足を踏み入れる。
 中にはレナシリアとザックだけがおり、ヴォルフが部屋に入るとレナシリアが伏せていた瞳を上げた。


「ご苦労さまです、ヴォルフ」

「今日から、レオン殿下達を頼んだぞ!」


 ザックの言葉にヴォルフは頷く。それからレナシリアの言葉を待った。


「さて、計画の事はちゃんと護衛の騎士達は把握していますね?」

「はい。全員、細部まで把握しております」

「それならば、いいです。頼みましたよ、ヴォルフ」

「はい。お任せください」


 ヴォルフの言葉にレナシリアは満足そうな表情を浮かべた。それから、隣に立っていたザックに目配せをする。
 ザックはレナシリアの目配せに頷いて、扉付近にいるヴォルフに近づき、一通の手紙を差し出した。ヴォルフはそれを受け取ってから、レナシリアに金色の瞳を向ける。


「これは…?」

「すべてが終わった時に、レオンに渡しなさい。今回の計画についての詳細です。私の命令だったと伝えるものなので、忘れずに渡してくださいね」

「はい、分かりました」


 ヴォルフがしっかりと頷けば、レナシリアが思い出したように口を開く。


「…今回の計画では、ドロシーとレオンを引き離すように指示していましたね」

「はい」


 ドロシーを誘拐するためにレオンには離れてもらう予定だ。それがどうしたのだろうか、とヴォルフは首を傾げる。


「もし、レオンがドロシーから離れなかった場合は、誘拐は中止です」

「?」

「レオンがドロシーをきちんと守れるのならば、過失についてはお咎めなしにしようと思っています。離れないのを引き離そうと躍起になれば、計画に気づかれるでしょうし…その場合はミリーの捕縛だけに致します。その時は、レオンにも説明して協力を仰ぎなさい」

「よろしいのですか?」

「えぇ。外出先で気を抜かず、ドロシーを守るのならば、お仕置きはなしにしてあげる事に致しました。…せっかくの新婚旅行ですからね。私にも慈悲はあります」


 慈悲があるようには見えない笑みをレナシリアが浮かべる。しかし、ヴォルフはそんなレナシリアの言葉に少しほっとした。
 レオンがドロシーから離れなければ、誰も怖い思いをしなくて済む。回避できる選択肢があるだけでも違う。


「……しかし、レオンがドロシーから離れた場合は…計画通りにしなさい」

「……はい」

「それでは、話は以上です。手紙は計画を実行してもしなくても、レオンに渡すように」

「はい」


 ヴォルフはレナシリアに深く頭を下げて、部屋を後にした。



           ◇



 バタンと音を立てて閉まった扉に、レナシリアはくすりと笑い声をもらした。去っていったヴォルフにはもう聞こえない声だ。


「ふふっ。ヴォルフも中々に分かりやすいですね」

「…はっはっは。そうですな」

「計画の中止と聞いてほっとしたようですね」


 譲歩案を出した時、明らかにヴォルフはほっとした表情を浮かべていた。とはいっても、他の者から見たら分からない程度のものだったが。
 レナシリアとザックはそれにすぐに気づいていた。


「レフィーナと恋仲になったそうですからね。レフィーナが怖い思いをするのが嫌なのでしょう」

「王妃殿下の命令では逆らう訳にはいかないですからな」

「そうですね…。しかし、ヴォルフは分かっていませんね」

「む?何がですかな?」

「女性は…守られるだけではないのですよ」


 レフィーナを思い出して、レナシリアはすっと目を細める。彼女は強い。肉体的にではなく精神的に。まだ16歳だというのに、それ以上に成熟した大人のようだ。
 本当ならば、レナシリアはレフィーナに王太子妃になって欲しかった。王妃になっても、十分に国もレオンも良い方へ導く事ができただろう。

 でも、本人がそれを望んでいなかった。それならば、とレナシリアはレフィーナの婚約破棄の計画に乗ったのだ。結果としては、それで良かったようだ。


「ふむ…確かに王妃殿下を見ていますと、女性もまた、強さを持ち合わせているように思えますな」

「ふふ。そうでしょう」

「…そういえば、あの手紙…本当に計画の詳細だけですかな?」

「いいえ。あれにはレフィーナがわざと社交界であのような演技をしていて、その目的がレオンとの婚約破棄の為だと記してあります」

「…それはまた…」


 それを知ったレオンは愕然がくぜんとすることだろう。だが同時に、いかに自分が未熟なのかも理解するだろう。
 そして、実はレフィーナの事に関する書類がもう一つあり、それはレオンの従者に持たせてある。それに署名をした時、レオンは未熟な自分を受け入れ、一つ成長出来るはずだ。


「…レオン。あれに署名するかは……貴方次第ですよ…」


 レナシリアの呟きはザックの耳に届く事なく、静かに空気に溶け込んでいったのだった。
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