50 / 97
50
しおりを挟む「ヴォルフ様」
レフィーナの声に、ヴォルフは意識を浮上させ、ゆっくりと金色の瞳を開いた。
「……ん…レフィーナ…?」
瞬きを繰り返して眠気を覚ます。最近はレナシリアの命令の下準備や、副騎士団長としての仕事が忙しかった為、疲れが溜まっていたようだ。いつの間にかレフィーナと一緒に寝てしまったらしい。
窓から差し込む日の光はオレンジ色で、どうやらもう夕方のようだ。
意識がはっきりとすると、ヴォルフは視線をレフィーナの方へ向けた。上半身を起こしてこちらを見るレフィーナの顔色は落ち着いており、熱も下がったように見える。
「体調はどうだ…?」
「ヴォルフ様のおかげで、もうすっかり良くなりました」
「そうか、良かった」
どこかとろんとしていた口調もしっかりしている。いつもの様子に戻ったレフィーナにヴォルフは安心して、笑みを浮かべるとレフィーナの頭を撫でた。
優しく頭を撫でていればレフィーナと目があって、ふいと目をそらされる。頬が僅かに赤らんでいて、照れているのが分かった。
「レフィーナは可愛いな」
「…はい…!?」
照れている姿が愛らしくて、ヴォルフが思ったままに気持ちを口にすれば、レフィーナが思いっきり動揺を見せた。そんなレフィーナの頬を、ヴォルフは指先でなぞりながら、言葉を続ける。
「普段は冷静でしっかりしているから、余計にこうして照れている姿が可愛く見えるな」
「ヴォルフ様、ど、どうしたのですか…」
ヴォルフの率直な物言いに、レフィーナ動揺が大きくなり、頬がどんどん赤く色づいていく。そんな様子が可愛らしいと思うのと同時に、面白いとも思ってしまって、少しからかいたくなってしまった。
「別に恋人の事が可愛く見えるのは普通だろ?」
「こい…」
「恋人。まさか、忘れたのか?」
からかうような口調で言えば、レフィーナはそれに気づいたのか、むっとした表情を浮かべてぷいっと顔を背けた。それから、仕返しとばかりに口を開く。
「ヴォルフ様じゃあるまいし、忘れていません」
「俺?」
「そうですよ」
むくれながら話すレフィーナに、ヴォルフは首を傾げた。
「俺が何か忘れたのか?」
「はい。忘れていますね、きれいさっぱり」
何を忘れているのか、ヴォルフは心当たりを探すが分からない。酔っ払ってレフィーナに告白をしていた事をレフィーナは言っているのだが、当然忘れているヴォルフには分かるはずもなかった。
何を忘れたのか知りたくて、ヴォルフはレフィーナが手を伸ばしたコップを、レフィーナより早く手に取る。
水を奪われたレフィーナが、緋色の瞳を瞬かせた。
「ヴォルフ様?」
「俺が何を忘れているんだ?」
「お水が飲みたいので渡してください」
「教えてくれたらな」
意地悪そうな表情をヴォルフは浮かべる。甘い雰囲気はすっかり霧散してしまったが、あまり甘い雰囲気になると色んな意味で余裕がなくなるので、ヴォルフとしては助かった。
レフィーナは意地悪そうなヴォルフの表情を見て、むっと眉を寄せている。この分では忘れた内容は教えてくれないだろう。
「自力で思い出してください」
思った通り、レフィーナは教えてはくれないようだ。それならそれで、別に構わない。気になるがもしかしたら、ひょんな事から思い出すかも知れないし、他の交渉が出来る。
「…じゃあ、二人きりの時は呼び捨てと、敬語なしで話してくれ」
「はい?」
「それか教えてくれるか。どっちかだな」
コップに入った水を人質に、ヴォルフはにやりと笑う。
レフィーナにこの提案をしたのは、敬語や様付けにどうしても距離を感じてしまうからだ。少々意地の悪いことをしている自覚が無いこともないが、普通にお願いしてもレフィーナはなかなか実行してくれない気がしたので、約束を取り付けようとしている。
「意地悪ですね。知ったら恥ずかしさで身悶えするかもしれませんよ」
「…そんなに、恥ずかしい事をしたのか、俺は…」
「さぁ?」
レフィーナの言葉に、流石に心配になれば、レフィーナがとぼけるように首を傾げた。それから、抗議の視線をヴォルフに向け、口を開く。
「お水、ください」
これ以上はさすがにやりすぎになるだろう。ヴォルフは素直にレフィーナにコップを手渡した。
レフィーナは水で口を潤すと、礼を口にする。
「今日は看病して下さってありがとうございました」
「今度は元気な時に二人で出かけよう。まぁ、その前にレオン殿下達の新婚旅行の付き添いで、暫く一緒だけどな」
「ふふっ。そうですね」
「何事もなく終わるといいんだが」
「…そうですね」
何事もなく、とはレナシリアの計画の事だ。レナシリアの計画はヴォルフの考えていたものより過激だった。もちろん安全面は一番考慮されているが、何も知らなければ怖いに違いない。
今もレフィーナにすべてを話してしまいたいと思うが、副騎士団長としてそれは出来ない。恋人と命令の板挟みにヴォルフは深い溜め息をついた。
0
お気に入りに追加
2,624
あなたにおすすめの小説
友達の肩書き
菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。
私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。
どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。
「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」
近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。
まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?【カイン王子視点】
空月
恋愛
精霊信仰の盛んなクレセント王国。
身に覚えのない罪状をつらつらと挙げ連ねられて、第一王子に婚約破棄された『精霊のいとし子』アリシア・デ・メルシスは、第二王子であるカイン王子に求婚された。
そこに至るまでのカイン王子の話。
『まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/368147631/886540222)のカイン王子視点です。
+ + + + + +
この話の本編と続編(書き下ろし)を収録予定(この別視点は入れるか迷い中)の同人誌(短編集)発行予定です。
購入希望アンケートをとっているので、ご興味ある方は回答してやってください。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScCXESJ67aAygKASKjiLIz3aEvXb0eN9FzwHQuxXavT6uiuwg/viewform?usp=sf_link
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。
ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。
なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。
妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。
しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。
この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。
*小説家になろう様からの転載です。
【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい
tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。
本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。
人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆
本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編
第三章のイライアス編には、
『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』
のキャラクター、リュシアンも出てきます☆
【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜
まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。
【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。
三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。
目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。
私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。
ムーンライトノベルズにも投稿しています。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる