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 レナシリアによって極秘の命令が出てからヴォルフは忙しい日々を送っていた。
 レナシリアからの連絡は食堂の時と同じように、諜報員が運んでくる。ドロシー誘拐の詳細も決まり、ヴォルフはアードを含めた護衛の騎士達に説明を行った。かなり驚いていたが、口の固い熟練の騎士達を選んだのですぐに順応してくれたのは助かった。

 副騎士団長としての仕事と、レナシリアの命令で裏で動いてと、ヴォルフは休むまもなく働いていたが、少し目処がついたので今日は休みを取った。
 食事を終えたところでレフィーナもまた今日は休みだとやたら親切な侍女に教えられて、ヴォルフはレフィーナの部屋に向かう。レフィーナはドロシー付きの侍女になったので部屋が変わっていた。王族に直接仕える人が住む区画は王族の居住区にほど近い場所にあるのだが、レフィーナも王太子妃となったドロシーに仕えているのでそこに部屋があるのだ。

 王族の居住区にも近いので見張りも多い。そんな見張りの騎士達ににやにやとした顔で送り出されながら、使用人の居住区画を進んでいく。使用人の居住区画に入ってしまえば見張りは殆どおらず、またそこで生活している者は仕事でいないのか、廊下はしんとしていた。


「ん…?」


 もうすぐ着くだろうか、といったところで廊下に座り込むレフィーナを見つけた。壁にぴとっと張り付いてぼんやりしているレフィーナは明らかに様子がおかしい。


「レフィーナ…!?」


 慌てて駆け寄ればレフィーナが俯いていた顔を上げた。頬は赤いし呼吸も荒い。緋色の瞳もどこかぼんやりとしていて焦点が合っていない。


「大丈夫か…!?すぐに医務室に連れて行ってやるからな。抱き上げるぞ」


 どうやら相当熱が高いようで返事も無かった。そんなレフィーナをヴォルフは抱き上げる。服越しに触れた肌は驚くほど熱く、相当熱が高いことが分かった。
 ヴォルフは焦りながら、そんなレフィーナを医務室へ運んだのだった。



          ◇



「イザークさん!」


 レフィーナを抱えたまま乱暴に医務室の扉を開けたヴォルフは、部屋の中で診察中だったイザークの名を呼んだ。
 怪我をした騎士の手当てをしていたイザークは珍しく取り乱した様子のヴォルフと、その腕にぐったりと抱かれているレフィーナを見て驚いた表情を浮かべる。


「どれ、少し見てみようか」


 そういってイザークは騎士の手当てを手早く終わらせ、立ち上がるとヴォルフに近づいてレフィーナの顔を覗きこむ。


「…過労から風邪をひいたんじゃろう。あいにくここにあるベッドは同じような患者でいっぱいじゃ。この子の部屋で休ませてやるといい。薬を出すから少し待っておれ」


 イザークはレフィーナの診察を終わらせると、薬棚から薬を取り出してヴォルフのポケットに入れた。


「起きたら簡単な食事をとらせて、この薬を飲ませるといい。水も出来るだけこまめに飲ませるのじぞ。何、熱は高いがまだ若いのじゃ、すぐに良くなるよ」

「はい、ありがとうございます」


 イザークの言葉にヴォルフはほっと胸を撫で下ろした。それから、イザークに扉を開けて貰ってヴォルフは医務室を後にする。
 とりあえずレフィーナの部屋に向かっていれば、タイミング良く侍女長のカミラが通りすぎたのでヴォルフは声をかけた。


「カミラ侍女長」

「まぁ、ヴォルフ様。レフィーナ…どうしたのですか?」

「実は廊下で倒れている所を見つけて…。イザークさんには診て貰ったのですが、あいにく医務室のベッドがいっぱいだったのでレフィーナの部屋に運ぶ所です」

「そうなのですね…。最近は忙しいですから、レフィーナのように倒れる侍女も多くて…」

「誰かレフィーナの看病を頼める方はいますか?」


 レフィーナの部屋に運ぶまではいいが、看病は女性がした方がいいだろう。そう思って問いかけたのだが、カミラは少し考える素振りを見せてから首を横に振った。


「看病が出来る時間をあける事が出来る者はいません。…ヴォルフ様の今日のご予定は?」

「…休み、ですが」

「それなら、ぜひレフィーナの看病をお願い致します。忙しくて私達は無理ですし、他の者も同じような状況でしょうから。…それに、知らない男性に看病させるより、ヴォルフ様の方が安心ですから」

「しかし…」


 部屋で二人きり、なんて状況はあまり好ましくない。もちろん二人きりになったとしても、手を出すなどの不誠実な事はしないと誓える。しかし、例え本当に看病しかしてなかったとしても、良くない噂が広がるかもしれない。
 そう思ってヴォルフは渋るのだが、カミラはさらにいい募る。


「…レフィーナが目覚めるまでの間だけで良いのです。その間に看病できるように調整致しますから。それに看病に必要な物などを用意して部屋をこまめに訪れるように致しますから。何かあったら私が責任を持って看病していただけだと証明致します。…こうして話しているよりも、レフィーナを早く休ませてあげた方が良いでしょう…?」


 捲し立てるように言葉を並べられて、ヴォルフは思わず頷いてしまった。それを見たカミラはにっこりと笑って、後で部屋を訪れます、とだけ言い残して仕事に戻って行った。
 残されたヴォルフは腕の中のレフィーナに視線を落として、早く休ませる為にとりあえずレフィーナの部屋に向かう事にしたのだった。
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