悪役令嬢の役割は終えました(別視点)

月椿

文字の大きさ
27 / 97

27

しおりを挟む
 毒々しく笑うミリーを、変わらず冷めた金色の瞳で見るヴォルフは冷静に言葉を返す。


「これだけの騒ぎを何事もなかったように出来るとでも?」

「ふふっ…。あの者達を捕らえられなかったのでしょう?これくらいの事ならもみ消せますわ…。では、皆様、ごきげんよう」


 ドレスを持ち上げ淑女らしく挨拶をしたミリーは、歪んだ笑みのまま店を去って行った。

 よどんだ空気が消え失せて、ヴォルフは深く息を吐き出した。ミリーが言ったように裏稼業の奴らを捕まえられなかったのは痛手だ。しかし、ミリーの思惑通りに、何事も無かったようにもみ消すことなどさせない。
 そう決意してヴォルフはレフィーナのもとに向かう。近くまで寄れば、レフィーナが疲れたように深いため息をついてから、集まっている人々に視線を移した。


「…お騒がせしてすみませんでした」

「嬢ちゃんは悪くないだろ!まったく…あんなんだから貴族は嫌いなんだ」

「ヴォルフ様も巻き込んでしまってすみません」

「いや、お前が気にする必要はない。どう考えてもミリー嬢の暴走だろ。それに、ミリー嬢の言った通り、取り逃がした」


 傷の男を思い出して、ヴォルフは眉を寄せた。あの男がいなければ、帽子の男は捕まえられていたのに。
 とはいえ、特徴等の情報は得た。裏稼業の者なら国の諜報員ちょうほういんに任せるのが良いだろう。そういった裏のことには騎士よりも詳しいのだから。

 城に帰ってから報告書を書く事を頭に入れて、ヴォルフはレフィーナを見た。怪我などは無いようだが、何やら深刻そうな表情で何かを考えている。恐らくミリーのことや、裏稼業の者達のことだろう。
 ヴォルフはそんなレフィーナの思考を遮るように、こんっと考え込む頭を軽く小突いた。レフィーナは守られる側の人間だ。こんなことを考え込む必要はない。


「こっちで調べておくからお前は考えなくていい。自分の身にだけ気を配っておけ。…レオン殿下や陛下に報告して、ドロシー嬢の警備も厳重にするから、そっちも心配しなくていい」

「…はい」

「…それと、ありがとな」

「え?」


 突然の礼にきょとんとしているレフィーナに、ヴォルフはふっと笑みを浮かべて、形のいいその頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 あの時、ミリーの言葉に深く沈みそうだった。それをレフィーナの凛とした声が掬い上げてくれのだ。あの場で落ち着きを取り戻せたのはレフィーナの声のお陰だし、なによりレフィーナはヴォルフの過去を気持ち悪がったり見下したりしなかった。それが、嬉しかった。
 ヴォルフはきょとんとしたままのレフィーナに分かるように言葉を付け加える。


「…怒ってくれて。それに、お前は気持ち悪いって言わなかっただろう?」

「だって、ヴォルフ様は副騎士団長を務める立派な方ですから。それに、ヴォルフ様の事を気持ち悪いなんて思いませんよ」


 ふわりと口元をほころばせて笑ったレフィーナの言葉は真っ直ぐで、どくどくとヴォルフの鼓動を早くする。そして、

───あぁ、どうしようもなく…レフィーナの事が好きだ。

 そんな風に自然と思えた。
 初めは惹かれていくことに恐怖を覚え、それでも育っていく胸の中のものに戸惑った。そして、なによりも、無意識に過去に囚われ続けていた。レフィーナはヴォルフの過去など気にしていなくて、今のヴォルフを見ていてくれる。そのことにヴォルフの胸の中にあった物は大きくなって、代わりに蝕み続けていたものは、本当の意味で過去のものになった気がした。
 ヴォルフの中に今あるのは過去の苦しい記憶ではなく、あたたかな感情だ。

 ようやく向き合い認めたその気持は、あれだけ戸惑っていた事など無かったようにヴォルフの中にしっくりと収まり、より鮮やかにレフィーナに色を添える。

 可愛らしい笑みを浮かべたレフィーナに、ヴォルフは思わず見入っていた。


「おーい、お二人さん。いちゃいちゃするなら二人の時にしてくれー?」

「いちゃいちゃ?」

「やれやれ、無意識かぁ…。なかなか大物だな」


 顔見知りの店員が苦笑いを浮かべて、いささか同情的な視線をヴォルフに向けた。その視線を受け止めながら、レフィーナを見れば店員の言葉の意味がわからなかったのか首を傾げている。

 さすがに今日はもう城へと帰った方がいいな、と少し残念に思いながらヴォルフはレフィーナに声を掛けた。


「…レフィーナ、すぐに城に戻っていいか?ミリー嬢の事は早く手を回した方がいいだろう」


 少しでも距離を縮めたいという気持ちから、初めてレフィーナの名前を敬称なしで呼んだ。
 呼び捨てにされたレフィーナが緋色の瞳を瞬かせる。


「あ…名前…」

「…嫌か…?」

「いいえ、好きなように呼んでもらってかまわないです!では、すぐに城に戻りましょうか」


 名前を呼ばれて本当に嬉しそうに笑うレフィーナに、ヴォルフは金色の瞳を細める。

 ──こう可愛いなとか、触れたいなとか思わないのか!

 ふと、同期のアードの言葉を思い出した。
 可愛いとも触れたいとも…そして、誰よりも近い場所が欲しい、ともヴォルフは思う。
 今はまだこの距離でも、いつかはレフィーナの隣に…、そうヴォルフは恋慕の感情を金色の瞳にちらつかせながら、静かにレフィーナを見つめたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします

恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。 王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい? つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!? そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。 報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。 王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。 2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……) ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの
恋愛
王国の第一王子クレイスから、衆人環視の中 で婚約破棄を言い渡されたローゼン侯爵令嬢ノエル。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

婚約破棄で、おひとり様になれるはずだったのに!?

パリパリかぷちーの
恋愛
主人公ルシアン・ヴァイオレットは、「悪役令嬢」として振る舞う孤独愛好家の公爵令嬢。念願だった第一王子アランとの婚約破棄を言い渡されると、内心では歓喜し、大都会の喧騒から逃れて森の奥の廃墟同然の別荘へと引きこもる。ルシアンの目的は、誰にも邪魔されない至高の静寂ライフを満喫することだった。 しかし、彼女の理想郷にはすでに先客がいた。それは、無口で無愛想だがハイスペックな謎の男、キース。実は彼は、王国の裏社会を統べる『影の英雄』と呼ばれる辺境伯であり、ルシアンの孤高の姿に心奪われた重度の隠れファンだった。

処理中です...