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毒々しく笑うミリーを、変わらず冷めた金色の瞳で見るヴォルフは冷静に言葉を返す。
「これだけの騒ぎを何事もなかったように出来るとでも?」
「ふふっ…。あの者達を捕らえられなかったのでしょう?これくらいの事ならもみ消せますわ…。では、皆様、ごきげんよう」
ドレスを持ち上げ淑女らしく挨拶をしたミリーは、歪んだ笑みのまま店を去って行った。
淀んだ空気が消え失せて、ヴォルフは深く息を吐き出した。ミリーが言ったように裏稼業の奴らを捕まえられなかったのは痛手だ。しかし、ミリーの思惑通りに、何事も無かったようにもみ消すことなどさせない。
そう決意してヴォルフはレフィーナのもとに向かう。近くまで寄れば、レフィーナが疲れたように深いため息をついてから、集まっている人々に視線を移した。
「…お騒がせしてすみませんでした」
「嬢ちゃんは悪くないだろ!まったく…あんなんだから貴族は嫌いなんだ」
「ヴォルフ様も巻き込んでしまってすみません」
「いや、お前が気にする必要はない。どう考えてもミリー嬢の暴走だろ。それに、ミリー嬢の言った通り、取り逃がした」
傷の男を思い出して、ヴォルフは眉を寄せた。あの男がいなければ、帽子の男は捕まえられていたのに。
とはいえ、特徴等の情報は得た。裏稼業の者なら国の諜報員に任せるのが良いだろう。そういった裏のことには騎士よりも詳しいのだから。
城に帰ってから報告書を書く事を頭に入れて、ヴォルフはレフィーナを見た。怪我などは無いようだが、何やら深刻そうな表情で何かを考えている。恐らくミリーのことや、裏稼業の者達のことだろう。
ヴォルフはそんなレフィーナの思考を遮るように、こんっと考え込む頭を軽く小突いた。レフィーナは守られる側の人間だ。こんなことを考え込む必要はない。
「こっちで調べておくからお前は考えなくていい。自分の身にだけ気を配っておけ。…レオン殿下や陛下に報告して、ドロシー嬢の警備も厳重にするから、そっちも心配しなくていい」
「…はい」
「…それと、ありがとな」
「え?」
突然の礼にきょとんとしているレフィーナに、ヴォルフはふっと笑みを浮かべて、形のいいその頭をぽんぽんと軽く叩いた。
あの時、ミリーの言葉に深く沈みそうだった。それをレフィーナの凛とした声が掬い上げてくれのだ。あの場で落ち着きを取り戻せたのはレフィーナの声のお陰だし、なによりレフィーナはヴォルフの過去を気持ち悪がったり見下したりしなかった。それが、嬉しかった。
ヴォルフはきょとんとしたままのレフィーナに分かるように言葉を付け加える。
「…怒ってくれて。それに、お前は気持ち悪いって言わなかっただろう?」
「だって、ヴォルフ様は副騎士団長を務める立派な方ですから。それに、ヴォルフ様の事を気持ち悪いなんて思いませんよ」
ふわりと口元を綻ばせて笑ったレフィーナの言葉は真っ直ぐで、どくどくとヴォルフの鼓動を早くする。そして、
───あぁ、どうしようもなく…レフィーナの事が好きだ。
そんな風に自然と思えた。
初めは惹かれていくことに恐怖を覚え、それでも育っていく胸の中のものに戸惑った。そして、なによりも、無意識に過去に囚われ続けていた。レフィーナはヴォルフの過去など気にしていなくて、今のヴォルフを見ていてくれる。そのことにヴォルフの胸の中にあった物は大きくなって、代わりに蝕み続けていたものは、本当の意味で過去のものになった気がした。
ヴォルフの中に今あるのは過去の苦しい記憶ではなく、あたたかな感情だ。
ようやく向き合い認めたその気持は、あれだけ戸惑っていた事など無かったようにヴォルフの中にしっくりと収まり、より鮮やかにレフィーナに色を添える。
可愛らしい笑みを浮かべたレフィーナに、ヴォルフは思わず見入っていた。
「おーい、お二人さん。いちゃいちゃするなら二人の時にしてくれー?」
「いちゃいちゃ?」
「やれやれ、無意識かぁ…。なかなか大物だな」
顔見知りの店員が苦笑いを浮かべて、些か同情的な視線をヴォルフに向けた。その視線を受け止めながら、レフィーナを見れば店員の言葉の意味がわからなかったのか首を傾げている。
さすがに今日はもう城へと帰った方がいいな、と少し残念に思いながらヴォルフはレフィーナに声を掛けた。
「…レフィーナ、すぐに城に戻っていいか?ミリー嬢の事は早く手を回した方がいいだろう」
少しでも距離を縮めたいという気持ちから、初めてレフィーナの名前を敬称なしで呼んだ。
呼び捨てにされたレフィーナが緋色の瞳を瞬かせる。
「あ…名前…」
「…嫌か…?」
「いいえ、好きなように呼んでもらってかまわないです!では、すぐに城に戻りましょうか」
名前を呼ばれて本当に嬉しそうに笑うレフィーナに、ヴォルフは金色の瞳を細める。
──こう可愛いなとか、触れたいなとか思わないのか!
ふと、同期のアードの言葉を思い出した。
可愛いとも触れたいとも…そして、誰よりも近い場所が欲しい、ともヴォルフは思う。
今はまだこの距離でも、いつかはレフィーナの隣に…、そうヴォルフは恋慕の感情を金色の瞳にちらつかせながら、静かにレフィーナを見つめたのだった。
「これだけの騒ぎを何事もなかったように出来るとでも?」
「ふふっ…。あの者達を捕らえられなかったのでしょう?これくらいの事ならもみ消せますわ…。では、皆様、ごきげんよう」
ドレスを持ち上げ淑女らしく挨拶をしたミリーは、歪んだ笑みのまま店を去って行った。
淀んだ空気が消え失せて、ヴォルフは深く息を吐き出した。ミリーが言ったように裏稼業の奴らを捕まえられなかったのは痛手だ。しかし、ミリーの思惑通りに、何事も無かったようにもみ消すことなどさせない。
そう決意してヴォルフはレフィーナのもとに向かう。近くまで寄れば、レフィーナが疲れたように深いため息をついてから、集まっている人々に視線を移した。
「…お騒がせしてすみませんでした」
「嬢ちゃんは悪くないだろ!まったく…あんなんだから貴族は嫌いなんだ」
「ヴォルフ様も巻き込んでしまってすみません」
「いや、お前が気にする必要はない。どう考えてもミリー嬢の暴走だろ。それに、ミリー嬢の言った通り、取り逃がした」
傷の男を思い出して、ヴォルフは眉を寄せた。あの男がいなければ、帽子の男は捕まえられていたのに。
とはいえ、特徴等の情報は得た。裏稼業の者なら国の諜報員に任せるのが良いだろう。そういった裏のことには騎士よりも詳しいのだから。
城に帰ってから報告書を書く事を頭に入れて、ヴォルフはレフィーナを見た。怪我などは無いようだが、何やら深刻そうな表情で何かを考えている。恐らくミリーのことや、裏稼業の者達のことだろう。
ヴォルフはそんなレフィーナの思考を遮るように、こんっと考え込む頭を軽く小突いた。レフィーナは守られる側の人間だ。こんなことを考え込む必要はない。
「こっちで調べておくからお前は考えなくていい。自分の身にだけ気を配っておけ。…レオン殿下や陛下に報告して、ドロシー嬢の警備も厳重にするから、そっちも心配しなくていい」
「…はい」
「…それと、ありがとな」
「え?」
突然の礼にきょとんとしているレフィーナに、ヴォルフはふっと笑みを浮かべて、形のいいその頭をぽんぽんと軽く叩いた。
あの時、ミリーの言葉に深く沈みそうだった。それをレフィーナの凛とした声が掬い上げてくれのだ。あの場で落ち着きを取り戻せたのはレフィーナの声のお陰だし、なによりレフィーナはヴォルフの過去を気持ち悪がったり見下したりしなかった。それが、嬉しかった。
ヴォルフはきょとんとしたままのレフィーナに分かるように言葉を付け加える。
「…怒ってくれて。それに、お前は気持ち悪いって言わなかっただろう?」
「だって、ヴォルフ様は副騎士団長を務める立派な方ですから。それに、ヴォルフ様の事を気持ち悪いなんて思いませんよ」
ふわりと口元を綻ばせて笑ったレフィーナの言葉は真っ直ぐで、どくどくとヴォルフの鼓動を早くする。そして、
───あぁ、どうしようもなく…レフィーナの事が好きだ。
そんな風に自然と思えた。
初めは惹かれていくことに恐怖を覚え、それでも育っていく胸の中のものに戸惑った。そして、なによりも、無意識に過去に囚われ続けていた。レフィーナはヴォルフの過去など気にしていなくて、今のヴォルフを見ていてくれる。そのことにヴォルフの胸の中にあった物は大きくなって、代わりに蝕み続けていたものは、本当の意味で過去のものになった気がした。
ヴォルフの中に今あるのは過去の苦しい記憶ではなく、あたたかな感情だ。
ようやく向き合い認めたその気持は、あれだけ戸惑っていた事など無かったようにヴォルフの中にしっくりと収まり、より鮮やかにレフィーナに色を添える。
可愛らしい笑みを浮かべたレフィーナに、ヴォルフは思わず見入っていた。
「おーい、お二人さん。いちゃいちゃするなら二人の時にしてくれー?」
「いちゃいちゃ?」
「やれやれ、無意識かぁ…。なかなか大物だな」
顔見知りの店員が苦笑いを浮かべて、些か同情的な視線をヴォルフに向けた。その視線を受け止めながら、レフィーナを見れば店員の言葉の意味がわからなかったのか首を傾げている。
さすがに今日はもう城へと帰った方がいいな、と少し残念に思いながらヴォルフはレフィーナに声を掛けた。
「…レフィーナ、すぐに城に戻っていいか?ミリー嬢の事は早く手を回した方がいいだろう」
少しでも距離を縮めたいという気持ちから、初めてレフィーナの名前を敬称なしで呼んだ。
呼び捨てにされたレフィーナが緋色の瞳を瞬かせる。
「あ…名前…」
「…嫌か…?」
「いいえ、好きなように呼んでもらってかまわないです!では、すぐに城に戻りましょうか」
名前を呼ばれて本当に嬉しそうに笑うレフィーナに、ヴォルフは金色の瞳を細める。
──こう可愛いなとか、触れたいなとか思わないのか!
ふと、同期のアードの言葉を思い出した。
可愛いとも触れたいとも…そして、誰よりも近い場所が欲しい、ともヴォルフは思う。
今はまだこの距離でも、いつかはレフィーナの隣に…、そうヴォルフは恋慕の感情を金色の瞳にちらつかせながら、静かにレフィーナを見つめたのだった。
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